貴族
それから数日は大変だった。
パドルから念話で泊っている宿屋兼酒場を教えてもらい訪ねると、昼間にもかかわらず宴会状態だった。
海兵とうちの海賊団が肩を組んで飲めや食えやの大騒ぎ。
どうやら海兵を俺の部下が助けた事で恩義を感じ、宴会を開いてくれたようだ。
俺とアデルが酒場にたどり着いて王様から爵位と大金と家を貰ったことを伝えると更に宴会が大きくなった。
宿の主も「蒼の英雄様がうちにきてくれるとはね!こうなったら貸切で大宴会だ!おい、酒と食材追加持ってこい!」と張り切ってた。
海賊団には俺直属の海賊水軍になったと伝えると海兵達も部下も驚いたが直ぐに互いに握手したり肩を抱き合ったりしていた。
「そうかそうか!海賊っつーのはもっとクソッタレみたいなやつかと思ったらお前らみたいな気のいい奴もいるんだな!これから王国を護る為に頑張ろうぜ!」
「おう!まさか大親分が貴族の仲間入りするなんて思っても居なかったが、大親分の実力ならなってもおかしくはねぇな!こっちからも宜しく頼むぜ兄弟!」
バルバロッサと歴戦の傷が多く付いた海兵の隊長だろうか。
二人がビールジョッキを片手に肩を組み合ってた。
海の猛者どうし気が合うのだろう。仲が良いのは結構なことだ。
次の日、半分以上が二日酔いで使い物にならなくなったのは余談だ。
次の日からはアラン伯爵に連れられて俺に授けられた家へと向かったが…とんでもない豪邸だった。
貴族の住宅街の隅だったが大きな庭に噴水。立派な作りの大豪邸だった。
「とんでもない家を貰ったな…」
貰える家はもっと普通というか…俺の住んでいた日本のイメージで精々庭付の大きめの一軒家だった。だが目の前にあるのはテレビでみたような大富豪が立てたような屋敷。
「これは元は陛下の末の弟君…アーデルハイドの父君が住んでいた屋敷だ」
「お父様の…」
貴族というのはマナーに五月蠅いようで貴族のなりたての癖にこんな豪邸をと言う輩が多いようだ。
だがこの豪邸は元はアデルの父の所有していた屋敷だった。
今は王宮が管理していたが、娘のアデルが仕える貴族…つまり俺に王国を護った褒美として譲るという形ならば周囲の貴族も五月蠅くは言わないだろうと伯爵は言っていた。
海賊団の皆には海の近くで良い空き家を紹介してもらったのでそこに住んでもらっている。
近所には仲良くなった海兵も居てよく酒を飲みに行ったり訓練をしたりしているようだ。
引っ越しやら掃除やらで数日潰れて、俺とクローディアとアデルは元アデルの父親が住んでいた屋敷…今は俺の屋敷だからトウドウ邸で久しぶりにのんびりとしている。
俺の家に女性二人がいる理由は簡単だ。
貴族になった俺に貴族や良家、商人の当主が娘や妹を嫁や妾にどうかと引越しした当日から言い寄ってきたのだ。
別に俺はハーレム願望なんて無い。女一人でも持て余して破談したのに何人も嫁をもらってどうしろと。
強く押し進めるのには俺の年齢もあったらしい。今俺の年齢は28歳。
この世界では結婚するには遅いとのこと。
アラン伯爵に相談を持ちかけたところ、二人を囲えばいいじゃないかと言われた。
危うく珈琲を吹きかけたが何とか堪えた。
この世界は一夫多妻制が当たり前でアラン伯爵も4人の奥さんがいるとのこと。
一時は我慢しようとしたが余りにも縁談の進めや愛人を断り続けていたら、熟女趣味か幼女趣味かと疑われて一桁の子供や50を超えるお年を召したご婦人を進められてしまった。
流石にこれはあかん。
心が折れそうになった。
最悪男色の趣味があるとまで噂が立ち始めたので、ダメもとで二人に頼み込んでみた。
「それでだ、今はまだ帝国とも戦争中だ。まだ結婚とかは考えていないが周りはそうでもないようで…」
「つまり私達に正妻か妾になれと?」
「ああ。振りでも良いからしてくれると助かる」
まだ出会って数週間くらいしかないのだ。結婚どころか付き合うすらないだろう。
アデルもクローディアもしばらく考えて…顔は真剣だった。
「そのだな……私としては…構わない」
「へっ?あ、振りとしてか?」
「いや、そのだな。振りではなく正妻として…」
アデルが顔を赤くしながら頷いてくれた。
アデルが正妻…え?
「一気に正妻とっていったわね…。私もふりじゃなくて第二夫人でいいわよ。言ってなかったけどうちの親もヤマトの国で貴族してるから家柄も大丈夫よ」
「ブルータスお前もか!?」
「ブルータスって誰よ?」
「それは横に置いといていい。貴族って初めて聞いたぞ」
「だって家の柵が面倒で家出中だもの。ここで一つ身を固めておくのも良いかなって思ってね」
「そ…そうか…」
クローディア・ヒューラーという名は偽名で本名はヨーコ・イザナミと言う事も教えてもらった。
ヤマトは島国でつい最近まで鎖国していた海洋国家らしい。
どっちでも呼んでいいというのでちゃんとした親からもらった名前。
ヨーコと呼んでみたら少し顔を赤くして顔を背けてた。
名前を呼び捨てされると赤くなるのは可愛らしいと思う。
なんだかんだで意外とあっさりと二人からOKを貰った。
拍子抜け過ぎてなんだか現実味を感じないが…美人の部類に入る二人を嫁か…。
現実ではバッドエンドだったが…こっちでは二人を、俺も含めてだが幸せにしたい。
幸せな未来を一瞬想像したが直ぐに頭を振って切り替える。
「こほん、二人とも有難う。だが当分の間は婚約者…という形でもいいか?出来ればだな…今は戦争中だ。平和になってから式を挙げたいと思う」
「そうだな…それも悪くはないか」
「結婚しないわけじゃないし、私も別にそれでもいいわよ」
二人とも納得してくれた。先延ばしにした感じだが…戦争が終われば覚悟を決めなければいけない。二人の為にも。
周囲に婚約者を発表すると流石に押しかけは少なくなった。
兵士希望も今の俺の家臣に海賊団がいて質も量も十分あるので断り続けている。
準男爵にしては戦力が大きめな上に俺自体が過剰戦力過ぎるのだ。
それで今は婚約者となったアデルとクローディア…ヨーコと共に豪邸に暮らしている。
貴族となったからには迂闊には動けない。
今は戦争中で作戦があればすぐにでも動かなくてはいけないので待機ともいうだろうな。
海賊団の皆は海の哨戒任務を手伝ってもらっている。
料理が上手なローハスは海兵の船にも出張していてより美味くなった料理を振る舞い海兵達との絆を確実に深めているらしい。胃袋を掴めばこっちのものだ。
俺自身も部下達との交流は毎日欠かさず行って、朝と夜には連絡の為に俺が出向いてやっている。
これでも元だが大親分だからな。
細かいことだがこういうのも大事だ。
ある程度落ち着いて俺達は今、トウドウ邸の一室で来客を待っている。
「珈琲いれたぞ。このこーひーめーかーという魔道具は便利だな」
「ここまで便利なものになるとは思わなかったというのが正直なところだよ」
「珈琲は王国でもよく飲めるけど…冷たいビールはここでしか飲めないしこっちの方が凄いと思うわよ」
「王子が来るんだから酒は飲むなよ」
「解ってるわよ」
今日の来客は王子だった。昨日の夕方に王宮の執事が来て今日来ると伝えてきたのだ。
「しかし王子が何の話だろうな?」
「王子は最前線に立つのが好きなお方だからな。何か作戦の事かもしれない」
「海の方はマサキが徹底的に潰しちゃったみたいだから、今度は陸地での作戦かもしれないわね」
あれから海はかなり落ち着いたらしい。
帝国の船も大きく数を減らして周辺諸国でも対処できるまで数を減らしていたようで、あの判断は悪くはなかったってことか。
マップを確認すると二人の人が門をくぐり玄関まで向かっているのを見つける。
窓から誰か確認するとあれは…王子と……誰だ、あ、ジロウか。
ジロウは忍びらしく一般の兵士や一般人に解けこむのが得意。
周囲の人たちもどこにでもいる顔なので見たことあるような…でぼんやりとした印象しか残っていない。
自分の持つ地味さを最大限に活かしてると伯爵が教えてくれた。
二人の姿を見つけると俺はアデルとヨーコの二人を連れて玄関まで出迎える。
階段を下りる途中に扉をノックする音が聞こえればアデルが開けて俺達3人で出迎える。
「いらっしゃいませ、レオン王子。ジロウ殿。お待ちしておりました」
「マサキ準男爵も元気そうで何よりだ。貴族達や商人達から多数の縁談でもまれただろう」
「はい、お蔭様で仲間だった二人を娶ることにし、落ち着くことが出来ました。式は戦争が終わり次第ということにしてあります」
「左様か。帝国との戦争が終わればこの大陸も平和になろう。そのためにも話がある」
やっぱり作戦の話か。こちらとしても戦争は長引かせたくない。出来るだけ早く終わらせるに越したことはない。
「解りました。客室へお通しします」
「なるほど…これがルームという魔法の中身か…凄いものだな」
レオン王子はアデルの兄的な存在らしく十分に信頼に値する人なのでルームの事も教え、今は客室ではなくレオン王子の望みによりルームの一室で話を聞くことにする。
「懐かしいコーヒーの味だ…。またこの味を楽しめるとは思ってませんでしたね」
ジロウは久しぶりに飲んだコーヒーメーカーの珈琲の味に感慨深く、じっくりと味わっている。
「俺がいる時でしたらいつでもご馳走しますよ。ビールサーバーもあるので冷たいビールもご用意出来ます」
「なんと…!是非!」
ジロウは余程飲みたかったのかテーブルに身を乗り出している。
この世界のビールも普通に飲めるのだが生ぬるい。
ビールは冷たいのが最高というのはジロウも同じようだ。
「ジロウよ、冷たいビールというのはそれほどまでに美味なのか?」
「はい!王子もきっと病み付きになるはず」
「そうか。ならば一杯…と言いたいところだが先に用件を済ませてしまおう。ジロウも良いか?」
「私としたことが興奮しすぎました…申し訳ありません」
ジロウと王子には後でビールと鳥の唐揚げ、更に魚のフライもご馳走しよう。
魔性のコンボを喰らわせて王子の胃袋もがっちりゲットだ。
「マサキ、用件というのはだな。貴殿にも近日行われる帝国に奪われた砦の奪還作戦に参加してもらいたいのだ」
「砦の奪還ですか…俺の役割は何でしょうか?」
「砦には厄介な者がいてな。その者の注意を引きつつ攻撃を受け止めてほしいのだ。あのリヴァイアサンとの戦いでも傷を負わなかった貴殿にと父上も推挙している。どうだ、やってくれるか?」
「囮ですか…そうですね。俺が一番適役でしょう。引き受けますが、その厄介な者というのはどういう敵なのですか?」
敵のタイプによって対処が変わるからな。
事前に情報を手に入れておくに越したことはない。
「それについては私から説明しましょう。マサキ殿に伝えたい事もありますし。マサキ殿…いや、こういった方が正しいでしょうか。ブリタリアオンラインの『ゲームマスター』。藤堂・正樹」
「なっ!?」
突如ジロウが落とした爆弾に俺は驚愕する。
誰にも俺がプレイしていたMMOの名前にも『ゲームマスター』という事も告げていないのだ。
なのに目の前の人物はそれを知っている。
知っているのであれば俺が持つ秘匿にしている能力に推測立ててる可能性が高い。
目の前の人物が今までで最大に警戒する人物だと判断し俺は気を許したことに後悔する。
一瞬のうちに場の空気が重く、一瞬即発の気配になる。
アデルもヨーコも王子も思わぬ空気に戸惑い動けないでいた。
それを打開したのはジロウからだった。
「そう警戒しなくてもご安心ください。そうですね…私はこういうものです」
懐からジロウは一つの長い年数で劣化した濃い焦茶色の手帳のようなモノを差し出す。
手帳には下の枠には金色に光るエンブレム、上のビニールに覆われてそこに記されていたのは…。
「警察庁生活安全課、行方不明対策科係長。警部。田中・次郎…それが私の20年前の役職ですよ。2020年、3月7日に行方不明になった藤堂・正樹さん」