城の異形
「クアガァァァァ!!」
「ぬぅん!!」
「ガッ!!?」
大狼の姿をした茨モンスターが、ネメアーに唸り声を上げながら襲いかかろうと鋭い爪を振り下ろしていた。だが、ネメアーは避けるどころか突っ込み、その足を掴みモンスターの動きを止める。
「うおおおお!!」
「ギャァガ!!?」
ネメアーはモンスターの足を掴んだまま、勢いよく壁へと叩き付け、ゴキッガキッメキキッ!と壁と骨らしきモノが折れ砕かれる音が周囲に響く。そしてそのまま、通路の先に居るモンスター達に向かって投げつけると数メートルも巻き込みながら転がっていった。
「ガァァア!?」
「ギャウウ!」
大狼型のモンスターに人型のモンスター達が押しつぶされ、身動きが取れなくなった。身動きを封じられたモンスター達に向かって、秋葉のRPG(携帯対戦車グレネード)が飛んでいく。
爆裂音と壁が崩れる音が通路に響きモンスター達が消滅していく。通路に満ちる煙の中、堂々とネメアーが仁王立ちし、その後ろにロケット砲を武器スロットの中に仕舞う秋葉がいた。
「こちら秋葉。クリア。ハヤトさん、アデルさん。そっちはどうですか?」
「ああ、今片づけたところだ」
「位置さえわかってりゃ楽なもんだ。数だけ多くてもこの通路じゃ活かせてねぇしよ」
秋葉とネメアーの反対の方角からハヤトとアデルが戻ってくる。二人ともここに来るまでに少しの軽傷は負っていたが、既に夕方になっていた事もありアデルは自己回復が活発になっていた。ハヤトも『鮮血の特攻服』による自動回復能力で僅かな傷が閉じ、回復していく。
「次の階で最下層だね。秋葉君、マサキ君に連絡を頼むよ」
「はい。分かりました」
秋葉は目に濡れタオルを当てながら頷く。これまでの連戦で、秋葉の目は普段以上の負担が掛かっていて、こういった僅かな時間を利用して負担を和らげていた。
秋葉は目に濡らしたタオルを当てつつマサキにウィスパー(個人通話)を送る。
《マサキさん、こちら秋葉です。敵兵クリア。最下層手前です》
《分かった。こっちも王室手前の通路だ。その手前何だが、どうにも壁が一枚あるらしい。済まないがそっちでその壁は何とかしてくれ》
《はい。マサキさんも気を付けてください》
秋葉がウィスパーを終えると、腰に下げてあった水筒から一口飲んで喉を潤す。戦いに出る前にこれは全員に春香から支給されたものだ。中身は蜂蜜レモン水だが、連戦で疲れた身体には非常に役に立つ物だった。これにはネメアーが一番気に入り、大型のボトルで頼むほどだった。
秋葉達が魔法封印に繋がる螺旋階段がある場所に向かうと、そこには壁が一枚あるだけで完全な行き止まりだった。
「む、間違えたか……?」
「いや、こっちであっているはずだぜ。マサキから貰った地図でもこの先が螺旋階段の入口になっているはずだ」
ハヤトがマサキから貰った地図を広げると、確かに目の前には螺旋階段の入口となっている図があった。だが、今目の前にあるのはただの飾り気もない壁があるのみだった。
「という事は……ここには何か仕掛けがあるようだが……ふぅむ」
ネメアーがごつい手で壁をノックすると、ある一定の場所だけ響くような音が聞こえる。その空間を見つけるとネメアーは徐に拳で殴りつけると、壁に拳大の穴が空いた。
「仕掛けがあるようだが、強度的に壊せそうだな。秋葉君、さっきの奴をこれに頼めるかい?」
「分かりました。皆さん、下がってくださいね」
秋葉が武器スロットからRPGに弾丸を装填し、ネメアーが穴を開けた壁に向かって放つと、大きな爆音と壁が崩れる音と共に壁に人が通るには十分な大穴が現れた。
「兵器とかあるとやっぱ助かるな。秋葉が居て良かったぜ」
「ちょ……ちょっとあまり強く頭を撫でないでくださいっ……! もうっ……」
ハヤトが笑顔を浮かべながら秋葉の頭をくしゃくしゃと撫でると、年頃の女の子らしく、手櫛で髪を整えながら後を追いかける。粉じんの中を進み、開けた大穴を潜ると全員の目の前に暗い螺旋階段が見えた。
「暗所ならば私が先行しよう。皆は後をついてきてくれ」
アデルがランタンを掲げながら先頭になり、暗い階段を降り始める。元は闇の住人であるヴァンパイア。父方が人間でハーフであっても暗闇は彼女にとっては昼間と変わらず、障害にすらならなかった。後ろにはハヤト、秋葉、ネメアーと列を組みながら螺旋階段を下りていく。
入口が塞がっていたお蔭か、階段ではモンスターとは遭遇せずに最下層まで難なく辿り着いた。
茨の侵食は最下層まで伸びており、壁には根らしき物が地上より多く見えており、それはこの城全てが大樹により支配されているという証拠でもあった。
最下層には鉄製の大きな扉が一つあるだけで、装飾も飾り気も全くないが、扉の隙間からは重苦しい空気が漂っていた。
その空気を感じ取ったのかネメアーが鼻をヒクヒクと動かして顔をしかめさせる。匂いの中には無数の死臭が混ざっており、獣人であるがゆえに人より敏感に感じ取ってしまった。
「死の香りか……。皆、気を引き締め直した方がいいだろうね。今までのモンスター達以外の何かがいる」
ネメアーがそう告げると、腰に下げていた白い布を手に巻き付けながら、扉を睨む。布には複雑な模様が書かれており、暗い通路の中でも淡くオレンジの光を放っていた。今まで使わなかった武器をネメアーが付けた様子に、3人とも木刀や魔力の槍、マグナムを構えながら冷静になるべく、呼吸を整えていく。
アデルが扉に手を掛け、ドアノブを捻り押すと扉は重厚そうな音を立てながら開かれた。その先の部屋は地下室というのに不思議と明るく、四方から光が溢れ光源の代わりになっていた。部屋を開けると、先ほどより強い死臭が漂い、全員の鼻を苦しめる。
扉の先に居たのはマッドゴーレム。
物理攻撃を大幅に軽減する泥の身体と、巨体から繰り出す力によって大型のモンスターすら叩き潰す怪力を備えたゴーレムだった。普段はダンジョンの奥深くにいるモンスターだ。
帝国はその強さに目を付け、多数の犠牲を得ながらも使役と強化に成功し、魔法封印を守るガーディアンとして配置した。
普通のマッドゴーレムはこのような異臭はないが、直ぐにその原因をこの場にいる全員が理解する。マッドゴーレムの泥の身体から人の部位が無数に飛び出ており、それらは全てこの城に勤めていた兵士の死体であった。
その人らは、命からがら侵食していく茨からここに逃げ込んだ生存者達だった。部屋で一息ついた所を、侵入者として感知したマッドゴーレムにより生きたまま食われていった。
城の為、魔法封印を守るガーディアンとして配置されたマッドゴーレムは今、兵を喰らい、許可無き侵入者を打ち滅ぼす無慈悲な存在としてアデル達の目の前に姿を現した。
「UOOOOOO……!」
マッドゴーレムは天井に届きそうな程の巨体を呻くような声を出しながら、ゆっくりとした速度でアデル達へと視線と両腕を向ける。腕はポタポタと泥が落ちる音を立てながら、重鈍な胴体の動きからは想像がつかないほど、勢いよく腕をアデル達へと伸ばした。
巨大な丸太のような腕をアデル達は横へと飛びのき、回避するとアデル達の後ろにあった鋼鉄の扉がくの字に変形し階段へと吹き飛ばされた。
「ちっ! ウスノロかと思ったが早えっ!」
「伊達に守護を任せられている存在ではないという事だろうね。しかし…!」
伸びきった腕に向けてネメアーが剛腕を振るうと、泥が大きく飛び散り、威力を大きく軽減されるが、そのまま腕を打ち砕かんと打ち付ける。だが、予想外の強い弾力がネメアーの拳に跳ね返り攻撃が防がれた。
「むうっ? 中に何かがあるようだ」
ネメアーは腕を引き抜く際、大きく泥をかき分けながら腕の内部を露出させると、腕の中心には大きな蔓が幾つも絡み、一つの大きな束となっていた。腕は重鈍な胴体へとゴムのように素早く引き戻される。
「どうやら大樹の影響はこのゴーレムにも及ぼしているようだね。威力を軽減させる泥に加えて、弾力の強い植物の芯……やれやれ、厄介な相手だ」
「だが、やらねばならないだろう。倒さねば魔法も満足に使えない。あの大樹を潰すには魔法の火力が不可欠だ」
「それに、マサキさんから私たちはここを託されましたからね」
「やることは変わらねぇだろ。単純に……ぶっ潰す!! それだけだ!」
ハヤトの言葉に全員が頷き、武器を構え直し、マッドゴーレムに向かって走る。マッドゴーレムも、排除すべき敵を返り討ちにすべく泥と植物を拳のように固め勢いよく振り下ろした。
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「秋葉から連絡があった。どうやらあっちは最下層手前にたどりついたみたいだ。階段の前に壁が一枚あるが……あいつらなら何とかするだろ」
秋葉からのウィスパーを俺は全員に伝えると、全員がホッとしていた。持久力や自己回復力で優れたメンバーだが、何があるかわからない状況で無事であるのは良かった。
「秋葉ちゃんも無事なようで良かったですねぇ。私達も頑張りませんとぉ~♪」
春香はマイペースに俺達に黄色い果実を配っている。この果物の名前はパワーパインといって小さなパイナップルのような果物らしい。観葉植物が植えられていた植木鉢を使い、春香が豊穣の光によって急成長させて収穫した果物だ。味は甘く、程よく酸味があって疲れた体をとても癒してくれた。
このパワーパインはファーマーアイランドでも疲労回復の効果が非常に高く、種ですら高額で取引されるレアな果実らしい。その効果はこちらの世界でも適用され、食べ終わる頃には連戦の疲れがすっかりと取れる程だった。これなら24時間戦える。いや、戦わんけどな。
パワーパインはレオン王子もタツマも最初は見たことが無い果物に躊躇したが、一口食べるだけでも疲労が回復することから躊躇なく口に運ぶようになった。
気力と体力ともに回復した俺達は、目的地である王室の間手前にまでたどり着いた。王室の間に通じる門の前には茨モンスターと化し、豪華な剣を携えた一人の元人間がいた。あの服装は見たことがある。あのキラキラとした服装……冠……あれは……。
「アルデバラン皇帝……」
タツマが槍を強く握りしめる。俺には憎たらしい相手だったがタツマにとっては大切な姫さんの親。その人物がこのような悲惨な姿になったということに、悔しい気持ちなんだろうか。
レオン王子も敵対したとはいえ、敵の王がこのような姿になってしまったのは複雑な気持ちなのだろうか。シュルリと音を立てながら剣を抜き、皇帝に向けていたが、タツマの槍が剣を遮る。
「俺にやらせてくれ」
タツマの言葉にレオン王子は剣を収め、一歩下がった。俺もレオン王子に倣って春香と一緒に下がり、タツマと皇帝の一騎打ちを見届ける。
タツマが槍を皇帝に向けると、皇帝も剣をタツマに向けて突き付ける。その気迫は俺を殴りつけた爺とは別人と思えるほどの気迫で、まさに剣を手に皇帝まで上り詰めたと証明するほどの威圧感を秘めていた。モンスターとなってしまったのが勿体無い程だ。
二人の間に割り込めない程の、強い緊張感が生まれる。時間にして一分もたたない頃に地下から大きな爆音が聞こえたのを合図に、二人が同時に動いた。
勝負は一瞬だった。タツマが皇帝を袈裟懸けし、胴体を二つに分けて皇帝だったモンスターは赤絨毯へと沈んだ。タツマの表情はここからは見えないが、嬉しい表情はしていないだろう。タツマが皇帝を倒し、俺は一歩歩くと皇帝だったモンスターの口が開かれた。
「……タツマ……忠義で……ア……ッタ。……フィリア……を……タノ……ンダ……ゾ……」
歪な人とモンスターの境目のような声を振り絞り、アルデバラン皇帝は本当のこの世から消滅した。残されたのは豪華な服の残骸と、たった一本の剣。タツマはその剣を強く握りしめ腰へと下げる。
「タツマ。そのフィリアだが、この先でまだ生存の反応がある。確実に助けるぞ」
「ああ……!」
タツマは玉座の間へと通じる門を鋭い目つきで睨み付け、大きな音を立てて扉を開いた。
さぁ、蛇が出るか鬼が出るか……!なんにせよ……これが帝国の最終決戦だ……!