恋愛仲介部の混迷2
風呂から上がり、コーヒー牛乳を腰に手を当て飲んでから
微妙な疲労感がぶり返してきたところで叶野がこんなことを言いだした。
「卓球でもしませんか?」
「なぜ…俺とお前が…?」
「いいではないですか、温泉と言えば卓球ですよ」
「俺はパス、他の奴とやってくれ」
せっかく温泉に入ったのに…また、汗をかくのは嫌だからな…。
「…そうですか、しかし、相手と言っても女性のみなさんは温泉に行っていますが」
「じゃあ、待ってろよ、誰か帰ってくるの…」
「…そうですね、そうしましょう」
遊技場の近くのベンチに俺達は座る。
みんなが風呂から出るまで…ここで大人しく涼んでいよう。
「結構広いのね」
「まぁ神崎家の別荘地としては狭いくらいだけど」
「お嬢様、ここもかなりの広さな筈ですが…」
三人は仲良く湯船に浸かっている。
「で、なんで私を呼んだの?」
先生が神崎に問う。
「いけなかったかしら?」
「いえ、そうではなくて…なにか用があったんでしょ」
「…やっぱり、あなたは鋭いのね」
「じゃあ話してくれるの?」
「…いいわ、話しましょう…小葉月、少し席を外してくれる?」
「はい、お嬢様」
月さんは湯船から上がり脱衣所へと向かう。
「で、話って?」
「…あの子のこと…」
「もう一人の…主人格の神崎さんのこと?」
「ええ、彼女…精神的にかなり追い詰められているわ…」
「…精神的に?」
「…このままじゃバランスが崩れるし…あの子がどんな行動をするかも分からない…」
「私に監視しろって言いたいの?」
「ええ、私の力で抑えるのが限界になったら…あなたに…あの子を止めて欲しいの」
神崎は切実そうにそう語った。
「嫌よ」
「えっ…」
「人の気持ちなんて止まらないわ…あなただってそうでしょ」
「わ、私は…別に…」
「じゃあ、どうして指輪…買ったの?」
「な、なんで…それを…」
「叶野君から聞いたの、自分に重ねるようにして指輪を買ったって…」
「………」
神崎は黙っている。
「でも、いいじゃない、私はあなたがお嫁さんでも全然構わないけどね」
「…本気で言ってるの?」
「ええ、私は池上さんでも、あなたでも…彼が選んだのなら、それでいいの」
「…でも」
「自信がないなら諦めなさい。でも少しでも彼を想うんだったら…できる限りのことをして欲しいから」
「……先生…」
「でも、誰も選ばなかったら私が貰っちゃうけどね」
「えっ…」
「ふふ、冗談よ」
「そ、そうですよね…」
「…半分ね」
「は、半分!?」
先生は無邪気に微笑んで神崎の頭を撫でた。
「でも…無理はしないで」
「……はい」
「それじゃ、私はもう出よっかな…のぼせちゃいけないし」
「そうですね、私も…そろそろ」
二人は一緒に湯船から上がり
脱衣所へと向かっていった。
だらしなくベンチで寝そべっていると浴衣を着た月さんがやって来た。
「月さん、温泉どうだった?」
「はい、気持ちよかったです」
少し顔が火照っているみたいだ…。
にしても…月さんのメイド服&制服以外の姿って初めてみるな…。
思わず凝視してしまう。
「あ、あの…ご主人様、私の顔になにか…?」
「いや、なんでもない…ただ浴衣が似合うなぁ…って思ってさ」
「あ、ありがとうございます…」
月さんはさらに顔を真っ赤にして
俺の隣に腰掛けた。
「叶野…卓球するんじゃなかったのか?」
「いえ、遠慮しておきます」
「どうした?やる気が失せたのか?」
「…相手が悪いんですよ」
と、月さんを見る叶野。
「ん、月さん卓球強いのか?」
「…神崎家で小葉月に勝てる実力者はいません」
「へぇ…凄いな」
「そ、そんな…強くなんてないですよ…」
月さんは謙遜中。
「それじゃ俺がお手並み拝見とするかな」
「止めておいた方がいいと思いますが…」
「いや、どれだけ強いかやってみたいし」
「…どうなっても知りませんよ」
普通にやるだけだし…別にどうにもならんだろ。
「じゃ、月さん卓球しよっか」
「は、はい、すぐに準備しますね」
月さんは嬉しそうに素早く卓球台を設置。
なんか…手つきが手馴れているのは気のせいか…?
二人分ラケットを用意して
ネットを中央に張りゲームスタート
「えっと…11点の1セットマッチでいいですか?」
「あ、うん、それでいいよ」
つまり11点取れば勝ちなんだろ。
「では、先にサーブをどうぞ」
俺に月さんはピンポン玉を渡してくれる。
「それじゃ行くぞ」
っと…言っても卓球なんて中学の頃少しやっただけで…満足にサーブが入るかも分からんくらいだ。
まぁ…最初はコントロール重視で軽く行こう。
俺が放った弾は緩やかに相手の陣地でワンバウンドしたかと思うと…。
「スパァンッ!!」
なんか…俺の顔の横を…鋭い速さでなにか通り過ぎたんですけど…。
「あ、すみません…私ったら、本気で…やってしまって」
え…本気?
弾道…見えなかったんですけど…。
「今度は手加減しますね」
なんて…言ってくれたものの…。
彼女の手加減は力を10%も抑えてなかったとさ…。
お陰で俺は月さんが放った全ての弾道が捉えられずに無得点のまま月さんに惨敗した。
…叶野の助言を聞いておけばよかった。
それでまぁ…特にすることも無いので俺達は寝ることにした。
ちなみに…叶野とは同じ部屋。
母さんと神崎さんと月さんは女同士同じ部屋らしい。
「それじゃあ電気を消しますよ」
「ああ」
叶野が電気を消す。
「…………」
「…………」
静かだ…。
普段なら奴とか池上がいるから騒がしい恋愛仲介部だが
こうも静かなのは初めてじゃないのか…?
「…静かだな」
叶野に言ってみる。
「そうですね、でも、静かなのも良いことですよ」
「ああ、まったくだ」
目を閉じるとそれほど眠かった訳でもないが眠気が襲ってきた。
それに抵抗することなく…俺は眠りの世界へと吸い込まれていった。
翌日
俺達は7時に起床。
俺が起きると既に叶野は起きていて
私服に着替え終わっていた。
「そろそろ朝食なので急いでくださいね」
と言って部屋を後にする叶野。
そうだな…早く着替えて朝飯にありつこう…。
食堂に来るとバイキング形式で様々な料理が並んでいた。
「朝から豪華だなぁ…」
「はい、ご主人様の為に頑張りました」
月さんはそう答えてくれる。
「月さんが全部作ったのか?」
「そうですよ、昨日の内に仕込みは全部やって置いたんです」
さすが月さんだな。
俺の家の料理、家事全般をこなすスーパーメイドは何事にも全力だからなぁ…。
さて、腹も減った事だし。
朝食を頂くとしよう。
「…ん、神崎さんは?」
姿が見当たらないので母さんに聞いてみる。
「なんか用事ができたみたい、朝早く帰って行ったけど」
「用事…?」
なんの用事だろうか…まさか理事長関係か?
いや、理事長関係なら叶野がここにいるのは不自然だ。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
「大丈夫ですよ、今はまだ何も起きてはいません」
「起きたら困る…というか…起こすなよ」
「僕としてはこれまで結構頑張って被害を最小限にしてきたつもりですが」
「…最小限ねぇ…」
最小限で…月さんとか刺されるってどういうことだよ…。
「何かあったらすぐに知らせるので安心していてください」
「…いや、むしろ教えないでくれ」
そうすれば平和に生きていけるだろうからな。
「…そうですね、善処しますよ」
胡散臭いスマイルをして叶野はそう言った。
朝食を終えた後
「僕はこれからちょっと用事があるので失礼します」
と言って叶野は姿を消し
「後片付けがありますので」
月さんは調理場で朝食の後片付け。
必然的に俺と母さんが休憩室に残った。
「それにしてもいいところね」
母さんが俺に言う。
「え、まぁ…そうだな」
適当に返しておこう
「なに…元気ないね」
「いや、そんなことはないけど…」
「お母さんにも言えない事?」
「できれば言いたくないかな…」
「気になるなぁ…」
そんな子供っぽく言われても…。
「じゃあ…母さんがなにか一つ秘密を言ったら教える」
こう言えば大人しく引き下がるだろ。
「わかった」
「えっ…?」
「どんな秘密がいいの?」
「…本当に答えるのかよ」
「だって聞きたいもん」
「…はいはい」
じゃあどうするかな…。
母さんに聞きたいこと…。
「えっと…じゃあさ、雷が怖い理由聞かせてよ」
「えっ…」
母さんは驚いている。
「タブーだった?」
「ううん…違うけど」
「無理だったら言わなくてもいいけど…」
「…大丈夫、話すからちゃんと聞いてね」
「あ、ああ…」
あれは…私がまだ高校三年生の時だった。
私には歳の離れた中学生の妹がいた。
妹はいつも私のことを「お姉ちゃん」と呼んで慕ってくれていた。
私はそれが嬉しかったし
妹と一緒に居ると楽しかった。
でも…妹の中学の時の文化祭前日。
大雨にも関らず…あの子は風で校庭に作った出店が壊れないかと心配して様子を見に行ってしまった。
私は嫌な予感がした…。
「雨凄いし…危ないから止めなさい」
いつもより少し強く…お姉さんの威厳を持って言う。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん、ちょっと見てくるだけだから」
私の家は妹の中学には近かったので
私は仕方なく…自分も着いていく…。
そう条件をつけて了承した。
雨の中…長靴を履いて玄関から外に出た。
風は少し緩やかになっていたので…今のうちに見てこようと思い妹と一緒に歩き出した。
学校に着くと案の定、出店は雨風で壊れかけていた。
「補強してくる」
と私を置いて妹は校庭へと走り出した。
「転ぶわよ」
妹はすぐに走っては転ぶドジな一面があった。
だから私は心配だった…。
でも…妹は転ばなかった。
出店をビニール紐などで補強していく。
私は妹に駆け寄ろうとした…その時。
「ゴロゴロピカァン!!!!!」
凄い音を立てて雷が校庭の出店へと落ちた。
「キャアッ!!」
それと同時に妹の悲鳴が聞こえる。
私は走った。
傘なんか…放り投げて…。
妹に駆け寄った。
でも…妹は…壊れた出店の下敷きになっていた。
涙が出た…。
夥しい量の血が辺り一面に広がっていく。
どうしよう…。
私は必死で妹の上に覆いかぶさっている木材を除けていった。
早く…早く助けないと…妹が…。
「…痛いよ…お姉ちゃん…」
最後の木材を退けると血まみれの妹がいた。
どこから出血しているのか分からないくらい…血が流れている。
「助けて…お姉ちゃん…」
妹は私に手を伸ばしてきた。
私はそれを握り締めた…。
「…ごめん、お姉ちゃんが止めなかったからいけなかったの」
私は涙ながらに謝る。
でも…妹からの返事はなかった。
そう…妹は…私に助けて欲しい…それだけを言い残して…この世を去ったから…。
翌日
新聞やニュースが妹の事故を取り上げた。
私のせいだ…。
私が妹を殺したんだ…。
自分が憎くなった。
自分さえいなければ…妹は死ななかったのに…。
後悔で胸の内側が満たされていった。
「でもね…私は…そこであなたのお母さんに言われたの」
「…母さんに?」
あの人も…お姉さんを無くしていたから…。
私はあの人の言葉に…生かされた。
私は何も考える事ができなくなって…死を選ぼうとした。
妹は助けを待ってる…私が…助けに行かないと…。
そう思って…車道に飛び出そうとした。
躊躇いなんて無い…。
でも…私の腕を…誰かが握って…私を止めた。
…振り返ると…一人の女の人が居て…私にこう言った。
「命を…簡単に…捨てようと思わないでっ…」
彼女は泣いていた…。
見ず知らずの私なんかの為に…。
私は…その一言で…なにか…救われた気がした。
それから…彼女とは親しい関係になっていった。
聞いた話では…彼女のお姉さんも…病気で亡くなったらしい。
そして彼女は彼女のお姉さんの子供を…育てていた。
「…それが、俺…」
「そう、その時点で私とあなたはもう出会っているの」
「ごめん…全然記憶に無い…」
「それはそうよ、まだ7歳くらいだもの」
私は彼女を慕うようになっていった。
彼女は…お姉さんの死と直面しても…逃げることを選ばなかったからだ…。
私は今も…彼女を尊敬している。
彼女が死ぬ前日…。
彼女は私にこう言った。
「あなたと会った時に…言った言葉があったでしょ…」
「え、…はい」
「あれ…実は…自分に…あなたと自分を重ねて自分に言った言葉なのよ」
彼女は…育児にも困っていたらしい…。
自分は自由に生きたいのに…お姉さんの子供には引き取り手がいなかったからだ…。
彼女は…追い詰められていたんだと思う。
でも…自分と似た私を…見つけて変われたんだと思う。
私は…何度も思った。
もし、あの日に…外に出なければ…。
妹があそこでいつものように転んでいれば…。
もしかしたら…妹は死ななかったんじゃないかと…。
それを彼女に話すと
「私も何度も思った…でも、変えられないの…もう起きた事は…」
「……」
「だから…今を…今を変えていかなきゃ…今現在なら心の持ちようでどんな風にでも変えていけるから」
彼女が言いたかったのは…。
過去に悔いるより…今を…現在を後悔無く生きろ…そういう意味だったんだと思う。
だから…彼女は最後の時も笑って…笑顔でいた。
彼女の私への最後の言葉…
「後悔なんてしない…偉そうなこと言っちゃったけど…後悔しないなんて無理みたい…私、本当はもっと生きたかったから…」
それは彼女の本心にも聞こえた…。
もしかしたら私への最後のメッセージなのかもしれない…。
だから…私は彼女の様に…生きたいと思った。
大切な人を失う怖さを知っている者として…。
彼に教えなければならないと思った。
だから…私は、彼を引き取ることを…選んだ。
「…そんな理由があったなんて…」
「誰にも話していないんだから…あなたに話したのは特別よ」
「…そうか、あなたの気持ちが分かるって…そういう意味だったんだな…」
俺は…本当の意味で…この人を理解していなかったんだと思う。
こんなに悲しい過去を背負っても…。
強く生きていられるところを…俺は…
…母さんと重ねていたのかも知れない…。
「…母さん」
俺は母さんを抱きしめた。
「えっ…ちょ、ちょっと…どうしたの!?」
「…ありがとう」
そう言って俺は母さんから離れて
恥ずかしくなったので…この場から逃げることにした。
「もう、ズルイ子なんだから…自分のことはもっと教えてくれないのかしら」
と、少し愚痴って見せたが…。
私は彼のこと…ずっと見守って行きたい…そう、思えた。
あの人の代わりとしてじゃなくて…
不器用だけど優しい彼のことを想う…。
一人の…女として…。
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