恋愛仲介部の願望4
見たくなかった…。
いや、そんなのは俺の我侭だ。
池上の本心…。
彼女の必死さを俺は…受け止められなかった。
だから…抵抗も…できずに…。
「くそっ…」
自分の頬に拳を入れる。
痛覚で曲がった根性を矯正できればどれだけ楽か…。
そんなことを思いながら母さんを連れて俺は自宅に戻る事にした。
「ねぇ…なにかあったの…その頬…」
母さんが心配して俺に聞いてくる
「別に…なんでもない」
「…そう」
それ以上の詮索をしてこなかったのは母さんなりに気を使ったのだろう。
やれやれ…家に着く頃には急がないと学校に間に合わない時間だな。
家に着くと
「お帰りなさい」
と秋が丁寧に俺を迎えてくれた。
「ただいま…」
「…あの、池上さんは…」
心配そうに俺に尋ねる。
「ああ…別れてきた」
「そう、ですか…」
「ごめんな…心配かけて」
「いいえ、…信じてましたから」
これで…よかったんだ。
「…じゃあ、学校に行こうか」
「はい」
朝食を食べている暇は無い。
俺たちは学校に向かう事にしよう。
学校に着くと既に池上は登校していた。
自分の席に座って窓の外を見ている。
…驚いた。
あの様子だと今日は休むと思っていたんだが…。
池上と目を合わせない様に自分の席に座るとしよう。
鞄から教科書を机に入れていると後ろから声がして
「おはよ」
と普通に池上が俺に声をかけてきた。
「え……」
しばらく声を失った。
「なに、どうかしたの?」
「いや…その…」
さっき別れたばっかりなのに…。
「ねぇ、好きになった女の子って誰?」
「……」
俺は瞬間的に秋を見てしまう。
「…やっぱり、神崎さんなんだ…」
何かを納得したかのように池上は秋の元へと歩いていく。
「お、おいっ…」
いったい何をする気だ…。
「神崎さん」
「…い、池上さん…」
心なしか秋は脅えている様だ。
「負けないから…私」
「えっ…」
「諦める気無いから…」
それだけ秋に言うと池上は俺のところへ戻ってきた。
「そういうことだから」
「…池上」
「絶対に…私に振り向かせて見せる…」
それだけ言うと自分の席へと戻って行った。
…ちょっと待て…。
諦めたんじゃ…なかったのか…?
おい…これ…まずいんじゃないか…。
秋もキョトンとした顔で俺を見てるし。
これから…どうすりゃいいんだよ…。
「それは困りましたね」
叶野は苦笑を含みながら微笑している。
全く…昼休みになって真っ先に相談を持ちかけたってのに
そんな反応は無いだろうよ…。
「で…お前だったら次はどうすりゃいいと思う?」
参考とまでに意見を聞かせて欲しい。
「さぁ、僕は多人数にモテたことがないので良く分かりません」
「…いいかげんにしないと怒るぞ」
「すみません、冗談ですよ」
「…はぁ」
溜息が出る…。
「そうですね、池上さんはあなたを諦めないと言っているんですよね」
「ああ…そうだよ」
「でしたら、池上さんに諦めさせればいいのではないのですか?」
「それができたら苦労は無い」
できないから今現在困っているんだ。
「確かに…池上さんの様に直接的に感情表現の強い方を諦めさせるのは難しいことかもしれません」
「…だから、相談しているんだろ」
叶野は少し考えて
「こればっかりは時間の問題だと思います、彼女も諦めがつく頃がきっと来るはずですから」
「…それはいつだ?」
「細かい日時は分かりません、1年以上かかるかも知れませんし」
「…それじゃあ困る」
「いいですか、聞いて下さい」
叶野は改まって俺を見る。
「な、なんだよ…」
「女性は…例え別れても相手を想い続けることができるのです」
「…つまり、諦めがつかないんだろ」
「ええ、簡単に言えばそうですが、ちょっと意味合いが違います」
「…分かりやすく言え」
いちいち回りくどい。
「そうですね…例に、一人の男性を何年も想い続けて独身でいる女性もこの世には沢山いますよ」
「そうなのか?」
「そうです、僕らが思っている以上に女性の想いは強いのです」
「…男のお前が言うなっての」
「それもそうですね」
叶野は微笑する。
「あ…そういえば北条はどうした?」
「………」
叶野は俺から目を逸らし無言になる。
「なぜ、黙る?」
「いえ…現在行方知れずでして…」
「…普通に池上の家にいたぞ」
「なるほど…そこは盲点でした」
どこを探してたんだよお前は…。
「帰りにでも会ってきますよ、僕も彼女に言わなければいけないことがありますからね」
「…大変だな、互いに」
「いえ、僕よりもあなたの方が何倍も大変ですよ」
「…そうだよなぁ」
本当にどうしよう…。
素直に諦めるとは思わなかったけど…全然気にしてないし…。
しかも、ライバル宣言までしてくるとは…。
最近色ボケしつつあったけど…本来の池上に戻ってきた気がする。
それで叶野は学校が終わり次第北条に会いに行くってことで部活を欠席。
俺と秋と池上…凄く気まずい状況で…奴の到着を待っている。
「待たせたなっ!!」
勢い良く扉を開けて奴が到着した。
これ程までに奴の到着を望んでいたことはない。
「お前は元気でいいな…」
「元気なのが一番だからな」
そうですね…仰る通りですよ…。
「今日は仲介にするぞ!!」
「お、久々に本題を思い出したのか?」
「依頼者がそろそろ来るはずだ」
「依頼者?」
「昼休みに俺のところに直接依頼をしに来たから、放課後部室に来るように言って置いた」
おいおい…お前が来る前にその依頼者が来ていたらどうするつもりだったんだよ…。
「コンコン」
ちょうどよく部室のドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
と奴が言う。
扉を開けて入ってきたのは…。
「失礼します」
容姿、外見、声が全て同じの二人だった。
「ふ、双子…?」
「はい」
ステレオ…って言うか…二重音声で返事が返ってきた。
「とりあえず、座ってもらえ、お茶の用意だ」
「…はいはい」
彼女達がソファに腰掛けると同時に俺は淹れたのお茶を二人の前に差し出す。
「ありがとうございます」
微妙に声にエコーがかかる。
「それで依頼とは?」
奴がメモを片手に問う。
「えっと…私たち双子なんですけど…」
それは見れば分かる。
「同じ人を好きになっちゃったんです」
「えっ…」
驚いたのは俺でも奴でもなく。
秋と池上だった。
「私たち、どっちが彼に相応しいか…分からないんです、容姿も性格も全部そっくりで…」
そりゃ相手の生徒も困るだろ。
同じ顔で性格なんだし…甲乙つけがたいだろうに。
対極でも…困るけどな…。
「なるほど…双子か…」
興味深そうに部長は頷いている。
「…こればっかりは決められないだろ」
全部同じなら決めようが無い…
「…バカか」
奴は俺に言う。
「対象が一人である以上、どちらかは選ばれないんだぞ」
「そりゃ分かってるけど…」
「自分達では決められないからこうやって我々に相談に来たんだろうが」
なるほどな…下手をしたらジャンケンとかの決着も着きそうにないしな。
だったら簡単に他の第三者に決めてもらうのが良いだろう。
でも…それで彼女たちは満足するのか…?
選ばれなかった方は…諦めがつくのか?
あ…。
池上も…きっと…こう思っていたんだろう。
だから…俺を想い続ける。
諦めないと言う道を選んだ。
でも…それで…いいのか…?
選択しなければいけない…。
人間は全てに置いて決断を迫られる。
それは避けられない。
だから…人は選ばなかった人を、物を、未来を切り捨てていく。
そうしないと残されたものが意味を持たないから…。
切り捨てたものの上に…出来上がるものだってある。
だから…それらが蓄積されて…経験となって人の未来を決めていくんだと思う。
…って能書きだけなんだよな…俺は。
結局、奴が発案した結果。
コイントスで決めることになった。
もっとも二択としては王道だろう。
表と裏…。
池上と…秋…。
俺はその対称な彼女達に想われている。
どうすればいい…。
表が出れば…裏は見えない存在となる。
しかし、その逆もある。
表と裏のバランスは…俺の行動に委ねられている。
優柔不断さが…ここに来て仇になったな…。
はぁ…。
昔の俺なら
どっちも選ばない…
そんな選択肢があれば迷わずに選ぶだろう。
でも今の俺には秋が大切だ。
だから…池上は選べない。
「じゃあ、コイントスで表が出たから姉に決定!!」
こいつが…奴がなにを目的としてコインの表と裏で決めたかは知らない。
でも…なにか訴えかけようとしていたのかもしれないな…
ま、俺なりの過大評価だろうけどさ。
仲介(?)を終えて俺と池上と秋は帰ることになった。
帰り道、俺は秋に歩幅をあわせて歩いている。
「ごめんなさい…歩くの遅くて」
「大丈夫ですよ」
そんな些細なやり取りも池上がいると微妙に気まずい。
「ねぇ、神崎さん」
唐突に池上が秋に話しかけた。
「え、…な、なんですか…」
「なにかしたの?」
「えっ…」
「だっておかしいでしょ、急につき合い始めるなんて」
「やめろ…」
しかし池上は俺の言葉なんて聞いちゃいない。
「私は神崎さんに聞いているの…邪魔しないで」
「…えと…その…」
「色仕掛けでもしたの?それくらいしないと…振り向いてもらえないもんね」
攻める口調で言う。
「…そ、そんな…」
「言いがかりだ、秋…もう相手にしなくていい」
俺は秋の手を引き、池上から遠ざかる。
「へぇ、逃げるんだ?」
池上が言う。
「…………」
すると…一瞬にして秋の雰囲気が変わった。
「弱いあの子を責めてなにが楽しいのかしら?」
神崎が…秋の変わりに反論した。
「別に責めてなんていないわ、だっていきなり名前で呼ぶなんて変でしょ」
「いいんじゃないの別に?あなたみたいに我が侭な人は最後まで名前で呼んでもらえなかったみたいだけど」
「なっ…」
「あら、ごめんなさい、もしかして呼んでもらっていたのかしら?」
確実に池上を挑発している。
「神崎…やめろ、そんな…挑発なんて」
「黙ってて、これは私と池上さんの問題よ」
「私は…」
池上は既に泣きそうになっている…。
神崎の一言が相当堪えたのかもしれない。
「もう、私の彼に手を出さないで」
神崎が冷たく言い放つ
それは俺に言われるよりも…彼女を傷つけた。
「うっ…ううぅ…」
その結果、池上は泣き出してしまった。
我慢していたのだろうか…その場で蹲った。
彼女の涙は…乾いたアスファルトを濡らしていった。
「行きましょう」
神崎は俺の手を引いて歩き出す。
俺も振り向かない。
池上をそこに残して…俺たちはその場を跡にした。
諦めない…。
頑張って…いれば振り向いてもらえる。
だから…今は我慢しなきゃ…。
涙が出ても…泣き言は言わない。
泣き言を言ったら…負けを認めちゃうから…。
そう思って負けん気を出してみた。
でも…もう、無理なんじゃないかって…。
本当は分かってるのに…。
辛いよ…。
苦しい…。
口からはあんな嫌な言葉しか…出てこない。
彼に嫌われる…。
そんなの嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…。
戻りたい…。
楽しかった…子供の頃へ…。
簡単だ、戻ればいい…。
戻ろう、あの頃へ。
楽しかった…彼との日々へ…。
思い出せば…心が楽になれる…。
だから…彼に見てもらえない今の自分なんていらない。
昔の自分でいればいいのだから…。
途端に頭の中が真っ白になり
…私の意識は闇に飲まれるようにどんどん遠くなっていった。
神崎と一緒に家に帰ると母さんが俺に
「帰り、池上さんと一緒だった?」
と、聞いてきた。
焦っているのか…なんか急いでいるみたいだ。
「いや…」
一緒と言えば一緒だが…。
「池上がどうかしたのか?」
「意識不明で…さっき病院に運ばれたわ」
嘘だろ…。
「……」
神崎は俺から視線を逸らした。
「いいから、早く、来て…」
母さんは俺の腕を引き外へと出て行く。
「乗って」
バイクの後ろに俺を乗せるとバイクは病院に向かって走り出した。
そっか…母さんは俺と池上がまだつき合ってると思ってるのか…。
病室には既に池上とネームプレートが入っていた。
それは少なくとも今日は家に帰れないという証拠。
俺は病院には嫌な思い出しかない。
胸騒ぎがした。
でも母さんは池上が倒れたとだけ言っていた。
事故じゃないだけ…マシか…。
俺は恐る恐る…病室のドアを開いた。
中には…白い部屋の白いベッドに寝ている池上の姿があった。
「池上…」
近くに行って顔を見る。
表情、外見、別に普段と変わらない。
「母さん…池上は…?」
「わからないの…急に倒れたって連絡が来て…」
春香さんが不在の時は母さんに連絡が来るようになっていたらしい。
「…神崎さんにも説明してくるから…ここにいて」
と言って母さんは病室を後にした。
俺は来客用の椅子に座り、池上が目覚めるのを待つことにした。
しばらくして…大体1時間くらいしてからだろうか…。
池上が目を覚ました。
「…池上」
彼女の俺に対する第一声が怖かった。
でも、声をかけない訳には行かない…。
なんと言われても耐える自信はあった。
だけど…。
池上が発した言葉は…俺が予想できなかった言葉だった。
「あなた…だれ…?」
彼女は俺を見て…そう言った。
|