恋愛仲介部の復縁3
我が家へと帰り着くと
雪が夕食の準備をして私の帰りを待っていてくれた様だ。
「おかえりなさい」
彼女は微笑を浮かべて私を迎え入れた。
この家にも私と雪の二人しかいなくなってしまった。
彼が家を出ると言った時。
私は断固反対した。
しかし、私の説得も彼の耳には届かなかったらしく…。
彼は鳳翔院家での新しい生活をスタートさせてしまった。
「ごめんなさいね、夕食の準備までしてもらっちゃって…」
台所に居る雪に声をかける。
「その、大丈夫ですよ。優さんも仕事で疲れているみたいですし…」
どうやら雪は私が疲れていることを分かってくれている。
最近、非恋愛主義の妨害により休校になった一件で。
学内のデータの復旧が必要になった。
それは私の仕事であり
膨大な量のデータチェックを済ませるのに何日も徹夜が続いていたからだ。
「でも…優さんが疲れているのは仕事だけのせいじゃない…ですよね…?」
「…どういう意味?」
「あの人は…もう、戻ってこないんですか?」
雪も気づいているのだろうか…?
私と彼の間にできた大きな壁について…。
「…多分ね、愛想つかされちゃったみたい」
苦笑しながらも晩御飯を食べ始める。
そんな時、玄関からチャイムを鳴らす音が聞こえてきた。
「あ、私出ます」
雪は率先して自ら玄関へと向かっていった。
それから数秒もかからずして…この金髪の女性は私の前にいる。
「…なんの様ですか?」
「別に、暇だから来ただけ」
私はこの人が苦手だ。
空気の様に…なにを考えているか掴めないから。
「お茶です、よかったら」
雪は気を利かせて彼女にお茶を差し出した。
「ありがと」
それを躊躇することなく飲み、彼女は私を正面に捉えた。
「な、なんですか…」
あんまりにも真剣な眼差しでこちらを見るので正直、緊張する。
この人の真剣な表情を見るのは…これで二回目。
一回目は…そう、彼女が紗也香さんと喧嘩した時だ。
何年も昔の話になる。
お嬢様育ちで高値の花だった霞さんの親友だった彼女。
しかし、彼女は…親友に対して許されざることをした。
そう、彼女は親友の旦那と子供を儲けたのだ。
「なにを言いたいのか…分かるわよね?」
「………」
彼女の冷静な口調に場の空気が一気に静まり返る。
「彼は私が引き取ります」
普段から敬語なんて使わない彼女が…
この時ばかり…なんで敬語なのだろうか…?
「そんなの…」
「あなたも…知っているんでしょう、私のことを…」
知っている…と言うか生前の紗也香さんから色々と聞いていた。
紗也香さんが彼を引き取るときに自分も引き取り手に名乗りを上げたこと。
そして彼の腹違いの母親に当たるということ。
「嫌…です」
聞き分けのない、子供のような声を上げたんだと思う。
「どうして?」
理由を問われる。
でも…。
「………………」
答えられない。
「理由を…言えないのかしら?」
言おうとしても…右手の傷跡が…私から勇気を奪う。
「…もう、いいわ」
彼女は呆れたように玄関の方へと歩いて行く。
雪は見送るように彼女について行った。
雪が戻ってきたのは数分が過ぎてからだった。
きっと彼女となにか話をしていたのだろう。
「あの…優さん…」
彼女は心配そうな眼差しで私を見つめている。
「…私ね…実は…子供産めないんだ…」
彼女が去った今…言いたかった事実が口から吐き出された。
驚愕する雪に心配をかけない様に私は強く振舞うと決めた。
「先天的なものでね…生まれたときからなのよ…からだの中で赤ちゃんを育てられないんだって…」
「……そんな…」
「何度もね…治療を試みた…けどね、ダメだったの…」
そう、そのたびに何度も自分の手首に傷をつけていった。
私は愛する我が子を作ることができない。
だから人を愛する資格がない。
そう自分に言い聞かせて恋愛の一つもしてこなかった。
私は自分にないものを求めてか…勤めていた会社を辞めて
伝を頼って学校の教員になった。
生徒達は私の子供の様で
充実した毎日を送れていたのに…。
きっと彼女は全てを知っていた。
だからあの時…私に会社を辞めた理由を聞いたのかもしれない。
でも、私の愛しかった彼は
私のことをもう「母さん」とは呼んでくれない。
酷く…重く…私の胸に刺さる棘のように
彼は…私のことを『先生』と言う言葉で苦しめる。
「私じゃ…ダメなんですか…」
雪はいつの間にか流れていた私の涙をそっと拭い私に言った。
「雪…?」
「優さん…私のお母さんにはなってくれないんですか…?」
切なげに…寂しさが溢れそうな瞳は
ひたすら…温もりを探し…彷徨っていた。
私達は似たもの同士だったのかもしれない。
生まれついて背負ってきた宿命。
変えられないことへの恐怖、苛立ち。
自分の不甲斐なさと嫌悪を抱いて…
たった一人で…生きてきた。
…しっかりしなきゃいけない。
この少女には居場所がないから。
だから、私が居場所になろう。
そして…雪が私の居場所になれるよう。
二人で…。
お互いに泣き止むのを待ってから
「…お姉さんじゃ、ダメかしら…」
冗談交じりで…聞くと。
「はい…それがいいです」
そっと私の胸の中に顔を埋めた白き少女は
私を…暗い孤独から抜け出させてくれると…信じてみたくなった。
後味が悪かった。
私は別に彼女を泣かしに行った訳じゃなかった。
でもね、あなたは知らないでしょう。
「想っても想われないことの辛さを…」
空虚な空に独り言の様に問いかける。
「呼び出しておいて…あてつけですか?」
「いいえ、独り言」
「……」
その少女は自分を形容されて腹が立ったのか随分とご立腹の様だった。
「母の友人であるあなたが…なんの目的でここに来たんですか」
「あなたに会いに来ただけよ」
「…私に…ですか?」
「2つの自分、引き剥がせないのよね?」
「えっ…」
「あなたは別の自分を想うばかり、いつも彼女の手助けをしてきた」
そう、いつだって自分は影で見守り。
「彼女の恋路を応援する…そんなフリをしていたのよね」
「なにが…言いたいの…?」
「ふふ、母親にそっくりだと思っただけよ」
気に入らないのか眉間にシワを寄せている。
せっかく可愛く生まれたのに台無しだ。
「あなた、主人格が彼と付き合うのを見てて辛かったんでしょ」
「そ…そんなこと…」
「だから、彼女に彼の重りになっているって言ったのよね」
「………」
「そろそろ、彼女を自由にしてあげたらどうなの?」
「……私だって、彼が好きなのよっ…あの子と同じ…ううん、それ以上に…彼のことが…」
必死さを見せるなんて普段のクールさとのギャップに彼ならば驚いていたかもしれない。
「あなたには肉体が無いだけ、人格はあるのね…」
死ぬ前に彼女の母が言っていたことは多分本当だった。
彼女を出産する時に彼女には双子の姉がいた。
だけど…彼女の母親は双子を生むほど身体が丈夫ではなかった。
だから…選ぶしかなかった。
どちらを残すかを…。
憶測でしかないが…もしかしたらもう一人の意思が今の彼女に宿っているのかもしれない。
非科学的なことは信じたくないけど…今の私にはそう解釈できる。
「この子に…秋に…ごめんねって…伝えて…お姉ちゃんを殺しちゃって…ごめんねって…」
それが彼女の母親の出産後、そして最後の言葉だった。
直接謝りたかったんだと思う。
彼女はきっと全て自分が悪い…そう思って死んでいった。
だから…
「そろそろ、お母さんに…会いに行ってあげて…」
私は優しく彼女の頭を撫でてあげて…。
すると…彼女は
「今度生まれてくるときは…ちゃんと…彼に好きって言えるかな…?」
「うん、きっと大丈夫だよ」
「……うん」
彼女は力尽きるように目を閉じてその場に倒れこんだ。
「お嬢様」
多分部屋の外で聞き耳を立てていたのだろうか…?
西沢が入ってきて彼女の身体を支えた。
「…ちょっと…手荒だったかも…ごめんなさいね」
「いいえ、私の口からは感謝の言葉しか出ません…」
「そう、懐かしかったわ、この家…昔となにも変わらないのね」
「…はい」
彼女をベッドへと寝かせて私と西沢は少し話をすることにした。
「これ…まだ、あったんだ」
「はい、春香様が来られたら渡すように…生前奥様から申し付けられていました」
古い、日記帳を私は西沢から受け取った。
懐かしい交換日記。
私は思い出に染まりながらもそれを受け取るのを断った。
彼女と私はいつまでも親友…それは変わらないから。
すっかり遅くなったので私は西沢に鳳翔院家まで送ってもらった。
「じゃあね、ちゃんと結婚相手見つけなさいね」
「春香様、私は既婚者です」
「そうだっけ?」
「はい」
「まぁ、いいや、それじゃお休み」
「はい、お休みなさい」
律儀にも私が家に入るまで西沢は頭を下げていた。
そろそろ奥さんに会いに行ってあげればいいのに…。
「ただいまー」
玄関のドアを開けて元気良く発声。
「おかえり、遅かったね。お母さん」
最愛の娘が迎えてくれた。
「ちょっと色々あってね」
いつもの通りにニコニコ笑顔で私の前を通過して
テレビを見ている彼に抱きついた。
「ただいまぁ〜♪」
「は、春香さんっ」
彼、顔赤くしてるし…。
「えいっ」
邪魔なお母さんを軽く蹴っ飛ばす。
「あ〜春奈、家庭内暴力」
「ここは私の場所だもん♪」
私もギューっと彼に抱きつく。
彼は拒絶しない。
「あー酷い、お母さん傷ついた」
お母さんはしょぼんとしてしまった。
と、私が油断した瞬間彼の腕を引っ張って
「私のこと、母さんって呼んでいいからね」
…全然元気みたい。
「…春香さん」
彼は真面目な声で
「嬉しいですけど俺の母親は…一人しかいないんで…」
そう言って顔を紅くしてた。
そう…春香さんは春香さん。
紗也香母さんも俺の母さんだけど…。
俺は『先生』が…心から『母さん』と呼べる存在なんだ。
それはいつまで経っても変わらない。
「それで春香さん、買出しは?」
見たところ何も持っていない
「忘れてました」
なにしに行ったんだ…この人は…。
「おっと、そろそろ時間、私もう行かなきゃ」
「え、もう行っちゃうの?」
「うん、元々無理言って取った休暇だしね」
「今度はいつ頃帰ってくるんですか?」
聞いても無駄だろうが…
「さぁ分かんないかな、でも暇になったら遊びに来るよ」
いや、アポ取ってからにしてください…。
結局、台風の様な春香さんは何しに来たのか分かる前に帰って行かれた。
「ごめんね、忙しくって」
「確かに、お前には無い行動力だな」
「うん、お母さん思い立ったら動く人だから」
「…そうだな」
なんかどっと疲れが出た。
今日は眠いし、影島の手紙を見るのは明日にしよう。
「じゃあ俺そろそろ寝る」
「えっ、まだ10時だよ」
「疲れてるんだ」
「お風呂は?」
「帰ってきてからシャワー浴びた」
「……つまんない」
「いや…この場合面白さは関係ないと思うが…」
「今日も一緒に寝る?」
「いいけど、服着ろよ、風邪引くし」
「大丈夫、私丈夫だもん」
「あーなんとかは風邪引かないもんな」
「バカじゃないよ」
誰もバカなんて言ってないけどな。
まぁいいや。
とりあえず目蓋が重いので寝るとしよう。
ベッドに横になって目を閉じる
「くしゅんっ」
くしゃみの音で後ろを振り向くと半裸状態の春奈と目があった。
「まだ、後ろ向いてないとダメだよ」
春奈はわざとらしく頬を染める。
「…やっぱお前バカだ」
俺はそのままそっぽを向いて寝ることにした。
明日は一日のんびりしよう…そんなことを考えながら。
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