玉座の戦い
俺達は玉座の間の入り口までたどり着いたが、豪華な扉を守るように蔓が覆っていた。
「これは蔓を何とかしないと開けれないか」
男3人で蔓を毟り、切り払うが再生の力が強すぎてきりがない。大樹が近い所為か蔓は直ぐに再生して扉を塞いでしまう。悪戦苦闘しているところに春香が除草剤をまくとすぐに蔓は枯れ果ててしまった。流石農家だ。植物に関しては強い。
枯れた蔓を取り払い、重々しい扉を開けると、部屋全体がジャングルのようになっていた。草木をかき分けながら進む俺達の目の前に一本の大きな大樹が目に入る。それと同時に大樹の中心には、真っ赤なバラを胸元に咲かせた一人の少女がいた。
「フィリア……!」
苦しそうな表情を浮かべているフィリアに向かってタツマが走り出すが、俺は服をつかみ制する。
「何をっ……!?」
タツマが俺を睨み付けたが、次の瞬間、巨大な木の杭がタツマの目の前を貫いた。あと一歩進んでいれば貫かれていただろう。
「物陰から見ている反応がある。焦る気持ちも分かるがこういう時こそ慎重に……だろ」
「……ああ……すまなかった……そうだな」
熟練プレイヤーだからこそ、こういう時に慎重に動く大事さが分かっている。俺も大事な人がこういう目にあっていたらわき目もふらずに突っ込むかもしれない。ここでタツマを引きとめた手前、俺も気を付けなければ。
「……おい、物陰からこそこそ見てないで出てこい。右の柱の裏、大樹の後ろ、それとカーテンの裏にいる5人」
睨み付けながら剣を各所に突きつけるとゆっくりと5人の男が姿を現した。全員が完全武装していて、バリーとは見た目からでも装備品の質が違う。俺の隣にいる王子のような装備と同じくらいだろう。こいつらは王直属の親衛隊か?
「的確に言い当てるとは見事ですね。褒めて差し上げましょう。マサキと言いましたか。このような力も持っているとはやはりアナタは殺しておくべきでしたが、同時に感謝しなければなりませんね。おかげで私が皇帝になることが出来る」
「イーロ侯爵……! 貴様がこの事態を引き起こしたのか?」
「正確には私ではありませんが、手引きしたのは私ですよ。ああ…長かった。ただの文官だった私が、美人に育った姫に見惚れて、姫を手に入れるために賄賂や謀略を駆使して宰相まで上り詰め、ライバルを蹴落とし……時には始末してきた。あとはアナタだけだ……余計な異世界人タツマ……! 貴様らを全員始末して私がこの大陸の皇帝となる」
惚れた女を手に入れるために色々あくどい事をやらかしてきたみたいだな。こいつ。皇帝になるとか言っているが……。
「民も皆殺しにして何が王だ。たった一人の孤独の王様ほどみすぼらしいものはないというのに、さっきの皇帝のジジイの方がまだましだ、お前からは威厳も何も感じない。どうせその力もバリーと同じく借り物だろ。三下」
「なっ!? この私が三下だと!」
「ああ。悪い悪い。三下に悪かった、四下、いや、これは四流というべきか」
俺の挑発にイーロが顔を真っ赤にしている。背中から触手が見えるからまるでタコみたいだな。
横目でタツマとレオン王子を見てみると、二人とも驚いた様子で俺を見ていたが、ニヤリと笑みを浮かべると、二人とも察したらしく武器をイーロに突き付けた。
「イーロが四流?四流にも悪いだろう」
「そうだな。アルデバラン皇帝は敵だったが国民を大事にする優れた王ではあったが、民無き王なぞ前代未聞だな。案山子の王というところか」
おお、二人とも煽る煽る。イーロが肩を震わせて怒り狂っている。
「貴様らぁぁぁ!! 殺す! 確実に殺す!! 行けっ! わが下僕たち!」
イーロが激情のまま、命令と言えない指示を繰り出した。企みはばれてないようで何よりだ。あとは、この4人の敵を倒すだけ。だが、こっちには戦闘向けではない春香がいる。少し不利だが、バリー戦の情報がある分有利に戦えそうだ。
「ガアアア!!」
4人全員で各自バラバラに襲い掛かってきた。レオン王子は春香を守るように立ちはだかっているので二人の兵士を相手にすることになっていたが、春香の真骨頂は戦闘のサポートだ。心配はいらないだろう。タツマは実力もあるし、問題はなさそうだな。
兵士が奇怪な声を上げながら剣を素早く振りぬいてくる。だが、バリーとの戦いでこの速度には目が慣れていた。この程度なら受け流せる。セブンソードを斜めにして剣撃を受け流した後、密着して兵士の胸元に片手を当てる。
「トライバンカー・インパクト!」
素手で複合スキルのトライバンカー・インパクトを放つと、兵士は抉られるような衝撃に貫かれ、茂みの中に吹き飛んだ。武神の心得で近接戦闘を特化していたとはいえ、素手の威力では吹き飛ばすのが限界で相手を倒すには至らないか。一撃で倒れなくて良かった。もし倒れられたら困るところだった。
俺は吹っ飛んだ兵士に追撃を加えるべく、茂みの中に突っ込んでいった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「グウウ!!」
「はあぁっ!!」
マサキが茂みの中に消えていく中、レオンは二人の兵士と相対し、鍔迫り合いを起こしていた。状況だけ見ると不利だが、逆に最初から追い込まれていたのは兵士たちの方だった。
意志をイーロに奪われていても、日ごろから積み重ねた剣技は失われず、二人の兵士は剣を上下から振りかざした。だが、レオンは剣を受け止めた瞬間に竜騎士のスキルを発動させる
「ドラグーンフォース!」
「!!?」
レオンの体からは竜を思わせる闘気が発せられ、体全体を強化していた。これは竜騎士の奥義ともいえるスキルで飛龍の力を自分に上乗せするスキルだ。その分反動が厳しいが、短期決戦ともなれば脅威になるスキルだ。二人の剣を受け止め、逆に押し返せるほどの力を得たレオンに兵士は焦りの表情を浮かべていた。だが、追い込まれる原因はこれだけでなく、後ろでにこやかな笑顔を浮かべている春香もスキルを発動していた。
春香は周囲が植物に埋め尽くされていることを利用し、レオンの足元に種を蒔いていた。種は春香の豊穣の光により急成長するが、床が頑丈な大理石の場合、成長するまでに時間がかかってしまう。
そこで春香は対モンスター用トラップスキルを発動した。地味な効果で、始めたてのプレイヤーが使えるスキルだが、その威力はこの世界でも容赦なく発揮した。
レオンの力に怯み、兵士が後ろへ下がり体勢を整えようとするが、足に強い粘着質の物体が粘りつき行動を阻害していた。
使用したスキルは『ネバネバトラップ』。単純にトリモチを使った床に設置する罠だ。小型モンスターなら足止めには丁度いいが中型以上だと直ぐに抜けられる。それでも発芽させる時間を稼ぐには十分だった。
「ガアアァ!?」
「もう遅いですよ〜。捕えちゃいました〜」
レオンから離れようと兵士が動いた時にはすでに遅く、大理石の床に根を張った寄生植物が太ももまで太い蔓が絡みついていた。トラップと蔓から逃げ出そうとするが、その動きは隙にしかならず、隙を見逃すほどレオンは甘くはない。目に留まらない速さで剣を振りおろし、無防備になっていた兵士の体を両断した。
返す刃であと一人の兵士も切りつけたが、剣を盾にしてレオンの攻撃を防ぐ。両手で剣を抑えながらレオンの攻撃を耐えていたが、攻撃はレオンだけでなく、春香の寄生植物が徐々に兵士の体を浸食し胴体まで太い蔓を伸ばしていた。やがて蔓は肩から腕へと延び、頭まで包み込むとギリギリギリミシリと締め付ける音を立たせ、半植物と化した兵士は、皮肉にも寄生植物に殺されるという末路を辿った。
「春香殿、見事でした。このような罠や植物もあるのですね」
「はい〜。本当は人には蔓を伸ばさないんですがぁ、バリーさんが植物の体を持っていたってマサキさんから聞いたのと、私の目でちゃんと確認してこれなら大丈夫って確信して使いました。効果は抜群でなによりですね〜」
ミシミシと音を立てている寄生植物をのほほんと眺めながらいう春香にレオンは背筋が寒くなるどころか、その笑顔にも見惚れていた。異世界人達がこの現場を見ていたら「恋は盲目」と言っていただろう。
ぼんやりとしていたレオンの下に春香が近寄り、耳元でささやく
「それでは、次はマサキさんの企みを成功させるために頑張りましょ〜」
「え…ええ!」
間近で見た春香の笑顔に心臓の鼓動を強くしながら、レオンは大樹の下へと駆けていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「シュヴァルツ……まさか貴様とこういう決着をつけるとはな。本来ならば正気だった貴様と決着をつけたかったが……残念だ」
タツマが相手していたのは、この帝国でも屈指の剣の腕を持つ、皇帝直属親衛隊の隊長。シュヴァルツ・ロンダウェイ。帝国で最強の矛を持つのがタツマなら、最強の盾を持つのがシュヴァルツ、そして背から銀の触手を生やしたイーロだった。
シュヴァルツが手に持つのは、過去の異世界人の遺物。『イージスの盾』。所持していた異世界人は既に寿命で亡くなっていたが、その時、身に着けていた各種装備は商人や国によって世界中に飛び散り、冒険者や富豪、国の手に渡っていた。帝国も手に入れ、その一つがイージスの盾。絶大な力を誇る武具で、王を守る親衛隊隊長に代々与えられる盾だ。だが、今は王ではなく、イーロという男を守る為にシュヴァルツがイージスの盾を使っていた。
「シュヴァルツ!! さっさと目障りな奴を片付けろ!」
イーロの怒鳴り声に応えるように、シュヴァルツがタツマに襲い掛かった。宰相である自分のいうことを全く聞く耳を持たなかったシュヴァルツ達が、こうして自分の命令を聞くことにイーロは優越感を感じ、思わず笑みを浮かべていた。
タツマはそんなイーロの自慢げな表情を見て苛立たせつつも、シュヴァルツの攻撃を槍で捌き、反撃するがイージスの盾に食い止められる。それと同時にタツマに鈍い痛みが走った。
イージスの盾は高い防御を持つとともに、反射ダメージを持つ優れた盾だ。その効果を受けたタツマは自分の攻撃のダメージを受けて顔を歪ませる。ダメージ量は防具で軽減されるが、それでも元から威力が高いタツマの攻撃。自分の攻撃を受けると同じで、回復手段が限られる今では迂闊な攻撃は命取りだった。
シュヴァルツの盾捌きは帝国でも群を抜いていて、幾度となくタツマとは訓練でも死闘に近い戦いを繰り広げた。勝率は半々。だが、幾度となく戦ったタツマだからこそわかる違和感があった。
(盾による防御回数が少ない……?……そうか……シュヴァルツ。お前も抗っているのだな……)
意志を奪われていても、シュヴァルツは盾でなく、剣で捌く回数が多かった。盾の防ぎ方も出来る限り受け流すような立ち回りだ。強くあてなければ反射ダメージも発生しないということはタツマとシュヴァルツだけが知る事実だった。そしてこれは、意志は操られているが、意識はあるという証拠でもあった。
シュヴァルツが盾で殴り飛ばすと、タツマは後ろに大きく跳躍してダメージを軽減させる。このやり取りも幾度となくやったことだ。そして、この先にやることも同じ。必死に意識を持ち出し、抗って出したシュヴァルツの渾身の意識を、タツマは槍を持って応えるべく、大地に両足を付け、槍を構えた。
二人は同時に植物で支配された玉座の間を駆け抜ける。タツマの『黄龍真槍』とシュヴァルツの『イージスの盾』がぶつかり合い、激しい金属音が響いた。
―ガキンッ――
金属音と共にタツマの槍が天を舞った。その光景をみたイーロは笑みを浮かべ、むごたらしく殺されたタツマを見下ろすべく視線を槍からシュヴァルツ達の下へと向けるとそこには。
槍ではなく、剣で貫かれたシュヴァルツの姿があった。
「何っ……!?」
タツマはシュヴァルツの盾と確かにぶつかった。だが、シュヴァルツが若干盾を上斜めに傾けた時にタツマはあえて槍を持つ力を抜いた。それと同時にシュヴァルツが槍を打ち上げて、剣を振りかざそうとした。
その剣は届くことはなく、シュヴァルツの胴体に鋭い剣が打ち付けられ吹き飛び、シュヴァルツごと剣が壁へと突き刺さった。確かに、槍は打ち上げられた。だが、わざと打ち上げさせてシュヴァルツの胴体に大きな隙を作らせ、そこに体を捻りながら剣を捩りこんだ。剣は、先ほどタツマが皇帝から譲り受けた国宝の剣。鉄すら切る剣は壁もたやすく貫いてシュヴァルツを縫い付けた。
―ガラン、ガランガラン――
持ち手を失ったイージスの盾が虚しく床へと転がり周囲に音を鳴らす。だが、シュヴァルツは満足そうな笑みを浮かべていた。喋ることは出来ないが、念願叶ったライバルの決着をつけることができ、満足そうな笑みを浮かべながらゆっくりと消滅していく。
満足そうに消滅していくかつての仲間を見届け、タツマは空中に舞った槍を片手で受け止める。
「……シュヴァルツ、先に待っていてくれ。……すぐにこいつを送る。……次は貴様だ。イーロ。死んでも楽になると思うなよ……!」
今回自重したネタ:
マサキ「このユデダコ(イーロ)は出来そこないだ。食べれないよ」