恋愛仲介部の願望3
冗談…?
いや、こんな状況で冗談なんて言わないだろう。
俺がもし…善からぬ人間なら…
この場で押し倒す事だってできるんだぞ…。
まぁ…そんなことはしないが。
「あの…今、なんて?」
一応、確認…聞き間違いかもしれないしな…。
「胸…触っても…いいですよ…」
…どうやら聞き間違いじゃないらしい。
最初は俺の耳がダメになってしまったかと思ったが…正常で安心した。
じゃなくて…ど、どうするよ…俺…。
「………」
沈黙…。
気まずい…なにか言わなければ
「あの…そう言ってくれるのは嬉しいんですが…その、まだ…」
「そ、そうですよね…私ったら…ごめんなさい」
「いえ…良いんですけど…」
好意を台無しにしてしまった…。
当然の判断だと思う。
俺はまだ池上に別れを告げていないし
心残りがある状態で…秋に何かしても…罪悪感が残るだけだ…。
ちょっと待て…冷静になれ。
俺は別に…いやらしい目的で…こんな葛藤をしている訳ではない。
ただ…そう、自分の平常心が少し揺す振られただけで…全然動揺なんてしていないさ…。
うわ…バカみたいだな…俺。
「じゃあ、その背中流しますね」
「え、う、うん…」
俺達は一度湯船から上がり。
俺の後ろに秋が腰掛ける。
「えっと…これくらいでいいですか?」
絶妙な力加減で…秋が俺の背中を流してくれる。
「うん…いい感じ、もうちょっと右かな」
「は、はい」
と注文をつけると
秋は月さんの様に…「かしこまりました」
みたいな口調で返事をすると
丁寧に俺の背中全体を流してくれた。
「あの…」
「ん?」
流し終わり、泡をお湯で流すと秋が俺に話しかけてきた。
「私の背中も流してくれますか?」
「ええ、お安い御用です」
今度は位置を変えて俺が秋の後ろに回りこむ。
「………」
「…どうかしましたか?」
「いや…肌が白くて綺麗だなって思って…」
例えるなら白魚の様なって…常用にも程があるが…。
「あ、ありがとうございます…」
微妙に頬を赤くして秋がこちらを見た。
…多分、肌は繊細なのだろう…。
力を余計に入れずに…荒れない程度に…優しく流してあげるとしよう。
そんなこんなで…二人の風呂の時間は終了した。
まぁ妥当と言えば妥当なところだろう。
…また、こんな機会が巡ってくるかは分からんけど…。
風呂からあがって俺達は水分を補給して
秋は…今から家に帰すのもあれなので今夜は泊まって行く事に決定。
「そろそろ寝ようか」
髪の毛をドライヤーで乾かしている秋に声をかける。
「そうですね、もう遅いですし」
時計を見ると3時過ぎ…おいおい、明日学校だぞ…。
「学校へはここから行くんですか?」
「はい、西沢さんが荷物は全部ここに置いておいてくれたので」
「…え、なんで?」
「だから…言ったじゃないですかもう一人の私が…」
「…えっと…」
何を言ってたんだっけ…?
「小葉月さんの変わりに…私がメイドになるって」
「え…あれ本気だったの?」
「そうですよ、その為に生活用品とかは運んで置きました」
「そりゃあ…準備のよろしい事で…」
「…でも、困りました」
浮かない顔をする秋。
「なにが…?」
「メイドとしてか…彼女としてか…どっちで接すればいいんでしょう…?」
「…後者でお願いします」
「はい、わかりました」
嬉しそうに微笑んでいる彼女は入学当初の彼女ではなく。
潜める影もない、満面の笑みを誇っていた。
まぁ…せっかくなので…一緒に寝ることに…。
本来、俺のベッドに二人は狭い。
それは母さんで実証済み。
でも、二人で寄り添うように寝れば結構広く感じられる。
「…暖かいです」
秋を抱きしめる形で…現在就寝へと移行中。
「そりゃよかった」
健全な青年なら…この状況で取り返しのつかないことを決行するだろうが…。
俺は何処までも…そんなお約束とはかけ離れているのさ。
「おやすみ…秋」
「おやすみなさい…」
二人で目を瞑る…。
しばらくすると秋の寝息が聞こえてきた。
安心しきった無防備な寝顔は…昔携帯電話で撮った寝顔よりも無防備だ。
さて…そんなことよりも。
明日の朝…母さんを迎えに行く時に…池上に別れを告げよう。
その為にも…今日はもう寝ておこう。
朝…珍しく目が早く覚めた。
今日は一応学校なので…7時くらいに池上の家へと向かおう。
今から準備すればちょうど良いな。
「…むにゃ…おはよーございます」
「おはよ、まだ寝てても大丈夫だよ」
「はひ…そうします…」
寝ぼけ眼で俺を見送る秋。
…寝起きは悪かったんだな…と意外な一面を発見した。
俺は一人…池上の家へと向かう。
池上の家に着くと中から声はしなかった。
どうやら皆さん…まだ寝ている様だ。
仕方ないので隠してある合鍵でドアを開けようとすると
勝手にドアが開いた。
「あっ…」
俺と目が合ったのは春香さん。
「おはようございます」
「おはよう、優ちゃん迎えに来たの?」
「ええ…まぁ」
「リビングで寝てるよ、ちょっと飲ませすぎちゃったかな」
「そうですか…」
「どうしたの?…元気ないね」
「…いえ、そんなことは」
「春奈のこと?」
「えっ…」
「あんまり…上手くいってないみたいだけど…」
「ええ…実は…別れようと…思って…」
…ここで春香さんに言ったのは間違いだったかな…とも思ったが。
「いいんじゃないの?」
「え…」
「若いうちは色々経験して置くものだよ」
「で、でも…」
「大丈夫、春奈だって…思うところはあると思うし、なるようになると思うよ」
「…そうでしょうか?」
「でも、私は残念、せっかく息子ができると思ってたんだけどなぁ」
春香さんは残念そうにしている。
どれが本心なのか…よく分からない人だ…。
「…す、すみません」
「まぁいいけどね、それと私これから仕事だから」
「そうなんですか?」
「うん、ちょっと長くなりそう」
「海外ですか?」
「うん、通訳の仕事だよ」
春香さんは確か…本職は通訳だったっけ。
世界中飛び回って年に数日しか日本に帰って来れないらしい…かなり忙しいそうだ。
「じゃあ、また今度会おうね」
「あ、はい」
春香さんは俺に背を向けて走っていった。
さて、ここから…どうするかだ。
でも、春香さんに打ち明けて…少し気が楽になった。
リビングに来ると母さんが無防備にも床で寝ていた。
「…はぁ」
いつからこんなに俺の中でキャラが破綻していったのだろうか…?
この人に対する憧れ…とか、尊敬…とかはとうの昔にどこかへ行ってしまった様だ。
「母さん…帰るぞ」
「…なに…もう、朝…?」
「ああ、そろそろ学校に行く時間だ」
「…うぅぅぅ…頭痛い…」
母さんは額に手を当てて起き上がる。
「大丈夫か?一人で帰れる…?」
「…無理…みたい」
まだ酒が抜けないのか…微妙にふらついている。
「じゃあ…ちょっと待っててくれ…野暮用、済ませてくる」
「…早くしてね…早く…家で寝たい」
「…ああ、わかってる」
母さんをリビングに放置して俺は二階の池上の部屋へと向かった。
階段を上る度に…心臓が張り裂けそうなくらい…高鳴っている。
別れを告げるのが…怖いんじゃない。
…あいつが…俺の言葉を聞いて
泣き崩れないか…とか
そんな心配ばかりが…俺の心を満たしている。
「池上…起きてるか?」
池上の部屋の前でドアをノックして問う。
「うん、起きてるよ」
彼女のいつもと変わらない元気な声が返ってきた。
「…入るぞ」
俺はドアを開けて…池上の部屋へと入る。
「思ってたよりも遅かったね、もっと早く来ると思ってたのに」
「ああ…色々あってな…」
「…どうしたの?」
「………」
さすがに…俺の態度のおかしさに気がついたようだ…。
「もしかして体調が悪いとか…?」
心配そうに俺に近寄り…俺の額へと手をあてがう。
「大丈夫、熱は無いみたい」
安心して笑みを浮かべる
「池上…」
言わなくてはいけない…自分のためにも…池上のためにも…。
池上は言っていた。
言ってくれない方が嫌だと…。
だから…正直に言おう。
「池上…別れよう…」
俺は恐ろしいほどに直接的な言葉の刃を…彼女につきつけた。
世界から…この場を…瞬間的に切り取ったらこんな感じじゃないだろうか…?
まるで…写真を撮る様に。
私たちの楽しかった日々は…この瞬間に…色あせて世界から切り取られた。
「…なに…それ…」
こんな言葉しか出なかった。
知りたかった…色々。
どうして…いきなりそんなこと言うのか…?
どうして…私の何がいけなかったの…?
どうして…。
限り無い『どうして』が頭の中で渦を巻いている。
「…好きな人が…できた」
彼は私の問いに…そう答えた。
「へぇ…そうなんだ…」
怒りを覚えた…。
悲しみを覚えた…。
孤独を…覚えた。
でも…それらを言葉にできない…。
「だから…お前のことは…もう…」
次に来る言葉を予想した…。
誰だって…予想できる。
聞いたら全てが終わる。
楽しかった日々…。
思い出…。
思い続けたあの気持ちも…全部。
泡の様に…消えていく。
それだけは嫌だ…。
なんとかしなきゃ…。
「っ……」
自分の涙が零れる前に…
私は彼の唇を奪った…。
「っ…」
彼はとっさに私から離れた…。
そして…冷たい眼差しで私を見ている。
「………」
前までは…あんなに…優しくて…。
抱きしめてくれて…キスだって…嫌がらなくて…。
なのに…なんで…。
「…………」
彼も何も言わない…。
私の返答を待っているのだろうか…?
…でも、返事なんて言えない…。
『はい、そうですか』
なんて…簡単に私の彼に対する気持ちは消えたりしない…。
受け入れられない…。
彼の気持ちは…受け入れられない。
嫌だ…無理…。
彼は…私の…彼氏…。
ずっと…一緒に…いる…。
そう、決めたのに…。
私は…あなたと一緒にいたいのに…。
どうして………………。
体が先に動いた。
彼の腕を引っ張り…ベッドへと押し倒す。
彼は抵抗するがそんなこと関係ない…。
私だって…女だけど…本気になれば…彼一人くらい押し倒せる。
このまま…一つになれば…彼と私だけの…秘密があれば…。
まだ…。
私で…彼の心を満たす事ができるんじゃないか…?
そんな願望が私の中に満ちていく。
女として弱い部分…。
脆く…儚く…今の私は彼にそう映っているのだろう…。
「んっ…くっ…」
無理やりに唇を合わせる。
拒絶されたって関係ない…
あなたは…私だけを見ていてくれれば…それだけで…いい。
他の女に取られるなんて…もっての他…。
「…しようよ」
彼に告げる…いつもより大胆で淫猥な言葉を投げかける。
「やめろっ…」
彼は退こうとするが関係ない…。
私は彼に馬乗りになり…彼の自由を奪う。
私は知っている、彼は優しい…。
少し…ほんの少し…押すだけで彼の気持ちはこっちに戻ってくる…。
私は彼のワイシャツのボタンを外していった。
「そんなお前…見たくなかった…」
彼は抵抗するでもなく
私のことを見て…そう言った。
なんで…そんなの自分勝手だ。
私は…あなたを…好きだから…こうまでして…いるのに。
どうして…。
もう、わからない…。
「わかったよ…もう、ダメなんだ…私じゃ…」
ゆっくりと立ち上がり彼の自由を解放する。
「…池上」
「帰って…」
顔を見たくない…声を聞きたくない…。
「…わかった」
彼はワイシャツのボタンを留めてから部屋を出て行った。
…ほら。
やっぱり…私のことなんて…どうでもいいんだ。
だから…名前だって…呼んでくれないんだ。
じれったかった…ずっと。
でも、昨日…やっと名前で呼んでくれたと思ったら…。
別れよう…だなんて…。
「私の…彼を…返して…」
彼が好きになった女に殺意が沸いた。
殺してやりたい。
その女がこの世から消えれば…彼は戻ってきてくれる…。
でも…そんなことしたら…私は一生彼に軽蔑される。
それはダメだ…。
だから…それ以外の方法で…。
彼を…私の元へ…取り返そう…。
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