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二年生編スタートです。
恋愛仲介部
作:MOR



恋愛仲介部の錯綜


恋愛仲介部の錯綜


さて、色々あったが二年生に進級した俺は
やる気も無く、無気力に通学路を歩いていた。
「やれやれ…」
既に慣れてしまったが徒歩20分の通学路は本当にしんどい。
でもまぁ…それを我慢して今まで歩いてきたんだけどな。

桜の季節も高校生になって二度目な訳だが…。
俺の周囲にいる面子が全く変わらないので
「進級した」という実感がわかないのも事実である。
担任、クラスの連中も相変わらずだ。

でも、二年生のクラスは文系、理系とクラスが別れている。
俺と池上と神崎さんは文系を選んだので運良く同じクラスになった。
月さんは学校から去り、現在俺の家の家政婦さんを本職にしている。
奴はと言うと…まぁ例によって同じクラスだ。

悲しくも…恋愛仲介部のメンバーは殆ど同じクラスに終結してしまったのさ。

入学式での部活の紹介とかは全部部長がやったらしい。
佐藤さんが手伝っていたらしいが俺は彼女が何組になったのかは知らない。

そして影島は退学届けを出した後、行方知れずになっている。

そうそう、行方知れずと言えばもう一人いたな…。

「どうかしましたか?」
と、俺の横を歩く爽やかで二枚目の叶野のことだ。
「いや…別に」
叶野が俺達の前に再び顔を現したのは新学期初日だった。
叶野は腕に怪我をしていたらしい。
結構派手な骨折で全治2ヶ月ちょい
だから今は叶野は腕に包帯を巻いている。
理由を聞いてみたのだが…。
無言を決め込まれてしまった。
叶野には珍しく触れては欲しくないらしい。
もしかしたら転んだだけかもしれないしな…。
それなら格好悪くて言えないだろう。

あ、そうそう、神崎は非恋愛主義の一件が一段落してからはあまり出てこなくなった。
やはり主人格に気を使っているのだろうか?
そして主人格共々、現在は神崎邸で暮らしている。

そんな訳で…俺達、叶野、神崎さん、池上は4人で仲良く登校しているのさ。

何事も無く新学期を迎えていた俺達だったが…。
騒動って言うものと仲介部は相性がいいらしく
俺は…ああ、また…なんか事件が起こるんだろうなぁ…とは予想していた。

そう、それは新学期が始まって1週間ほど経ってからのことだった。

初々しく学校前の桜並木を歩く学生を
ああ、若いなぁ…。
なんて思う先輩の俺も彼らとは1歳違いな訳だが…なんか年寄り目線で見てしまう。
「どうしたの?」
と、後ろから声をかけてきたのは池上だった。
「いや…新入生が入ってきたなぁ…と、思ってさ」
「うん…そうだね」
新入生か…俺達も去年は先輩方にそう思われてきたのかねぇ…。
まぁ、そんなことはどうでもいいけど…。
俺は不思議に思っていたことがあった。
まぁそれは…俺じゃなくても大方予想はつくと思うが…
恋愛仲介部新規メンバー募集を奴が一向に始める気配が無かったってことだ。
多分去年の奴なら一目散に
「新入部員獲得に行くぞっ!!」
なんて言って俺を引っ張って行ったに違いないが
最近はどーも大人しい。
いや…俺としては嬉しい事この上ない。
むしろ一生そのままでいてくれ…。
「ねぇ、新入部員入ると思う?」
「奇遇だな、俺も今それを考えていた」
「どっちだと思う?」
「そうだなぁ…このまま誰も来ないかな」
寧ろ願望、そうであって欲しい。
「じゃあ賭ける?」
「賭けるって…なにをだ?」
「う〜ん…秘密」
「それじゃ賭けにならん」
池上を軽くスルーして俺は学校の門を潜った。


朝のホームルームが始まるまでは若干のおしゃべりタイムがある。
その間中、俺は奴が変なことを言い出さないか不安でしょうがない。
いつからこんな小心者になっちまったんだろう?
「おはよう」
「よう」
朝一で声をかけてきたのは栄治だった。
これも変わらぬ日常、すでにパブロフの犬。
「どうしたの?最近学校に来るのが早いね」
「ああ…早起きしてるからな」
早起き…と言えば俺が努力しているように見えるが…
実際努力をしているのは月さんである。
毎日5時に起床して俺と母さんの分の朝食の仕込み。
そして洗濯、俺を起こしに来るのは決まって7時ジャスト。
朝ごはんを取るには十分すぎる時間だけど…。
それでも朝から第一声が…
「起きてください、ご主人様。朝ですよ」
だからなぁ…これは起きるしかないだろ…。
そんな訳で寝坊癖はすっかり治り、母さんに勉強を見てもらえるので
一応、優等生…な地位に自分は位置している。
「早起きかぁ…僕は昨日遅くまで勉強で寝不足だよ」
「また、塾の宿題か?」
「うん」
「ねぇ…」
池上が俺に喋りかけてきた時に…。
「ほら着席、早く席に着け」
担任が教室に入ってきた。
「悪い…後でいいか?」
「う、ううん…別に…そんな大した用事じゃないから…」
ならいいんだけど…。
池上は少し元気なさそうに自分の席へと戻っていった。

昼休み
月さんお手製の豪華弁当を持って屋上へと向かう。
「池上、早く来いよ」
「ごめん…先、行ってて」
「ああ…じゃあ向こうで待ってる」
そう池上に言い残し
俺は屋上のドアを開きに階段を上がっていった。

屋上は風が吹いていて涼しかった。
桜の花びらもさすがにここまでは飛んでこない。
辺りを見回すとフェンスに叶野が寄りかかっていた。
「よう」
「どうも」
爽やかさも怪我のせいで一割減だが…
あの丁寧口調と爽やかなスマイルは後輩の女子生徒に大人気らしく…。
影ではファンクラブなるものが…存在するとの噂も聞いたような…。
「その腕で飯が食えるのか?」
「ええ、僕は両腕とも利腕ですから、大丈夫ですよ」
「へぇ…そりゃ凄いな」
両腕が利腕って奴はあんまりいないんだろうな…。
「おや、池上さんは一緒ではないのですか?」
「ああ、先に行ってろってさ」
「…そうですか」
叶野は少し考え事をしている様だった。
「神崎さんとは…最近話したりはしていますか?」
「いや…同じクラスだけど…向こうが遠慮しているって言うのか…あんまり喋らないな…」
「そうですか、彼女も…自分のせいであなたに迷惑をかけたと思っているのでしょう」
全然、俺は気にしてないけど…
神崎さんは優しい性格だし…気を使わせてしまったかな…?
裏も裏で大胆だけど…なんか気にしてたり言ってくれなかったりするからなぁ…。
そう言う意味じゃ池上はなんでも言ってくれて助かる。
「ごめん、遅くなって…」
池上がドアを開き、俺達に言う
「ああ、じゃあ昼にしよう」
俺達は昼食を食べる事にした。

「そういえば…桜が綺麗な季節だよね」
池上が唐突に言う
「ん…そうか?」
俺には毎年同じに見えるし…花びらが鬱陶しいのであんまり桜は好きじゃない。
「えっと…お花見とかやったら楽しそうだよね」
「お花見かぁ…いいけど、今場所取れないだろ」
会社のお花見とかで有名どころは込み合ってるし。
「神崎家の敷地…つまり神崎邸の裏ですが桜の綺麗な場所がありますよ」
叶野が一言。
「神崎邸の裏か…あそこなら私有地だし人も来ないな…じゃあ神崎さんに相談してみるよ」
許可を貰えば自由にお花見を満喫できそうだ。
「………」
しかし…言い出しっぺの池上は…何も言わずに黙ったままだった。


放課後
部活に行くついでに神崎さんに声をかける。
「神崎さん」
「えっ…なんですか?」
今回は表、まぁ学校にいる時は裏にはならないらしい。
「あの…今週の日曜日に、神崎邸の裏でお花見やってもいいですか…?」
「お花見…ですか?」
「ええ、神崎さんも誘おうと思ってて」
「いいんですか…?」
「大歓迎ですよ、でも…場所は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「よかった、じゃあ日曜日に仲介部のみんなでお花見しましょう」
「はい、楽しみです」
彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。
神崎さんの笑顔を…ひさしぶりに見た気がした。

部室に行くと部長と佐藤さんがいた。
「お邪魔だったか?」
と嫌味で聞くと
「ああ、邪魔だな」
素直に言うなよ…まったく…。
「まぁいいや…あのさ、お前、今週日曜空いてるか?」
一応部長も誘っておこう、奴を呼ばないと後でなにをされるかわかったもんじゃない。
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ花見しないか?」
「花見か…いいな、よし恋愛仲介部総出で今週の日曜花見大会だ!」
こういう時、ノリのいい部長で助かる。

その後、部活では買出しとか、お弁当とか、一発芸でなにをやるかの話で盛り上がった。
買出し部隊は叶野と部長と佐藤さん、お弁当は月さんと母さん、俺と池上は場所確保だとさ
いや…神崎家所有地だから…場所取りいらないだろ…。
なんて思っていたが…部長も俺と池上に気を使ってくれたらしい。

ああ…日曜日が早く来ないかな…なんて、仲介部の行事に期待するのは初めてだ。

なんのトラブルも無く日曜はやってきた。
俺は母さんと月さんが弁当を作るのを眺めながら朝ごはんを食べて
待ち合わせの神崎家へ向かうとしよう。

待ち合わせ場所には…池上が定例のごとく既に到着していた。
「早いな」
「ううん…さっき来たばっかりだよ」
「…そうか」
まだ7時だ…休日だし大多数の学生の諸君は眠りの中だろう。
「ねぇ…」
「…ん?」
「私が何考えてるか当ててみて…」
「…え、わかるわけないだろ…」
そんなの池上の勝手である。
「じゃあ…教えてあげる……」
池上は俺の眼を見て…。
「本当は…二人がよかったなって」
「おいおい、花見二人でしてどーするんだよ、みんなでやるから面白いんだろ」
「…そうじゃなくて…」
「ああ、…そうか、最近二人でどこにも行ってなかったもんな…じゃあ来週、来週どこか行くか…?」
「ぐすっ…ち、違う…のに…」
池上の頬を涙が伝った。
「ち、違うって…じゃあ…なんで…」
「来週じゃ…いや…今、すぐ…二人きりが…いいの…」
「我侭言うなよ、今日はみんな楽しみしているんだし」
「でも…もう…ずっと…二人で…なにも…してないし…」
「だから、約束するって、絶対来週二人でどこか行こう…だから、今日は…さ」
できるだけ優しく言ったつもりだった…。
でも…彼女には逆効果だったみたいだ…。
「…………」
彼女はピタッと泣き止むと俯いたまま…。
「じゃあ…私と…仲介部…どっちが…好きなの…?」
「そんな…質問ってあるかよ、選べる訳無いだろ…どっちも大切なんだから」
「そう…やっぱり…」
「え…やっぱりって…お前…」
「私のこと…彼女でも…特別扱いしてくれないんだ…」
「あのなぁ…そう言う意味じゃなくてだな…」
「私なんて…」
言いかけて池上は走り出した。
「…なんなんだよ」
俺は池上の後を追う。

俺だって多少体力はある。
持久戦に持ち込めば俺が有利。
神崎家の敷地内ギリギリで俺は池上に追いついた。
「はぁはぁ…待てよ…」
「………」
池上は黙ってこちらを向いた。
彼女の目は…今までで見たこと無いほど沈んだ瞳をしていた…。
「もう…決めた…から…」
「決めた…なにを…?」
「こんな…こんな関係なら…私…いつか、絶対…フラれちゃう…」
「お、おい…池上…?」
「だから…あなたの口から…嫌いって…言葉を聞きたくないから…」
「な、何言ってるのか…わからない…落ち着けよ池上…」
「私が…あなたと…自分から…別れる…」
一瞬…なにを言ったのか…理解できなかった。
「…さよ…なら」
池上は再び背を向けて走り出した。
俺は…あいつを…追う事ができなかった…。

俺は…池上に…拒絶…されたんだよな…。

はは…もう、なにも考えられない…。
なにやってんだろうな…俺は…。

こんなことになるまで…。

今日が池上の誕生日だったってことに気づかないなんてさ…。



俺はその後…花見の会場へと戻った。
集合場所には月さんがいて俺がいないことを不思議に思っていたことだろう。
「あの…ご主人様…どちらに行かれていたんですか…?」
月さんが聞いてくる。
「…池上を…追って…ちょっとな…」
「池上さんと…どうかなさったんですか…?」
心配そうに俺に聞いてくる月さん。
「え…ああ、フラれたよ…さっき…池上に…」
「えっ…」
「きっぱりさ、別れようって…あいつの口から…さ」
「………そう、ですか…」
「ああ…ちょっと走って疲れたからさ…少し横になるよ…」
「はい」
俺はレジャーシートに横になる。
「あの…地面では頭が…」
そう言って月さんは俺の頭の下に膝を入れてくれた。
「え…」
「その…膝枕です…」
「ああ…ありがとう…月さん…」
「…はい」
月さんは俺に何も問い詰めず…ただ優しく接してくれていた。

しばらくして部長達がやってきた。
さっそく宴会の準備。
月さんが説明してくれたらしく他の連中はそれについて聞いてはこなかった。
でも、叶野が池上に西沢さんの監視をつけてくれたのは安心できた…。
不安定だからな…もし、自殺なんかされたら…俺は…。
「あの…あまり美味しくありませんか…?」
「いや…凄い美味いよ」
月さんのお弁当は美味しかった。
でも…不器用でも精一杯作ってきた池上の弁当には負ける。
「こら、食ってばかりいないで飲め、祭りの席だぞ派手に行こうぜ」
部長は既にハイテンション。
佐藤さんはそれに合わせている。
実はかなりの大物なのかもしれない…。
「小葉月もそんな奴の相手ばっかりしてないで飲め」
「え、あ、はい…」
渡されたコップに飲み物を注がれる。
「じゃ、じゃあ…頂ます」
丁寧に断りを入れてからコップに口をつけた。
「あっ…ダメです部長…」
と叶野が言った時には時既に遅し…。
「これ…なんれすか…すごく美味しいれすけど…」
月さんの顔はほんのりと朱色に染まっている。
「まさか…アルコール系の飲み物かっ?」
「…困りましたね」
叶野は苦笑している。
「あ〜ご主人様ぁ…フラちゃったんですねぇ〜私がなぐさめてあげます」
俺を後ろから抱きしめる。
「つ、月さん…なにを…」
「えへへ〜いい子、いい子〜こんな人をフルなんて、考えられないです」
俺の頭を撫でている月さん…。
「小葉月は極度にアルコールに弱いんです」
「えっ…」
それを早く言え!
と言うか現状況を止めろ。
…って叶野は怪我してるから無理か…。
母さんと神崎さん、向こうで喋ってて俺達に気付いてないし…。
…部長と佐藤さんには期待ができない…。
「ふふふ…フラれても私が…いますよ、ご主人様ぁ…」
とトロンとした目で俺を見る月さん。
で、目が合った瞬間。
月さんは俺の首を掴んで引き寄せ唇をあてがった。
「っ…っ…」
息ができない…。
そりゃあ…月さんは今までに無いくらい、いやらしく舌を入れてきました…。
もう、イメージ壊れまくりですよ…。
散々人の口を味わった後
満足したのか月さんは横になりスヤスヤ寝息を立てていた…。
「大変ですね…あなたも…」
「はぁ…」
「おや、新学期初の溜息ですね」
と、俺に軽く冗談を言って叶野は舞い散る桜を眺めていた。


もう…終わったんだ…。
彼と私は…もう…終わったんだ…。
自宅に帰り布団に顔を埋めて泣いた。
最近ずっと…怖かった。
私に冷たいし…私のこと…見てくれない…。
他の女の子の方が…彼に…好かれてるんじゃないかって…。
だから…もし、もし彼が…今日、私の誕生日を覚えていたら…。
まだ、私のことも…好き…なのかなって…思えたのに…。
それも…忘れてて…私…。
勢いでも…彼に…あんなこと…。
もう…やり直せないよ…。
私…きっと…嫌われちゃったに決まってる…。
学校に行きたくない…。
もう…彼と会いたくない…から…。


花見が終わり後片付け
月さんは酔いつぶれたので母さんが家に送っていった。
「これで全部か?」
俺達は残ったゴミとかの片づけをしている。
「…おい」
そんな中、奴が俺に声をかけてきた。
「なんだよ…?」
「お前、帰れ」
「は?」
「…池上に…会いに行けよ」
「なんで…俺はもう…」
フラれたし…あいつに嫌われたんだ…
今更…会いに行ったって…。
「お前はわかっていないな…女心を」
「じゃあ…お前はわかるのかよ?」
「いや…分からない、でも、これだけは言える」
奴は今までに無い真剣な口調で
「女が泣きながら別れようって言ってきた時は大抵…本心じゃないんだ」
「どんな都合のいい解釈だよ…それ」
「今のお前には必要な言葉だろ…?」
…やれやれ…相変わらず不器用な気の使い方だな…。
「……そうだな」
奴に…教えられるなんてな…。
「互いに正直になれ…まずはそこからだ」
「ああ…やってみる…ありがとな…」
「これも恋愛仲介部、愛の伝道師の務めだ」
「はは、そうだったな」
俺は走り出した…。
池上の本心を聞く…それからでも…別れるのは遅くない…。
だから…あいつの…本心を聞くために…。

もう一度だけ池上に…会いに行こう…。



神崎邸から走って池上の家まで来た。
家の前には西沢さんの車が止まっている。
「どうか…なさいましたか?」
西沢さんが俺に尋ねる。
「池上は…中にいますか?」
「ええ、どこにも出かけてはおりません」
「そうですか」
西沢さんに一瞥して
池上の家への侵入を試みる。
とりあえず、鍵が閉まっていても合鍵の隠し場所を知っているから大丈夫。
探してみると確かにいつもの所に鍵はあった。
それを使い家の中へと入る。

…やけに静かだ。
池上のお母さんは国際的な仕事上滅多に家にいないらしいからな…。
池上は母子二人家族だし…。
お父さんは池上が生まれる前に死んじゃったんだと…聞いた覚えがある。
…とにかく、池上に会わなければ。
俺は階段を上って行く。

池上の部屋の前まで来ると俺が入ってきたのに気付かなかったのか
池上が声を殺して泣いているのが分かった。
「………」
俺は無言で扉を開ける。
「っ…!?」
さすがに扉が開いたのには気が着いたのか池上は俺の方を見た。
「帰って!!」
なんて勢いのいい言葉を浴びせられると覚悟していたが…。
「………」
池上は涙を流したまま数秒…俺のことを見ていた。
…なにか言わないと…。
最初に…
「ごめん」
と、言う言葉が脳裏を過ぎった…。
でも、俺はその言葉を飲み込んだ。
池上に必要なのは謝る事じゃない。
池上はいつも前向きで…神崎さんの時も…自分が…自分を大切にされない事を悩んでいた…。
だから…謝ったりしたら逆に池上を遠ざけてしまう。
そんな…気がした。
「いつまで泣いてる気だ?」
俺は池上に問う。
「ひぃっ…」
池上はこれ以上俺の口から言葉が飛び出すのを恐れているかの様だった。
自分から…「別れる」と口にして…自室で一人泣いているなんて…。
奴の言う通り…だったのかもしれない。
昔からこいつは…つい言ってしまって後悔するのが癖だったしな…。
だから本来、俺はそこに気がついてやらなければいけなかった。
そう…池上の彼氏として
俺は再び言葉を彼女に投げかける。
「…誕生日プレゼントいらないのか?」
「えっ…」
今度は予想しなかったことを言われた様な反応を見せた。
きっと…池上は俺が誕生日を忘れていると思っていたんだと思う。
「ほら、早く準備しないと…店閉まるだろ」
「でも…私…」
池上は俯いて「もう…彼女じゃないから…」
と、言おうとしたので。
「お前は俺を彼女の誕生日を祝わない彼氏だと思うのか?」
強引に言い切ってしまった。
俺がリードするのが池上との会話では重要なんだと思う。
「…だって」
「いいか…俺はこの日の為に結構前から貯金してたんだぞ、だから多少高いものでも買ってやれる」
「…そうじゃ…なくて…」
「どうした…他に欲しい物でもあるのか?」
俺が問うと池上はコクンと頷いた。
「なんだ? 言ってみろよ」
池上は恐る恐る口を開き。
「あなたの…気持ち…全部が欲しい…」
彼女の目から涙は消えていた。
「あのなぁ…バカか?」
「えっ…?」
「そんなの…もう…手に入れてるだろ…」
「…もっと欲しいの…」
「…例えば…?」
「…結婚…とか…」
「お、おい…いくらなんでも…それは…」
「…してくれないんだ」
池上の声のトーンが低くなる。
「…俺は…その…未来は分からない…でも今現在、俺はお前を幸せにしたいと思ってる」
その気持ちだけは誰にも否定させない。
「…じゃあ…今の分だけ…それだけで…我慢するから…ちょうだい…」
「…ああ」
池上に近寄り抱きしめる。
「それと…」
池上がまだなんか言いたそうだったので…。
口を塞いでやることにした。
「えっ…っ…」
数秒…唇が触れ合う。
「それと…なんだ?」
意地悪をして聞いてみる…。
「ううん…もう、叶った」
「そうか、よかったな」
「…ありがとう」
「お礼はいらないっての、これが当然なんだから」
「…うん、そうだね」
池上は涙を拭って微笑んだ。


彼はその後。
私を買い物に連れて行ってくれるらしい。
ひさしぶりに二人で出かけることができる。
さっき彼に言われた言葉…本当に嬉しかった。
…でも。
「当然」…って言葉は…今の私には凄く残酷に響いた。
「当然」は当たり前の出来事…変わらない日常。
それは日常に溶け込んで人の心内の揺ぎ無い物になったりする…。
それを…心の支えにしている私は…。
「当然」が消えてしまった時…。
全てを…受け入れる自身が無い…。
今この瞬間が…約束された未来につながっているのなら…
私は…こんな思いつめたりもしないのに…。
神崎さんは自分の出生…財界抗争…今の自分、理想の自分を受け入れた…。
小葉月さんは自分の存在意義、自我の確立…決められていた運命から解き放たれた。
でも、二人はそこで新たなる自分で…彼と向き合っている…。
私は…怖い。
変わるのが…それを彼が…どう受け止めてくれるかが…。
だから…不安を笑顔に隠した。
今は…今だから…。
この一瞬だけでも…彼の傍にいられることを…。
私は…喜んでも…いいよね…?


池上を連れて街へと出かける。
「なにが、欲しい?」
さっきから聞いているが
「…なんでもいい」
と、言われてしまう。
池上は気を使っているのではなく…。
ただ単に俺の選んだ物ならなんでもいい…と、思っているみたいだ。
じゃあ…本当に勝手に選ぶぞ?
後悔しないよな?
とまぁ…意気込んではみたものの…。
女の子が何を貰って喜ぶのかさっぱりだ…。
ベタにペンダントとかに逃げておくのも手だな…。
じゃあ適当に店に入って決めてしまおう。

そんな訳で…俺達が入った店は高級感溢れる宝石店。
でも、結婚指輪からプレゼント用の指輪までいっぱいある。
さっき池上にしつこく尋ねたところ…
「アクセサリー系ならなにがいい?」
「…指輪」
と答えたので…そのまま採用。
「じゃあ、選んでくるから待ってろよ」
俺は池上を店内の椅子に座らせてカウンターへと向かった。

「いらっしゃいませ」
と小奇麗なお姉さんが俺を迎えてくれた。
「えと…指輪ってありますか…?」
何聞いてんだよ俺…宝石店なんだから有るに決まってるだろ…。
「どのような物をお探しですか?」
まぁ…丁寧に対応してくれたけどな…。
「その…プレゼント用なんですが…」
「そうですか、ではこちらになります」
店員さんが見せてくれたショウケースの中には沢山の指輪が入っていた。
宝石がついたものや普通のリング、それに…凝ったデザインの物もある。
「………」
う〜ん…どれにするかな…。
こういう時…の決断の潔さが運命を左右するんだよな…。
とりあえず、全部見ていいのを選ぶか…。

悩む事10分くらい…それで…一応2つまでに絞れた。
細いシルバーのリングとゴールドの細いリング。
形状は差ほど変わらないし…値段も同じくらいだ。
「どっちに…するかな…」
悩んでいる俺の肩を誰かが叩いた。
「こんなところでなにしてるの?」
「…神崎?」
「うん、確かに裏だけど…いきなり呼び捨てはないんじゃないの?」
「ああ…すまん」
表だったら困るしな。
「で、なに悩んでるの?」
「池上のプレゼントなんだが…どっちがいいかなってさ」
「…それは私に聞かれてもねぇ…」
困った顔をする神崎。
「名前とか聞いてみれば?」
「名前?」
「うん、リングのね、それでいい方を選べば?」
「ああ…そうだな」
じゃあ店員さんに聞くとしよう
「こちらのシルバーは「Spring」春をモチーフにしています」
なるほどね…。
「こちらのゴールドは「Autumn」秋をモチーフにしています」
春と…秋か…こりゃ即決だな。
「じゃあ「Spring」でお願いします」
「かしこまりました」
「そっちにするの?」
「ああ」
「なんで?」
「いや…その…池上のイメージって言うか…」
「ふぅ〜ん…じゃあそっちは私が買う」
「え、なんで?」
「あなたが候補に選んだ二つでしょ、それだったらあなたからのプレゼントと同意じゃない」
「…どういう理論だよ」
「いいじゃないの私が買うんだし♪」
なんか神崎は上機嫌な気がする…気のせいか?
「イニシャルはお彫りいたしますか?」
「はい、えと…H、Iでお願いします」
「かしこまりました、そちらのお客様は?」
神崎に店員が聞く。
「私はA、Kでお願い」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
と言うと店員は奥へ入っていった。
「じゃあ、私帰るわ」
「おい、受け取らなくていいのか?」
「後で西沢に取りに来させる、それに池上さんと会うと気まずいでしょ」
「そうなのか…?」
「そうなのよ、じゃあ…また学校で…って言っても会うのはあの子の方だけど」
「あ、ああ…じゃあまたな」
「じゃあね」
彼女は逃げるようにして帰って行った。

イニシャルが彫り終わり池上の所まで戻って来た。
「遅い」
ちょっとむくれて言う彼女が普段の池上でちょっと安心。
「ほら、これ」
と言って池上の手にさっきのリングを乗せてやる。
「へぇ…凄い…高かったの?」
「それなりだ…」
「ありがとう…大事にするね」
「してくれよ…お前だけの…物なんだから」
池上は嬉しそうにリングを眺めている。
「あっ…」
「ん…どうした?」
「イニシャル…彫ってある…」
「ダメか?」
「ううん…覚えていてくれたんだ…私の名前…」
「当たり前だ」
「じゃあなんで名前で呼んでくれないの?」
「…前にも言ったが今更恥ずかしい」
「いいじゃない、けち」
「けち言うな、取り上げるぞ」
「あ、ごめん、嘘、嘘」
「ならいいけど…」
ふぅ…泣いてたのにもう笑顔か…。
本当に…女って分からないな…。
一応仲直りできたし万事解決か?
名前で呼んだ方がやっぱり嬉しいのかな…。

でもな、池上…俺はちゃんとそのリングで

「お前の名前…呼んでるんだけどな…」



読者数が減ってきたのでお試しに錯綜さくそうのみ更新してみました。どうでしたか…えと、続きが気になる方がいればいいんですけどねぇ…。今回、池上にプレゼントしたリングと神崎のリングは物語に大きく関ってくるので…続きをお楽しみに。しばらくしたらまた更新します。








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