恋愛仲介部の遭難2
彼が出て行って既に2時間が経過している。
夕食後からずっと私はエントランスにいたから
彼が帰ってきていないのは確定情報。
そろそろ11時も回る頃だし、心配になってくる。
「…遅いわね」
時計との睨めっこの感覚が短くなってくる事に
私は少なからずも苛立ちを覚えていたのだろう。
「………」
少し、別荘の周囲を見てこよう。
もしかしたら、彼が帰ってくるかもしれない。
そんな期待から私は腰を上げ。
夜の森へと歩を進めた。
辺りは春先にも関らず、ひんやりと冷たい雰囲気で
静けさが不気味なまでに存在感を放っていた。
「…雨、降りそうね」
少し空気が湿っぽい、どうやら傘を持って出かけた方がいいのかもしれない。
一度別荘に戻り、二人分の傘を持ってから再び外へと出る。
とりあえず、近辺を見て回ることにしよう。
…とは言うものの別荘自体が大きいのでそれなりに時間がかかりそうだった。
ちょうど半周、つまりエントランスのある入り口から逆に当たる場所に
橋の掛かっていない崖を見つけた。
崖と言っても下に川が流れているのが目視できる。
しかし、それなりの深さで落ちたらまず助からないと言う確証は得られた。
「まさか…この先に行ったんじゃ…」
つり橋の掛かっていたと思われる柱には
鉈の様な物で切った後がある…しかもかなり新しい傷だ。
考えるに、誰かが意図的に切ったものだと思われる。
だが…彼が向こう岸に居ると言う確証もない。
もしかしたら偶然不要になったので切り落としたのかもしれないし…。
でも、悪い予感もする。
最悪の事態を想定して私はなんとか向こう岸に渡る術を考える事にした。
結論から言うと答えは直ぐに出た。
距離的にロープでは届かない。
だから、ここから向こう岸につく事は不可能である。
ならば、この崖沿いに進み、他のつり橋、もしくは向こう岸に渡る手段を見つけるまで。
私は崖沿いに歩き出した。
次第に辺りは木に包まれ、右も左もわからない状態になっていった。
目印は崖だけ…これを伝っていけば元の場所にも帰りつけるから大丈夫だろう。
40分くらいだろうか…それくらい歩くと古い木造のつり橋が見えてきた。
「…強度は弱そうだけど…渡れそうね」
ギシギシと橋は揺れていたがなんとか渡る事に成功。
再び、崖に沿って私は歩き始めた。
15分くらい歩いていると
ポツポツと顔に水分が当たるのが分かった。
「雨…降ってきたみたいね…」
持ってきていた傘を広げ、崖下に落ちないように細心の注意を払いながら歩いていく。
「ピカッ!!!ゴロゴロゴロッッ!!!!!」
一瞬にして辺りが光に包まれたかと思うと
凄い轟音と共に、雷が私の視界に入った。
「っ……」
怖い…思い出してしまう。
過去のことを…。
歩くスピードが遅くなる。
ガクガクと足が震えているのが分かる…。
でも、一歩ずつ…私は歩いて行った。
だけど思うように進まない…。
1分に10歩くらいの牛歩戦術並の距離しか移動できていない…。
条件反射で身体が竦み、力が思うように入らない…。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!!!!!!ピカッ!!!!!!!!!!ドゴォォォンッッ!!!!」
再び大きな雷鳴、私は目を瞑った。
怖さなんて表現が出来無いほど近くに雷は落ちた。
耳の鼓膜が破れたんじゃないかってくらいに耳鳴りがしている。
恐怖の余り、その場に膝を着いてしまった。
怖い…凄く怖い…。
だけど…逃げようにも身体が動かない。
雷が落ちた所を見ると樹が黒く焦げていて
今にも山火事になるんじゃないかと言うくらい燃え盛っていた。
その炎を纏った木の枝は直ぐにでも自分のいる場所に落ちてきそうだった。
「ッ……」
火の粉を被りそうになるが…
間一髪で私はそれを回避した。
「あっ……」
しかし、足を滑らせて…崖の底へと落ちてゆく。
感覚がスローモーションになるのが分かった。
何もかもゆっくりになって
自分の行動に後悔する暇さえあった。
ほんの数秒のことなのに…
長い…映画のワンシーンのように強くフィルムに収めていく…。
そんな光景はやはり滑稽だろう。
私は目を瞑った。
次に来るのは痛みだから…。
罰が当たったんだろう。
妹の事…見殺しにした私への罰が…。
これで楽になれる。
葛藤も苦悩も…全て捨てる事ができる。
そう思うと…不思議と…怖さは消えていた。
『今、行くからね…』
心の中で妹にそう告げる。
でも…
それよりも大きな声で…
私へ語りかける声が聞こえた。
「母さんッ!!!」
差し出された左腕は私の右手をしっかりと握っていた。
強く、今まで握られた事の無い強さで…。
そして何よりも私の心へ確かに『母さん』と呼びかける声が聞こえた。
「……」
手から視線を彼へと向ける。
「…危機一髪…だったな」
「うん、…そうだね」
顔が雨に濡れていたせいもあって…私の涙は彼にバレてはいなかった。
「よいしょっと」
すっかり左利きになっていたんだね…
彼は私のことを軽々と引き上げた。
「どうして…こんなところに…?」
それはこっちの台詞なんだけど…まぁいいや。
「あなたが心配で…迎えに来たの」
彼の身体はびしょ濡れでは無かった、よかった。
きっと傘があったんだね…これなら…風邪引かないよね。
急に来た安堵感に…私の意識は白く…無に解けて行った。
…………。
その後…私の目が覚めたのは次の日の朝だった。
ちゃんと自室のベッドで横になっていた。
「……私」
洋服も着替えている…ドロだらけだったのに
今は別荘備え付けのパジャマ姿になってる…。
「起きた…?」
私の前には心配そうに私を覗き込んでいる彼の姿があった。
「…昨日はごめん…」
彼はそう言うと昨日の経緯を説明してくれた。
つり橋を渡ったから彼が向こう岸に居たことや。
私を担いで別荘まで戻ってきたことも…
「あれ…じゃあこの服は…?」
「春奈に着替えさせてもらった…流石に俺がやる訳には…」
別に遠慮しなくてもいいのに…。
少し残念な気持ちになる。
「俺、部長に呼ばれてるから…」
そう言って彼は気まずそうに私の傍を離れた。
「えっ…」
そしてすぐに私は悲しい気持ちに襲われた。
「それじゃ…あまり無理しないで『先生』…」
扉を開ける彼に…私は何も言うことができなかった。
もっと傍に居て欲しい…
もっといっぱい話がしたいって…
もう一度…『母さん』って呼んで欲しいって…
私の口から彼に言う事は…できなかった。
悔しさに…涙が溢れる…。
そんな自分が…彼を欲している自分が…本当のことを言えずに彼に嘘をついているのが辛かった。
俺が遅めの朝食を食べようと食堂へやってくると
叶野が俺のことを待ち伏せしていたらしく
話しかけてきた。
「昨日は大変だったみたいですね」
「ああ、…原因は自分にあるとは言え、疲れたよ」
「お疲れ様です」
「…あのなぁ、態々つり橋落としてまであんなことする必要あったのか?」
俺に恨みを持っているとしか思えん
「………」
「ん? どうした黙り込んで…」
「いえ、流石に演出が過ぎましたね…これからは過度な演出は控えるようにします」
「そうしてくれ」
午後はゆっくり寝ていたいんだがなぁ…。
部長さんはそれを許してはくれんそうだ。
そんな訳で指定された時間に部長の部屋を訪れる。
「おう、待ってたぞ」
なんて言いながら俺を手招きする部長。
「今日は何をやらかすつもりだ?」
「別に何も」
「お前の何もは大概なにかがあるときの台詞だろう」
「いや、本当に今日は自由だ」
じゃあなぜ俺が呼ばれたんだろう…さっぱり分からん。
「だから、俺とお土産を見に行こう!!」
「嫌だ」
「却下!!!」
ものすごい勢いで俺の申請を却下した部長さんだが…
昨日の疲れもあったので
なんとか叶野に訳を話してスケープゴートになってもらった。
「………」
それと、部屋に戻る時にすれ違った北条の目つきが鋭くて…
俺のことを睨んでいたのは…気のせいだと信じたい…。
部屋に戻ってからはベッドに直行。
何も考えずに今はただ、休息の時間が欲しかったのさ。
「桐谷ー、部長さんが呼んでるけど良いのー?」
と言う高野の声と同時にノック音が聞こえてきた。
「今行く」
どうせ部屋に篭っていてもすることは無かったんだ。
なにか面白い事があれば参加するに越した事は無い。
「遅いよ」
俺がドアを開けると若干不機嫌気味の高野が居た。
「もう、みんな車で待ってるよ」
「ん? どこに行くんだ?」
車で移動と言う事はある程度目的地まで距離があるってことだよな。
「どこって、お土産買いに行くんだってさ」
「はぁ…でも、帰るのは明日だろ?」
なら買うのは明日の方が良い。
今の内からじゃ邪魔になるからな。
「いや〜それを僕も聞いたんだけどさ、明日は忙しいから買っている暇が無いんだってさ」
「…そうか」
なんだか知らないが計画があるらしい。
詮索しても無駄…と言うか検討もつかない。
「それじゃ、行こうぜ」
俺は高野の後に続き、車の待つエントランスへと向かった。
お土産か…アルにでも何か買っていくかな…。
目が覚めるとすっかり日が暮れていた。
なんと言うか…一日を無駄にした感じ
「…?」
俺の額には濡れタオルが乗せてあった。
「春奈か…?」
まぁいいや…。
とりあえず寝汗を掻いたから服を着替えるとしよう。
起き上がって自分の持ってきたバッグの辺りまで行く
「…」
ふと、周囲に目をやると
鞄の近くの机の上に丁寧にもシャツとズボンと下着が綺麗にたたんであった。
………。
着替えを済ませてから
遅い昼食を食べる事にした。
「誰もいないのか…?」
食堂内には人の気配がしない…。
「…厨房でも覗いて見るか」
何かしら食べ物があるかもしれないしな。
厨房を覗くと
そこには昼御飯の残りと思われるサンドイッチにラップがかかって置いてあった。
「…うーん、頂いて大丈夫だよな…」
軽く周囲を確認…ま、いいかこのまま廃棄されるよりは
俺が食べた方がゴミも出ないし地球に優しい。
そんなことを自分に言い聞かせて一口頬張る。
「普通に美味いな…」
なんであれほどの大人数で余りが出るのかも気になったけど
美味しかったので深く考えずに食べ終えてしまった。
することも無いのでもう一度部屋に戻る。
先生のことが心配になったので一度部屋を訪ねてみたが返事がなかったので
多分留守にしているんだろう。
そういや、部長が買い物に行くみたいなこと言ってたしな…
きっと、みんなそれで出かけているんだろ。
帰ってくるのは夕食頃か…。
これ以上不用意に動いて昨日のようなことになるのも嫌なので
今回は部屋でじっとしていることを選択した。
それが一番無難で安心できるし。
「さぁて…もう一度寝ておくか」
本当に怠け者だな…俺って奴は…
でも、たまにはいいよな…休んだってさ…。
これ以上無理したら…そろそろ本気で倒れるっての。
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