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俺以外、全員強くてニューゲーム

作者:

 目の前には大自然。空を見上げれば月が2つ。

 どう見ても異世界だ。夢にまで見た、異世界だ。

 夢じゃないよな?


 本屋に行く途中、トラックに轢かれた時は死んだと思ったが……いや実際に死んだんだろうな。

 気がついたら、この異世界にいた。

 服装は元のジーパンとTシャツではなく、ちょっとゴワゴワした布の服だ。


 神様が出てきて「ごめん手違いテヘペロ」とかのやり取りは無かったが、異世界で間違いないだろう。

 転生や勇者召還では無かったけれど、いきなり放り出されるパターンも無いわけじゃない。


「えーっと、【状態】かな? 【確認】? 【ステータス】?」


 最後の言葉に反応して目の前にウィンドウが出現した。


「おおっ、やっぱりステータスか」


 宙に浮いたウィンドウには、俺の状態が一覧で表示されている。


「何かチートスキルは無いかな……」

 ______________

 名前 :三石 四郎

 レベル:1

 職業 :なし

 スキル:不屈(lv.1)

 装備 :布の服

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 随分とあっさりしているが、最初だしこんなもんなのかもな。

 鑑定スキルとかあれば、もっと詳しく分かるのかもしれない。


「しかし、この【不屈】って何だ……?」


 横にレベル表示があるから、成長するスキルなんだろう。

 言葉通りなら「屈しない」という意味だけど、戦闘用のスキルなのかな。

 どちらにしろ、大したこと無い気がする。


「うーん、ちょっと思ってたのと違うな……」


 最初から強いんじゃなくて、伝説の武器とかを手に入れるパターンかもしれない。

 とりあえず今はどうしようもなさそうだから、他の事をしよう。


「どっちが街かな」


 一応、目の前に道があるのだが、どちらも地平線に続いていて先が見えない。

 どちらでも一緒だし、太陽を背に歩くことにした。ほら、眩しいし。


「まずは冒険者ギルドだな。最初は薬草採取とか、弱いモンスターの駆除で金を稼ごう」


 そのうちに、可愛い女の子とか助けちゃって、一緒に冒険いっちゃったりして、夢が広がるなぁ!

 あ、いや、流行の奴隷ハーレムかもしれない……ね。うん。

 それも、まぁ……いいよね。男の子ですから……興味ありますし。


 それからどのくらい歩いただろうか。とっくに日が落ちたが、まだ街には着きそうに無い。


「おかしいな、何で最初からこんなに苦労しているんだ……」


 最初は弱いモンスターに襲われるイベントをこなしたら、すぐに街か村に着くはずなんだけどな。

 モンスターも出ないで、ただひたすら歩き続けるだけだ。いい加減に疲れた。


「初日から野宿かぁ……いや、まだだ!」


 そのあたりに横になって休みたい衝動に駆られたが、心の底から熱い気持ちが湧き上がる。


「こんなもんじゃない、俺はまだ本気出し切ってない……まだ、いける!」


 おかしいぞ。俺はこんなに熱血漢じゃなかったはずだけど。

 もしかするとスキルにあった【不屈】のせいか?

 諦めようとすると、決して屈しない気持ちが強くなる。

 休みたい……いや、まだその域じゃない!


 一人で葛藤しながら足を動かしていたら、いつの間にか夜が明けていた。眠い。

 何も食べていないし、腹が鳴る。何か食べ物を持っているかもしれないな。


「【アイテムボックス】かな?」


 ふわっと、ウィンドウが開く。今度は一発で当てたようだ。

 ウィンドウには表形式で、いくつかのアイテムが表示されている。


「食べ物……は無いけど、水があるな」


 枠が埋まっているのは3つだけで、木の棒x1と、石x5、水x20となっていた。

 ウィンドウに直接手を突っ込んで皮袋に入った水を取り出す。

 500mlのペットボトルくらいは入ってそうだ。

 命に関わるからか、流石に「まだいける!」という気持ちはなかった。

 半分浴びるように水を飲む。


「……ぷはぁ」


 皮の匂いが気になるけど、飲めなくは無い。

 やっと人心地を得る。ぐっと背筋を伸ばすと、視線の先に小さく街が見えた。


「遠いよ……」


 それでも待ち望んだ目的が、目に見える所にあると思うと足取りが軽くなる。

 どうやらこのあたりにはモンスターがでないようだし、さっさと街に入ろう。


 そこから更に6時間以上かかって、どうにか街にたどり着いた。

 かなり大きい街のようで、ぐるっと石造りの壁で囲んでいて、衛兵のような人まで立っている。

 身分証明とか、しなくちゃいけないんだろうか。

 少しだけ不安に思ったけど、別に何も言われずに街に入ることが出来た。

 まずは冒険者ギルドだな。あるかな? そもそも冒険者制度がなかったらどうしよう。


「あぁ、ちょっと君」


 どうしようか悩んでいると、衛兵に声を掛けられた。不審者と思われたんだろうか。


「見たところ、田舎から来た冒険者志望だろう」

「え、ええ。はい」

「この街の冒険者ギルドは、道をまっすぐ行けば右手にあるから。竜の絵の看板だ」

「ありがとうございます!」


 とてもイージーだ。このくらいスムーズに行ってくれると楽で良いね!

 そもそも一晩歩かせるのが、おかしかったんだよ。


 言われたとおりに、竜の絵の看板を探すとすぐに見つかった。

 建物の中に入ると、窓口と依頼の貼ってある掲示板、休憩スペースのようなテーブルがあった。

 狭すぎず、広すぎず。理想の冒険者ギルドだ。


 そして、テーブルには猫耳、犬耳の冒険者がくつろいでいる。そうそう、良いじゃないか!

 これだよ! 異世界! きたね!


 はやる気持ちを抑えて、窓口に向かう。


「あの……冒険者に登録したいんですけど」

「はいっ、少々お待ちくださいっ」


 受付のお姉さんも、明るくて可愛い感じの人だ。こっちまで楽しくなってきた。


「では、こちらの水晶に手を置いてください」


 お姉さんは、バスケットボールくらいの大きさの水晶を取り出した。

 カウンターに置いたので、言われるままに水晶に手を乗せる。


「そのまま暫くお待ちくださいねー」


 水晶が光ったりするのかな、と思ってみてたら乗せた手の上にステータスウィンドウが開いた。

 ______________

 名前 :三石 四郎

 レベル:1

 職業 :なし

 スキル:不屈(lv.2)

 腕力 :250

 魔力 :80

 知力 :120

 防御力:300

 敏捷 :400

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 自分でステータスを開いたときよりも、詳しく情報が出てくる。

 装備品は出てこないけど、わざと隠してるのかもしれない。

 それに、不屈がレベル2になっていた。きっと歩き続けたせいだ。


 そして……腕力から始まる値は、レベル1にしては結構高いんじゃないか?

 これか。これなのか。俺の異世界チート生活。いよいよ、きちゃったのか。

 きっと恐らく、普通の人の10倍くらいの値だ。


「え……ええ!?」


 受付のお姉さんも驚きを隠せない様子だ。ふふふっ。


「どうかしましたか?」

「え……いや、何でもないです。そういうことも、ありますよね……」


 顔がにやけそうになるが、ここは我慢だ。


「えっと、その、シロウさんは、ランクSからのスタートになります。

 ギルドカードを発行するので、無くさないようにしてください」


 ざわっ……

 建物中に緊張が走るのが分かった。やっぱりね、そうこなくちゃ。

 ランクSというには、当然Aの上のなんだろうな。

 一番上のランクかもしれない。でも、もしかするとSSとかあるのかも。

 どちらにしろ、只者ではないと思われているはずだ。


「ありがとうございます。早速、何か依頼を請けたいんですが、初心者向けのはありますか?」

「ええ!? 初心者向けですか!?」

「ダメですか?」

「い、いえ。そうですよね。最初はそれしかないですよね」


 窓口のお姉さんは、いちいち反応が大きくて面白い。

 これは、お姉さんとのフラグが立っちゃうかもしれない。

 お姉さんが依頼の紙を探している間も、他の冒険者が話している声が聞こえる。


「マジかよ……ランクSスタートなんて、何年ぶりだ……?」

「俺が覚えている限りじゃ、ここ数百年はいないはずだぜ」

「何者だよ、あいつ……お前、ちょっと喧嘩売って来いよ」

「嫌だよ、命のやり取りなんてしたくねえ」


 がやがやと俺について噂している。この優越感、たまらないね。


「初心者向けですと……直ぐ請けられるのは、スライムの駆除ですね。

 同系統のラージスライムでも構いません。

 数の制限はありません。終わったら戻ってきて声を掛けてください」

「わかりました」

「倒したモンスターは、ギルドカードに自動的に記録されますから、カードは肌身離さず持っていてくださいね」


 謎の仕組みだが、なかなか便利らしい。

 お礼を言って、冒険者ギルドを後にする。

 他の冒険者が横目でヒソヒソと話しているが、声を掛けてくる奴はいない。

 荒くれ者が突っかかってくるかと思ったが、そんなことは無かった。

 スライムを倒して戻ってきたら「インチキしてるんじゃねえよ」とか、そういうパターンだろうか。


 アイテムボックスの中にお金は無いようなので、そのまま街の外へ向かう。

 スライムは街の北側の平原にいるそうなので、入ってきたのとは逆の方向だ。

 大通りに沿って露天が沢山並んでいるが、お金を持っていないので買うことが出来ない。

 あぁ……水しか飲んでいないから辛い。いや、大丈夫だ、いける!

 気合だけ注入して、街の外に出た。


 街の入り口から道が伸び続けて、地平線に繋がっている。

 これに沿っていけば、他の街にたどり着けるんだろう。

 辺りを見渡していると、カラフルな半透明の物体が目に入った。


「いた……スライムだ」


 アイテムボックスから木の棒を取り出して、スライムに駆け寄る。

 走った勢いをつけたまま、木の棒でスライムを殴りつけた。


「あ、あれ?」


 ボヨンっという手ごたえと共に、木の棒がはじかれた。

 刃物じゃないと倒せないとか、そういう系のモンスターか?


「ピギィーッ!」


 俺の攻撃に怒ったらしく、ゼリー状の身体を弾ませて襲い掛かってきた。

 それほど動きは早くないので、難なく避ける。


「しかし、困ったね……」


 刃物は持ってないから、やるとすれば素手か。

 手のひらを伸ばして、爪先からスライムの身体の中に突き刺す。


「ピギッ」


 ズブン、という手ごたえと共に、スライムの身体に突き刺さった。

 痛覚があるのか分からないが、俺の腕の先でグネグネと暴れている。

 そのまま腕を突きぬこうかと思ったが、指に触れるものがある。

 直ぐにピンと来た。スライムの核だ。


 野球ボールくらいの大きさだったので、力任せに手で握り締める。


「ギイイイイイイッ」


 スライムのが苦しんででいるのが分かる。

 水の中で風船が爆発するようなバフンという音と共に、核は破裂した。

 ドロドロとスライムが溶け出して、地面に落ちる。

 手のひらには、赤い気持ち悪い物体がこびり付いていた。


「うげぇ、ばっちぃ」


 手を振って、スライムの核を飛ばす。


「あ、そうだ。【アイテムボックス】」


 ギルドカードを取り出してみる。

 俺の名前やランクSと書いてある他に、ジギール支部と書いてあった。

 ジギールは街の名前だろう。

 今倒したスライムが記録されているかと思ったが、目に見える範囲には無さそうだ。

 きっと、ステータスのように見えないところに記録されているんだろう。


「じゃあ、次は【ステータス】」


 ______________

 名前 :三石 四郎

 レベル:1

 職業 :なし

 スキル:不屈(lv.2)

 装備 :布の服

 木の棒

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 レベルが上がっていたりはしなかった。

 HP表示も無いから、危険度が分かりづらいな。

 そこは自己判断ってことか。


 木の棒を手に周囲を見ると、またスライムを見つけた。

 駆け寄って、今度は木の棒を突き刺してみる。


「ピギィイイイイイイ」


 上手く核を貫いたらしく、スライムはドロドロに溶けていった。

 よし、次からもこうやって倒して行こう。手が汚れるのは嫌だし。


 暫くスライムを倒して回っていると、あることに気がついた。


「スライムって、同じ方向から歩いてきてないか?」


 スライムの巣のようなものがあるのかもしれない。

 今のところまともに攻撃を食らっていないが、ほとんど一撃で倒すことが出来るし危険は無いだろう。

 スライムが来る方向に向かって進んでみる。


 すると予想通り、スライムの沸く穴があった。

 ボーリングのボールが戻ってくる機械に似ているかもしれない。

 一定間隔で、穴からスライムがにゅうっと出てくる。


 そこをタイミングよく木の棒で突くと、溶けてきていく。

 また沸いてくる。棒で突く。溶けていく。沸いてくる。棒で突く。溶けていく。

 沸いてくる。棒で突く。溶けていく。沸いてくる。棒で突く。溶けていく。

 不思議と飽きない。これも不屈効果かもしれない。


 日が暮れるまで、ずっとスライムを倒し続けた。

 完全に暗くなる前に、街に戻ることにした。夜は強いモンスターが出るかもしれない。


「その前に、【ステータス】」

 ______________

 名前 :三石 四郎

 レベル:2

 職業 :なし

 スキル:不屈(lv.3)

 装備 :布の服

 木の棒

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 おぉ、レベルが上がってる。不屈もレベル3になってた。

 どのくらいの数のスライムを倒したか覚えていないが、100体は堅いだろう。


「またお姉さんが驚いちゃうなぁ」


 意気揚々と街に帰り、冒険者ギルドに向かった。

 すっかり暗くなっているが、街の中は明かりがついていて不便が無い。

 ギルドにも煌々と明かりがともっていて、営業中であることを教えてくれる。


 中に入ると、昼よりも沢山の人がいた。みんな、今日の成果を報告しにきているんだろう。活気がある。

 俺が昼間来た時に居合わせた人がいたんだろう。


「おい、あいつだ……クラスSだぞ」


 という声が聞こえた。それに伴って、俄かにギルド内が静まる。

 いやぁ、知らない間に有名になっちゃったなぁ。困っちゃうなぁ。

 そんなに注目されてもなぁ。スライム倒したりしてる初心者なのになぁ。


 人ごみが割れるように、窓口への道が開ける。またにやけてしまいそうだ。

 勤めてなんでもない顔をして、窓口のお姉さんのところに行く。


「スライム駆除の報告をしたいんですけど」

「あっ……分かりました。カードを出してください」


 声を掛けられて、ビクンっと反応してしまうお姉さん。可愛いなぁ。

 カードを渡すと、昼間に使った水晶の上に乗せて何かを確認している。

 あれでスライムを倒した数が見られるんだろう。

 小さい声で「え? うそ……」と言っているのが聞こえた。

 前人未踏の記録でも更新してしまったのだろう。


「いま、ギルドマスターを呼んできます。待っていてください」


 急にまじめな顔になり、お姉さんは奥へと走っていってしまった。

 あちゃー、ギルドマスターか。そっちか。そっちきちゃったか。

 冒険者じゃなくてギルドにインチキ疑われるパターンだ、これ。


 そして直ぐにドスドスという足音を立てて、筋骨隆々のオッサンが奥から出てきた。


「おい、お前。奥の部屋に来い」


 ドスの効いた声で手招きされる。

 やべー、マジやべー。どうしよう、出来るだけ不安そうな顔しておこう。

 ヒソヒソと俺を見ながら話をする冒険者達を見ながら、奥の部屋へと案内された。


「まぁ、座れ」

「はい」


 応接室なんだろうか、ソファのように柔らかい椅子だ。


「何で呼ばれたか分かるか?」

「いえ、分かりません」


 本当は分かってる。スライム倒しすぎたんだ。


「ラージスライムを121匹。

 お前の、今日のギルドカードの報告内容だ」

「はい」


 あれはラージスライムだったのか。

 ただのスライムはもっと小さいんだな、全然見なかったけど。


「まだ分からないのか?」

「済みません」


 普通のスライムよりも強いだろう、ラージスライムを121匹か。

 正直、やりすぎたかもね。今日登録したばかりの初心者がね。

 布の服と木の棒の、初心者がね!


「お前、冒険者ギルドをバカにするのもいい加減にしろよ?」

「え?」


 きた、インチキ認定だ。

 きっと、この後に強敵を倒して「俺SUGEEE」展開がくるね!


「ランクSスタートだけでも、冗談みたいな話なのに!

 ラージスライムが、たったの121匹だぁ? 手ぇぬいてんじゃねえぞ!」

「は?」


 たった、121匹? 手を抜いてる?


「あの、どういう……?」

「ほぉ……まだしらばっくれるのか。中々根性のある奴だ」

「いえ、本当にどういうことか」

「お前、俺にも我慢の限界があるぞ!」

「ひっ」


 マジ怖い。この人、マジで切れてる。

 何で? 何で怒ってるの? え?


「どうやったのか知らねぇが、ランクSなんて出しやがって」

「ら、ランクSって凄いんじゃ」

「最低だよ! スタートのSだ! 知らねぇとは言わせねえぞ!」


 知らないよ! 何だそれ!?


「ご、ごめんなさい。本当に、知らないんです……」

「チッ……どうせ、目立とうと思って力の出しどころ間違えたんだろ」


 何それ、何のこと?


「もう一回、ランクを調べてやる。手を出せ」

「は、はい……」


 怖いので素直に手を出す。

 オッサンの取り出した水晶の上に乗せると、昼間と同じようにステータスが表示された。

 ______________

 名前 :三石 四郎

 レベル:2

 職業 :なし

 スキル:不屈(lv.3)

 腕力 :300

 魔力 :100

 知力 :150

 防御力:350

 敏捷 :480

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 レベルが上がったからか、全体的にステータスが向上している。


「何だこりゃ……?」


 レベルに不釣合いなステータスを、怪しまれているんだろうか。

 でも、そんなこと言われても、どうしようもない。


「お前、何回目だ?」

「え?」

「もしかして、少ないのか?」

「水晶で、ステータスを見たのは今日が初めてで、今ので2回目です」

「違ぇよ。分かってんだろ、誤魔化すな」

「す、済みません。何のことだか分かりません」


 もう涙目だ。


「マジかよ……0回目か」


 オッサンが心底驚いた顔をしている。

 何の話だ、さっぱり分からない。


「確認だが、お前は神にあったことがあるか?」

「な、無いです」

「死ぬ前のことを、覚えてないんだな?」

「はい……」


 宗教の勧誘かと思ったが、異世界で神といえばチートスキルをくれる人のことに違いない。

 でも、そんな人にはあったことが無い。


「参ったな、何年ぶりだよ……」


 オッサンは困った顔をしていたが、すぐに気を取り直したのか、部屋のドアを開けて受付のお姉さんを大声で呼んだ。

 受付のお姉さんはセシルさんと言うようだ。


「セシル、こいつ0回目だ」

「ええ!? ぜ……っ」


 お姉さんは、言葉に詰まっている。


「ああ、お前には分からないだろうな、今説明してやる」


 急にオッサンは優しくなった。

 さっきまで大声で怒鳴っていた人とは思えない。


「生き物は、死ぬと転生する」

「は?」

「まぁ、落ち着いて聞け」


 オッサンの話は、簡単に言うと以下の通りだった。

 1.生き物は死ぬと、神のいる空間に呼ばれる。

 2.大体の場合、死ぬ前の記憶やスキルを持ったまま転生させてくれる。

 3.たまに気まぐれでレアなスキルや能力をくれる。

 4.人間に限らず、亜人種やモンスターも同じである。


「スライム討伐も、昔からあるんで出してますけど、スライムなんか本当はもういないんです」

「みんな、冒険者に倒されて転生しているうちに、ラージスライムになっちまった」


 こういうとき、どんな顔したらいいのか分からないの。


「ははっ」

「何だ、笑うなんて余裕があるじゃねえか」

「ギルドマスター、違うと思います」


 なんだよそれ!? 転生!? 引継ぎ!?

 強くてニューゲームじゃねえか!!


「シロウさんのステータスを見て驚きました。低すぎて」

「あぁ、腕力が300しかないなんてな」

「その上、初心者用のクエストを請けるなんていうから、死ぬつもりかと思いました」

「お前、ステータス低いのに意外と丈夫だな」


 目の前で、「俺YOEEE」談義をするギルド職員とギルドマスター。

 勘弁して欲しい。

 もしかして、【不屈】のレベルが上がったのは、気合でスライム倒してたからなのか?


「あの……」

「何だ?」

「普通、スライム駆除って、どのくらい倒すんですか?」


 121匹で少ないなら、何百匹倒せばいいんだ。

 沸いてくるスライムをずっと叩き続けたんだぞ。

 最も効率のいい方法のはずだ。

 昼からの活動だったが、それにしたって200匹ちょいがいいところだろう。


「この間、冒険者登録した奴は、何匹だった?」

「えーっとですね、2500匹です」

「にせっ……!?」

「まぁ、普通だな」


 何が普通だ。インチキしたに決まっているじゃないか!


「それは、無理ですよ。そんなに倒せるわけが無いです」

「その人は、火の魔法が得意だったみたいで、スライム穴を燃やし尽くして駆除したみたいです」


 あの穴ごと、全部燃やしたのか。

 どこに繋がって、中に何匹いるか分からないけど、そりゃあ……凄いですね。


「最高記録は、5億匹だな。今でも覚えてる」

「ごおっ……!?」


 嘘だ。それは流石に嘘だ。

 そもそもスライムがそんなに居るわけがない。


「あの時は大変でしたね、この国のスライムが絶滅の危機になって」

「あぁ、暫くスライムを保護する為の依頼が増えたな」


 種を滅ぼす程かよ。ふざけるなよ。


「あの、そうしたら」

「おう、何でも聞いてくれ」

「標準的なステータスって、どれくらいですか?」


 俺のステータスが低いと言われた。

 それなら、普通はどのくらいあるんだ。

 レベルアップで追いつける程なのか。


「そうですね、最近ので言いますと、腕力5千~2万くらいが標準ですね」


 あ、もういいです。死にたくなるんで。

 いや、死ぬもんかよ! 死ぬなら前のめりだろ!

【不屈】スキルがうざい。強制ドーピングされてる気分になる。


「強力な武器やアイテムを持ち越す人もいますし、ステータスが全てではないですよ」


 アイテムなんて木の棒と石ころだよ! ステータスもアイテムも、どっちもねえよ!


「そういえば、昔ランクSの奴がいたな」

「え、本当ですか!?」


 昼間に他の冒険者が数百年ぶりって言ってたからな、前例があるんだ!


「その人は、どんな人だったんですか!?」

「あぁ、冒険者に登録するときは、お前と同じようなステータスでな」

「おおっ!」

「スライム駆除中に、ドラゴンに襲われた」

「……」


 声も無いよ。


「その時だ。失われていた竜の血脈が蘇ったのは」


 知らねぇよ。


「ドラゴンウォーリアとして目覚めドラゴンを圧倒していたが、あれは多分、分かっててやってたな」


 筋書きのありすぎるドラマだよ。


「あの、最後に良いですか?」

「おう」

「ギルドマスターと、窓口の……セシルさんは何回目ですか?」


 もう、何だか疲れた。

 散々、移動しまくっていい気になってたのに、お釈迦様の手の上だった孫悟空の気分だ。

 だが、諦めない! 命続く限り!


「数なんか覚えてないけどな、50回くらいか?」

「あ、私は覚えてますよ。84回です」

「全部、引き継いでるんですか……?」

「「もちろん」」


 冒険者なんてやってるのは、転生回数が少ない若造ばかりで、飽きてくると町の住民となって仕事をしたり、農業に手を出したりするそうだ。


「まぁ、周りはみんな経験者だ。何でも相談すると良い」

「はい。シロウさんのご利用をお待ちしております」

「はぁ……」


 二人に励まされて応接室を出た。

 ギルドの休憩スペースにいた冒険者の一人が声を掛けてくる。


「お前、ランクSってどうなるのか教えてくれよ。俺も次やってみたいからさ」

「こっちが知りたいよ」


 ふらふらとギルドの外に出る。


「あのっ」

「ん?」


 後ろから声を掛けられたので振り向くと、セシルさんだった。


「今日の、スライムの報酬です」


 皮袋に入ったお金を渡される。


「これで、宿に泊まれますか?」

「普通のところなら、大丈夫です」


 どうも、と言って宿屋へ向かう。

 看板にベッドの絵が書いてあるから、すぐに分かった。


 何で、スライムを倒した程度のお金で宿屋に泊まれるのか疑問に思ったが、街で働いているのは転生回数の多い人だ。

 きっと、儲けは二の次で、お店屋さんごっこがやりたいだけなんだろう。

 クソッ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって。


 イライラが募ってきたが、【不屈】効果で気分が沈むことは許されなかった。

 次の日も、強制的に前向きな気分で冒険者ギルドに向かう。


「着たぞ、0回目だ」

「あの噂は本当なのか?」


 どこから広まったのか、無転生というのが広まっているようだ。

 知ったことか。俺は俺の道を行くだけだ。

 窓口へ向かって、噂を広めた本人であろうセシルさんに声を掛ける。


「初心者用の依頼はありますか」


 ◆


 それから何年か経った。俺は地道にクエストをこなしていく。レベルも20を超えた。

 レベルが上がるたびに、少しずつ自分が強くなることを実感している。

 この間まで、角ウサギに苦戦していたのに、今はあくびをしながらゴブリンと戦える。


 モンスターも転生前提なので並大抵の強さではないが、街で売ってる武器防具がそれなりの強さなので、それでも何とか依頼を達成できた。

 誰ともパーティーは組まない。俺以外は、全員チートだからだ。


 俺が無転生ということを知って、声を掛けてくる冒険者は大勢いた。

 大抵が、「仕方ねぇから助けてやるよ」という態度だった。

 あつかましいことこの上ないが、そんな奴らは放っておけば、他のチート冒険者が「お前ら、新入りをいじめるなよ」と介入してくる。

 あいつらは、カッコつけたいだけだ。

 しかし、何年も冒険者を続けていくうちに、控えめに声をかけてくる冒険者が増えた。


「あのさ、良かったら、同じパーティーに入れてもらえないかな?」

「俺なんか居なくても戦力は変わらないだろう」

「いや、そうじゃなくてさ。何だか、楽しそうだから」


 転生経験の無い俺が、初々しく始めての街に行ったり、大して強くも無い敵と苦戦を繰り広げたりするのが、楽しそうに見えたらしい。

 当然、断った。


 あいつらは、いつだって俺と同じ立場に行くことが出来るんだ。

 今までの経験を手放して、引継ぎを断って何も持ち越さずに次へ進めば良い。

 ただ、それだけが出来ないために、つまらない人生を繰り返す羽目になる。

 背負ったものの重さに潰されて死ね。


 最近、少しだけど魔法が使えるようになった。

 頭の上に30秒くらい光る玉が出る、しょうもない魔法だ。もっと練習しないと。

 愛用の鉄の剣がボロくなってきたから、そろそろ鋼の剣に買い換えようかな。

 レベルが上がったと言っても、勝てないモンスターは死ぬほどいる。

 まだ行ったことない国が山ほどある。世界は、分からないことだらけだ。


 さあ、明日はどこへ行こう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少ない文字数の中で、異世界転生のお約束を入れながら綺麗にまとまっているところ。 [一言] タイトルでネタバレしてるのに、最後まで面白く読めました。 ステータス・スキル要素が、物語の中でしっ…
[良い点] いいアイデアです。 [気になる点] スライムにも負けて欲しかったです。どれくらい弱いかが少しわからなかったので。
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