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作文(Additionally typed version)
作:地球の星


わたる幻界ヴィジョンで大冒険を繰り広げ、現世うつしよに戻ってきてから、2ヶ月の月日が流れた。
辛いことも色々あったが、何物にも代えがたい財産を得てこの世界に戻ってきた。しかし、あの日々は少しずつ遠ざかり始めた。
今、亘はアパートで母親と2人暮らしをしている。父親と一緒に暮らすという願いは結局叶わなかったが、その現実もしっかりと受け入れ、今という時間を生きていた。父親のベッドや持ち物は、今もそのまま残されていた。

ある日の授業後のホームルームでのことだった。
亘は教室の壁にある時間割表を見ながら、明日の授業のチェックをしていた。
隣の席ではカッちゃんが「やっと授業が終わったよ〜。」と言いたげな顔をして、外の景色を見つめながら両手を後頭部に当てていた。
担任の先生はいつもの通りに明日のことについて一通り話した後、
「みなさん、校内で先月作文コンクールがあったことを覚えていますか?」
 と、言い出した。
「はあい。」
 何人かの生徒が答えた。
「何かいい知らせでもあったんですか?先生。」
 カッちゃんが威勢のいい声を出した。
「はい。実は、このクラスの人の書いた作文が入選したんです。これからここで発表します。」
 先生がそう言うと、教室が急にざわざわしだした。
「もしかして、おれ?」
 カッちゃんがわくわくしながら、身を乗り出して言った。
 先生は入選作となったその作文を机の上に置いて広げ、1枚目の最初の行に注目した。少し長い間が空いた後、いよいよ口を開いた。
「題名は『幻界げんかいへの旅』。入選者は三谷亘君です。」
 その言葉を聞いて、教室のみんなが一斉に亘に注目した。
「えっ?僕が??」
 亘はそれを聞いて驚きを隠せなかった。
まさか自分の作品が入選するとは夢にも思っていなかっただけに、それ以降、言葉が出てこなかった。
 周りからはどこからともなく拍手と歓声が起こり、
「三谷君、これまであまり目立たない存在だったのにね。」
「ここ2ヶ月で急にたくましくなったと思っていたけれど、こんな文章が書けるようになったんだね!」
 といった言葉が浴びせられた。
「亘、おめでとう。すげーなあ!」
 カッちゃんが自分のことのように喜びながら寄ってきた。
「先生、本当に僕の作品が入選したの?」
「はい。テレビゲームが好きな三谷君らしく、いかにもゲームを参考にしたような内容だけど、見事な仕上がりですよ。まだ11歳とは思えないような、それに人間の生き方について考えさせるような、見事な内容が読者の心を動かしたんです。」
 先生は褒めているのだが、「テレビゲームを参考にしたような内容」という言葉がひっかかり、亘は素直に喜べずにいた。するとその時、隣の席のカッちゃんに肩をたたかれた。
「さすが亘だ。ゲームにはまれば、そこまでのことが出来るのか!やるなあお前!ただのゲーム好きじゃなかったんだなあ!」
“カッちゃん、褒め言葉になってないよ。”
 大声で言われたことで亘は急に恥ずかしくなり、顔を赤らめながら小声で言った。盛り上がる周りの生徒達の中で、まだ気持ちをどう表現していいのか分からなかった。
「三谷君、先生の所まで来て、その作文を今から読んでもらえますか?」
「えっ?よ、読むの?今から?」
 亘は急に心臓がバクバクするような緊張感に襲われた。
「だ、だって、みんなの前で、いきなりそんな…。」
 言葉に詰まっていると、周りから少しずつ拍手が起きた。それは次第に連鎖し、やがては教室中が大きな拍手に包まれた。
「ほら行けよ。」
 カッちゃんにせかされて亘は教壇のところまで行くと、震えるような手で作文を受け取った。
「それでは、読んでくださいね。」
「は、はい。分かりました…。」
亘はみんなの見ている前で、ただただ緊張していた。そして深呼吸を一つすると、いよいよ作文を読み始めた。読んでいる間、周りを見渡すことはなく、ひたすら原稿用紙に注目していた。
 一体どれくらいの時間に感じられただろう。緊張のあまりと中で何ヶ所か文章を間違えた。
400字詰めの原稿用紙3枚程度の内容なので、決して長いわけではないのだが、読みながら早く終わってほしいと思っていた。
 そんな中で、やっとの思いで最後まで文章を読み上げた。亘は両手で持っていた原稿用紙を閉じ、右手に持つと、冷や汗をかきながら深くお辞儀をした。
「さすがですね。みんな三谷君に拍手お願いします。」
 先生がそう言うと、みんなからもう一度盛大な拍手が起きた。
「亘、最高!」
 カッちゃんが叫んだ。
その光景を見て、亘は赤面しながら「どうもありがとう」と、言った。
 そして、心の中で(はあ〜、やっと終わった…。)と思いながら、疲れたような表情で席に戻っていった。

 ホームルームを終え、亘とカッちゃんは昇降口のところまで来た。
 色々会話をしていると、そこに芦川美鶴とアヤがやってきて、声をかけてきた。
「こんにちは。」
「やあ三谷、小村。一緒に帰るのか?」
 2人はほぼ同時に振り返った。
「あ、芦川。今日は早いんだね。一緒に帰るの?」
「お前、今日は部活ないのか?」
 カッちゃんの「部活ないのか?」という言葉を聞いて、美鶴はアヤの顔を見つめた。
「今日は休むことにした。今夜は親の帰りが遅いし、それにたまには一緒に帰ろうと思ってな。」
「そう。お兄ちゃん、とても優しくて私想いなんだよ。」
 アヤはそう言いながら美鶴と手をつないだ。
「本当に、2人とも仲良しなんだね。」
「やっぱりサッカー部の不動のレギュラーは余裕だよなあ。たまには休んでも試合から外されることはないだろうし。」
 亘が笑顔を浮かべる傍らで、カッちゃんは少し皮肉を込めて言った。
「お兄ちゃんはそんな理由で部活休んだんじゃないもん!」
 するとそれまで笑っていたアヤがいきなりむっとして叫びだした。
「カッちゃん、謝ってよ。」
「わ、わりい。おれは怒らせるつもりだったわけじゃ…。」
 彼女のあまりに急な変化にカッちゃんは驚いてしまった。
「アヤ、気にするな。おれが今日部活をしていくと、お前は家で一人ぼっちだろ?」
「う、うん…。」
「だから今日はお前のために早く帰ることにしたんだ。まあ、サッカー部の連中には悪いかもしれんがな。」
「お兄ちゃん、私のためにそこまでしてくれてありがとう。」
 4人は上履きから運動靴に履き替えると、校門に向かって歩き出した。
 美鶴とアヤは手をつなぎながら、亘とカッちゃんの前を歩いていた。
 本当に妹想いの美鶴の後ろ姿を見ながら、亘は自分が幻界に行く前の彼の姿を思い出していた。
(芦川…。あの頃は誰とも打ち解けようとせず、一人でむっつりと黙り続けていたのに…。)
 さらには、幻界でのあまりにも自己中心的な行いも思い出した。

『幻界なんてどうなってもいい!おれには大事なものがあるんだ!』

 道徳的に到底許されることではない行為は、今も亘の心の中に残り続けていた。
(本当に変わったよなあ…。あの時の芦川と、今目の前にいる優しい芦川が同一人物なんて…。きっと人の心っていうのは、本当はすごく澄んだものなんだろうな…。最初から悪者だったわけじゃない。その人に起こった不幸な事件が、きっとその人の心を狂わせてしまうんだろうな…。)
 亘がすっかり物思いに浸っていると、急にカッちゃんが
「そう言えば、さっきの昇降口での状況って、お前達兄妹がこの学校に初めて来た時と似てねえか?」
 と言い出した。
「そう言えば似てるね。ちょうど私達4人だったし。」
「ああ、そうだな。でもあの時はびっくりしたぞ。三谷がおれを見るなりいきなり泣き出して、飛びついて来るんだから。」
「そうそう。それで亘ってば『芦川、生き返ったんだね。良かった。本当に良かった…。』なんてわけのわかんないこと言い出してさあ。」
 カッちゃんは両手で人を抱きかかえるまねをしながら、冷やかすような口調で言った。
「あ、あれは…。」
 亘は途端に顔が真っ赤になって言葉に詰まってしまい、立ち止まってうつむいてしまった。
 その姿を見て他の3人も立ち止まり、一斉に笑い出した。
 その中で亘は顔から火が出るほどの恥ずかしさに襲われていた。
 なぜあの時美鶴に抱きついてしまったのか。正当な理由はあったのだが、それを話したところで、誰も分かってなどくれないだろう。
 亘が幻界に行って、運命の塔に行って願いをかなえた結果、美鶴とアヤに起こったあの不幸な事件はなかったことになってしまったのだから。
(それでも、これで良かったんだ。僕が運命を変えたから、この2人は救われたんだ。僕の運命は変わらなかったけれど、生きていればいいんだ。生きていれば何度でも立ち上がっていける。何度でもやり直していける。僕はそう信じる。僕の両親は今でも元気に生きているんだから。)
 未だおさまらない動揺の中で、彼はそう自分に言い聞かせていた。

 4人は途中まで一緒に歩いていたが、やがて分かれ道に差し掛かった。ここで亘とカッちゃんは左に、芦川兄妹は右に曲がっていくことになっていた。
 交差点を曲がろうとした時、亘はふと来週月曜日に提出になっている宿題について思い出した。
「あっ、芦川。ちょっといいかな?」
「何だい?」
「今日、理科と算数の宿題が出たんだけどさ、何だか難しいんだ。もし解けなかったら今度の日曜日、ちょっと教えてくれないかな?」
「ああ、いいぜ。だったらおれん家にでも来るか?午後からは部活だが、午前中ならいるから、遠慮なく教えてやるぜ。」
「芦川、ありがとう。」
「だけど、まずは自分でやれるところまで解いてみろよ。それでだめだったら手伝ってやる。」
「う、うん。」
 そこにカッちゃんも入り込んできた。
「それならおれも行っていいかな?おれも教えてほしいんだ。」
「ああ、いいぜ。ただしまずは自分で一生懸命解いてみろよ。」
「分かってるよ。」
 亘は果たして自分でどこまで解けるのかなと、ちょっぴり不安気だったが、カッちゃんは自信有りげに堂々と答えた。
「それじゃお兄ちゃん。私に九九を教えて。なかなか覚えられなくて…。」
「分かった。それなら家に帰ったら練習しよう。いいか?」
「うん。ありがとう。」
 アヤはそう言うと、また美鶴と手をつなぎ、亘とカッちゃんのほうを見た。
「じゃあ亘お兄ちゃん、克美お兄ちゃん。また明日ね。」
 彼女は笑顔を浮かべながら、手を振りながら言った。
「うん。また明日ね。」
 すっかり動揺がおさまった亘も笑顔で返した。
 やがて、芦川兄妹は振り返り、家に向かい出した。
 美鶴は歩きながら「ニク18」というような九九の覚え方をアヤに教えていた。
 その様子を亘とカッちゃんは背後からじっと見つめていた。

 2人になった亘とカッちゃんは並んで歩いていた。
 カッちゃんは最初、作文のことを話していたが、亘があまり乗り気ではなかったため、しばらくすると話題を急に変えた。
 何を話そうか考えている時、2人は幽霊ビルのあったところを横切った。
 その場所では多くの建設作業員がいて、ドリルの音が辺りに響いていた。
「ここ、もうすっかり取り壊されちゃったね。」
「ああ。でも、幽霊が出るってことも無くなるし、いいんじゃねえの?」
「そ、そうだけど…。」
「まあ、これから新しいビルが建つ予定だし、今度はあんな不気味なビルにはならねえだろ?」
「そうだね…。立派なビルが建つといいね…。」
 はしゃぎながら言うカッちゃんに対し、亘は名残惜しそうな表情を見せていた。
(この幽霊ビルが無くなったら、幻界ヴィジョンへ通じる扉も無くなってしまうのかなあ…。この扉が無くなったら、僕は2度と幻界へ行くことは出来なくなってしまうのかなあ…。せめて、どこか別の場所に扉が現れることがあれば…。)
 亘はしばらく工事現場を見つめながら、幻界へと旅立っていった日のことを思い出していた。
(ここ最近はなるべく思い出さないようにしていたけれど、いざ思い出してみると、やっぱり寂しくなってくるな…。幻界のみんなは今頃…。)
 そこまで心の中でつぶやくと、急に言葉を止めた。
 亘が立ち止まったまま、なかなかその場を動こうとしなかったため、痺れを切らしたカッちゃんが袖を引っ張った。
「ほら、早く行こうぜ。」
「う、うん…。」
 亘は工事現場を見つめたまま、やっと歩き出した。歩き出した後も何度も振り返った。
 その時、中学の制服を着た一人の少女が通りかかった。
 大松香織だった。彼女は2人と顔を合わせると立ち止まって、微笑みながら「こんにちは。」とあいさつをしてきた。
「こんちは〜。」
「香織さん、こんにちは。」
 カッちゃんと亘も並んであいさつをした。
「香織さん、もうすっかり元気を取り戻したみたいですね。」
 一時期は何事にも全く反応しなかった頃を知っている亘が言った。
「そうね。自分でもそれは分かっているわ。でもね…。」
「でも、何ですか?」
 カッちゃんが言った。
「まだ、みんなの輪の中に入っていくのに苦労しているの。まだどうやって心を開けばいいのかが分からなくて…。」
「そうですか…。」
「でも不思議ね。君達とはなぜか話が合うの。特に亘君は私にとても好意的に接してくれるし。」
「ど、どうも。」
 香織にそう言われ、亘はすっかり照れながら返した。
「そう言えば、大松社長の所有していたあのビル、すっかりさら地になっちゃいましたね。」
 カッちゃんが言った。
「うん。でもこれから新しいビルが建つから。完成したら高層ビルになる予定なんだけど、その時は屋上で一緒に星空でも見にいかない?」
「はい。行きます。ぜひ連れて行ってください。」
 亘が興味津々に返した。
 3人はしばらくその場で楽しそうに会話をしていた。

 夕方、家に帰ってきた時、母親はまだいなかった。亘は自分の作文が入選したことを早く伝えたいと思っていた。学校で先生に呼ばれた時は、緊張のあまりにあがってしまったが、今はその緊張感からは開放されていた。
 最初はテレビを見ていたが、次第に作文を読みふけるようになった。
 読みながら、ふと幻界ヴィジョンで出会った仲間達のことを思い出した。今はまだはっきりとあの時の仲間達を思い出すことが出来る。しかしいつかは彼らのこと、思い出せなくなっていくのかなあ…。亘はそんな寂しさに襲われ始めた。そして、やがて思い出すのをやめた。
 そうしているうちに外が暗くなってきた。その時、「ただいま。」という声がした。母、三谷邦子の声だ。
「お帰りなさい。」
 亘は大きな声で返事をすると、原稿用紙を持ったまま、玄関に駆け出していった。邦子は仕事用のバッグと、スーパーで今晩の調理用に買ってきた食材の入った買い物袋を持っていた。
「留守番ご苦労様。寂しくなかった?」
「全然。あのね、お母さん。今日学校で凄いことがあったんだ!」
「なあに?」
 邦子は手荷物を玄関の床に下ろした。
「先月、作文コンクールがあったんだ。その時書いた作文がね、入選したんだよ!」
 亘は誇らしげに持っていた作文を見せた。邦子は驚きの表情を見せた後、すぐに満面の笑みを見せた。
「そう、よく頑張ったわね。えらいわよ。」
 亘は母親に頭をなでられると、照れ笑いを浮かべた。
「お母さん、後で読んでよ。」
「そうね、お母さんは今から夕飯の支度をするから、食事が済んだらゆっくり読ませてね。」
「はい。分かりました。」
「亘、使っちゃって悪いけれど、この買い物袋持ってくれない?」
「うん、いいよ。」
 亘と邦子は楽しそうに台所に向かっていった。

 2人は一緒に夕食の支度に取り掛かった。今晩のメニューはカレーライスだ。
 亘はなべに水を入れて火にかけ、水が沸騰するのを待っていた。
 邦子は野菜や肉を手馴れた手つきで切り、沸騰し始めたなべの中に次々と入れていった。混ぜるのは亘が担当していた。
「お母さん、一つ聞いていい?」
「ん、何?」
「お母さんは、学生時代に何か賞を取ったことある?」
「そうねえ…。」
 材料を切り終わり、手を洗いながら邦子は少し考えた。
「お母さんが覚えているのは、皆勤賞くらいかしらね。小学生、中学生、高校生の時に1年間皆勤を何度か取ったことがあるわ。」
「皆勤賞を何度も取るなんて、それもすごいね。」
「私が自慢出来ることはこれくらいしか無かったけどね。」
 邦子は少し苦笑いを浮かべた後、冷蔵庫からカレールーを取り出した。
 食事の準備が出来ると、2人は一緒に食事を取った。食べながら会話をしていると、自然と笑いがこぼれた。その中で、邦子が言い出した。
「亘、お父さんいなくて、時々寂しくなることない?」
「やっぱりあるよ。多分、これからもこんな時が来ると思う。」
 2人とも離婚したショックは完全に癒えたわけではなく、父親がいない寂しさは決して無くなったわけではない。邦子は時々、離婚した元夫の明と電話で話をすることはあった。口げんかになるようなことは今のところ起きてはいなかったが、電話が終わると、寂しそうな顔を見せることはあった。
 それでも、今こうして当たり前に生きていられることを幸せに感じていた。

 2人で後片付けをしていると、ふと電話が鳴った。
「何だろう。誰からかな?」
「亘、ちょっと出てくれない?母さん、今洗い物していて手が放せないの。」
「はい。」
 亘はすすぎ終わったお皿や茶碗をタオルで拭いていたが、一旦作業を中断し、電話のところに向かっていって受話器をとった。
「もしもし、三谷です。」
『三谷か。おれだよ。』
「芦川?」
『ああ。』
「用件は何?」
『作文だよ。お前、入選したんだってな?』
「えっ?そ、そうだけど…。どうして知っているの?」
『今日うちのクラスの先生から聞いた。おれ以外に誰が選ばれたのか聞いたら、お前の名前があることを聞いてな。』
「芦川も入選したの?」
『ああ。家に帰ってからアヤにそのことを話したら、驚いていたぞ。』
「彼女はもう読んだの?」
『今読み終えたところだ。そして「お兄ちゃん、私も入選してみたい。」って言っていた。そうそう、三谷のことも話したら「今度ぜひ読みたい!」って言っていたぞ。』
「えっ?見せるの?アヤにも?」
『ああ。お前を目標にしているみたいだからな。ぜひ見せてやってくれ。』
「…い、いいのかなあ…。」
『頼むな。親友としてのお願いだ。』
「う、うん…。」
『忙しい中、いきなり電話して悪かったな。それじゃな。』
 美鶴は自分の用件を言い終わると、さっさと電話を切ってしまった。
 亘は受話器を持ったまましばらく立ち尽くしていたが、邦子が「電話終わったら、お皿拭いといて。私、洗い終わったから。」と言い出すと、「はあい。」と返事をし、受話器を戻して台所に戻っていった。

 後片付けが終わると、いよいよ亘が書いた作文を2人で読むことになった。
「お母さんに読んでと言ったけれど、いざ読んでもらうとなると、何だか恥ずかしいなあ…。」
 亘の心臓はミーナと寄り添っていた時のように高鳴っていた。
「確かに、自分の作品を他の人に目の前で読んでもらうことは、恥ずかしいし、勇気がいることね。でも、幻界に言った時には、本当に勇気を振り絞っていったでしょ?」
「う、うん…。」
「胸を張りなさい。さあ、一緒に読みましょうね。」
「はい。」
 亘は原稿用紙を開いた。そして、2人で一緒に読み始めた。


 題:幻界げんかいへの旅

 僕は自分で心に描いた世界の中で幻界げんかいという世界を旅してきました。
 この作品は、そこから学んできた僕の勇気に関するお話です。

 今、僕は母親と2人で暮らしています。今、僕には父親はいません。今年、両親は離婚しました。
 その時、僕はどうしてもその事実が受け入れられずにいました。
 こんな運命、間違ってる!
 何とか運命を変えて、再び両親と3人で仲良く暮らせるようにしたいと願いました。
 ある日、僕が眠っていると、夢の中でどこからともなく、一筋の光が差し込んできました。
 何だろうと思って、目を覚ますと、そこには幻界げんかいという別世界へ通じる扉が立っていました。
「運命を変えたいのなら、この世界へ来なさい。」
 姿は見えないけれど、そんな少女の声に導かれて、僕は自分の勇気を信じ、叶えたい目標を胸に別世界に飛び込みました。

 そこで僕がまず目にしたのは、未だ体験したことのない、灼熱の大砂漠でした。
 今まで自分が住んでいた世界とは全く違う光景に大きく戸惑い、出だしからやっぱり来るんじゃなかったかなという思いに苛まれました。
 不安のいえない中、砂漠に住む獣の群れに襲われ、ここで自分の運命は終わってしまうのだろうかと思いましたが、そんな時、物を運ぶ仕事をしながら、砂漠を旅していた人に僕は救われました。
 その人は一文無しだった僕を街に案内してくれて、食事を与えてくれただけでなく、別世界から来た僕にとても親切に接してくれました。
 それでも、この世界になじむのは簡単なことではありませんでした。
 ある日突然、自分の生きてきた文明から切り離され、電気もガスも水道も無いという現実と向き合わなければならなかったからです。
 あの時、僕がどれだけ心細さに襲われたか。そして、もしももう一度その現実に直面したら、耐えていけるか。それは今の僕でも自信は無いです。
 もし誰にも頼ることが出来ず、たった一人だとしたら、その旅は想像も出来ない過酷なものになっていたでしょう。だから、その人にはとても感謝しています。
 それでもその後、僕には過酷な現実が襲い掛かってきました。
 戦争がいつ起きるか分からない不安もありました。
 罪人と間違われて、牢屋に入れられたこともありました。
 音も無く、冷たい壁の一室に一晩閉じ込められた時の絶望感は、決して忘れることはないでしょう。
 やっとの思いで脱出はしましたが、今度は自分の無実を証明するために、自分の体よりもずっと大きな怪物と戦わなければならなくもなりました。
 これから僕はあとどれくらいの戦いを切り抜けていかなければならないんだろう。平和な世界でずっと過ごしてきた僕が、生きるか死ぬかわからないような世界の中で生き抜き、果たして現実の世界に戻って来られるだろうか。
 そんな心細さに幾度も襲われました。せめて世界を劇的に変化させるようなものがあればと何度も願いました。世界を変える命運を握っている人と出会うことが出来ればと何度も願いました。

 しかし、その世界ではたくさんの人達との素晴らしい出会いもありました。
 争いを鎮めるために、命をかけて治安を守ろうとしている人もいました。親と生き別れたまま、それでもいつの日か再開出来ることを夢見ながら過ごす人もいました。
 たくさんの人達と出会い、冒険を繰り広げる中で、僕は一つの答えを見つけ出すことが出来ました。
 みんな辛いと思う時がある。みんな苦しい過去を背負いながら生きている。誰もが「こんな運命、間違っている!」と言いたくなる時を経験している。だけど、みんなそれを乗り越えて今を生きている。
 たとえ運命や現実ばかりを変えたとしても、心が変わらなければ、怒りや悲しみは無くならない。人が幸せに過ごすことは出来ない。
 運命を変えることにとらわれていたら、たとえば、自分の応援しているプロ野球チームが負けた時、その度に運命を変えてやりたいと思うようになってしまう。そんなことは人間のエゴだ。
 こんなことでは、立派な大人に成長することは出来ない。
 現実を変えることは大事なこと。だけど、現実を受け入れることがもっと大事だと、その冒険を通じて実感し、この世界に帰ってきました。幻界げんかいで出会った人達とはもう会えないかもしれません。しかし、彼らのおかげで僕が大きく成長出来たのは間違いないでしょう。

 今、僕の家には父親がいません。時に寂しくなることもあります。不安に襲われることもあります。お父さん、帰ってきてよと叫びたくなることもあります。これからもそんな時が来ることでしょう。
 だけど、僕は前を向いて生きていきたいと思っています。
 そして自分で夢を描いたら、途中であきらめたりはしたくない。辛くなっても、夢を大事にしながら生きていきたい。そう心に誓いを立てながら過ごしています。


「亘、凄いわね。お母さんが入院している間に、あなたは幻界ヴィジョンで壮大な冒険をしてきたのね。トカゲのような姿をした巨人と、ネコのような姿をした女の子と一緒に旅をしながら、一回りも二回りも大きくなってきたのね。」
「うん。あの旅でつかんだことは、絶対に忘れないよ。」
 亘が幻界でキ・キーマやミーナ達と大冒険を繰り広げてきたことは邦子も知っていた。他の人達にはとても信じてくれそうもないような空想的な話だったが、邦子だけは真剣に聞いてくれた。
 2人はその後も彼らのことについて色々話し合った。
「お母さん。キ・キーマやミーナ達は、今も元気に過ごしているのかな?」
「そうね、きっと元気に過ごしていると思うわ。幻界を救ってくれた亘に感謝しながら、それぞれの人生の中で精一杯に生きているわよ。」
「そうだね。僕もそう信じてみたくなった。ありがとう、お母さん。」
「どういたしましてよ。さてと、亘。まだまだ話したいこともあると思うけれど、お母さんは今からお風呂に行ってくるわね。」
「はあい。出たら呼んでね。」
 邦子は亘にやさしく微笑みかけて、部屋を後にしていった。

 亘は作文を傍らに置き、それからしばらくの間、じっと外の景色を眺めていた。時計はもう9時を回っていた。
 外には、町の灯りがいっぱい輝いていた。
「毎日見ている景色だけど、いつ見てもきれいだなあ。」
 しばらく間が空いてさらに言葉を続けた。
「キ・キーマ。ミーナ。カッツさん…。今日は嬉しいお知らせがあるんだ。僕が幻界での経験について書いた作文がコンクールで入選したんだよ。みんなのおかげで、素晴らしい文章が書けたよ。ありがとう。」
 邦子と話をしてから、亘はしきりに彼らのことについて思い出していた。出来るだけ前向きに振る舞おうと考えていたが、やがて少しずつ寂しさがこみ上げてきた。一旦思い出し始めると、止まらなかった。
「今、みんなはどうしているのかな…。今僕は、現世うつしよで元気に毎日を過ごしているよ。結局もう一度3人で過ごすという願いは叶わなかったけれど、そんなことはもういいんだ。僕は、この現実も受け入れる覚悟が出来たから。」
 亘はいつか幻界で見た、星座が埋もれてしまうくらいのたくさんの星を見た時を思い出した。
「ここから見える、町の灯りもきれいだけれど、あの星空はきれいだったなあ…。キ・キーマやミーナ、ジョゾと一緒にあの星空を見ていると、凄く心が癒されたし…。時に戦いに巻き込まれ、いつまた戦いに巻き込まれるかという不安に襲われたりもしたっけ…。出来ることなら、戦いはもう体験したくないって。この現世うつしよで過ごしている限りは、あのような日々はもう体験することもないだろうけど…。」
 亘は作文を再び手に取り、開いた。少し読んだ後、窓の景色を見つめた。
「長く、辛く、厳しい旅だったけれど、今となってはいい思い出になったなあ。そのおかげで、こんなに凄い作文が書けたし…。このマンションの屋上に立って、大きな声で読み上げたら、幻界まで届くかな…。届くといいな。みんなに聞いてほしいから。」
 目からは思わず涙がこぼれそうになった。
 どれくらい時間が過ぎただろうか。亘は時間も忘れて外の景色をじっと眺めていた。
 その時、ふと「亘、お風呂空いたわよ。早く入りなさい。」と言う声がした。
 すっかり感傷に浸りきっていたため、我に返るまで少し時間がかかってしまった。
「あ、はい。今から入ります。」
 亘は作文をベッドの上に置いて立ち上がると、着替えの下着とパジャマを手に取り、部屋を出ようとした。
 ドアの所まで来た時、ふと立ち止まり、窓の方を見た。
「あれから一度も、みんなとは会ってはいないけれど、僕はこの現世で元気に生きていくから。夢を大事にしながら、精一杯生きていくから。いつの日か、どこかでみんなと会うことが出来たら、心から語り合おうね。約束だよ。」
 会いたい気持ちを抑えながら、亘は自分の部屋を出ようとした。
 その時、ふと『ワタル。私も再び会える時を待っているよ。もし会えたら、心から語り合おうね。約束よ。』と言う声が響いたような気がした。
 亘ははっとして振り返り、辺りを見回した。しかし、何も変化は起こっていなかった。
「今の声、何だったんだろう。空耳かな。確かミーナの声だったような…。」
 少し寂しそうな表情をしながらしばらくじっと部屋の中を見ていたが、やがて振り返り、足早に部屋を後にしていった。


こんにちは、地球の星と申します。このサイトでは初めての投稿となりますが、いかがでしたでしょうか。主に映画のブレイブストーリーを参考にしました。映画ファンだけでなく、原作ファンの人も喜んでいただけると幸いです。













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