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亡霊葬稿ダイホーン だれが変温の哺乳類を操っているのか/コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか 作者:烏田かあ

第七章『どうぶつ奇想天外』

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どーでもいい知識その② 全身で汗をかける動物は少ない

 タイトル通り、今回は汗の仕組みについて語っています。
 また変温動物と恒温動物の違いなど、情報量の多い回です。
 尚、劇中でちょっとだけ紹介したトガリネズミに関しては、『亡霊葬稿シュネヴィ』の『箸休め』で詳しく語っています。興味のある方は、『風来のトガリネズミ』の回をご覧下さい。
「結論から言うと、あの生き物は『ハダカデバネズミ』さんにそっくりなんです」
「はだかでばねずみ?」
 聞き慣れない単語のせいでカタコトになりつつ、改は端末を覗き込む。
 画面を独占していたのは、形の悪いレンコンにトカゲの短足を付けたような小動物だった。
 黒ずんだピンク色の皮膚はしわしわで、おまけに体毛が生えていない。辛うじて鼻や脇腹、短い尾にだけヒゲ状の白い毛が見て取れる。

「ネズミ」と言うからには、「10万ボルト」や「王様」の仲間なのだろう。
 しかし浦安でもマサラタウンでも強調されていた耳は、シワの波間に小さな穴が空いているばかり。商業展開に必須な耳たぶそのものがない。
 お顔立ちを見ても、イヤミっぽい出っ歯にブタゴリラっぽく潰れた鼻と、ファミリー層の受けは期待出来ない不器量ぶりだ。モンスターボールより、こやし玉を投げ付けられるのが相応ふさわしい。

 改はハゲモグラを思い返し、端末の動物と見比べてみる。
 シワシワぶりも出っ歯も瓜二つだが、ハゲモグラはもう少し大柄だった気がする。面構えもハゲモグラのほうが凶悪だ。
 決定的に違うのが下半身。
 デバの後ろあしは短いが、ハゲモグラのそれはダチョウのように細長かった。それにもっと露骨に膝の関節が逆向きだった。
 またデバの尾は割と小振りだが、ハゲのそれは掃除機のコードのように長大だった。先端には羽根状の体毛も生えていたはずだ。

 もしや墓場で対峙したのは、オスとメスのどちらか片方だけだったのだろうか?
 性的二形せいてきにけい――雌雄で形態の異なる生物は珍しくない。
 ヘラジカにしろカブトムシにしろ、角を持っているのはオスだけだ。ミノムシはもっと凄まじい。ガに変態するオスに対して、メスは成虫になってもウジ虫のような姿で、一生をミノの中で過ごす。ミノムッチにしろ、♂はガーメイル、♀はミノマダムに進化する。

「ハダカデバネズミさんは齧歯類げっしるいヤマアラシ亜目デバネズミ科に属するネズミさんです。体長は九㌢前後で、体重は三〇㌘から八〇㌘くらい。平均八〇匹、最大で三〇〇匹前後の群れを作って、地下のトンネルで生活してます。小さな身体からは想像も付かないですけど、デバさんたちのトンネルは最大で三㌔にも達するんですよ」
「短足な理由はそこか。狭苦しい坑道じゃ、俺みたいな足は邪魔なだけだったり」
「毛がないのも生活環境に関係してます。トンネル内の気温は一年を通して、摂氏三〇度前後に保たれてるんです。暖かい毛皮は要りませんよね。どうしても寒い場合は、押しくらまんじゅうで身体を温めます。デバさんには赤ちゃんを温めるだけの係まであるんですよ」
 ハイネいわく、体毛を捨てたのには、ダニやノミの発生を防ぐ意味合いもあるらしい。シワも坑道暮らしへの適応だ。皮膚に余分を作ることで、どこかに引っ掛けても破れないようにしていると言う。

「デバネズミ科には一五種が属してます。全種地中で生活してて、出っ歯です」
「そりゃ歯が出ちゃってなかったら、『デバ』なんて付きませんよね」
「『全裸』なのはデバさんだけで、他のデバ科にはきちんと毛が生えてます。ただ耳は控え目ですね、みんな。出っ張ってるとトンネルにつっかえちゃいますから」
 簡単にデバの生態を解説し終えたハイネは、楽しげに断言する。
 見た目は序章に過ぎない。
 ハダカデバネズミの奇天烈さは、体質にこそある。

「ハダカデバネズミさんって変温動物なんですよ」
「え!? ネズミって哺乳類ですよね!?」
 耳を疑うあまり声を裏返し、改はハシでつまんでいたエビ天を落っことす。
 哺乳類と言えば、恒温動物の代名詞だ。周囲の環境がどう変化しようが、「つね」に体「温」を一定の範囲に保つ。健康な人間の体温が、三六度をいちじるしく逸脱することはない。
 燃料となっているのは食物で、消化によって得た糖質や脂肪を燃焼させることで体温を維持している。ちなみに寒い時に起こる震え「シバリング」も、冷えた身体を温めようと、自律神経が筋肉を動かすことで起こる反応だ。

 逆に体温が上がりすぎた場合は、汗を流して身体を冷やす。
 液体には「気化熱きかねつ」と言って、気化する際に周辺から熱を奪う性質がある。一〇〇㌘の水が蒸発する時、周辺から奪われる熱量は二二六㌔ジュールに達する。これは一㌔の水を、五四度も上昇させてしまうほどのあたいだ。

 人間の場合、汗を流すエクリンせんの数は、二〇〇万から五〇〇万と言われる。
 エクリンせんは更に、汗をかく能動汗腺のうどうかんせんと発汗しない不能汗腺ふのうかんせんに分けられる。
 能動汗腺のうどうかんせんの数には個人差、そして地域差があり、身体を冷やす必要性の低い寒冷地ほど少なくなる。日本人の平均値は二三〇万前後だが、ロシア人では一九〇万程度だ。
 実のところ、人間のように全身で汗をかける動物は珍しい。身体の一部にしかその機能を持たない他の動物たちは、それぞれ工夫を凝らした方法で体温調節を行っている。
 イヌが運動した後に舌を出すのも、足の裏でしかかけない汗の代わりに唾液を気化させ、身体を冷やすためだ。また体内の熱い息を吐き、冷たい外気を取り入れる意味もある。
 面白いのはウサギで、長い耳の中にある血管に風を当てることで、血液の熱を発散させている。彼等の耳の中がピンクなのは、血管が皮膚のすぐ下を通っているためだ。

 哺乳類や鳥類が恒温動物であるのに対し、爬虫類や両生類は変温動物だ。体温を一定の範囲に保つ能力を持たない。
 ただ、自発的に体温を上下させられない、と言い切るのは誤りだ。生きている以上、筋肉や臓器が動いて熱を発しているし、運動すれば体温が上がる。

 最初こそ驚いたが、デバが一年中気温の安定している坑道で生活していることを考えれば、変温動物になったのも納得の行く話だ。
 環境の変化に左右されないからと言って、必ずしも恒温動物のほうが有利なわけではない。
 例えば、恒温動物は変温動物より頻繁に食事をる必要がある。体温を維持するのに、燃料を燃やし続けなければいけないためだ。
 顕著なのが、トガリネズミの仲間だ。
 彼等は下手な昆虫より小柄で、最小のトウキョウトガリネズミに至っては五㌢前後しかない。その分、温まるのも冷めるのも早く、三時間食べないだけで体温を保てずに死んでしまう。

 体温を保つ必要のない変温動物は、前者ほどエネルギーの消耗が激しくない。
 無論、全く食事をしないわけにはいかないが、消費が少ない以上、頻繁にエサを食べる必要はない。現にカエルやトカゲの多くが、週に一、二回の食事で生き長らえることが出来る。
 大自然にはローソンも松屋もない。明日の満腹に一切約束のない世界だ。生死に直結する周囲の環境さえ穏やかなら、腹の減りにくい身体に進化するほうが理に適っている。

「デバさんって最大で四〇年近く生きるんですよ。同じネズミさんでもハツカネズミさんなんて、二年くらいしか生きられないのに」
「よ、四〇年!?」
 驚異の数字を聞いた改は、価格を聞いたトーカ堂の観客っぽく仰天する。
「それも変温動物なのが影響してるんじゃないですかね。体温を保つためには食物を消化しなきゃいけない。消化って意外と身体に負担掛けますから」
「人間にしろデバにしろ、腹八分目がご長寿の秘訣だったりしちゃうわけですか」
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