魔学者と真祖返り
こいつは…生きてるのか?
目の前の牢屋にいる彼女は何本も杭を身体に打ち込まれて、パッと見ただけではもう死んでいるように見えた。
「…ぅっ………」
「生きてる…!」
俺は目の前の彼女が綺麗な銀髪を揺らし苦しそうな声をあげるのを聞くと牢屋に手を掛け、鍵を開けようとしたが。
「檻に入ってはいけない!命を吸い取られるわ!」
その声に向けて顔を振り向けると先ほど一番驚いていた狐の尻尾を持つ女性が大声をあげていた。
「あんたは?命を吸い取られるってどういうことだ?」
「私の名前はクローディア。魔学者よ。その檻は特別製で入った者の体力を奪い殺す檻よ。人間が入ったら熟練の冒険者でも10秒も持たないわ」
「檻にこんな仕掛けか…」
10秒って事は相当強いドレイン能力を持つ檻か。
こいつは無敵を使わなかったら俺でも助けられなかったかもしれないな。
「その……通りだ………私を………諦めた方が……賢明だ……私の為に死ぬ……こと…などない……」
枯れたような。か細い声を銀髪の女性がひねり出す。
杭を手足や胴、肩などに食い込まれて痛いだろうにこっちを向いてくれた。
ルビー色の瞳がこちらをじっと見据えている。顔色は暗くて解らないが、明るい所に出れば普通の人くらいか。
「ただの人間なら諦めただろうけどな。生憎と俺はただの人間じゃないんでな」
俺は『無敵』を発動させたまま檻の中に入ると、そのまま囚われの彼女の元へ向かう。
「本当に平然と入った…貴方一体…何者なの?」
後ろではクローディアが信じられない物を見てるような声をあげていた。
驚かせてばかりだが、ルームを見せたらもっと驚くかもしれない。
「さて、今から抜くが……銀の杭か。…回復魔法はダメか?」
「ああ………私には…回復…魔法やポーションは……効果がない………使える貴方も凄い魔法使いなのだな………ふふ…それもそうか…この………封印の中で平然としているのだから……な…」
「持ってる異能力のお蔭だ。じゃあ……引き抜くが我慢してくれ」
そういって俺は突き刺さった銀の杭を引き抜く。
ゆっくり引き抜くと痛みが続いてしまう。こういうのは一気に抜いてしまった方がいいだろう。
合計10本も杭が刺さっていた。銀髪の女性を片手で支えながらその全ての銀の杭をアイテムバッグの中に入れる。溶かして銀塊にすればそれなりの金になる。
ここから出ようと思うがこのままこの女性を今の時間に連れ出していいのかと悩んでしまった。
「このまま船まで移動するが…大丈夫か?」
突き刺さっていたのが銀の杭で更に回復が使えない。おまけに十字架だ。
ここまでくるととある種族が思い浮かんでしまう。
ヴァンパイア、もしくは悪魔。
この強い封印をされる程の種族で該当するのは真っ先にこれが当たる。
魔族とかも考えたが魔族は捕虜の中にいて回復魔法が効いてくれたので除外。
悪魔なら日の光でも大丈夫だがもしヴァンパイアであれば…灰になり消滅してしまう可能性があった。
「……大丈夫だ…」
「えっ…!?でも貴方ヴァンパイアじゃ…」
銀髪の女性の言葉に俺より先にクローディアが反応する。
やはりヴァンパイアだったか。でも大丈夫ってどういうことだ?
「……私は………『真祖返り』だ」
「『真祖返り』のヴァンパイアですって!?そんなの伝承でしか…しかもあれって確か……………」
「話は後にしよう。クローディアといったか、クローディアもこんな所に押し込まれて疲れてるはずだ。それに……お前の名は?」
「私の名は……アーデルハイド…アーデルハイド・ベルンシュタイン…」
「そうか…アーデルハイド。傷が響くかもしれないが我慢してくれ」
俺はそう告げると両手でアーデルハイドを抱えて、いわゆるお姫様抱っこで奴隷船を歩く。腕や足、更には背中から胴まで深く杭が突き刺さっていたのだ。こうしないと傷口に響いてしまう。
「…不思議な人間だな……貴殿は…ヴァンパイアである私が怖くないのか……?」
「別に何か怖いことをされたわけでもないしな。怖がる理由がない。それにこんな仕打ちをする人間の方がよっぽど怖いだろ」
「…ふ……ふふ……本当に不思議な人間……だ…」
アーデルハイドは目を閉じたがどうやら腕の中で眠ってしまったようだ。
杭が刺さった状態で不眠不休の状態だったのだろう。更に結界だったか。
あれで体力を常時持っていかれては生きてるのが不思議なくらいだと思う。
寝ているうちにアーデルハイドは俺のベッドで寝かせよう。海賊船のハンモックやソファーでは怪我に障る。
そうして俺達は奴隷船の船員を全員縛り上げ、奴隷になりかけた人達をルームまで連れて行った。
ルームでは既にローハスが料理を作っていた。
てっとり早く、胃に優しい料理として蒸した芋を潰したジャガイモのスープを作り振舞っていた。奴隷の皆は非常に飢えていたらしく、ガツガツとパンとスープを平らげ、大人な奴隷の人には珈琲をバルバロッサが差し出している。子供には甘くしたカフェオレをパドルとぺドルが配っていた。ごついバルバロッサより優しい感じに見える二人が適役だな。
俺のコーヒーサーバーには砂糖やミルクも常備だ。これも尽きることが無い。
謎だが嬉しい限りだ。
「大親分、お帰りなさい。ちとパンの方が尽きかけてますが、後で分けてもらっていいですか?」
「ああ、構わん。足りそうにない場合は黒パンを加工して賄う」
ローハスがパンの在庫を気にしていたが、『品質向上』のスキルがこういう時に役に立つ。大当たりとしてたまに焼きそばパンが入るのが最近解った。
俺は皆がルームで食事をするなか、一人アーデルハイドを俺のベットルームへと運ぶ。いやらしいことをするつもりは微塵もない。
これだけの重傷だ。早く治ってくれなければ痛々しく目の毒だ…。
さて……ヴァンパイアだから回復魔法は使えない…日の光が大丈夫というのは良かった。
ダメだったら移動にも不自由だ。……魔学者というからにはクローディアが何か知ってるか?
時折苦しそうに呻くアーデルハイドを見つつ、俺は食事をとっているクローディアに声を掛ける。
クロ―ディアも相当腹が減っていたようでスープを3杯もお代わり。今は食後の飲み放題の珈琲を堪能していた。
「あら、大親分さん。貴方って本当に規格外ね…こんな魔道具初めてみたわ。原理がどうなってるのか分解して調べたいけど……ダメかしら?」
「ダメに決まっているだろう。それよりもだ。魔学者っていうからには色々詳しいんだよな?」
「ええ。魔道具や錬金術、ゴーレムに関しては自信があるわ。後は少々医学も出来るわね。…大親分が知りたいのはあのヴァンパイアの事でしょ?」
「話が速くて助かる。何とかならないか?」
「手段はあるわ……でも………犠牲が出るわね」
クローディアは声のトーンを落としながら珈琲をテーブルにおく。
他の元奴隷達は全員満腹なようでソファーに沈んだり、ダメソファーに集中して寝転がっている。ホイホイ過ぎるだろアレ。
「犠牲が必ず出るのか?」
「自然に任せていればそのうち治るだろうけど…それでも一年…あの怪我の具合を見ると3年かかってもおかしくないわね…」
「3年…早く治すには?」
「………………彼女に血を捧げる…。吸血すれば直ぐにあの傷位治るわ」
「ならそっちの方が手っ取り早いじゃないか」
「その代り……噛まれた者は同族…ヴァンパイアかレッサーヴァンパイアになってしまうの。幾ら大親分さんでもそこまではなってあげられないでしょ?」
吸血鬼化か……。
普通なら諦めて安全な所で自然治癒だろう。普通ならな。
だが俺は普通じゃない。これも俺ぐらいしか出来ない事だろうな。
俺の『全状態異常無効化』なら難なく無効化できる。元のゲームの話だが、状態異常の一つに吸血鬼化というものもあった。
「そうか。ならいけるか」
「い…いけるって貴方、人であることを捨てるの!?日の下で暮らせない闇の住人になるのよ!?」
クローディアが珈琲を零しながら慌てて俺の肩を掴む。
だがその手をバルバロッサがごつい手で掴んだ。
「クローディアっていったか。大丈夫だ。うちの大親分はぶっ壊れた能力をもってやがる。大丈夫っつー時は大丈夫なんだよ。大親分の事を心配してくれてるのはありがてぇが、ここはうちの大親分を信頼してやってくれ」
バルバロッサがクローディアを諭すと、渋々肩を掴んでいた手を離してくれた。
ふうとため息をついたクローディアにバルバロッサが珈琲のお代わりを差し出す。
意外とこいつも気づかいできるんだよな。
俺は知ってる。深夜の見張りをしている部下にこいつが珈琲の差し入れをしていることを。
俺は再びベッドで寝ているアーデルハイドの元に向かった。
未だ苦しそうにしている。早く楽にしてやりたい。
俺は『無敵』を解除し、傷が塞がるのを防ぐ為に『HPMP自動回復(中)』を外す。
そして腕にナイフを斬りつけ出血した。熱く焼けるように痛い。
「おい、アーデルハイド。血だ…飲め。これを飲めば治るのだろう」
俺はアーデルハイドを揺さぶり起こすと目を見開いてこちらを見てきた。
「貴殿……は…何しているのか解ってるのか?…私に吸血をさせるというのは…同族になるという事だぞ…人を辞めるということだぞ…!」
「さっきクローディア…狐の尻尾をした女性にも同じことを言われた。大丈夫だ。俺は色々と特別製だ。だから安心してたっぷりと飲め…というか早くしてくれ。血が勿体ない」
「しかし……」
ええい此処まで来て強情な。なら実力行使だ。
「良いから飲め!」
酒を飲ませるような勢いだったが、傷がついた腕をアーデルハイドの口に押し当てる。
余り勢いを付けずにやって歯が当たったのを腕で感じ取ると、そのまま押し付けて口の中に血を流しこむ。
アーデルハイドは驚きながらも一口、ごくんと喉を鳴らせば後は吸血鬼の本能か。
それに従うように俺の腕を両手で掴みながら飲み続けていく。
飲まれ続けていくと段々意識がきつくなってきた。
(…くっ……これはちょっとどころじゃなくきついな。HPが減るとこういう感じなのか…?)
俺はアイテムボックスからポーションを取り出し飲んでHPを回復する。
すると少し体が楽になった。
ならばと少しでも体力を回復と思い、空いていたスキルの枠の中に『HP回復(小)』と『最大HP増加(中)』を入れた。回復量が低いから傷口が塞がる心配もない。
アーデルハイドが俺の血を飲み、俺がポーションを飲んでHP回復という循環を行っていると、さっきまで穴だらけだったアーデルハイドの傷が完全に塞がり、顔色も先ほどより良くなって、まるで人のように赤みを帯びた顔色になる。
アーデルハイドは最後に俺の傷を一舐めすると、俺は自身に軽く回復魔法を掛けて噛んだ後の傷と吸血により失った体力を取り戻す。血は直ぐには戻らないから今しばらくは俺も安静だ。『無敵』も戻しておこう。
「本当に貴殿は何者だ?吸血鬼化を防ぐ人なぞ聞いたことが……いや…それよりも先に礼を言わねばならないな。大親分殿、此度は悪しき檻から救出、それどころか、私の怪我を治すために貴殿の血を捧げてくださり真に感謝します」
ベッドからアーデルハイドは降りて片膝をついて俺に深く頭を下げた。
傷ばかりで気づかなかったが、騎士っぽい服装をしている。血により服も修復したようだ。
ヴァンパイアだからヴァンパイア騎士という感じに見えた。
「ああ。気に入らない帝国に少なくても一矢報いろうとしてやったことだ。余り深く気にしないでいい。それとだ、俺はマサキでいい。皆に大親分と呼ばれているが、名前を呼ばれないというのも少々さびしくあるからな」
「そうか…ならばマサキ殿。私の事もアデルと略称して構わない。親しい知人の間ではそう呼ばれている。短い方が言いやすいだろう」
大親分と慕われるのも良いんだが、やっぱり自分は名前を読んでもらった方がしっくりくる。部下達には大親分でも良いんだが外部の人ぐらいには名前で呼んでほしいものだ。
「なら俺も言葉に甘えてアデルと呼ばせてもらう。それでだ、アデル。傷は塞いだが…国は何処だ?このまま捕まった皆を連れてその近くの港まで送り届けようと思うが」
俺がそう尋ねるとアデルが表情を暗くして俯いてしまった。
「…国は…もう無い。私の国は帝国により滅ぼされ王達は殺された。…私は民を逃がす為に少数の仲間と国内にいた冒険者の彼らと帝国の者と戦ったが…この通り、私は捕えられ…他の仲間は消息が不明だ…恐らくは…」
その先は言わないでも解る。帝国と戦い負け、運が良ければ逃げられた者もいるだろう。または捕虜の中にも混ざっているかもしれないが…大半は亡くなったのだろうな。
「そうか。ならこれからどうする?俺達はこのまま北上してセントドラグ王国に向って海賊団として王国に亡命しようと思う。だが、帝国はこの先も攻めているという話だから戦いは避けられないぞ。民を探すというのなら途中で捕まった連中と一緒に降ろしてやるが?」
「……マサキ殿達と同行して良いだろうか?」
「それは帝国への復讐の為にか?」
「それは無い…と言えば嘘になる。彼奴らの事は私も憎い。しかし…それに囚われてしまえば亡くなった同志達に申し訳ない」
「じゃあ何のために同行する?」
「帝国と戦うのであろう?ならば私も他種族の民であってもこれ以上の悲劇を広げたくはない。それにだ……貴殿ら。王国に伝手はあるのか?」
「………ない」
そう。実はいうと無かった。
一応考えの中には帝国兵を捕まえて捕虜として差し出す代わりに王国に海賊団として組することぐらいはあったが、前に戦った船団が思ったより多くの捕虜や兵士がいたのでこちらも捕虜にし辛く帝国に送り返したのであった。
最悪としては俺が持っているレア武器やハイエリクサーなどを献上してというのが一番妥当な案だったが、補充が効かない分これらは大事にしたかった。
「私は王国に伝手がある。連れて行っても役に立つぞ。勿論戦闘の方もだ。自分でいうのもなんだが日の下で戦える貴重なヴァンパイアだぞ」
これはもう連れていくという選択しかないな。
伝手というのはとてもでかい。
更に戦闘力もヴァンパイアなら大きく期待できる。
というのも俺ら円卓の海賊団の中でも戦闘が得意な奴ばかりではない。
魔法が使えるパドルとぺドル。双子なだけあって魔法のコンビネーションが上手だ。船を沈めたのも土と水の合成魔法で土石流のような魔法で船に巨大な穴をあけたとの事。
フレイムブレイドで強火や弱火を使いこなし、盾捌きも上手なローハス。
両手剣なのにライトニングソードを片手で振り回し大暴れできるバルバロッサ。そして俺。
上記の皆は帝国の兵士を相手にしても大いに有利に立ち回れる。
だがそれ以外は平凡だったりする。武具が上質な物なお蔭で優れてはいるが、扱う部下自身は兵士並。平均的な強さなのだ。
その分雑用や船の操作など細かい所は任せられるので大事な仲間ではある。
厳重に杭を打たれ封絶の中に入れられてたほどだ、戦闘能力は高いはず。
「伝手があるのは非常にありがたい。それならこっちからお願いしよう。俺達の仲間になってくれるか?」
「ああ。此方こそ喜んで。マサキ殿、いや、ここは海賊団に入ったから大親分とでも言うべきか?」
「それは止めてくれ。マサキでいい」
「解った。では、マサキ殿。これから宜しく頼む」
「ああ。共に頑張ろう」
こうして俺らはしっかりと握手し、円卓の海賊団に新しい仲間が入った。
その名はアーデルハイド・ベルンシュタイン。『真祖返りのヴァンパイア』
「あっ。私もここでお世話になるわ!このソファー…いいわぁ…!ビールも美味しいし最高…!」
便乗してダメソファーに堕ちた『魔学者』のクローディア・フューラーが仲間になった。
ダメソファー…恐ろしい子…!!