戦場オペレーター
番外編を書き終って本編です。番外編は22、23話の間に挟んであります。
気温差が激しいですが、皆様も体調にお気を付け下さい。早く春が来てほしいですね…花粉は来ないでくれ。
茨と植物に支配された空間で、一際大きく異彩を放つ大樹が天井から床まで貫くようにそびえ立っていた。その大樹は禍々しい無数の茨と蔓を生やし、血の様に赤いバラを咲かせている。大樹の中心には一人の少女…グランファング・ドル・フィリアが両手から下半身に至るまで大樹の中に埋め込まれていた。
そして、その傍にはフードの人物が飛び出た大樹のコブに腰を掛けながらフィリアの絹のような頬を撫でる。フィリアの胸には一際大きな薔薇が咲き誇り、怪しく甘い香りを漂わせている。
「……ぅ………あ………ぁ……」
「「ふふ……興味深い侵入者が現れたようですよ。ほら、貴女が慕っていた魏武将……それに王国の手勢……思った以上に速いですね。退屈せずに済みそうです」」
苦しそうに呻くフィリアを余所に、植物を介してマサキ達の様子を見ていたフードの人物は楽しそうに微笑んでいた。フードの中は暗く、表情は見えないが口元だけが裂けて見えるのがより一層不気味さを感じさせている。
フードの人物は、侵入者の姿を一人一人、品定めするように眺めていく。アデル、タツマ、ハヤト、レオン、ネメアー、秋葉、春香……そしてマサキを見て視線を止める。
「「イーロ」」
「ハッ。ここに」
大樹の陰から一人の男性が姿を現した。その姿は体中に鋭い銀色の茨を宿し、胸にはフィリアと同じ赤い華。この男性は帝国の宰相、イーロ・ハカラ公爵。その姿は既に人であることを捨て、異形の人型となっていた。イーロは、昔から帝国に仕え、そして昔からこの国を裏から蝕んでいた。フードの人物の命を受け、バリーの進言に推挙したのもイーロだった。
「「実に面白いのがいますね。片方は試作品とは言え、薬を使ったバリーを倒した者。……名はマサキと言いましたか。あの者の力は判明しているのですか?」」
「いえ、未だ……召喚した時点では、従属が効かない事しか判明していません。今は、リヴァイアサンとも戦えるほどの強者で、空を飛ぶ魔法も使える剣士との報告が上がっております。兵の間では王国が宣伝してる名の通り『英雄』として名を通しております」
「「『英雄』ですか……。私は『大提督』の下に向かいます。後は任せましたよ。試験体も好きに使いなさい」」
「ハッ!分かりました!」
「「彼らを迎撃すれば、貴方はこの国の王となり、姫を好きにして構いませんよ。そう……欲望の赴くままに」」
フードの人物は、大樹に触れるとそこに、一寸の光も見えない暗闇の空間が広がった。
(あの者の力は不安定で見えない……もしかしたら本物の可能性がありますね。ふふ、楽しくなりそうです。もうこの国は用済みだと思いましたが、検証くらいには使えそうですね)
フードの人物はほくそ笑みながら、暗闇の中に消えて行った。
一人残されたイーロは美女のオブジェと成りかけているソフィアの柔肌に触れながら怪しく微笑む。
「…ふ…ふふ…これで念願の皇帝だ。…虎視眈々と狙い続けた皇帝の座がもうすぐ私の手に…フィリア姫、貴方は私の妻となるのです。彼らを倒し、この国の命を材料とした盛大な式を開きましょう」
邪悪に微笑むイーロに、身体を蝕む植物に犯されたフィリアは残った意識で怯えつつ、顔を逸らしてひたすら意識を飲み込まれないように耐えていた。たった一人の大事な人を思い。
(……きっと……助け…にき……て……くれます……あの…人は……タツマ……様だけは……私……の……騎士…に……な……って……くれる……と……や……くそく……して……くれました……)
フィリアは樹の中に埋まっていても右手に感じるスカーフの存在を頼りに耐え続けていた。
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「はぁぁぁぁぁ!!」
大声で張り切りながらタツマが鎧を着こんだモンスターを5体巻き込んで吹き飛ばしていた。動きを見るからにスキルは使ってないみたいだが、あの動きには見覚えがあった。数百人を相手に怯まず、まるで木の葉のように敵を吹き飛ばす爽快なアクション。
(まさかタツマがアクションVRMMO「武神三国志」出身とはな。道理で強いわけだよ)
「武神三国志」は装備やステータスを重視して、スキルの代わりにゲージを消費し必殺技を放てるゲーム…だったはず。時間の都合上、プレイしたことはないが宣伝CMで何度か見た事がある。ゲームでは多数の敵を4人パーティーで吹き飛ばす爽快感をウリとしていて対人戦も白熱し、全国大会もあるほどだ。敵なら厄介だが味方となっては心強い。
俺は手に持ったブラッククロスボウガン(ブラックダマクスス製のクロスボウガン。ダンジョンボスが高確率で落とすので倉庫に寝かせたままだった武器)で、壁や天井に張り付いた茨モンスターを射殺しながら進んでいた。試しにドリルバンカーを使ってみたところ、矢が刺さった所から深く貫くような衝撃が走り、敵を貫いた。どうやらクロスボウでも使えるようだ。威力は剣と比べたら劣ってしまうが、後衛として動けるならこの威力は十分使える範囲だ。
前線はタツマとレオン王子に任せて間に春香、一番後ろに俺という布陣を組みながら進んでいる。あまりにも移動が速すぎるとこの先の大きな反応とぶつかる前に体力を消耗してしまうので適度に速度を保ちつつ進む。
俺が前衛に居ないのは俺の視線はマップと前に集中しながら走っている為。理由は俺のマップとシステムメッセージを最大限に活かす戦法をとるためにだ。っと、前の部屋から敵の反応が26。扉をこじ開けようとしてるな。
『タツマ、レオン王子。前方の扉から敵が出現する。数は26。備えてくれ』
「分かった!私が纏める!貴殿は―」
「言わなくても大丈夫だ。全て残さず斬る」
予想通り、通路に繋がっていた二つのドアが大きな音を立てて破壊されると同時に中から20体以上のモンスター達が現れてきた。彼らの姿は鎧姿の他にメイド服、元は豪華だったのか官僚の服を着たモンスター達……元はこの城に仕えていた人の成れの果てだろう。現れた瞬間、レオン王子が事前に備えていたスキルを発動させる。
「ドラグーンストリーム!!」
レオン王子が竜のオーラを剣に纏わせながら大きく剣を振うと、城の通路に小規模の竜巻が発生し、現れたモンスター達を竜のオーラが切り刻みながら一纏めにしていく。これは竜騎士が竜の力を借りて使えるスキルらしい。俺らのようなスキルと同じで、使うには気力を消耗するので乱発は出来ないとの事。
「無双快進撃!!」
タツマが飛び上がり、空中で一閃、二閃、三閃、四閃と竜巻ごと敵を両断していく。敵を含んだ竜巻はタツマの攻撃で勢いが死に、敵と一緒に霧散していった。
「マサキ、この先に敵の反応は?」
「今のでこの通路の敵は殲滅完了だ。その曲がり角を曲がった先の階段。その先には敵が5体だ。アデル達の方にも連絡取るからその間は春香。援護攻撃を頼む」
「分かりました〜」
春香はひまわりの花を手に持って一緒に走っていく。あれから種が出て敵をうち貫いたのには驚いた。農家ってなんだろう。ファーマーアイランドというゲームが微妙に気になりつつアデル達へ報告だ。
『アデル、秋葉、その階段から降りた先に敵が10体、そのうち3体は天井に張り付いているから注意してくれ。その先には3体、曲がり角に5体だ』
《はい。分かりました》
秋葉からウィスパー(MMOにある個人通話)が帰ってくる。最初はアデルに念話を送ろうとしたが、どうやら魔法封じは念話にも及んでいてノイズが走り聞こえなかった。だが、プレイヤー同士が使う個人通話機能は生きていたので、これで連絡を取り合うことにしている。
二手に分かれる前にマップでの敵の位置把握伝達を提案してみたが、効果が絶大だ。不意打ちが防げるうえに、常に先制攻撃。お蔭で互いの速度は一定を維持しながらスムーズに進める。代わりにマップを常時見る事になり、俺の移動速度を落とさざる得ないが、3人が戦闘している間に追いつくので特に問題はなかった。
マップを見ながら俺は階段を飛ばしながら登り、レオン王子達を追いかけていった。
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マサキからのシステムメッセージを聞いたアデル達は、伝えられた情報を元にモンスターに向かって先制攻撃を加えていく。
――ドンドンッ―ドンッ―
秋葉の銃撃の音と共に、天井に張り付いていた鳥型の茨モンスターが消滅していく。通路ではネメアーが敵を鷲掴みにしてボーリングのように投げて敵を巻き込み、敵の体制が崩れている間にハヤトとアデルが木刀と魔力の槍で消滅させていく。
秋葉がマグナムを降ろし、自分のマップから敵の反応が消えた事を確認する。
「敵兵反応なし、クリアです」
「おう。にしてもマサキのマップはすげぇな。どうなってんだ、あれ。アデル、お前付き合い長いんだろ?何か知らねぇか?」
「付き合いが長いと言ってもそこまで長くはないぞ。ただ、使える能力をあまり公言しないようにしているようだ」
「マサキ君の事は知らないが、この能力は間違いなく危険視される力だね。伏兵、配置、人数が全て把握されては普通の国ならまるで相手にならないだろうね。隠したくなる気持ちも分かるよ」
ネメアーがふさふさとしたタテガミを撫でながら語る。その言葉に全員が頷く。それほどまでにマサキのマップの力、全員に声を伝える力は強力だった。兵の位置を全て把握されては警備の隙も見つかり、暗殺すら容易となるほどだ。
「マサキ君本人が言いたくないのであれば、問いたださない方がいいだろう。それよりもお客さんだ。私が突っ込むからサポートを頼むよ」
通路の先から現れたモンスターに向かってネメアーは獣人特有の筋力と、鍛えられた獣人の脚力でモンスターが気づく間もなく接近し、頭を鷲掴みにして壁へと叩き付ける。その動きに一瞬、モンスター達は反応できず動きが固まってしまった。
――ドンドン!―ザシュ―!
動きが固まったモンスターはアデルと秋葉にとってただの的にしかならず、魔力の槍と弾丸に撃たれ消滅していく。頭を叩きつけられたモンスターは握力で頭を握りつぶされ消滅した。3人の猛攻に接近する暇すらなかったハヤトは肩に木刀を担ぎながら、ため息をついた。
(ここにいる全員が異常って事はこいつらは気づいてるのかねぇ……。特に魔力を凝固なんてやりようによっては相当化けるぞ……)
ハヤトはアデルを一瞥し、直ぐに視線を目の前に戻す。曲がり角から敵が来るのを察知して今度こそ獲物を狩るために気合を入れ直す。ネメアーは既に走り、敵に襲い掛からんとしていた。
(この世界での常識で固めてるみたいだが、戦後に全員と相談してアデルの力について改良を加えるのも面白いかもしれねぇな)
ハヤトはアデルの力の使い方について考えながら、曲がり角から現れたモンスターに向かって木刀を振り下ろした。
たまにはこういう戦い方も。