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亡霊葬稿ダイホーン だれが変温の哺乳類を操っているのか/コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか 作者:烏田かあ

第二章『大魔王降臨』

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③本当に、とどまりますか? >はい いいえ

「命で償ってもらうからな♪」
 噴水の前から小春の耳に届いたのは、世界で一番フレンドリーな処刑宣告。
 刑場へ目を向けた小春が見たのは、女神のように笑うミケランジェロさんだった。

 フッ!
 パンケーキをひっくり返すような声を発し、ミケランジェロさんが大きく反る。梅宮改を抱えたミケランジェロさんが、イモでも引っこ抜くように反る。
 鋭く風を切る音が鳴り、小春の目前――あと一㌢鼻が高ければ顔だった至近距離を、カカシほどもある残像が横切った。
 激烈な風圧にさらされた顔が、竜巻に当て逃げされたようにプルプル波打つ。刹那、噴水から隕石っぽい落下音が轟き、背高せいたかの水柱が街路樹を見下ろした。

 一体何が起こった!?
 バスがバーさんでもね飛ばしたのか!?
 乱れた髪も直さずに飛び出し、小春は高く波打つ噴水を覗き込む。
 逆さになり、足をV字に開いていたのは、白目をいた梅宮改だった。
 完全に水没した頭が、ワカメのように前髪を揺らしている。

 梅宮改にバスが突っ込んだ!?
 では奴と抱き合っていたミケランジェロさんは!?
 119とスマホのボタンを押しながら、小春は抱擁の存在した地点に視線を飛ばす。

 カール・ゴッチばりのブリッジがあった。

 弓なりになった胴体から乳が突き出た様子は、ちょっとエアーズロックっぽい。あの状態で動き出したら、完全にワイアット・ファミリーの人だ。

 what(ホワット)? who(フー)? why(ホワイ)? When(フェン)? which(ウィッチ)? how(ハウ)
 ここは新日しんにちの道場か?
 闘いのワンダーランドか?
 いや、恋人たちで溢れる広場だ。
 状況の掴めない小春は、ともかく梅宮改が吹っ飛ぶ直前に撮影した写メを確認してみる。
 ミケランジェロさんが奴に、投げっぱなしのスープレックスを仕掛けていた。

 心霊写真の一種?
 偶然、異界の光景を激写してしまった?
 何にせよ、月9のワンシーンにしては刺激的だ。
 むしろ東スポの一面が相応ふさわしい。「ミケランジェロ政権誕生!」的な。

「この私を三二秒も待たせやがって♪ どうやら教育が足りねぇみてぇだな、コラ♪」
 清流のように澄んでいるのは、リズミカルな恫喝だけ。
 ミケランジェロさんが噴水に突進していく音は、大砲が撃ち合っているようだった。
 手早く梅宮改を水揚げしたミケランジェロさんは、あろうことか奴をガードレールに叩き付けた。ビ~ン! と鉄パイプを地面に叩き付けたような音が長々続き、小春の奥歯を鈍く揺さ振る。

 あ、あれは恋人同士のじゃれ合いだろうか?
 いや、金属製のガードレールがぶらんぶらんと揺れている。
 四角いジャングルのロープばりに揺れている。
 あれがじゃれ合いなら、日本男児の平均寿命は二〇はたちを切っているはずだ。

「アタイの一秒はテメェの一生より重いんだよ、コラ♪」
 恐ろしい暴論を吐くと、ミケランジェロさんは奴をガードレールに寄り掛からせた。
 即席のリングポストに囚われた奴は、ぐったりと四肢を伸ばしている。金属に頭を強打したことで、魂が身体を離れてしまったのかも知れない。

「おねんねには早いぜ、コラ♪」
 大きく足を振り上げたミケランジェロさんは、奴を踏み付け、踏み付け、踏み付ける。凄い。表情のパターンが笑いと笑いと笑いしかない。ああも表情を変えずに他人様ひとさまをタコ殴りにする奴は、「ロッキー4」のソ連人以来だ。
 身の危険を感じたのか、小春の脳内でディナーショーを開催していた小田おだ和正かずまさが、舞台袖に避難する。
 入れ替わりに鳴り始めたのは、「ハーツ・オン・ファイヤー―炎の友情―」。
 雪山の頂上に様変わりした頭の中で、スタローンが吠えている。

 目の前の光景は何だ?
 スクルージさん的な幻?
 慌てん坊の「クリスマスキャロル」?
 それとも自分が知らないだけで、今までも「エクスペンダブルズ」的な日常が繰り広げられていたのだろうか?
 判らなくなってきた小春は、彼女に付いておさらいしてみる。

 ドラゴ……じゃなかった、ミケランジェロ・フォレストさん。
 ファッションと料理の国、イタリアから来た留学生だ。
 肉欲(まみ)れの野郎共が付けたあだ名は、「人間山脈」。
「F」antasticファンタスティックなお胸は、片故辺最大の標高を誇る。一人と言うには大きすぎるが、二人と言ったら生徒数の辻褄つじつまが合わない。

 片故辺かたこべには梅宮改の他にも、何人か容姿に恵まれすぎた生徒がいる。
 勿論もちろん、ミケランジェロさんもその一人だ。
 男子の目が自然と女子に向く二月一四日には、教頭までもが彼女の動向を追っていた。

 魅力的なのは、容姿だけではない。
 故障したクーラーのせいで教室がサウナになっても、男子が胸をチラ見してきても、人間の出来た彼女は笑みを絶やさない。
 成績も優秀で、古文の答案には「90」の数字が輝いていた。純日本人の小春と佳世がタッグで挑んでも、太刀打ち出来ない数値だ。

 一度ひとたびつややかな唇を開けば、清らかな声がハミングするように弾む。長州ちょうしゅう橋本はしもとばりに連呼している「コラ♪」も、グラスハープの音色にそっくりだ。
 ただ「何とか薄命」の例に漏れず、身体はあまり強くない。
 保健室の利用頻度は片故辺かたこべ一で、今日も二時間目の終わりに教室を出て行った。肝臓の辺りを押さえていたが、もう具合はいいのだろうか。

 お弁当には欠かさずシジミのみそ汁を持参し、キャベジンやウコンを愛飲する――。
 虚弱体質を絵に描いたような彼女に、男子の顔面をサンドバッグにする力があるとは驚きだ。もう神取かんどりvs天龍てんりゅうみたいだもの。フルボッコしてるのは女子のほうだけど。

「そろそろ引導を渡してやるぜ、コラ♪」
 明るく殺害予告し、ミケランジェロさんは梅宮改の手を取った。心底楽しそうに「スパルタンX」を口ずさむ彼女が、奴を引き上げながらゴミ箱によじ登っていく。
 素早く梅宮改の背後に回ったミケランジェロさんは、輪のようにした腕で奴のそれを固める。
 完全にタイガースープレックスの構えだ。
 小春にはもう、風にはためく彼女のストールが、タイガーマスクのマントにしか見えない。
 ま、まさか、レンガを敷かれた地面に梅宮改を叩き付ける気か!? ゴミ箱の上から!? 死んでしまう! 路上でフォールしても、王座は獲得出来ない。得られるのは前科だけだ。

「み、右ポケット……」
 うめくように促したのは、今の今まで黙って暴行を受けていた梅宮改だった。よかった。まだ息はあるらしい。
「ジャケットの右ポケットを改めちゃって下さい」
「右ポケットだぁ?」
 ミケランジェロさんは舌を鳴らし、梅宮改のポケットに手を突っ込む。
「このアタイにわざわざ手間ぁ掛けさせてんだ♪ つまらねぇもんだったら、脳天を地面に叩き付けてやるからな♪」
 脅迫を終えたミケランジェロさんは、梅宮改のポケットをまさぐり、まさぐり、まさぐる。脂ギッシュな痴漢がOLの胸を揉むような手付きが、梅宮改の顔に嫌悪と恥辱を滲ませていく。

「お♪ お♪ お♪ こいつぁ命の水じゃねぇか♪」
 口笛に歓声を続け、ミケランジェロさんは奴のポケットから手を引き抜く。
 直後、小春の目に飛び込んできたのは、天高くかかげられたワンカップ大関だった。
「ったく、早く出しゃあいいんだよ♪」
 ご機嫌な口調でねぎらい、ミケランジェロさんは梅宮改の背中を叩く。ゾウがずっこけたような音が鳴り、バランスを崩した奴がゴミ箱の上から転げ落ちた。

「よ、喜んでもらえて嬉しいっス、旦那」
 あの梅宮改が揉み手し、必死に愛想笑いを浮かべている……。
 確かにミケランジェロさんは「特別」だ。
 しかし、これを佳世に見せてもいいのだろうか?
 スープレックスの写メなんか見せた日には、間違いなくAEDが必要になる。
 万が一、ロバート・キャパも真っ青な一枚が流出したら? ミケランジェロさんは第一作目のランボーばりに孤立する。もうトラウトマン大佐……じゃなかった、プロレス同好会しか手を差し伸べない。

 小春はようやく、奴が敬語を使う理由を理解した。
 大切に想ってる? aiko(アイコ)辺りに毒されるのも大概にしろ。
 尊敬? パシリがパンを買いに行く理由をそう呼ぶなら、間違いではない。
 容赦なく硬いレンガに脳天を叩き付けようとする――そんなリアル「マッドマックス」な御仁にタメ口()いたら、バイクの後ろにくくり付けられて、市中を引きずり回されかねない。

「ぷは~♪ やっぱこの時期はポン酒に限るぜ♪」
 アルコール度数一五度の液体をイッキしたミケランジェロさんは、豪快に袖で口を拭う。
 彼女の故郷イタリアでは、一六歳から酒が呑める。
 しかし、ここはJAPANだ。
 ましてや、花も恥じらう乙女が往来でワンカップをガブ飲みするなど、二〇はたち過ぎてもやるべきではない。クラスメイトとしては注意すべきだ――が、小春は長生きしたい。

「ワンカップに免じて今日は許してやる♪ ただし次はねぇからな、コラ♪」
「次回からは前日に来ちゃいます」
 ミケランジェロさんの足下にひざまずき、梅宮改は何度も頷く。赤べこのように頭が上下する度、びしょ濡れの前髪から真っ赤な水滴が飛び散った。恐らくガードレールと激突した時に、頭をかち割られたのだろう。

「オラ、行くぞ♪」
 顎でビル群を指したミケランジェロさんは、悠然と広場の出口へ向かう。
「へへ……、喜んでお供させて頂きやす」
 少しでも遅れたら、暴行を受けると確信しているのだろう。
 梅宮改は自分が立ち上がるのを待たずに、不格好なクラウチングスタートを切った。

 小春の記憶が確かなら、二人の進行方向にはホテル街がある。
 とは言え、これから不夜城にしけ込むとは思えない。
 あの二人の関係性は彼氏彼女と言うより、レスラーと付け人だ。これ以上パパラッチしても、望みの写真をフライデー出来る可能性は限りなく低い。

 では一度出直し、マダムとのデートを待つか?
 嫌だ。今晩眠れない。
 完璧なブリッジを披露し、往来でワンカップ大関をかっ食らう――。
 穏和で品行方正な彼女に、一体何があったのか? 学園の彼女と同一人物なのか? せめ双子の姉妹でないことくらいは確かめたい。
 本来の目的からはズレているが、ここで追っても損はない。最悪、不夜城の前を通り過ぎているところを激写し、不適切な関係を捏造すると言う手法もある。
「……続行だ」
 決断を口に出すと、小春は今晩の熟睡を担保すべく追跡を再開した。
+注意+
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