確執との決別
あの日から…彼は私の前から姿を消した。
私が思い切り傘で叩いて…彼を傷つけてしまった。
後悔…している。
彼は私を好きだと言ってくれていたのに…。
私は彼のことを何一つ分かってはいなかったのだから…。
彼が神崎の家に財力共々吸収された時…。
父親に頼んで彼だけでも引き取ってもらうよう頼んだ。
しかし、彼から返ってきた返事は断りの内容だった。
彼と私は幼馴染にして…許婚だった。
彼は…私なんかよりも高貴で…博学で…近くで見ているのに遠くにいる…。
そんな存在だった。
でも、彼は私には優しかった。
誰にでも優しいところがあったけど…私に向けられる優しさは…なにか違うものだと感じていた。
彼のことを意識し始めたのは…8歳くらいの時だった。
自分の気持ちに気づいたときは嬉しさが止まらなかった。
私と彼は許婚…よほどの事がない限り結婚は約束されている。
好きな人と絶対に結ばれる…。
そんな安心感が…私の傍にはいつもあった。
家はお金持ちだから…食べ物や欲しいものも遠慮せずに買う事ができる。
でも…そんな中で満たされない愛情、優しさは…彼が私に与えてくれる。
私は…本当に恵まれていた。
悲劇が起きたのは神崎が彼の家を吸収しにかかった時だった。
彼の家も決して貧しくはない程の裕福さを保っていたが…神崎家の手にかかれば…一瞬にして持ち株もひっくり返せる。
彼の両親は…優しい人たちだったけど
明日への希望と住む場所を奪われて…自ら命を絶たれた。
貧しさは…生きる活力を見出すための必死さを人間に与えてくれる。
でも…裕福な家庭で暮らしてきた彼らには…絶望の淵に追い込まれ…何をしていいか分からなくなったのだろう。
それから…私の家は神崎の家から株を買い戻そうと…必死になっていた。
私の両親も彼のことを気に入ってはいたし
彼は頭が切れるので北条家の跡取りとしても確保しておきたい人間だったのだろう。
なんとか…我が家の財力を消費してまでも彼を神崎家から引き離そうとしたけど…
彼自身の決断によって彼は神崎家に引き取られることで落ち着いた。
私は半ば絶望しかけていた。
確約されていた優しさ…。
昨日まで手を伸ばせば触れられた優しさが…
目の前から…消えて無くなったのだったから…。
でも、私は諦めなかった。
勉強し…努力して…彼に…彼に相応しい女になって…
彼のことを取り戻したい…
幼心に私は…決心をしていたのだろう。
それから毎日は苦労の連続だった。
家庭教師の人数も倍近く増やし学問に励んでいった。
両親から心配されたが…大丈夫、と大見得を張って…頑張ってきた。
彼の為に…。
私が14歳になった頃…両親は海外に事業があるということで数年間、家を開ける事になった。
その間私は日本の北条家のことを全て任された。
私は北条家の令嬢として…北条家を支え続けた。
そんな時に会ったのが真崎だった。
「神崎を潰しにかからないか?」
と、彼は私を誘ってきた。
彼の周囲にはそれに同意した仲間が数名いた。
私は…そこで彼に加担する事にした。
北条家など関係ない…一人の女として彼を取り戻すために。
真崎にその話をすると快く
「ならば、その男をこちらに取り込もう、そうすれば神崎家を潰すのも簡単だろう」
あっさりと私の考えに同意してくれた。
でも、…真崎の心内には神崎への復讐心しかないようだった。
素性は調べても分からない…謎の多い男だった…。
だけど…彼に…彼の口から聞いた本意は私を大きく動かした。
彼は…私をこんな風に神崎家に復讐する人間にはなって欲しくなかったんだと…分かったから。
もう、こんな馬鹿げたことは終わりにしよう。
こんなことを続けなくても…彼の心は…あの頃と変わらずに…私と一緒にあったのだから…。
日本から少し離れた小島に真崎の家はある。
私はそこを尋ねる事にした。
ヘリを着陸させて…一人で建物へと向かう。
古びた洋館の様な建物がそこには建っていた。
扉を少し押すとギィと木の軋む音がしてゆっくりと扉が開いた。
エントランスには薄暗い灯りが幾つか点いている。
「…ミーティング意外の時に…ここに近づくなと言っただろう」
真崎は私を出迎えるようにして出てきた。
「そうですわね、でも…今日で私はあなたの馬鹿げた集まりから抜けるわ」
強い口調で言う。強がりじゃない…真崎と決別するために。
「ほう、あれだけ神崎を憎んでいたお前が抜ける?…なにがあった?」
ニヤリと口元を緩ませて真崎が問う。
「気づいたのよ、彼の気持ちは変わっていなかった…だから、これ以上復讐を続けても無駄だという事が…」
これだけは言わなくてはいけない…。
「そうか…じゃあ、賭けをしないか?」
真崎が言う
「賭け…?」
「ああ、俺の手の中にはダイスが二つ入っている、振って出た合計が…」
そんなことをしに来た訳ではない…。
「バキュン」
真崎の声を遮る様に…銃声が洋館内に響いた。
「北条…貴様…」
真崎の右腕からは血が出てきている。
「あなたのペースにはもう乗らない…私はもう迷わない」
私は真崎の手を撃った…。
私の手は震えていた…でもしっかりと…奴の手を…この手で…
「くそう…やれっ…影島」
洋館の暗いところに黒く光るものがあった。
そこから…降り注いだのは…紛れもない…散弾銃。
音もなく…姿も捉えられず。
スナイパーは常に私を狙っていたのだった。
「くっ…」
防弾の布地をした服を着ていると言っても…激痛は体中に走る。
この場に居てはいけない…。
そう思って…私は走り出した。
「追えっ」
真崎は撃たれた手を押さえながら影島に命令する。
私を…黒い寡黙なスナイパーが追ってくる。
息を切らせながらなんとか…ヘリまで辿りつく…。
でも…そこにヘリの姿は無かった…。
残されたのはヘリの残骸のみ。
「どうして…」
考えるまでも無い…真崎のせいだろう…。
私の後ろにはすぐ影島が追ってきている。
このままじゃ…無事では済まない…。
殺されるくらいなら…。
私は…海に飛び込む方を選ぶ…。
「ドボンッ!!」
飛び込むと服に水が染み込んで来てどんどん沈んでいく。
「………」
影島は私が沈んでいくのを少しの間見ていたが…もう、助かるまいと思ったのか諦めて逃げていった。
泳ぐにはギリギリの距離。
いくら体を鍛えていても…助かるかどうか分からない。
でも…助かる道を選びたい。
私は衣服を脱ぎ捨て…最低限の軽い格好をする。
こういう時…特注の服だと便利だ。
なんとか…陸地に泳ぎきれれば…助かるかもしれない…。
………………。
気がついたら…私はベッドの上で寝ていた。
凄い筋肉痛と疲労が私の体を襲っている。
「あ、気がついたのね」
私の看病をしていたのだろうか…女性が私に聞く。
「ここは…」
「船の中よ、もう少しで陸地につくから、もうしばらく休んでなさい」
長い綺麗な金色の髪の女性はそう言うと笑顔を見せた。
「でも、一人で日本海横断?無理しちゃだめよ若いのに、せめてヨットとかにしないとね」
「え、…そういうわけじゃ…」
「いいの、いいの…黙って眠っていれば」
「え、…あ、はい…」
私は再び目を閉じた、すると…睡魔というよりも…助かった安堵が私を眠りへと誘った。
再び目を覚ましたら…港のようなところだった。
「………」
外からさっきの女性と…もうひとり女の人の声がする。
気になったので覗いて見よう…。
「ええっ…漂流者を拾った!!??」
「ええ、海の真ん中で」
「そんな…お母さん、いきなり船で来るって言い出したら…今度は漂流者拾ってきたの…?」
「あら、いいことしたのに、褒めてくれないの?」
「…何処まで天然なのよ…お母さんは」
「あら?」
さっきの女性がこちらに気づいた。
「ほら、こっちにいらっしゃい」
私を手招きしている。
仕方ない…出て行こう。
「うわ、ホントにいる!?」
「そうよ、本当に流れてたんだから」
「あ、あの…」
「どうしたの漂流者さん?」
「お母さん…漂流者さんじゃかわいそうでしょ…」
「それもそうね…あなたお名前は?」
「…北条」
「北条さんね」
「え、ええ…」
本名を名乗る訳には行かないし…ここで名前まで言う必要は無い…。
「私は春香・Spring・池上、春香さんでいいわよ♪」
「え…外人さん?」
「うん、今は国籍日本なんだけどね」
「へぇ…」
凄く…日本語が上手な様な…。
「それでこっちが娘の春奈」
「え、えと…春奈です、よろしく」
「え、ええ…こちらこそ」
二人で深く会釈。
どうやら彼女は私と同い年みたいだ。
「北条さん、せっかくだし私たちの家に来ない?」
「えっ…」
「その格好じゃ町を歩けないでしょ」
忘れてた…私今下着状態なんだっけ
毛布被ってるからなんとかなってるけど…。
「どうする…?」
「…じゃ、じゃあ…その、お言葉に甘えて…」
「うん、決定だね」
「いいの北条さん…お母さん勝手に決めちゃったけど…」
彼女が不安そうに聞く。
「ご厄介にならないのなら…」
「うん、それは平気だよ、着る物ないと困るもんね」
「なんなら、しばらく家にいる?」
春香さんが私に尋ねる。
「それは…いくらなんでも…ご迷惑に…」
「気にしない、気にしない。春奈、車どこに置いたっけ?」
「1年前から近くの駐車場に止めっぱなしでしょ…」
「動くかしら?」
「…無理じゃないの?」
「まぁ無理だったら歩きましょ」
「…バス使えば良いのに…」
「春奈お金あるの?」
「えっ…」
「私今ドルしかないんだけど…」
「お母さん…あれほど換金してきてって言ったのに…」
「ごめんなさい…忘れてました♪」
「もうっ」
彼女は頬を膨らませている。
「ま、しかたないから、歩きましょうか。北条さんは歩きで大丈夫?」
「…え、大丈夫だと思います」
「それじゃ出発!!」
私たち三人は…それから二時間かかって
なんとか家までたどり着く事ができた…。
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