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カザブの野望編 第6話

一行はその後順調に旅を進め、カザブとの国境にたどり着く。


マーガレットは何かあるならカザブ国内には入ってからだと踏んでいた。

自国内の方が動きやすいのはもちろん、マーガレットを”保護”しやすいからだ。


その読みの通り、リチリア国内では小規模の盗賊との小競り合いがあったぐらいで、無事に国境まで来ることができた。


国境のカザブ側の門で通行証を見せ手続きを終えると、マーガレットたちと侍女を乗せた馬車2台は騎乗した騎士たちに前後を挟まれガラガラとカザブ国内に入っていく。

ガシャーンと大仰な音を立てて国境の門が閉まった。


(いよいよね)


マーガレットは緊張して汗ばむ手を握りしめた。

そんなマーガレットの手をアレクがそっと自分の手で包み込む。


「大丈夫です。私が必ずあなたを守ります」


そう言ってマーガレットの緊張を和らげようとするアレクに彼女はときめきを感じつつも、困ったように眉を下げた。


彼女が緊張している理由はアレクをの身を案じてのことであり、自分の身を心配してのことではないからだ。


だが非力で戦闘に不慣れなマーガレットが彼を守る術といえば、魔法石で魔法をぶっ放す以外には身を呈して盾になることぐらいしかできない。


彼女はいざとなればためらいなくそうする覚悟があったが、それを事前に本人に言えばこってり説教された上に絶対しないと約束させられることは目に見えている。


なので、彼女はアレクの誤解を解くことはせず素直に彼の言葉にお礼を言うにとどめた。


カザブ国内での一泊目の宿は、国境を治める領主の館だ。


国境付近の荒れた土地を騎士たちと馬車が移動していく。

領主の館までは半日ほどの距離と聞いていた。


マーガレットは道中に何かあるかもしれないと警戒していたが、ひとまず何もなく一行はその日の目的地へと到着した。


館の大きな門を馬車のまま通り過ぎる。

そして正面玄関の前につけると、御者が降りてドアを開けてくれた。


そこにこの館の主らしき男が館の中から現れた。

男は狐を連想させる風貌をしており、ひょろっとしていて細くつり上がった目をしている。


「ようこそお越しくださいました。私はこの地を治めますリガール・フォクセと申します」


「お出迎え恐縮です。こちらはリチリア国第三王子殿下であらせられるアレックス・イェルディス・アル・リチリア殿下にございます」


フォルがそう言うと、リガールは頭を下げて言った。


「王子殿下方を我が屋敷へお迎えできるなど光栄の極みです。どうぞ存分におくつろぎください。さあ中へどうぞ」


そう言って踵を返すと屋敷の中へと入っていく。

ちなみに、大陸内は共通語を使っているので言葉の問題はない。


屋敷の使用人たちが荷物を運ぶのを手伝い、一行を案内していく。

マーガレット、アレク、ジョシュア、フォルの四人は応接室に通され、侍女は荷物を運ぶためにそのまま部屋へと移動する。


先の四人にはそれぞれ個室があてがわれており、侍女たちは二人部屋に案内された。


「ふ〜。とりあえずカザブ初日は無事だったわね」


「そうですね、よかったですわ」


そう言うマーガレットに侍女が答える。

この旅に侍女は二人同伴していた。

マーガレットの連れてきたメグと、王子付きの王宮の侍女が一人だ。


(滞在先ではおそらく何もないと思うのだけど)


マーガレットはそう考える。

もしカザブ国内の滞在先で何かあれば、リチリアから必ず責任を問われるだろう。

何かあるなら移動中に違いない、とマーガレットは考えていた。


「さ、お嬢様、お仕事に参りますわよ」


そう言う王宮侍女に、マーガレットは笑って答える。


「そうですね、先輩。くれぐれもわたしのことは”メグ”と呼んでくださいね」


「かしこまりました。では、行きましょう。メグ」


王宮侍女はマーガレットを伴うと、それぞれの主人のいる部屋へと急いだ。



***



あの時馬車の中で、マーガレットは自分の考えをアレクとフォルに話した。

つまり、カザブの本当の狙いは自分を手に入れることではなく、アレクを消すことなのではないかと。


マーガレット以外の誰もそのことを考慮しなかったのには理由がある。

それはつまり、アレクが強すぎるからだ。


3年前の暗殺事件以降、アレクは取り憑かれたように修練にうちこんだ。

もう二度と大切なものを奪われないために。

そしてそれが彼の持っていた甘さを削ぎ落とした。


彼が手に入れた圧倒的な強さから、誰もアレクが負けるわけないと信じて疑っていない。

そしてそれこそが自分たちの隙なんだとマーガレットは思った。


アレクは不死身ではない。

どのような手で相手がくるかわからない以上、マーガレットはリスクを犯したくないと思った。


「しかし今さら訪問をやめるわけにはいきませんしね」


そういうアレクにフォルが答える。


「最大限警戒していくしかないでしょう」


そんな二人にマーガレットはある提案をした。


それはー


「殿下、お茶のご用意が整いました」


「ありがとう」


黒髪に()()()()()()()をした侍女が、()()()()()()をしたリチリアの第3王子に声をかける。


そこにはいつもの柔和で美しい第三王子ではなく、精悍な顔つきの男らしい第三王子、もといジョシュアがいた。


そう、マーガレットの提案とはアレクが旅に同伴している誰かと入れ替わるというものだったのだ。


(ジョシュア・・・すごい・・・)


マーガレットは内心で感嘆の声を上げた。

今のジョシュアはどこからどう見ても気品と威厳のある王子様だった。


正直マーガレットはジョシュアに王子のふりをさせることはミスキャストじゃないかと思っていた。


なぜなら普段の彼に貴族っぽさがなさすぎるから。

だから彼女はフォルがアレクのふりをするべきじゃないかと言った。


フォルの方が少なくとも貴族らしいと思ったからだ。

だが、アレクもフォルですらもジョシュアで問題ないと太鼓判を押した。


そして彼らは正しかった。

ジョシュアはいざとなれば貴族らしく振舞うこともお茶の子さいさいだったのだ。


(彼もやっぱり生粋の貴族なのね)


マーガレットはいつもうっかりジョシュアが貴族だということを忘れてしまいそうになるが、だてに子爵家の嫡男を生まれた時からやってないということだろう。


ちなみにマーガレットがアレクの入れ替わりを提案した理由は、アレク自身が不意を突かれなければ大抵のことは対処できると考えたからだった。


突発的な事態でもアレクがそれを外側から見ていれば、本人が窮地に陥ってしまう状態より何倍も楽にそのピンチを切り抜けられるだろう。


そしてそれを聞いたフォルは、マーガレットも入れ替わるべきだと言った。


フォル曰く、もし彼女を盾に取られてしまった場合、アレクは自分の身を犠牲にして彼女を助ける可能性がある、と。


マーガレットはさすがにそれはないのではと思った。

彼自身、自分がいかにリチリアにとって重要な存在であるかはわかっているはずだ。

ただの一貴族であるマーガレットとはわけが違う。


「それはないですよね」


そういうマーガレットにアレクは無言の笑みを返す。

その笑顔を見たマーガレットは頬を引きつらせた。


「絶対だめですよ。もしそうなったらわたしのことは捨て置いてください」


「私があなたを見捨てることは絶対にありません」


「ダメったらダメです!自分がどれだけリチリアにとって重要かわかってますよね!?所長がいなくなったらこの国は終わりです!」


「あなたより重要なものは私にはありません」


「っ!」


アレクはマーガレットの手をとると、マーガレットをひたと見つめたまま彼女の手のひらに自分の頬をすり寄せる。

マーガレットは真っ赤になったまま口をパクパクと動かした。

アレクに自分の身の安全を最優先にするよう説得したいのだが、頭がのぼせて言葉がうまく続かない。


そこに冷やりとした声音が響いた。


「いい加減二人の世界を作るのをやめてください」


フォルがいい加減にしろよとうんざりした感じで二人を見ている。

マーガレットは慌てて所長の手から自分の手を引き抜くと正面に向かって座り直し姿勢をただして茹だった顔を窓から外を見る振りをして外へ向けた。

となりからチッと舌打ちが聞こえた気がしたが、空耳だと思うことにした。


三人は誰が誰と入れ替わるかについて話あった。

マーガレットが入れ替わるのはメグ。

これはあっさり決まった。

背格好が似ているし年も同じ。

それにメグは普段の天然おとぼけキャラから想像もつかないほど強い。

彼女は武器を手にすると豹変するのだ。


10歳の頃マーガレットの家に侍女見習いとして上がった彼女は、マーガレットを守るという理由で、兄や弟と一緒に武術を仕込まれた。

そのときに何か別の方向へ開花してしまったらしい。


彼女が暇があれば筋トレや稽古をし、剣、弓、槍、果ては毒針にいたるまで驚くべき才能と執念で習得していった。


そして最終的には彼女が兄や弟に稽古をつけるほどにまでなった。

鬼のような稽古をつけるメグにコテンパンにされ、涙目になっていた兄や弟の姿をマーガレットはなんども目撃していた。


そして誓ったのだ。

彼女は決して怒らせるまい、と。


それはさておき、問題はアレクが誰と入れ替わるかだ。

王家の人間と入れ替わって不自然でないくらい品があり、かつ強い人間などそうそういない。


結局フォルかジョシュアのどちらかということになったのだが、ジョシュアは強さで言えば理想的であるもののいかんせん貴族らしさが足りない。

フォルは貴族らしいが腕っぷしが心許ない。


悩んだ末、マーガレットはフォルを推した。

バレるリスクを減らすことを優先したのだ。


だがアレクもフォルもジョシュアで問題ないと言う。

マーガレットは納得できてはいなかったものの、二人がそういうならということで引き下がった。

その結果は前述のとおりである。

マーガレットは自分の人を見る目もまだまだだなあと実感した。


さて、どうやって変装するかについてだが、まず一番なんとかしなければならないのは髪の色である。

というのは、第三王子でありリチリア最強の魔術師であるアレクの髪が銀であることはとても有名だったからだ。


先のカザブに対する防衛戦で、銀の髪をたなびかせながら圧倒的な強さを見せつけたアレク見たリチリアの人々が敬意をこめて彼を”銀の魔術師”と彼を呼ぶようになったからだ。


もちろんカザブ側にもアレクが銀の髪をしているということはその戦いで知られているので、髪の色はまず真っ先に変えなければならい。


一行はリチリア国内で髪染めを入手し、リチリア最後の滞在先で髪を染めた。

マーガレットはメグの髪色である黒に。

メグはマーガレットの髪色である栗色に。

アレクはジョシュアの髪色である亜麻色に。

そしてジョシュアはアレクの髪色である銀色に染めた。


リチリア国内には魔法石を利用した便利な髪染めが出回っている。

髪染めは色別に売られていて、黒や金などのオーソドックスな色はもちろん、赤やピンクに緑色などちょっと現実にはないような色でさえ好きに自分の髪色を変えることができるのだ。


髪染めの粉の原料には魔法石が使われていて、洗い流すまでその効果が持続する。

なので、一行は旅の間もつだけの十分な量の髪染めを購入しておいた。


高額な髪染めだが、貴族の間で密かにブームになりつつあるらしい。

ちなみにその髪染めを開発したのはモニカである。

おしゃれな彼女らしい発明だとマーガレットは思った。


マーガレットはソファにゆったりと腰掛けているジョシュアを見る。

アレクの服を来て、向かいに座る領主リガールの話に鷹揚に相槌を打っている姿はどこからどう見ても王子様だった。


彼の隣にはマーガレットに扮したメグがリガールやジョシュアの話に頷きながら黙って座っている。

メグは極力口を開かない。

これがメグがボロを出さないために決めたマーガレットたちの作戦だった。


当のアレクは、騎士服を来てジョシュアの後ろに立っている。

マーガレットの視線に気付いたアレクが彼女に軽く微笑むと、マーガレットは手で鼻の辺りを押さえてうつむいた。


(やばい。所長の騎士服姿が素敵すぎて鼻血でそう)


白衣やローブ姿も素敵だが、なんといっても騎士服は別格だ。

騎士といえばほとんどの女性の憧れの的であり、マーガレットも例外ではない。

純白の生地に金糸の刺繍を施した詰襟の服を着るとどんな見た目の男性であろうと例外なく3割り増しでカッコよく見える。

アレクは素材がいいのでもう美しさで人を昏倒させるレベルと言っていい。


(所長が騎士じゃなくてよかった)


アレクが騎士だったなら王宮内の女子たちの間で争奪戦が激しすぎて、きっとマーガレットは割り込む隙もなかっただろう。

まあそもそもアレクが騎士だったら魔法研究所の所長にはなっていないわけで、そうなればマーガレットと彼は出会ってすらいなかっただろうけど。


マーガレットは心の中でアレクが騎士ではなく地味な閑職の所長だったことに感謝した。


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