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亡霊葬稿ダイホーン だれが変温の哺乳類を操っているのか/コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか 作者:烏田かあ

第四章『闘牛入門』

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どーでもいい知識その⑩ 「ビーナスの誕生」の作者はボッティチェリ

「へ~、みんな素直なんだね。小春ちゃん独り騒いだ程度で信じるなんて」
 これ見よがしに感心し、改は何度も顎を沈めてみせる。
「怪人とヒーローが戦ってた? 俺ならいい病院紹介しちゃうけどね、ミケランジェロさんが通院してるとこ」
「ああ、あそこはいい病院だぞ♪ 心が穏やかになるお薬をくれるんだ♪」

「しゃ、写メ!」
 もっともな指摘をされた小春は、狼狽しながらスマホを突き出す。
「ああ、少しは考えたんだ」
 スローモーションな拍手を送りながら、改は小春のスマホに目を向けた。
 予想通り、墓場も闘牛士も曇りガラスを挟んだようにピンボケしている。配置もデタラメ。月が石灯籠いしどうろうに突き刺さり、餓鬼の下半身が空から佐清すけきよしている。

 小春が通りすがりのカメラマンで、世界から拒絶されているわけではない。
〈ダイホーン〉には「いない」と言う大嘘を、世界に信じ込ませる能力がある。
ILS(イルス)〉と呼ばれるそれを働かせている物体は、幽霊より存在感が希薄になる。実際、師走しわすのビッグサイトに闘牛士が並んでいても、カメラ小僧一人寄って来なかった。とは言え、本当に「いない」わけではないので、触ったり声を出したりすれば気付かれてしまう。
ILS(イルス)〉は機械にも有効だ。
「いない」ものを撮ろうとしたカメラは、ダリの絵画に似た幻覚的な一枚を写してしまう。デジカメにスマホと最近の街は高性能なカメラに溢れているが、今まで改たちの存在を断言する画像がネットにアップされたことはない。

「コンクールに出してみちゃえば? なかなか芸術的だし、いい線いっちゃうかもよ?」
 改は小春のスマホをひっくり返し、写メを彼女に突き付けた。
 自作を目にした小春は、声を詰まらせ、ただ目を見開く。
 彼女自身知らなかった才能に驚愕しているのだろう。
「じゃ、また月曜日、学校で」
 そそくさと別れを告げ、改は小春に背中を向けた。続けて、他人を痛めつけるのをやめた途端、また顔色の悪くなったミケランジェロさんをかつぎ上げる。
 相変わらず軽い。一五〇㌢そこそこの小春でも、ウサギの延長で運べただろう。Fなちちにはヘリウムでも詰まっているのか。

「待って! 待ってよ!」
 小春はしきりに呼び掛けるが、勿論もちろん、改は足を止めない。
 なかなか楽しかったが、これ以上押し問答にける時間はない。
 餓鬼はハゲモグラの集合体だった。一匹倒したところで、大群を殲滅しない限り、ハッピーエンドにはならない。自然に繁殖しているにしろ、何者かが操っているにしろ、一刻も早く本部に戻り、対策を講じる必要がある。
 どうやら、明日のケーキ屋デートは延期になりそうだ。あと一回でポイントカードが満タンになって、「ご休憩無料券」がもらえたのに。あ、四人連れ込めば、四つハンコを押してもらえたかも知れない。

「待てって言ってるだろ!」
 ついに小春は絶叫し、残り火を風上に振る。
 なぜそこまで躍起やっきになるのか、改には理解出来ない。I (ラブ) 平凡な日常――それが最近の高校生のグローバル(?)スタンダードではなかったのか。
「あのねえ、あんまりしつこいと友達なくすよ」
 鬱陶しさも極まった改は、唇を尖らせ、背後の小春を軽く睨む。

 ジャミラがいた。

 先ほどまで着ていたパーカーをブレザーを国際会議場のように踏み付け、脱ぎかけのセーターを頭にかぶっている。

 一体、何が狙いだ!?
 一〇〇万度の炎でも吐く気か!?
 ジャミラの正体を知ったイデのように困惑する改を余所よそに、小春は思い切りよくセーターを脱ぎ捨てる。立て続けにブラウスの胸元を握った彼女は、フン! と鼻から鋭い息を噴き出した。
 半透明のボタンが軒並のきなみ弾け飛び、純白の生地が彼女の肩を滑り落ちる。あられもなく胸があらわになると、薄い褐色で夏の名残を感じさせる肌が浅く震えた。

 明らかに発育不全な果実は、レモン色のスポーツブラに収まっている。高校生のちちバンドにしては地味だ。下着と言うより、陸上部のユニフォームと言ったほうが適切だろう。
 名誉のために断言しておくが、小学生以下の洗濯板ごときに改の下半身は反応しない。と言うか、最近は一般的JKが服を脱いでも、「トリンプだな」としか思わなくなってきた。
 そもそも女体相手に慌てて目を覆うなど、オカン以外の異性と風呂に入ったことのない坊やが取るリアクションだ。改はむしろ、オカンとシャワーを浴びた回数のが少ない。
 ミケランジェロさんがお馬さんを見に行った翌日には、玄関に全裸が漂着している。造型はビーナスだが、胃の中身がエーゲ海しているので、ボッティチェリはしない。

「言ってやる……」
 不気味にほくそ笑んだ小春は、舌なめずりするように唾をすする。
「交番行って、お前にらんぼーされたって言ってやる!」
「ら、らんぼー?」
 オウム返しした途端、改の視界の端から変身中しか見えないはずのクワガタさんがやって来る。「エクソシスト」のワンシーンばりに背中を反らした彼は、地面スレスレにけられたバーをくぐっていく。あ、そいつぁリンボーだ。
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