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亡霊葬稿ダイホーン だれが変温の哺乳類を操っているのか/コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか 作者:烏田かあ

第九章『深まる闇』

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⑤ハロウィン

〈ダイホーン〉が骸骨の姿をしているのは、スカルマンやメガテンの魔人のパクリです。
 ――と言うのもありますが、実際は「骸骨」の一言で描写が済むからです。
 複雑な外見にしてしまうと、説明するのが大変なので……。
 小春は奥歯を噛み締め、半分逃げ出していた意識を引き留める。車椅子のキックボードを再開し、玄関へ急ぐ。走る。遅刻した時以上に。駆け抜ける。短距離走より速く。
 鬼ごっこのルール通り、一〇数え終わったのだろうか。
 小春が一〇歩目を踏んだ直後、キックオフとばかりにあのホイッスルが鳴り響いた。
 ちぃ! ちぃ!
 選手でありピッチである小動物たちは、小刻みに飛び跳ねながらスタートを切る。大群が背後に迫ると、台風ばりの追い風が小春の靴底を浮かせた。急ぎたい。でも下手にスピードは上げられない。一歩一歩着実に踏み締めなければ、宙を踏んでひっくり返ってしまう。

 ともかく外に出るしかない。校内では逃げ場が限られるし、家まで辿り着けば、電話も梅宮の名前が書かれた連絡網もある。
 だがまだ校舎の外に、人間の世界は残っているだろうか?
 大群は窓の外から来た。
 人類の歴史は終わり、奴等の繁栄が始まっているかも知れない。
 悲観する自分を鼓舞しながらかどを曲がると、昇降口から淡い月灯りが差しているのが目に入る。
 ガラスの向こうに見えるのは、肉を敷いた舗道でもシワだらけの街並みでもなく、いつもの通学路。見たこともない大群につい弱気になってしまったが、小動物ごときに滅ぼされるほど人類の文明はもろくなかったようだ。

 懸念の消えた小春は、入学以来始めて下駄箱の靴を置き去りにし、まっすぐ出口に駆け寄る。
 ドアを押した瞬間、外から流れ込む寒気。
 程良く冷えた風が火照ほてった顔を撫で、凛と冴えた冬の香りが小春を包み込む。小動物の悪臭が洗い流されると共に、校舎と言う監獄から釈放されようとしている実感が膨んでいく――暇もなく、上階の外壁から滑り降りてきた大群が、シャッターのように脱出路を塞いだ。

 ちぃ! ちぃ!
 みすみす開いたドアから小動物が流れ込み、足下のコンクリを肉色に塗り潰していく。やはり小春には目もくれない。川の流れが巨岩に分断されるがごとく、奴等は小春の足の外周をなぞっていく。
 まだミントの香りが残っている? それなら熊谷先生だって忌避きひの対象になるはずだ。だが実際のところ、即席の車椅子は大人気で、熊谷先生のすね近くまで肉色の床上浸水に没している。

「私に恩でもあんの!?」
 理解不能と緊迫感がない交ぜになった混乱が、小春の声を裏返す。
 理由の知れない依怙贔屓えこひいきは、暗に対価を求められているようで薄気味悪い。だが今は悠長に尋問している場合ではない。一刻も早く手を打たなければ、熊谷先生が喰い尽くされてしまう。
 小春はリュックを叩き付け、また一匹ずつ鷲掴みにし、熊谷先生に群がった奴等を引っぺがしていく。
 ちぃ! ちぃ! と輪唱する悲鳴に交差したのは、三度目のホイッスル。

 ぴー!

 ぴー!

 ぴー!

 長く鳴り、間を空け、また響くリズムは、倉庫の警備員がトレーラーを誘導しているかのようだ。

 指示を受けた大群は次々と顔を上げ、今までスルーしていた小春に視線を集める。
 次の瞬間、川の巨岩だった小春は、今晩の主菜に変わった。
 上履きの輪郭をなぞるばかりだった奴等が、一転して小春の足首にすねに駆け上がっていく。
 奴等が飛び跳ねる度に蹴られる足が、小春の意思とは無関係に震えだす。靴下の上にムートンブーツっぽい温かさが広がると、ぬめっとした悪寒が心臓を縮ませた。

「きゅ、急に何だよ! 離れろよ!」
 唐突な変貌ぶりに動転しながら、小春は交互に足を振り、奴等を払い落とそうとする。
 ダメだ。
 一匹落ちたと思えば一〇匹、一〇匹落ちたと思えば三〇匹登ってくる。成果を上げるどころか、ネズミ算式に小動物を実らせていく足は、重さのせいで次第に振り幅を小さくしていく。
 焦りの色に比例して、奴等に襲われた熊谷先生が、噛み傷だらけの惨状が、記憶の中から溢れ出す。血の色が鮮やかになるに従って、ただ乱れていた息が高くかすれ、全身の筋肉が痺れる。他人の危機に居合わせた時には、平然と小動物を鷲掴みにしていた手が、小指一本を動かせなくなってしまった。

 すくむ身体を必死に動かそうとする小春を尻目に、一〇〇〇匹以上の小動物にまとわりつかれ、ゾウのように太く重くなった足が地面に落ちる。
 ちぃ!
 身動き出来なくなるのを待っていたのか、下駄箱の上に待機していた一団が跳び上がる。敏捷な曲線が空中を埋め尽くし、熊谷先生の血で鈍く光る出っ歯が小春の顔面に迫る。

離墓怨リボーン

 肉のシャッターをものともせずに、校舎の外から聞こえる読経どきょう
 伴奏のカスタネットが鮮烈に響いた瞬間、外へと続くドアが無数のガラス片とねじ曲がった枠に劇変し、昇降口へ吹き込む。土埃で濁った突風が玄関マットを丸め、小春の身体ごと小動物を吹き飛ばす。三学年分の下駄箱がドミノ倒しになると、何らかの仕掛けが作動したように、かかとの潰れた上履きが一斉にこぼれ落ちた。

 横槍を入れられたことに立腹しているのか、ヒステリックにホイッスルが鳴り、床に散乱したガラス片を細かく共振させる。ちぃ! と鋭く了解の声を上げると、大群は我先に地面を蹴り、土埃の中に薄く見える人影に襲い掛かった。
 タン! タン! とステップを踏んだ人影は、余裕たっぷりにマントを振るい、正面から飛び掛かる大群を払いける。土埃の切れ間からミルク色の光が漏れ、直進していたはずの大群がマントの表面を滑る。まるで濡れた路面を捉え損ねた車のように。
 派手にスリップした小動物たちは、標的から大きく左に逸れた傘立てに突っ込んだ。鉄琴のような金属音が連続し、破れたビニール傘が次々と宙を舞う。ステンレス製のフレームがバラバラに砕け散ると、鉄パイプを思わせる棒が壁に突き刺さった。
 水牛の眼窩がんかから青い光線が伸びるや、花粉症のごとくハクション! ハクション! ハクション!
 青いレーザービームがコンサート会場そこのけに踊り狂い、BBQ(バーベキュー)サイズの金串が島忠しまちゅうの在庫を買い占めてきたように乱れ飛ぶ。アンモニア臭い血飛沫ちしぶきと共にひき肉が吹雪ふぶき、天井を赤黒く塗り替えていく。

 ピッ!
 このままではらちが開かないと思ったのか、再びあのホイッスルが鳴り、劣勢の大群に指示を与える。短くきつめに鳴る音は、体育教師が整列を促す時に瓜二つだ。
 指令を受けた小動物たちは何ヶ所かに群れつどい、冷蔵庫ほどもある肉塊を乱立させた。密集するあまり灰色に濁った表面がぐねぐね蠢くと、痩せぎすの腕が逆関節のあしが生え、墓場で見たネズミ男を形作っていく。
「こりゃまた陳情書のスカイツリーが建っちゃうなあ」
 出来たての針山を見回しながらボヤくと、奴は仕切り直しとばかりに手を叩く。荒々しく白い息を漏らす水牛が廊下を睨み付けると、青い光線がネズミ男の眉間を照らした。
「さあ、踊ろうか」
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