番外編 王国の休日②
「変ってなくてよかったな…。店主もお歳は召したが元気そうで良かった」
裁縫店は綺麗に整頓されていて、優しそうなご老人が出迎えてくれた。アデルの事を「ハイジちゃんはほんま綺麗になったのぅ…」と感慨深そうに眺めていた。
ハイジというのはアデルの昔の呼び名で、小さい頃はそういう風に呼ばれていたようだ。
騎士団に入った頃から可愛らしい名前は抵抗を感じ、それからは「アデル」と皆に呼ばせるようにしたらしい。
「俺はハイジって呼んでも大丈夫か?」
「お…お願いだから止めてくれ…。…その名は恥ずかしいから…」
顔を真っ赤にしながら拒否されました。まぁ、俺もアデルと呼び慣れてるから変にハイジって呼ぶ必要はないから、必要性がある時以外は呼ぶことはないだろう。
必要性があったら呼ぶけどな。
「マサキのスーツも直るって言ってもらえて良かったわね。あれって大事な服なんでしょ?」
「ああ。思い出のスーツだな。こっちは着る機会は余り無いだろうが…出来れば直しておきたかった。飾るだけになってでもな」
スーツの手直しや修繕に時間がかかると言われて、俺達は少し早いが昼食をとるために食事街に足を運んでいる。
俺の世界のスーツは珍しいらしく、修理にも手間がかかるが、何とかなりそうだと言ってくれた。あと、服を調べて型紙も作りたいと言ってきたので「別にいいさ。腕は確かだろうしな」と返事をした。スーツが量産されたら、それはそれで貴族や商人達が気に入って買いそうだな。そのうち元の世界のように、皆がスーツで出勤ラッシュ………ファンタジーな世界までそれは見たくない気がした。
アデルとヨーコの間で喋りながら歩いていると、美味しそうな香りが漂ってきた。これは魚の匂いか。肉の焼ける音も聞こえる。音や香りはこの先の食事街からだ。
……なぜ醤油が焼ける香りがしてくるのだろう。
食事街に出てみると、そこだけ妙に日本風になっていた。屋台が多く並んでいて、焼き鳥やフライドポテト、イカ焼きやたこ焼きまで並んであった。何故ここだけ…。いや、凄まじく食欲誘うから食べたいが、さすがに女性二人連れて屋台とか雰囲気も何もないな。ヨーコが食べたそうにイカ焼きを見ていたが、ここはちゃんとしたレストランにでも入ろう。
レストランの中はモダン風で綺麗な内装をしていた。見渡せば庶民に混ざって、貴族っぽい服を着た人もいる事から、手ごろな値段で美味しそうな料理を出しそうだ。良い店に当たったのかもしれない。
レストランでは俺はハンバーグステーキ。アデルはワインと白身魚のムニエル。ヨーコはミックスフライだ。各自パンでヨーコはビールもと言っていたが、さすがにそれは止めた。雰囲気もあったもんじゃないな。
味は人気な店というのが納得するほど美味しかった。ウェイターにこの辺りの店の事を聞いてみるとなんと、この辺りの料理を教えたのはジロウとの事だ。なんでも美味い飯を食べたいという一心で私財も使い、数年掛けて覚えた料理を普及したらしい。なんともありがたいことだ。その恩恵は商人や料理人、更には畜産や農家にまで広まっているようだ。
その時に地方で貴族をしていた奥さんを見初め、結婚したのはこの辺りではよく知られてるらしい。
「ふぅ…美味かったな」
「ああ。マサキの料理に劣らずの出来でこれならまた来たいな」
「次はビールでも飲みたいわね」
最後が台無しだぞヨーコ。まぁ、ビールは飲みたい気持ちは分からないでもないがそれは屋台でやるべきことだと思う。……ラーメンがあったので夜にでも食いに行くつもりだ。まさかラーメンまで開発するとかジロウ何やってんだ。有難う。
「まいどありー」
屋台でクレープのようなものを買い食いしながら俺達は目的もなくぶらぶらと歩いていた。今は戦時中のせいで傭兵や兵士がチラホラいるが荒れた様子もなく各々に楽しんでいて、一時の平和な日常を過ごしていた。
「んぐ…歩きながら食うなんて行儀が悪いと思ったが…」
「中々良い物でしょ?これ♪」
「少し俺の知ってるデザートとは違うが…うん。美味い」
モチモチとした生地が甘い果物と生クリームと合っていて美味い。果物は名前は分からないが、美味いのならばなんでもいいか。全員で食べ終えてから、この先に休めそうな公園があると言われて歩いていると、目の前から傭兵のような恰好をした厳つい男たちが4人程歩いてきた。絡まれるのも面倒だ、二人の手を引いて端に………あっちからきやがった。
「おっ。良い姉ちゃん達じゃねぇか。俺らと遊ばねぇ?」
「そうそう。そんなダサい奴とか放っておいていこうぜ。良い所知ってんだよ」
うわあ…テンプレな絡み方する奴とかこっちでもいるのか。ある意味凄いがドン引きだな。無視してさっさと行こう。
「おい!てめぇなに俺らの女連れて行こうとしてんだよ!」
「ぶっ殺すぞおら!死にたくなかったらさっさと女おいて消えやがれ!」
腰に下げていた剣に手を伸ばす様子を見せると、アデルとヨーコが鋭い目つきで、今にも暴れだしそうだった。今の服の事を忘れないでほしいんだが…先に先手打つか。
俺は剣の柄に手を掛けて抜かせないようにし、そのまま高速で足払い。勢いが強く、男は一瞬宙に舞ってから思いっきり地面に落ちた。急な出来事で呆気にとられている隙に、巻き込むように投げ技を決めて3人纏めて地面に倒しておく。ついでに一番上にいる奴の顎に向けて一撃。これで気絶したかな?
「て…てめぇ!く…のけっ!」
一番図体重そうな奴を選び、投げて気絶させたから這い出るのすら難しいだろうな。久々に合気道使ってみたが、身体能力上昇のお蔭で容易く使えた。実践でも使えればカウンターとしてやれるかもしれない。今度練習をしてみるか。
「マサキっ!!ナイフが!」
アデルの声と同時にさっき足払いで転ばした奴が俺に向かってナイフを突き付けてきていた。俺にとっては動きが遅いので、小手返しでもう一度転がし、頭を強打したのか気絶してしまった。…死んでないよな?…うん、生きてた。
「あっという間に4人とも鎮圧しちゃったわね…出る暇すらなかったわ」
「今日は二人とも着飾ってるし、今日くらいは大人しくな。たまにはお嬢様を守らせてくれ」
少しだけ臭いセリフを吐いてみるが、やはり中々に恥ずかしい。二人とも少し笑いつつも赤くなってるな。そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた警備兵がこちらに駆け寄ってきた。後はこの人らに任せた方がいいだろう。
警備兵に事情を説明すると、こいつらは常習犯のようで今までの狼藉が重なり続け、牢屋に入れられることになった。更に傭兵ギルドからも追放されて王国だけでなく、他の諸国や、帝国ですら傭兵として雇ってもらえなくなったらしい。自業自得だから同情も全くしないけどな。
ちょっとしたアクシデントもあったが、食休みの為に3人で公園で寛ぐことにした。
公園は広く、綺麗に整備されていて公園の中央にある浅い池で水遊びをしている子友達の姿もあった。芝生には親子連れや、昼寝している傭兵の姿もある。兵士も木陰で寝てるようだがあれはサボりだろうか。
ベンチもあったが、アイテムボックスからシートを取り出して、芝生の木陰で一休みすることに。
「ん〜〜……家でくつろぐのもいいが、こうして外に出てのんびりするのはいいな…こっちの世界は空気も綺麗だし」
「マサキの世界は空気は綺麗じゃないのか?」
「そうだなぁ…排気ガス…と言っても通じないか。俺の居た世界は魔法とは違った文明が発達していてな。ボタン一つで部屋が明るくなったり、食べ物を温める事が出来たり出来たんだよ。俺のルームにあるような部屋が当たり前にな」
まぁ、あのコーヒーメーカーやビールサーバーは異常だがな。不思議な事に補充が勝手にされるので仕組みが全く分からない。仮に解明しても量産の方は絶対にしないつもりだ。やってしまったら一部の値段が暴落しすぎて酷いことになる。あれは個人で済ませるのが一番だ。
「その代償として自然を汚してしまってな。それが原因で病気を発生させたり、自然破壊をしてしまっている。人って痛い目見ないと対処に動かないものだからな…」
「それはこっちで言う魔道災害のようなものかしらね…。どの世界でも同じようなものね」
「魔道災害は良く知らないが、大体は同じようなものだと思うぞ。痛い目を見てから、自然を取り戻そうと動いて、空気や水が綺麗になるように国主体でやっているけどな」
それでも自然を無視して発展を強行し続け、思いっきり害を引き起こす国もあるけどな。これは言わなくてもいいか。
「なぁ…マサキ。元の世界に戻りたい?」
「どうだろうな…。正直な所分からない」
「分からない?」
「ああ。向こうにも世話になった人や友人もいるし、戻りたい気持ちはある。だが、戻る方法も分からないし、こっちにも世話になった人ややらないといけない事があるからな…戻れるその時にならないと分からないのが本音だ」
「そうなのか…」
「それに……まぁ…2人に婚約者になってもらったからな…。連れて行けるならいいが、置いていくのは無責任すぎるだろ。…俺からも聞きたいが、二人は何で俺の婚約者になることを了承してくれたんだ?」
前々から聞きたかった。このまま放置していい問題でも無かったしな…前の世界での出来事を少し引きずってしまう。長く付き合って居て、結婚も視野に入れていた頃に唐突に告げられた別れの電話。理由は「何となくで付き合ってたけど、このまま結婚しても未来が見えないから…」との事だ。GMという職業について理解を示してくれてたのかと思ったが、なんとなくだったらしい。
出来れば二人にはちゃんとした理由があってほしいと俺は思っていた。
「…ぁ…ー…そのだな…。私を助ける為に血を捧げてくれただろう?…それに…怪我が治った後でも心配して気遣ってくれた。私はヴァンパイアだというのに人らしく…いや、対等で扱ってくれたマサキの事が嬉しかった。……決定的に異性として意識したと自覚したのはリヴァイアサンの時に…好きになったんだなと自覚した……ぁあぁぁ…」
告げ終ってからアデルが耳まで真っ赤にしながら顔を手で覆っている。聞いてるこっちも照れてしまったが、確かな好意を持たれてた事に俺は嬉しく思った。
「そ…そうか…ありがとう」
「私の方はアデルみたいにちゃんとした理由が無いけど…、多分一目ぼれかしらね…。恋ってしたことないからよくわからないのよね…ただ、マサキと一緒に居て楽しかったり落ち着くのは本当よ。…ちゃんとした自覚が持てなくてごめんね」
「ん、そうか。謝らなくていい。俺だって急に二人に婚約者を頼んでしまったしな。異性として意識してなかったと言えば嘘になるが、本格的に好きという気持ちを持たずに頼んでしまったことを後悔していた。それでも…婚約者として意識してからは段々二人の事が好きになっていたがな………こんな俺だが、…これからも一緒に居てくれるか?」
多分、俺は真っ赤になっているだろうが、それでも目をそらさずに二人を見つめる。ここで目線を逸らしたまま言いたくは無かったからな…。
「ああ。当然だ」
「もちろんよ。不安があるならこれからもっと一緒にいたらいいと思うわ。私は離れるつもりはないからね」
「わ…私もだ!」
二人とも嬉しいことを言ってくれるな。全く、俺には勿体ない婚約者だ。どこからか視線でリア充爆発しろとか飛んできてるが気にしない。幸せだからな。……これってもしかしてプロポーズなのか?と後で思ってしまった。
俺達はこの後、ゆっくりと公園で寝転がり、眠ってしまった所為で気が付いたら夕方になっていた。
勿体ない事をしたかもしれないが…アデルの膝枕が心地よかったので良し。ヨーコも俺に凭れかかってぐっすりと眠っていた。普段から昼寝とかよくするタイプだったしな、心地いい天気で眠気を誘われたんだろう。
夕方になってもヨーコは熟睡していて、中々起きなかったので仕方なく背中に背負って屋敷まで歩いて帰った。何か記念になる物でも送りたいとアデルに言ったんだが「今日はこのアクセサリーで十分だ。買ってくれるのはまた今度で…」と言われたので次回に。
出来る事なら本当に平和になってからまた遊びにいきたいと思いつつ、背中に背負ったヨーコを背負い直すと「ふにゃっぁ……すう…」と可愛らしい寝ぼけた声が。
俺とアデルは笑いながら、白と黒の甲冑コスチュームを着た門番が見える通りを歩いていった。
これで息抜き回は終了です。たまにはのんびりとした話が書きたくなるのでこういったのを挟むことが度々あるかもしれません。次からは本編進めます!