恋愛仲介部の決断3
手紙は結構簡単に書く事ができた。
内容は単純に俺の気持ちを言葉にした。
これからも友達として…仲良くやって行こう。
鋭く…彼女の心を傷つけるだろうか…?
でも、これ以上…引きずるなんてできない。
だから、多少辛くとも…これくらいのことを言わなければ
関係は…元には戻らないんだと俺は思う。
でも、結局、元になんて戻らないものだ。
仲直りをしたからと言って気持ちが治まる訳ではない。
無駄でも…けじめとして…。
俺は…自分の行いに意味があったと信じることにする。
ジメジメしていた梅雨の終わり頃。
そろそろ、松葉杖生活にも慣れてきた。
あんまり不自由さを感じなくなったし。
左手で字を書くのもかなり上手になってきている。
昔、本で読んだ事がある。
眼が見えない人の聴力が発達するのと同意で
人間は何かを補うために他の何かが発達する。
俺の場合は左手なのだろう。
そう割り切って左手を使う内に右手の存在を忘れていく
池上の手を握った感覚も…
そうやって記憶の闇にしまい込んでいくんだろう。
だけど…そう簡単に忘れてはいけない。
「くっ…」
ほぼ感覚の無い右手に力を込める。
それとともに激痛が俺の右腕を駆け抜けた。
「つっ…」
だが…それを続けていく。
体の中からの痛み…。
自分で自己防衛をするかのように…俺の体は右手を動かしてはくれない。
アニメや漫画の様に、ある日突然治る。
そんな出来事があまりにも現実離れしていて…笑っていたりもしたが
動かない左手がこうも…不甲斐無く…じれったいものだとは思わなかった。
何日も何日も…欠かさずにリハビリもどきを繰り返していく。
だけど俺の右手は一向に動かない。
いや…それよりも悪くなっていくみたいだった。
ある日…雨がザァザァと音を立てて降っている…そんな日だった。
湿度が高いと…妙にキズが痛む。
古傷と言う訳でもないのにな…。
そんなことを思いながら起床…。
いつものように秋が来る前に少し…右手に力を入れてみる。
もちろん…動かない。
でも…今日の感覚は違った。
俺は自分の眼を疑った。
俺の右腕は確かについている…でも、なにも…ついていない…そんな感覚。
右腕から先に…なにも無い。
そんな錯覚に囚われる。
ふと…自分が…見ているのは本当の自分の腕じゃないんじゃないかと…
そんな考えが浮かんだ…。
数秒…嫌な想像に囚われる。
我に返ると服は汗でびっしょりになっていた。
「おはようございます」
そんな時…秋が俺の病室の扉を開けた。
「あ、ああ…おはよう」
作り笑顔で…俺は答える。
「…どうしたんですか…顔色、悪いですよ…」
秋は心配そうに俺の顔を覗き込む。
「大丈夫だ…なんでもない、ただちょっと今日は寒いなって思って」
「そうですね、もうそろそろ夏なのに…雨が降ったらまだ春先の陽気ですね」
よかった…誤魔化す事ができて…。
秋は荷物を置くといつも通り…俺の右手をマッサージしてくれる。
やっぱり…筋肉が緊張していて硬くなっているらしい。
それを少しでもやわらかくしておいた方が回復は早いそうだ。
必死に俺の右腕をさすってくれる。
でも、今日の俺には…その暖かさは伝わってこなかった…。
「………」
秋が無言で顔をあげた。
「どうした?」
「…変です」
「…なにがだ…?」
「…ちょっと右腕…動かしてみてくれますか…?」
「…………」
無理だ、動かない。
「あの…右腕…」
心配そうな声を出している。
「すまん…もう、動かないかもしれない…」
「えっ…」
秋は凄く驚いている様だった。
それはそうだ…手だけならともかく…腕も動かないとなると…
「…嘘…ですよね…?」
か細い声で…俺に聞く。
「分からない…でも、感覚がな…」
言いかけた瞬間…
「嫌っ…そんなの…嫌…」
秋が…涙ながらに俺の右腕を抱きしめていた。
そんな温もりさえ…俺は感じられずにいる。
「秋…」
「私を…私のこと…慰めてくれて…励ましてくれて…強く…手を握り締めてくれたのに…」
秋は…俺の胸の中で泣いた。
声を出して…
まるで…俺の分も…泣いて…。
こんな少女のからだから…こんなに涙を奪ったら…
俺は…もう、何も求められない…
そんな…気持ちになる。
いつものように…俺はそっと彼女の頭を撫でてあげる事ができない。
左手ですれば簡単…
だけど…それは秋の求めていた温もりではない…。
「うっ…うぅ…」
「秋…もう、帰ってくれないか…」
「えっ…」
泣いている彼女に…そう言い放つ。
「もう、いいだろ…こんな男のどこがいいんだよ!秋のこと…ただ泣かすだけの…俺のどこが…」
秋に…これ以上悲しい顔をして欲しくなかった。
もう…
「…でも…好き…です」
彼女の涙は止まっていた。
「…もう嫌なんだ…目の前で泣かれるのは…」
次の言葉を放ったら彼女は俺から離れていくだろうか…?
いや…もう、俺に彼女を求める資格はない。
「だから…」
言いかけた瞬間に秋の言葉がそれを遮る。
「泣きません…」
彼女は涙を拭いながら…そう、答えた。
「あなたが…嫌と言うのなら…もう、あなたの前で泣きません…」
「秋…」
「友達として…恋人として…愛する人として…なにがあっても…私はあなたの傍にいます」
「そうか…」
嬉しかった…
でも、それと同時に…
彼女に背負わせている重みは俺だと…改めて思い知った。
迷惑とか…
そんなこと…関係ない。
俺だって秋の傍にいたい。
だけど…。
それが本当に彼女の為になるのか…?
断言できる…言葉が見当たらない。
一歩踏み出せる勇気が無い。
所詮…優柔不断…なんだよ…俺はな。
「俺は…」
「っ…」
どうやら…秋は最近、俺の会話を途中で止めるのが…気に入ったらしい。
彼女は俺の唇を奪うとともに強く…俺の体に抱きついてきた。
「私…本当に好きなの…」
「…どうやら…そうみたいだな…」
お互いに苦笑。
でも、それが…嬉しくも思える。
「もし…動かなくなっちゃったら…私があなたの右腕になります」
「それは色々と困るな…頑張って治すか…」
「え…色々ってなにがですか?」
「まぁ…色々とだ」
そんなやり取りが幸せに思える。
だから…最後の最後まで…。
諦めずに…頑張ってみよう。
後悔はそれからでも遅くは無いはずだから…。
手紙が届いた。
郵便受けではなくて…
私の下駄箱に入ってた。
誰が入れたんだろう?
でも…そんな疑問は中身を見て直ぐに無くなった。
下手で…汚いけど…彼の字。
幼馴染だもん…それくらい分かる。
手紙の内容をさっと一読。
彼らしい…実に言い訳の多い内容だった。
でも、嬉しかった。
会ってはくれないけど…私のこと…まだ友達だとは思っていてくれてるみたい。
神崎さんとは…上手く行っているんだろう。
よかったね。
心から祝福は出来ないけど…。
彼が幸せなら…いいや。
関係ないもん、私…振られてるんだし。
こんな手紙…なんで出すんだろ。
おかしいよね。
だって…振ったなら…私のこと無視したり。
避けたりすればいいのにさ。
私だっていつまでもバカじゃない…。
だから私も返事を書いた。
そして…彼に渡しておいて欲しいと紀野里先生に頼んでおいた。
池上から返事が来たのは手紙を出してから一週間経ってからだった。
開封して中身を見ると
確かに池上の文字でこう綴られていた。
『私のこと…捨てたくせに
どうしてこんなことするの…?
あなたは勝手過ぎるよ…
こんな手紙送られて…
私は…どうすればいいの…?
私には分からない…
分かるなら…教えてよ…』
俺は彼女がどんな気持ちでこの文章を綴ったのかは分からない。
でも…。
悲痛さと…やり場のない怒りがその文面から読み取れた。
それ以降、俺は池上に手紙を出す気になれなかった。
これ以上は態度で示すしか無い…そんな気がしたから…。
来ない…
返事が…いつまで経っても…来ない。
教えてくれない…。
私がどうすればいいか…。
なんで…?
友達としてなら…優しくしてくれるんでしょ…?
それで…我慢するから…
もっと…色々…欲しいけど…
それだけで…我慢するから………。
返事が来なくなって3週間が通過した…。
もう、そろそろ夏休みに入る…。
私は再び…彼の元を訪れることにした。
そう、昼間じゃ追い返されてしまう。
でも、夜なら…。
そう思って私は夜の病院を訪れた。
廊下を歩くと…自分の足音が響いているのが分かる。
受付で家族だと言えば簡単に面会時間意外でも入ることができた。
私は…彼の病室の前へとやって来た。
現在時刻は深夜1時…。
きっと…もう寝てしまっているだろう。
でも…彼の部屋からは…彼の声が聞こえてきた。
「痛ぅ…まだ…ここまでしか動かないか…」
痛みを我慢するかのような…そんな声。
なにをやっているのだろう…
そう思って…扉を少し開く…。
彼は痛みに顔を歪めながら…右腕を動かしていた。
彼の腕のことは先生から聞いて知っていた。
動かない…そう聞いていたはずだけど…
彼の右手は徐々にだけど…確かに動いていた。
努力したんだ…リハビリも…
きっと神崎さんの為なんだろう…
だから頑張れる。
彼はそんな男だ。
「あと…ちょっとだってのに…」
なにがあとちょっとなんだろう…。
「もう少し…力が入れば…ギターを固定できるのに…」
「えっ…」
思わず…声が漏れてしまった。
「誰かいるのかっ…」
彼は声に反応して立ち上がる。
いけない…。
私は走り出した。
全速力で…走れば彼だって追いつけないだろう。
なんとか…病院の外まで来た。
すると…一人の人物が私を待ち構えていた。
「こんな時間に偶然ですね」
「叶野…くん…?」
いつもの表情の叶野君がそこには立っていた。
「北条から連絡があったので見に来ましたが…こんな時間に彼になにか用ですか?」
「べ、別に…」
すると叶野君は全てを悟ったかのように
「彼…必死でしたでしょう?」
「えっ…」
「あなたと…またバンド活動をするために必死なんです」
…やっぱり。
「あなたに償いをしたいのでしょう、彼は言葉よりも行動で示すみたいですが」
「私…」
何も…知らないで…。
「彼も…あなたが心配なのです、傷つけてしまったことを悔いているのは彼の優しさだと…僕は思います」
「そんなの…」
わかってる…でも、辛いから…悔しいから。
「もう少し…身の振り方を考えた方がいいと思います、今のあなたでは…彼の優しさを無駄にしてしまう」
「知った様な口を…きかないでっ!!」
私と彼の…なにが…わかるって言うのよ
私は叶野君に背を向けて走り出した。
そして…
家に返ってきたときに…自分が泣いていたのだと…気がついた。
悲しさとはまた違う…。
嬉しさに似た…涙を…。
|