私はもう振り返らない
目覚めは妙にスッキリしていた。
長時間寝ていたダルさも無く…絶好調。
夢を見ていた…長い、長い夢を。
その中で私は何人もいて…私に問いかけていた。
「後悔は…ないの?」
(表)の私が問いかける。
無いと言えば嘘になる。
でも、そんなの気にしていたらきりが無い。
「もう一人で大丈夫よね」
(裏)の私が言う。
大丈夫、私には彼がいる。
それに…もう迷わないって決めた。
「私の言う通りにすれば…彼は私だけを見てくれるの、だから…私の言う通りに…」
(邪)の私が必死になって私に言う。
でも、違う。
確かに彼女の言う事を聞けば…彼は私だけを見てくれると思う。
だけど…それじゃ意味が無い。
「私は…自分の力で歩けるから」
もう、他の自分は必要ないから…。
表でも裏でも邪でもない…私で。
彼とちゃんと向き合えるから。
「そう…本当に後悔はないのね?」
(邪)の私がしつこく問う。
「ないわ」
断言する。
それだけの自信が今の私にはある。
「…ならいいけど、でもね…あなたが少しでも後悔を感じたらあなたは立ち直れなくなるでしょうね」
「そんなこと…ならない」
「大した自信ねぇ…ま、いいわ。どんな結果になるか…見せてもらおうじゃない」
彼女は最後まで挑発的な態度を取っていた。
私は絶対に彼女には屈しない。
後悔に…屈してはいけない。
ベッドから起き上がると髪の毛はボサボサだった。
昨日…お風呂にも入らないで寝てしまったし。
それに…最近手入れもしていなかった。
時計を見ると…まだ朝の五時だ。
ちょうどいい、シャワーでも浴びにいこう。
私は着替えを持って大浴場へと向かう事にした。
大浴場は広すぎると思うくらい広い。
私の為だけに作られたらしいけど…この広さは異常だ。
服を脱ぎ…私は浴場のドアを開けた。
一気に湯気が体を包んでいく。
まずは体を洗おう。
今までの汚れを全部…流してしまおう。
近くにあった石鹸を手に取り…私は体を泡で包んでいった。
微かなミントの香りが辺りに充満する。
体を洗い終え…湯船に浸かる前にする事がある。
そう…最近、髪を切っていなかった。
普段は美容院で切ってもらうけど
自分の手で…長くなりすぎた髪を切る。
「これくらいで…いいかな」
ばっさりと切って彼に嫌われるのは嫌なので…
セミロングくらいまで均等に長さを揃えておいた。
鏡で見たが印象が結構変わったみたいだ。
でも…いい感じだと自分では思う。
そして私は湯船に浸かる。
広すぎて向こう側が見えない…。
今度彼を家に招待した時は…一緒に入ろうと誘ってみよう。
そんなことを考えながら…私は湯船に浸かっていた。
大浴場から部屋に戻り、私は制服へと着替えを済ませて
大広間へとやって来た。
「おはようございます、お嬢様、今日はお早いお目覚めで」
と西沢が会釈をする。
「朝食を頂くわ、それと…今日は彼の家に寄ってから学校に行くから」
「かしこまりました、お車の手配をします」
「いえ…歩いて、自分の足で彼の家まで行くわ」
「そうですか、ではお気をつけて…」
西沢は何やら嬉しそうな顔をしていた。
私の変化に気づいたのだろうか?
ずっと私に仕えてきたんだし、気づくのは当然か…。
朝食を軽く摂り、私は神崎の家を後にした。
毎回思うけど…家から門までの道のりが長い。
少し体力をつけないと…そんなことを思いながら私は歩き出す。
ゆっくりと自分の足で歩いて見える景色は
車の中から見ていた景色とは別物の様な輝きを放っていた。
電柱にとまっている小鳥達のさえずり。
道端で力強く咲いている花々。
どれを取っても…私が今まで見過ごしてきたものばかりだ。
それを一つ一つ確かめ、楽しむことで…新しい世界を知る事ができる。
今までは…自分に人格と言うフィルターを何枚も重ねていたけど
それらが取り払われた事で…私が素の私でいられる。
ありのままで…この世界の一部になれる。
そんな…気がした。
だいぶ歩いた。
彼の家までは結構距離がある。
今までは車で登下校をしていたけど…
これからは自分の足で歩くんだ。
早く慣れるように頑張らないと…
決意を新たにして…彼の家の前へとやって来た。
静まり返っているのは…まだ、7時前だからだと思う。
彼ならまだきっと寝ている。
私がインターホンを押そうとした瞬間。
「ガチャ」
急に…彼の家のドアが開いた。
「あっ…」
目の前には寝癖がついていて…まだ眠そうな彼が立っている。
「……えと」
なんて言えばいいか…ちょっと迷ってしまう。
すると彼は私の手を取って
「行くぞ…秋」
隣を歩いてくれる事を…許してくれた。
一緒に歩く通学路。
彼は少し照れながら…でも、私の手を…握って歩いてくれてる。
私は歩くの遅いから…彼も早く起きてくれたんだと私は思う。
「…髪、ちょっと切ったんだな…」
私の髪の毛を見て彼が言う。
「似合ってるかな…?」
「ああ、似合ってる」
拒絶されるとも思ったけど。
彼は…私を受け入れてくれた。
私を…他の誰でもない…私を…。
「ありがと…」
急に恥ずかしくなって…小声で言う。
「これが…本当の秋なんだな」
「えっ…」
「裏でも表でもない…だけど…もう俺の中でお前は『神崎秋』本人なんだ。上手く言えないけど…そういうことなんだよ」
「ふふっ…あなたらしいね」
「なっ、笑うことないだろ…」
「ううん、嬉しくて笑ったの」
「…そっか、ならいいけどさ…」
私達は寄り添いながら…もう、綺麗な花びらも散ってきている桜並木を歩いていた。
道路にいっぱい落ちている綺麗な花びらを…私は見ない。
過ぎ去っていったものは…私には必要のないものだから…。
振り返ってしまっては…昔の自分に戻ってしまう…気がして…。
だから…『桜が綺麗だった』…それだけを記憶に焼き付ける。
彼と見た桜並木が…綺麗だったのを…ずっと…
心の奥底に…焼き付けて…おきたいから。
「でもさ、スーツ姿の秋も良かったんだけどなぁ…」
唐突に彼が言う。
「スーツ姿が好きなの?」
「まぁ…良かったなぁ…ってだけなんだけどな…」
「…今度、着て来ようか?」
「ああ、機会があれば…頼むよ」
「うん」
どんな私も愛して欲しい…それは私だけの願いじゃない。
いくつもの…私だった…人格が共有して持っていた願い。
だから、その想いを大切に…彼に伝えたい
「ねぇ」
「ん?」
「キス…しよっか」
「えっ…」
「だって…本当の私とは、まだしてないから…」
これをスタートに…私を本当の私をもっと知って欲しい。
「そうだな…」
彼は少し…周囲を気にして
「秋…」
彼は真剣な顔をして私を見てから
「っ…」
私の唇に…キスをしてくれた。
今までで一番優しく…包み込むようなキスを…。
「…やっぱり恥ずかしいね」
「そうだな…いくらなんでも…校門前は…まずかったな…」
案の定、私達は周囲の注目の的になってる。
「さて、周囲の目も気になるし…教室に急ぐとするか」
「うん」
彼は教室に向かい走り出す。
でも…私をどこかに置いて行ったりしない様に…
しっかりと私の手を握ったままで…。
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