果たすべき約束
文化祭前日
全校生徒が明日をドキドキして待ちわびる
青春の代名詞的瞬間…なのだが。
…俺には全然関係ないんだ、実際な。
暇を持余している俺は学校内にいると
クラスの連中に見つかる可能性があるので
夕食の買出しもかねて学校を飛び出し
主婦達が集まる前のスーパーマーケットで適当に買い物を済ませ
自宅に向かい自転車をこいでいる。
ちなみに…
鳳翔院家は今の学校よりも
大羽とかの通っている高校に若干近い。
つまり…こんな唐突なこともある。
「あれ、なにしてんの?」
俺のことを空気も読まずに話しかけてくる女子一名。
「透子?」
なんでこんな所にいるのだろう…?
「今帰り?」
「ああ、そんなところだ」
「家、こっちだっけ?」
「ああ」
俺はそれだけ言って再び自転車を漕ぎ出す。
「よっと」
「お、おいっ」
無理やりにも俺の自転車の後部座席に乗る透子。
「…降りろ」
「いいじゃん、送ってよ」
「俺はタクシーか?」
「硬い事言わない♪」
「はぁ…」
仕方ないので透子を後ろに乗せて走る。
俺の自転車も軽く重量オーバーだ。
まぁいい、このまま鳳翔院家まで走ろう。
どうせ途中で降りるだろう。
「へぇ、ここが新居?」
なんで最後まで乗ったままかな…。
結局透子は鳳翔院家まで着いて来た。
なにも面白い事など存在しないと言うのに…。
「あれ、こっちなんだ?」
管理人の別館に入る俺に透子が言う。
「ああ」
「あっちは?」
本家の方を指差す。
「広すぎて使えねぇよ」
「勿体無い」
「いいんだよ、別に」
「へぇ」
とか言いつつ、興味深そうに本家の方を見ていた。
で、そのまま俺達は自室へとやって来た。
「お茶でも飲むか?」
「ジュースは?」
「無い」
「じゃお茶でいいや」
「…お前な…」
もうちょっと遠慮の心を持ったほうがいいぞ。
と、言う間もなく。
透子はベッドに座って寛いでいた。
「…どこかに行く途中じゃなかったのか?」
普段ならこっちの方面には来ないじゃないか。
「あーちょっとね、別にたいした用じゃないんだけどさ」
「そうか」
それなら別にいいか。
「漫画無いの?」
「そこの棚の奥」
「サンキュ」
漫画を片手にベッドへ寝転がる透子。
「はぁ……」
溜息を吐いて
二人分のお茶をテーブルに置いた。
帰ってきたらゴロゴロしようと思ってたが…。
俺の特等席を占領しないで頂きたい。
「ねぇ」
俺が凝視していたのが分かったのか透子が口を開いた。
「なんだ?」
退いてくれる気にもなったか?
「明日文化祭でしょ」
「ああ…そうだな」
言われなかったらそんな単語は頭の中から出てこなかったよ。
「いいの、みんな急がしそうにしてたよ」
「学校見てきたのか?」
「まぁね、覗いただけだけど」
「俺はいいのさ、クラスは休憩所だからな」
「へぇ…」
「ま、労働って言う労働は机を廊下に出すくらいだ、一人いなくてもなんとかなる」
「そっか、じゃ大丈夫だね」
どちらかと言うと透子も俺と同じでサボり組みだった。
そこら辺の感覚は一緒なのだろう。
「お前は学校帰りか?」
まだ制服姿なので聞いてみる。
「そうだよ、だから暇だったの」
「あっそ、いつまでいる気だ?」
「晩御飯食べたら帰る」
「おいおい…」
なぜ、御馳走するのが前提なのだろうか。
「食材はある、お前が作れ」
「嫌よ」
「あのなぁ…」
せめて女として「私が作るわ」くらい言って欲しい。
渋々夕食の準備をする俺。
まだ自炊に慣れてないので今回はシチューを作る。
カレーにしなかったのは一昨日作って今朝もカレーを食べたからである。
俺が必死に料理を作成していた時も
透子はマンガに夢中だった。
…なんか虚しい気分になってきたが気にしていてもしょうがない。
「なんか、いい匂いするね」
「もうちょっとだから、黙って待ってろ」
「はぁい」
大人しく透子はベッドの上に戻った。
「ほら、できたぞ」
一人分の皿しか買い揃えてなかったので2種類の違う皿に盛る。
「………」
透子はじっと皿を見ている。
「ん、なんだ…?」
「へぇ、同じ食器じゃないんだ」
「…お前は特別だ」
「特別?」
「一応…来客だからな」
「ふ〜ん」
なんとか…誤魔化せたかな…
食後、俺は食器を洗ったりしていたが…
透子はテレビを見ながら笑っていた。
おい…帰る気ないんじゃないのか…?
「そろそろ帰るんじゃないのか?」
「あ、…そっか、もうそんな時間だね」
わざとらしく時計を見ているが…夕食後からはもう30分は経っている。
「…あのさ」
「ん、お土産なら無いぞ」
「そうじゃなくてさ…」
「…なんだよ」
「ごめん、今日泊めて」
「は?」
「…ダメ?」
「帰れ」
「…いじわる」
「拗ねても無理だ」
しばらくの沈黙の後。
「…いいよ、帰るよ、帰ればいいんでしょ」
透子は俺の横を通り過ぎると玄関のドアノブに手を掛けた。
「待てよ」
「…なに」
ちょっと声が不機嫌になってる。
「理由を言え、それからでもいいだろ」
「えっ…」
「無条件で泊めるのは無理だけどな…なんか理由があるなら…」
考えない事も無い。
「泊めてくれるの?」
あーこいつは人の話を聞いてねぇ。
「だから何で泊めろなんて言うんだ?」
「……」
透子は少し黙った後。
「家出…して来ちゃった」
「家出…って…お前バカか?」
「し、しかたないでしょ…だって…もう限界だったんだもん」
「限界ってなにがだ?」
「あのね…」
簡単に説明すると両親に耐えられなくなったそうだ。
思春期の男女には得にあることだな。
珍しいことでもない。
「仲直りは?」
「する気なし」
「そりゃ強引だな」
「だって…」
なんでも実家の道場を継げ…だそうだ。
一人っ子だから当然の結果だが。
こう言うのは婿とかとってやらせるんじゃないのか?
「私、夢があるから嫌って言った」
「へぇ」
「そしたら叩かれた」
「父親に?」
「ううん、母親に」
「マジか…」
「マジ」
意外だな、透子の家には何度か遊びに行ったことがあるが…
俺の記憶の中では透子の母親は優しかった筈だが…。
「そっか、わかったよ…じゃあ一日だけな」
「ありがと…やっぱ優しいね」
「善意なだけだ」
「それを優しいって言うんじゃないの?」
「…そうかい」
で、一泊することに決定。
なんでか家主の俺は床で寝ることに…。
「ねぇ…」
「ん…?」
「彼女と…なんかあった?」
「…別れた」
「…そっか」
「…それだけか?」
「慰めて欲しい?」
「遠慮しとく」
「…バーカ」
「バカはお前だろ」
「…そうだね」
「…気味が悪いな」
いつもなら言い返してくるのに…。
「私…同じ高校に行きたかったんだよ」
「なんだよ…それ?」
「でも、私立はお金がかかるからね…」
「まぁ…多少な」
「へぇ…多少ね、金銭感覚ヤバイんじゃない?」
「ほっとけ」
「うん、ほっとく」
「そうだ、早く寝ろ」
「うん…」
透子は急に起き上がった。
「なんだ、喉渇いたのか?」
「違う」
そのまま俺の傍へとやって来た。
「隣で寝て…いい?」
「ガキか?」
「ガキだよ」
「…納得した」
「するな」
べしっと軽く頭を叩かれた。
そういや…こんなこと中学の頃もあったな。
確か修学旅行の時だっけか…。
「前もこんなことあったね」
「忘れたよ」
「酷いなぁ…私は…覚えてるのに」
「…あの頃はまだ可愛かったのにな」
「今もの間違いでしょ」
「…そうだな」
「…へぇ、後悔してるんだ?」
「ああ…少しだけな」
「ふぅん、私は…あの時の返事、訂正してもいいよ」
「残念だが、俺はもう、恋愛はしないって決めたんだ」
「えっ…?」
透子が素の顔に戻ってる。
「な、なんでよ」
「いや、色々あって」
「…信じらんない」
「疲れたんだって」
「……」
「…だから、もう俺に構うな」
「…わかんないよ」
「はぁ?」
「なんでそんなに投げやりなの…自分のことでしょ?」
「まぁ…そうだけどさ」
「春奈は…春奈はなんて言ってるの?」
「話してない、と言うか…もう何日か会話もしてない」
「…じゃあ…どうして私を泊めたのよ、春奈にも…そんなふうに接してるのに…」
「友達だから」
「え……………」
「俺が信頼できて…心を許せる友達だから」
それには叶野も大羽も含めていい。
信頼できる仲間…それだけ…それだけいてくれれば俺は十分。
「勝手に…勝手に自分で自己解決したつもり…?」
喧嘩を売るような目つきで透子は俺を見ていた。
「私は認めないから…そんなの…あんたらしくない…!!」
「俺らしいってなんだよっ!!」
「それは…」
「言えないんだろ…」
「違う……」
「お前に俺の気持ちなんか分かる訳ない」
「そうよっ…分からないわよ…」
いつの間にか透子は涙を流していた。
「…だって…なにも言ってくれないじゃない…」
「…」
「昔から…ずっと、黙ってて…なにも相談してくれないかったじゃない…」
「………」
「友達なんでしょ…なのに…どうして…?」
そんなのは決まってる。
格好悪い姿をこいつらに晒したくなかっただけだ。
自分の弱い部分を…見せたくなかっただけだ。
なのに…それなのに…。
自己嫌悪に陥っては周囲を遠ざけてきた。
「最低なんだよ俺は…なのにどうして…誰も俺から遠ざかっていかないんだよ!!」
「それは…優しいから…だよ」
「えっ…」
「私がふられても…ちゃんと友達でいてくれて…そんな優しさがあるから…私はまだ…あんたが好きなの」
「…そうか」
「…でも、私じゃダメ…なんでしょ?」
「いや…そう言うわけじゃ」
「優柔不断はやめて」
「すまん…」
「好きか嫌いか…この二択」
「…選べない」
「…はぁ」
透子は涙を拭って
「選ばないのも選択肢…なのかもね」
叶野みたいなことを言い出した。
「それも…そこまで極めれば長所だね」
「褒めてるのか?」
「ううん、バカにしてる」
「…そりゃそうか」
「ぷ、あははっ…」
「…やれやれ」
俺は呆れ顔をして
そして透子は笑っていた。
そうして…夜は過ぎて行った。
次の日
俺が起きると既に透子の姿は無かった。
しかしテーブルの上に焦げた目玉焼きと
味噌汁らしき液体、そしてご飯が用意されてあった。
「あのバカ…料理下手な癖に」
透子なりに頑張ったんだろう。
前よりは成長している。
そして一枚のメモが目に付いた。
『頑張れ、どう生きるかは自由だけど、してきた事にちゃんと責任は取りなさいよ』
全く…あいつは…。
回りくどいことしやがって…。
分かってんのかよ…。
俺の右手はまだ本調子の時ほど動かないんだぞ。
時計を見ると朝10時ちょっと過ぎ。
演奏は10時30分から…全然間に合わない…が
行くしかないんだろうよ。
俺は走り出す。
自分のした約束を果たすために…。
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