幸せな時間縦書き表示RDF


以前、みみずくとして掲載していた小説ですがIDを変更して内容修正を行い再掲載です。2008年3月25日 誤字誤変換修正
幸せな時間
作:シャンク=サフィラ


今日は雪が降った。十二月になり、ますます寒くなってきて、私は嫌な気分になっていた。
「寒い。これだから冬は嫌い……」
私はもともと冬が好きではなかった。ちまたではこの時期になるとクリスマスだとか言って騒ぐけど私はそんなものには興味はない。一緒に過ごす友達もいないし、両親は共働きでほとんど家にいない。そう、私は孤独……。
学校でも無視され、家には誰もいない。これもいじめのうちに入るのかどうかは分からないけど、私にとってそれは辛かった。最初の頃は……。今はもう、体が慣れてしまっている。孤独も嫌いじゃなくなってきている。だけど、私の心の中には孤独が嫌いという感情が残っているようで、たまに孤独感を受けて泣いていることがある。私は雪道を家に向かって歩いている。一人で……。
「ニャー……ニャー……」
その時、どこからか猫の声が聞こえた。この寒いのに外に出ているんだと思いながら猫を探す。私は道路の端にダンボールがあるのを見つける。
「もしかして……」
私は雪の重みによって閉まりかけているダンボールを開けた。そこには一匹の子猫がいた。
「ニャー……ニャー」
その猫は私の顔を見ながら鳴く。その顔を見て私の顔がほころぶ。
「君も一人ぼっちなんだ……私と一緒だね」
私は子猫ののど元を撫でた。私の言ったことを知ってか知らずか私の手に顔をこすり付けてきた。私はそのくすぐったさに手を引っ込める。
「ニャー……ニャー……」
子猫は少し名残惜しそうに私の顔を見て鳴いている。
「かわいそうだよね。家には誰もいないからとりあえず家においでよ」
「ニャー」
私が子猫を抱き上げると子猫はうれしそうに鳴いた。それを見て私は笑う。
「うれしいか、じゃあ行こう」
私は子猫の顔を見ながら家へ帰った。

 私は家について自分の部屋に入った。子猫をベッドの上にのせる。
「ちょっと待っててね」
私は冷蔵庫から何か食べられそうなものを持ってきて、子猫に食べさせることにした。私は魚肉ソーセージと牛乳を持ってきた。牛乳は浅い皿に入れて出す。
「チル……ペロペロ……」
子猫が必死にミルクをなめる姿を見て私は微笑む。
「かわいい」
私は呟き、子猫が牛乳を飲み終わるまでじっと見ていた。普段ならこんなに笑うことなどないのだが、今日は子猫と一緒にいるからとても楽しかった。

 やがて、日が沈み両親が帰ってこないまま私は夕食を食べ子猫とじゃれていた。
「ニャー……ゴロゴロ……」
ベッドの上で猫を撫でているとのどを鳴らす音が良く聞こえた。ずっと触っていても飽きない。むしろ、この子猫が私にとって初めてのペットでそれがうれしかったのかもしれない。外にはまた雪が降ってきたらしく白い埃みたいな雪がちらついていた。
「うう〜……寒い……」
私は急に寒くなって毛布をかぶる。
「ウニャ……」
「あ、ごめん」
毛布と一緒に子猫も巻きついてしまった。私は子猫を離してやると布団の中に入れてあげた。猫は暖かそうでとろんとした目つきになった。私はそれを見てもう一度撫でて、そのまま寝ることにした。だけど、しばらくしても子猫は寝る気配がなく毛布の中をくぐり私の体に上ったりして遊んでいた。私はくすぐったさに体を震わせたがその内に子猫も眠くなったのかスースー小さな寝息を立てて寝てしまった。私もそれを確認すると安心して眠りにつくことができた。

 子猫を連れてきてから二週間がたった。子猫は既に元気になっていて、よく遊ぶようになった。私は目を覚まし居間へ行くと一つの置手紙があった。
「またか……」
私はため息をつきその手紙を開ける。書かれている内容はもう見飽きていた。
「恵子へ 今日は母さんが出張でお父さんは大事な会議があるから遅くなります。夕食はこれで好きなものを買ってね。 母より」
置手紙の横には千円札が一枚だけあった。千円もあれば大抵のものは買えるが、私にとって千円札だけというのがとても寂しかった。生まれてから数回しか母親の手料理を食べたことがない。無論、小さい頃は離乳食なので買うしかないのだが……。それでも、小学校に入ってから数回しか食べた記憶がない。しかも、簡単な料理しか出たためしはない。両親も普段から外食である。
「あ〜あ」
私はまた大きなため息をつく。こればかり離れないようでいい加減うんざりしていた。それを心配したのか居間に子猫が入ってくる。
「ニャー」
朝の挨拶でもしているのだろうか。そんな風に見えた私はおはようと言って子猫にミルクを与える。昨日と同じように必死になって飲んでいた。私は子猫の頭を撫でながら
「そう言えば、名前決めてないね?どうしようかな……」
私は真剣に悩んだ。猫の名前だからといって安易に付けたくなかった。「タマ」など論外である。猫らしい名前も良かったが一つ問題が上がった。
「この子、雄か雌か分からない……」
動物など飼ったことない私には雄雌の区別ができなかった。今日は土曜日なので近所の動物が好きなお姉さんのところをたずねることにした。
私は猫を抱え、家を飛び出した。はす向かいの家のチャイムを鳴らす。
「は〜い」
インターホンから声がした。
「恵子です」
「恵子ちゃんね。今開けるわ」
少しして、家のドアが開く。中から若い女の人が出てくる。
「さあ、入って」
「おじゃまします」
この人が近所の動物好きなお姉さん。久我美子さん。昔は獣医目指して勉強していたみたいなんだけど、知らぬ間に大学は文学部に入って今は中学校の先生をしている。それでも学生時代の動物好きが覚めないようで家にはたくさんの動物に関する資料や動物がいた。初めて私がこの部屋に来たときは驚いていた。何しろ家の中に蛇がいたり、犬が十匹くらいいたり、鳥も数えられないほどいたりと……。言い始めるときりがないくらいだった。今ではその数は少し落ち着いて私も動物たちに触れるようになっていた。
「お茶でいい?」
「あ、はい」
私は久我さんの部屋に案内され床に座る。この部屋には動物に関する資料と共にこの家の主がいた。部屋の隅のほうから一匹の動物が出てきた。
「あ、クロスフラッシュ。元気だった?」
私は最初怖くて仕方がなかったがもう慣れてしまった。クロスフラッシュの方も私になついているようでそばによってくる。クロスフラッシュとは久我さんが飼っている蛇のこと。体長は二メートルほどで少し大きめ。クロスフラッシュは私の方に首を伸ばしすぐに首を下ろしベッドの下に入り込む。ベッドの下が彼の一番お気に入りの場所らしい。
「お待たせ」
その時久我さんがドアを開け中に入ってきた。久我さんはベッドの下にクロスフラッシュがいることを確認し、私にお茶を出してくれた。私はそのお茶を一口含み一息つく。
「ところで、今日はどうしたの?」
「あ、実はこの猫なんですけどね」
私はコートを脱ぎ、子猫を見せる。久我さんは目を輝かせていた。
「まあ、子猫じゃない。白色にこの黒のしま模様があって……雑種だけど毛並みはきれいだし、うん、申し分ないわ」
私には少々理解できないことがあるがそれはいつものことなので気にせずに聞いた。
「それで、この猫が雄か雌か教えて欲しいんですけど」
「あ、そういうことね。どれどれ?」
私は久我さんに子猫を渡す。久我さんは子猫の体全体を見て言った。
「この子はオスね」
「オスなんですか」
オスだと聞き、名前を考えていた私はほっとした。雌の名前より雄の名前の方が多く思いついたからである。
「名前は決めたの?」
「そのために雄か雌かを聞きにきたんです」
「そうなの。じゃあ、決まった?」
「はい、ジャックってつけようと思います」
久我さんは少し苦笑いをしているようだった。
「ジャックか……嫌いじゃないけどね。それに私が飼うわけじゃないから……まあ、大切に育ててあげなよ」
「はい」
少し、久我さんが悔しがっていたような気がしたのは私の気のせいだったのだろうか。私は子猫を抱き上げ名前を呼ぶ。
「ジャック」
「ニャー」
名前を聞き猫は鳴いた。どうやら気に入ったようである。私は微笑んで久我さんにお礼を言って家を出て、自分の家へ帰った。

 家へつき私は本を探した。目的の本を見つけ、部屋のいすに座りページを開く。すぐにその本の世界に溶け込んだ。私が読んでいる本はファンタジーでとてもよくできている作品。勿論、海外の作品である。そのまま読み続けているうちにジャックが私の膝元に来た。
「ニャー」
手招きをしているような感じに見えた。
「なに?遊んで欲しいの?」
「ニャー」
ジャックはドアに向かって歩き出す。
「外に行くの?」
ジャックはそのまま部屋の外へ出たのでその後を私は追った。玄関につき扉をカリカリ引っかいているジャックを見て私はドアを開けてやった。ジャックは外に出て時々私がいることを確認するように振り返りながら歩き続ける。
「ちょっと、どこまで行くの?」
私が行ってもジャックは止まらず、やがて路地裏に入った。普段でもなかなか通る機会のない狭い路地を抜けていく。
「どこまで行く気なの?……だいぶ、狭いよ……。う〜ん……」
周りの友達よりは小柄な私でも通るのに苦労する狭さのところを歩く。既に路地ではなく建物と建物の間を通っているという感じである。
「もう少しだから」
「え?誰?」
ふと、誰かの声が聞こえた気がした。気のせいだろうと私は思ったが不思議に思っていた。やがて、狭いところを抜け少し広いところに出た。
「こんなところあったんだ……」
私は周りを見渡す。周りは廃ビルにかこまれ、その間にコンクリートの空き地がある。何故ここだけビルがないのだろうかと疑問に思った。視線を降ろしジャックがいないことに気づく。
「ジャック?どこにいるの?」
私は辺りを見たがジャックはいなかった。私は疲れてその場に座り込んだ。
「どこへ行ったんだろう……」
半ばあきらめもあったが、やっぱり見つけたいと思い立ち上がる。そのとき声が聞こえた。
「ここだよ。恵子」
「だ、だれ?」
先ほどの声と同じ声、さっきよりも正確に聞き取れた。
「君のいるところから三歩前に進んでみて」
「え?……三歩ね」
誰の声かは気になったが、とりあえず三歩前に進む。
「そう、後ろを向いてごらん」
さっきまで遠くから聞こえていた声が突然後ろから聞こえた。私は驚いて後ろを振り向いた。そこにはジャックがいた。私は驚いた。
「……え、ジャックなの?」
「うん、驚かしちゃったよね。ごめんね」
私は絶句した。さっきまで普通の猫だったジャックが、今は二足で立ち上がり私に話しかけている。私は相手がジャックだから少しは安心したが、それでもありえないことが目の前で起きていると分かり、頭を抱えて座る。
「こ、これは……夢だよね?ジャック……」
私が頭を抱えながら言うとジャックが私の頭に手を置き、首を横に振り呟いた。
「ううん。夢じゃないよ。できれば早くこのことを言っておきたかったんだけど、そういうわけにもいかなくって……それに、ある程度信用されないと信じられることじゃないでしょ?今でも信じられないようだし。まあ、それが普通なんだけどさ」
ジャックは頭をかきながら私に言った。私は頭が真っ白になる。普通ならありえない。こんなことあってはいけない。私の思考回路はめちゃくちゃになってしまっていた。こんなことはあるはずない。そう、これは夢なんだと自分に言い聞かせ頬をつねる。
「痛い……」
私はもしかしたら今時は夢でも痛みを感じるんじゃないかと思い、その場に寝て体を左右に動かした。こうすればベッドから落ちて起きるんじゃないかと思ったからである。
「ちょっと、恵子……」
ジャックはあっけに取られていた。私は動くのをやめた。体を起こしてジャックの方を見て聞いた。
「やっぱり……夢じゃないの?」
「うん……夢じゃないよ」
私とジャックの間に沈黙が流れた。やっぱりこの状況を理解することは無理だった。ただ、目の前にいるのがジャックだということは理解できた。ジャックが二足で立ち私に話している。これは何かの間違いだと何回も思ったがそれはことごとく打ち砕かれた。夢でもない。現にジャックがこうして私に話していることは事実だった。何度も自分に夢じゃないと言った。もう、これは夢ではない。そう思い出し、現実として受け入れるしかないと思った。
「夢じゃないのね。とりあえず、それは納得するけど……何で話せるの?」
私は単刀直入にジャックに聞いた。
「うん、そのことなんだけど……信じるかどうかは別として欲しい。僕がこうなっているのは、特別なことではないんだ」
「え?」
「他のペットたちもそうなんだよ。大体は、犬や猫だけなんだけど。最近では色んな生物がこんな風にしゃべることができるんだ。ほら、しゃべるオウムとかいるでしょう。あれは、こういうことなんだよ」
ジャックは時々頭をかきながら私に言った。ジャックは続けて言った。
「でも、実際は人間を驚かせるわけにはいかないからこの姿を出すことは滅多にないんだ。そうしないと、大変なことになるからね」
ジャックは淡々と説明した。私はその張本人であるジャックが言っているのだからと、それが本当であることを自分に理解させた。
「それじゃあ、何でこの姿を私に見せたの?」
私は一番気になっていたことを聞いた。ジャックは少し微笑んだ。
「君にお礼を言いたかったんだ。寒空の下、捨てられていた僕を助けてくれた……そのお礼を言いたかった」
私もジャックに負けないように顔をほころばせる。私はとてもうれしかった。
「そうだったの。ありがとう、ジャック」
私はジャックを抱きかかえる。二足でたっていて、話すことができる以外はいつものジャックと同じ。身長だって今までと全く同じ。そう、まさしくジャックだということを改めて確かめた。猫特有の暖かい体が気持ちよかった。
「ちょっと、苦しい……」
「あ、ごめん」
ジャックを強く抱きしめていたのでジャックは苦しそうな表情をして言った。私は慌てて体を離した。
「ところで、どうしてここに連れてきたの?私の家にはほとんど両親はいないから私以外誰もいないんだから家でこの姿になってもよかったのに」
私はそう思ったのでジャックに尋ねた。ジャックは少しうつむいた。
「うん……最初はそうするつもりだったんだ。それで終わりにしようと思っていたんだけど……そういうわけにはいかなくなったんだ」
「どういうこと?」
私は見たことのない表情のジャックを見て不安を募らせた。
「……」
ジャックは下をうつむき黙り込んでしまった。ますます不安になってきた私はその不安に耐えきれず、瞳から涙が出始めた。
「……ヒック……ねぇ、何があったの……」
私は涙声でジャックに聞いた。
「……恵子……君の泣いている姿は見たくない……今、話すから泣き止んで……」
私はその言葉を聞き、涙をぬぐってジャックを見た。ジャックはいつもより暗い声で話し始めた。
「……こんなことになるなんて、僕もいまだ信じられないんだ。君には迷惑をかけたくなかったんだけど……」
「ジャック、お願いだからはっきり言って」
私は少し大きな声を出した。
「ああ……単刀直入に言うよ。君に協力して欲しいことがある」
「協力……」
私はいきなりひょうし抜けしてしまった。協力だけならと軽い気持ちだった。
「何を協力すればいいの?」
「恵子、協力というのは……僕のパートナーとして戦って欲しいことなんだ」
私はきょとんとしてしまった。
「パートナー……戦う……どういうこと?」
ジャックは続けて言った。
「今、僕の故郷の……人間に分かりやすいように仮に猫界とでもしておく。その猫界が……人間から見れば犬によって侵されようとしている。彼らの目的は領土を広げたいだけ……だが、やつらはどんな相手にも容赦はない。子供であろうと殺すような相手なんだ……。やつらのボスの影には人間がいるんだ……。その人間がその犬たちを指揮している。だがら、猫界に住む猫にとって人間の力が必要になっている……だらだらとしゃべっちゃったけど……すべて本当のことなんだ」
もう、訳が分からなかった。私が分かったことは、犬が猫界を侵略しようと戦いを起こしていること。その犬を人間が動かしていること。だがら、私の力が必要だということ。この三つだった。ジャックは真剣なまなざしをしていた。少なくとも嘘をついているようには思えなかった。
「……いいよ」
「え?」
私の返答を予想していなかったようでジャックは驚いていた。
「だって、ジャックの故郷が大変だって言うのに、助けないわけいかないじゃない。だって、私たちは友達でしょう?違う?」
ジャックは首を横に振り、私の手を握った。
「ありがとう……本当にありがとう……だけど、最後に念のため聞く。危険な状態になることも覚悟して欲しい。それでもいいなら、よろしく頼みたい」
私は一瞬戸惑ったがそれでも考えは変わらなかった。私はうなずいた。
「ありがとう」
ジャックが私の顔を見て言った。
「ジャックの故郷へはどうやって行くの?」
「うん、目をつぶって」
私はジャックに言われたとおり目をつぶる。
「そう、ちょっと待って」
私は額に柔らかな感触を受けた。ジャックの肉球だとすぐに分かった。ジャックは私の額に手を置いた。
「光と風……我を導いて欲しい」
ジャックがそう言った途端、辺りの強風が吹いた。私は驚き、目を開けた。
「恵子、目を開けないほうがいい。強い風だから、目が痛くなるぞ」
ジャックに言われ私は目を閉じる。その後、目をつぶっていても分かるほど強い光を感じた。何故か私は意識を失ってしまった。

 私は、顔に何かがある感触がして目を覚ました。ジャックが私の頬に手を添えていた。
「目、覚めた?」
「あ、うん……」
私は体を起こしてジャックを見る。ジャックは立ち上がり辺りを見ていた。私は不自然なことに気づいた。私はジャックと同じように立ち上がった。
「……ジャック、背伸びた?」
ジャックは私に気づき、振り返って
「ううん。君が小さくなったんだ。僕と同じくらいの背になったみたいだね」
そう、私は背が縮んでいた。ジャックと同じくらいの身長になっているのに気づき、ジャックの背が伸びたと思ったが、私が縮んでしまったようである。私は辺りを見渡す。
「……ここが、ジャックの故郷?」
「……ああ、何もないところだけどね」
辺りは草原で覆われ、私たちは丘の上にいた。所々に森のような場所が見えた。丘の下には集落のような所にいくつか建物が見えた。空を見上げると青空が広がっていた。
「今は、落ち着いているけど。やつらが来たら……どうなるかは……」
ジャックが呟いた。
「……大丈夫よ。私が助けるから」
「うん、そう言ってもらえると心強いよ」
ジャックは少し微笑んだ。
「ねぇ、ジャック。この世界のことについて詳しく教えて欲しいんだけど」
私はジャックに聞いた。
「そうだね。この世界のことは知っていたほうがいいね。とりあえず、座ろうか」
私たちは草原の上に座る。私は気持ちがよかったので寝転んだ。ジャックが話し始めた。
「初めに言ったけど、この世界は猫が住む世界で……あれをみてごらん」
ジャックは遠くにある森の方を指差した。私はその森を見る。
「あの森の先には犬がすんでいる世界……犬界とでも呼んでおくけど。犬界があるんだ。だから、あの森から犬たちが攻めてくることは確実なんだ。それで、この世界のことに戻るけど。この世界には王がいて、それと同じように犬界にも王がいる。犬界のほうの王が戦いを仕掛けようとしている……。この世界にも戦うための部隊がいる。でも、それだけだとほぼ互角の戦いだった……だから、彼らは人間の力を借りたんだ。人間には不思議な力があるようでやつらの部隊も強くなっていて、苦戦を強いられている。だから、恵子の協力してもらいたいというわけだ」
私は体を起こす。
「なるほどね……悲しいことだけど……負けるわけにはいかないものね」
「正直言うと、僕も戦いは好きじゃない……やむおえないことなんだ……」
ジャックは立ち上がった。
「とりあえず、今は何にも起こらないようだから、僕の家へ行こう」
「え、うん」
私は立ち上がり、ジャックに連れられ丘を下る。丘を降りていたときの吹く風が気持ちよかった。やがて、ふもとに着いた。
「ちょっと待っていて」
「うん」
ジャックは私にそういうと一軒の家に入った。
「何だろうな……」
十分ほどしてジャックが戻ってきた。
「遅くなってごめん。それじゃあ、行こう」
私はジャックの後について歩いた。
「あれ?そこじゃないの?」
先ほどジャックが入った家を通り過ぎる。
「ああ、ここじゃないよ」
「そうなんだ」
私は少し気になったが、何も知らないここではうかつな行動はできないのでジャックの後をついて歩くことにした。それでも、歩いて十分もしたら目的の家に着いた。
「ここだよ」
その家は私にとっては大きな犬小屋という印象を受けた。入り口が一つあるだけで他に変わったところはない。家の中に入る。
「きれいな家だね」
「そうかな?」
「うん」
ジャックの家はとても整理整頓されていて、少なくとも私の部屋よりはきれいな家だった。私はジャックに促されていすに座る。ジャックもいすに座った。
「戦いが始まるまではゆっくり休んだほうがいい。すぐに戦わなきゃいけないってことはないと思うから……」
少々自信がなさげにジャックは言った。そんなジャックの言葉に対して少しだけ不安を感じたが、いまさら戻ることはできないと思い一層力を入れようと思った。ふと、外を見ると雪が降り出していた。
「この世界でも雪が降るんだ」
「丁度、冬だからね、雪はきれいだから好きだよ」
「そうだね」
このときばかりは和やかな雰囲気が私たちの間に流れていた。そのまま日が暮れて、私たちは眠りにつくことにした。
「ごめんね。この世界には人間界にあるようなものはないからこのまま床に眠るんだ」
ジャックが申し訳なさそうに言う。
「ううん、大丈夫よ」
私は笑って返した。私たちはそのまま床に寝た。やはり、すぐには慣れず何回か寝返りを打つ。そのたびにジャックに心配してもらっていたがやがて落ち着いてきて眠りについた。

 翌日、昨夜降っていた雪が積もっていた。私は子供のようにはしゃいだ。
「雪が積もっている。うわ〜」
私の住む町にも雪は降るのだが、積もるほど降ることは滅多にない。だから、雪が積もっていて楽しかった。
「恵子、あんまり遠くへ行かないでくれよ」
「分かっているわよ」
ジャックが外に出てきて言う。ジャックは寒そうな感じで中に入った。
「やっぱり、猫はコタツで丸くなるのかな?……なんてね」
私は少し笑った。家から五十メートルほど離れたところにいたがさすがに寒くなってきたので戻ろうとしたその時、辺りに強い風が吹いた。その瞬間、強風の中から一匹の犬が出てきた。ジャックと同じように二足で立っていた。いつの間にか辺りは風に覆われ動くことができなかった。
「恵子さんですね。お待ちしておりました。一緒に来ていただきます」
「え?……ちょっとやめて……ジャック!」
私は、危機感を覚えジャックの名を呼んだ。だが、この強い風に包まれていることにより、外に全く聞こえていないようだった。
「外には全く聞こえていませんよ。一緒に来ていただきます」
「や、やめて……私が一体何をしたって言うの……」
「心配しなくても結構です。貴方には傷一つつけるつもりはありませんから。では、行きましょう」
その犬が言った後、風が私を包み、そのまま頭が真っ白になってしまった。

 辺りが、元のように静かになる。強風に気づき、ジャックは外に出たが何もできなかった。ジャックはその場に崩れた。
「恵子……くそ!犬族の仕業か!」
ジャックが地面を叩く。先ほどの風のせいで雪が全てなくなっていた。ジャックは何もできなかったという悔しさでいっぱいだった。数分の間、辺りに静寂が走った。この辺りには他にも猫族がいるのだがその気配が全くない。ジャックは他のやつも連れて行かれたのではないかと思った。急に孤独感を感じていた。
「行くしかないか……」
ジャックは呟き、犬族が住む森へと走り出した。

 ひんやりとした冷たさに私は目を覚まし、寒かったので身震いをした。私は目をこすりながら辺りを見渡す。
「ここは……」
私は一つの広い部屋にいた。部屋にはきれいな観葉植物と机といすがあるだけで整然とした部屋だと思った。部屋には大きな窓があり、吹いてくる風が気持ちよく感じられた。
「お目覚めになられたようですね」
入り口のほうから声がしたので私はそちらを見た。そこには、先ほど私を連れて行った犬がいた。犬は凛とした態度で立っていた。
「あ……やめて……」
私は先ほどの恐怖がよみがえり後ずさりした。
「心配なさらなくても結構ですよ。何もしませんから」
犬はそう言うと部屋の中に入ってきた。私は最初おびえていたが、犬が持っているものに気づき驚いた。
「それ……私の……」
私は震える指で犬の持っているコートとマフラーを指差した。
「ええ、手下の方に頼みまして、貴方の住む家から持ってこさせました。この世界は寒いですからどうぞこれを着ていてください」
犬は私のそばに来て、私にコートとマフラーを渡した。私はそれを受け取り着る。暖かくて気持ちがよく顔がほころんだ。
「貴方の笑顔は素敵です」
犬は私に向かって呟いた。私は顔に熱を帯びてしまった。
「そ……そんなこと言われても困るわ」
私は顔を背けた。犬は少しだけ笑った。
「すいません。つい本音を……申し遅れましたが、私はジョン=フィールドと言います。ジョンで結構です。貴方は水野恵子さんでよろしいですよね?」
私は小さくうなずいた。
「では、後ほどお伺いします」
ジョン=フィールドは部屋から出て行こうとした。
「待ってください」
私は叫んだ。それに気づきジョン=フィールドが振り返る。
「どうしましたか?」
「あの……ジョンさん。何故、私をここに連れてきたのですか?理由を教えてください」
私はあせる気持ちでいっぱいだったがジョンに尋ねた。
「そのことですか……簡単に言えば……私たちにとって貴方が必要だということです」
「まさか、それって……」
私には思い当たる節があった。それを思い出しうつむいた。
「もう貴方も知っているはずでしょう。貴方が飼っていた猫……彼が貴方をこの世界へ連れてきたのなら……」
ジョンはじらすように私に言った。絶対知っているんだと私は思った。
「でも、私は……」
「私たちは貴方を危険な目にあわせたくない……あくまで協力をしていただきたいだけです」
ジョンは私をなだめるかのような優しい声で言った。少なくとも私は犬に対して悪い印象はなかった。
「その内、その猫もこちらに来るでしょう。そのときまでに決断してください……その猫から話を聞いているならこの話も知っているでしょうから話しますが、私たち……犬族とでもしておきましょう。犬族には人間がついています。念のため言っておきますが貴方と同じくらいの年齢で女性です……私もこんな偶然が起こるとは思っていませんでした。その方とは後で会っていただきます。では、改めてお伺いさせていただきます」
ジョンはそう言うと部屋から出て行った。広い部屋に私一人だけしかいないのは寂しさを感じさせた。
「ジャック……」
私はジャックの名を呟いた。無意識のうちだったのだろうけどふと口に出た。私は横になった。天井しか見えなかった。
「何でこうなったんだろう……私はどうすればいいんだろう……」
今の自分はどっちの味方をすればいいのか分からなかった。ジャックの言っていたことが本当ならばジャックの方に味方をしなければいけない。だけど、ジョンが悪い人のようにも思えなかった。とりあえず、ここからもといた場所へ戻るのは無理だろうと考え、ここにおとなしくいることにした。

 どれくらい時間がたっただろうか。この部屋には時計がないので不安になっていた。ジャックが来る気配がほとんどない。ジャックが来たらジョンたちはどうするのだろうかと気になっていた。恐らく……そんな考えしかなかった。今の状況ではそう考えるのが自然だった。そんな風に思っていたとき、ジョンの声が聞こえた。
「恵子さん、入ってもよろしいでしょうか」
「いいわよ」
私は素直に受け入れた。ジョンは一人の女の人を連れていた。
「さっき話していた人を連れてきました。私はこれから忙しいので簡単に話でもしておいてください。では、恵子さん、真紀さん、失礼致します」
ジョンはそそくさと部屋から出て行ってしまった。女の人が私に近づいてきた。そばまで来て誰だかが分かった。
「あ、あなたは……」
私は驚いた。それはその女の人……正確に言えば女の子を知っていたからである。その女の子も私が誰だか分かったらしい。
「恵子さん?」
私は驚きを隠せないままうなずいた。
「そう……貴方だったのね……」
「ねぇ、どうして真紀がいるの?先月末から学校休んでいたけど……もしかして……」
彼女は私のクラスメートで私の唯一の味方。周りからいじめられているときも助けてくれたりしてくれた人。先月末から学校に来なくなり私に対するいじめは強くなった……。真紀はうなずいた。
「そうよ。私も最初は意味が分からないまま連れられて……。気づいたらこんなことになっていた……。どうやら、犬が猫の世界を侵そうとしているようだけど、それに人間の力がいるって言うのがいまいち分かっていないのよ」
真紀は少し曇った顔をしていた。私は真紀に聞いた。
「真紀は犬側の味方なの?」
真紀は少しだけ間を置き
「多分……」
聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。
「私は、さっき貴方と一緒にいた犬に連れられてここまで来たんだけど……私をこの世界に連れてきたのは猫のほうなのよ」
真紀は私の顔を見た。
「それって……犬に連れ去られたってこと?」
「どうやら、そうみたい……」
私と真紀は黙り込んでしまった。真紀も私と同じような状況で連れてこられたんだと分かり、ますます不安になってきた。私達はとりあえずその場に座った。ますます謎が深まってしまった。恐らく、犬族は二人の人間の力を使って確実に猫族の世界を侵そうとしているのだろうと思った。今はそれぐらいしか考えられなかった。私はジャックのことが心配で仕方がなかった。犬族のやつらに倒されていなければいいと願った。
「もしかしたら……私たちも戦うことになるのかな……」
真紀が呟いた。私は横目で真紀のことを見た。真紀は悲しそうな表情をしていた。私は真紀から目線を外した。あんな真紀の顔を見たくなかったからだ。私もその考えは浮かんでいた。真紀は犬側につくのだから私が猫側についたら必然的に戦うことになる。私は複雑な心境になった。私は真紀の言うとおり犬に連れ去られた。この世界に連れてきたのはジャックで、協力をしてもらいたいと言っていた。私たちが戦わなきゃいけないなんて……。何となくそういう感じでジャックは言っていたが、本当にこうなるとは思っていなかった。今、冷静に考えると人間の力が彼らにとって大きな影響を与えるのなら犬族が人間の力をさらに欲しがるのも理由が分かる
「たとえ、そうなったとしても私たちは友達だからね」
私は真紀のほうを向き言った。真紀は私を見てうなずいた。私たちは少し笑った。私も少しは心が軽くなったような気がした。その時外から叫び声が聞こえた。私たちは驚いて窓から下を見た。外には数匹の犬とジャックがいた。
「ジャック!」
私はジャックに向かって叫んだ。ジャックは気づいた様でこちらを一瞬見たがそれどころではないことが分かった。犬たちの手には剣があり、ジャックも剣を握っていた。
「すぐ行く!」
ジャックは私に向かって叫ぶと剣を掲げた。相手もそれに合わせて剣を掲げた。刹那、剣がぶつかり合う音がして、すぐに静かになった。ジャックはこの城の入り口に向かって走り出した。相手の犬はその場に倒れた。
「すごい……」
私はジャックのすばやさに驚いた。目で追うことができなかった。それと同時に危機感も覚えた。これから始まるんだという恐怖感があった。部屋の入り口のほうから声が聞こえた。
「恵子さん、猫が来ましたがここへ通してもよろしいでしょうか?貴方か決断するまで私たちは手を出しませんから」
ジョンだった。最初から全く変わらない丁寧な口調。私は軽くうなずいた。
「それでは、しばらくお待ちください」
ジョンは部屋から出て行くとすぐにジャックを連れてきた。ジャックは少々怒っているようだった。
「一体どういうことだ!」
「彼女がここに連れてくるようにいったんですよ。大丈夫です、彼女が決めるまで手出しはしませんから」
ジョンはジャックのことはお構いなしに冷静に言葉を返していた。
「恵子大丈夫なのか?」
「……大丈夫」
ジャックが心配そうに私に聞いてきて不安がらせちゃいけないと思い答えた。
「恵子さん、そろそろ決めてもらいたいです。どうしますか?」
ジョンが私に聞いてきた。ジャックは何のことだか分からないようで
「どういうことだ」
私に聞いてきた。私は事情を説明した。
「そう言うことか……卑怯な手を使うようになったな」
ジャックはジョンに向かって言った。ジョンは相変わらず冷静だった。
「貴方が決めることではないでしょう。恵子さんがどうしたいかが優先されるはずです」
ジャックは黙ってしまった。私は答えに困ってしまった。ジャックのことを助けたいが、真紀やジョンと戦わなければいけないことを考えると……。よく分からない感情がこみ上げてきた。
「ねぇ……」
「両者が仲良くなることはできないの?」
私が言い出すより先に真紀が聞いた。ジョンは冷静だった。
「それは無理です。残念ながら私たち犬は猫に対して、猫は私たち犬に対して敵対心を持っているんです。これは昔から変わっていません。だから、無理でしょう」
私はジャックに聞いた。
「ねぇ、ジャックはどう思っているの?やっぱり戦わなければいけないの?」
ジャックは少しためらっていたが私のほうを見て
「僕は……戦う」
私はその言葉を聞き納得するしかなかった。私にはジャックの意見を変える権限はない。これがジャックの気持ちだと素直に受け止めた。私は自分の答えを出した。
「私は、ジャックと一緒に戦う」
ジャックはありがとうと私に言った。ジョンは相変わらず表情を変えず、真紀は落ち込んでいるようだった。
「そうですか。では、強硬手段をとらせていただきます」
ジョンはそう言うと、ぱちんと指を鳴らした。
「え……」
その瞬間、連れていかれたときのように強風が吹いた。私はまたどこかへ飛ばされると思った。
「ジャック!」
私は叫んだ。
「恵子!……貴様!」
ジャックの叫ぶ声がした。どうやら、ジョンに攻撃しているらしく鈍い音が聞こえた。
「仕方ありませんね。戦いは好きじゃないんですけど……」
ジョンはそう言った。私には何も見えないが嫌な予感がした。その後、金属のぶつかる音が聞こえた。両者が戦い始めたんだと分かった。それが分かってから私の記憶は遠ざかっていった。

 私は鉄格子に囲まれた部屋……牢屋にいた。先ほどの風で連れてこられたのだろう。さっきまでいた部屋と違ってじめじめしていて寒い。私はコートを着ていたので少しは寒さをしのげたがそれでも寒いと思ってしまうほど寒かった。私はここから出ることは無理だろうと悟った。牢屋の鉄格子は軟体な猫でも通ることは無理なほどの狭さだった。広さだけはちゃんとあってこの中にいて狭いなんてことはない。
「ジャック……」
私はジャックのことが心配だった。これからどうなっていくのだろうかと不安と嫌悪を同時に感じた。もう、こんなことは嫌だと思ったところで無駄だということは分かっているが、この気持ちを抑えることはできなかった。自分はどうなっちゃうのだろうか……。この戦いに巻き込まれている私も真紀も……。真紀は多分あの部屋にいるのだろう。それならなおのこと間近で二匹の戦いを見ているのだ。いつ、巻き込まれるか分からない。自分にはどうすることもできない……。近くにいてあげることも協力することもできない……。私は自己嫌悪に陥っていた。私はその場に呆然といるだけだった。何の音もしないこの牢屋の中で孤独感を受けていた。人間界にいた自分のように……。寂しさを感じるだけだった。

 突如、その静寂を破る音が聞こえた。叫ぶ声が聞こえた。
「恵子!……どこにいるんだ?」
ジャックの声だった。私は狭い鉄格子の隙間から外を見る。そこにはジャックの姿があった。ジャックの体には血がついていた。
「ジャック!ここよ!」
私は必死に叫んだ。ジャックは気づいてこちらに寄ってきた。
「待って、今開けるから」
ジャックはそう言って手を動かして何かを言っていた。その瞬間、鉄格子が壊れ出られるようになった。
「大丈夫か?」
ジャックは私の手を引いて起き上がらせた。私は大丈夫とジャックに言った。
「急いで逃げるよ」
ジャックは私に手を引っ張りその場から走って逃げた。階段を駆け上がり出口に向かう。
「ジャック、一体どうなったの?」
「戦ったよ」
ジャックは一言だけ言った。走りながら続けて
「君をここに連れてきたのは間違いだったね。ここまでひどいことになるとは思わなかった……」
「ううん。そんなことないよ」
私は首を横に振り言った。やがて、長い階段を上りあがり、出口が見えてきた。そのまま走り続けようとした。だが、目の前の光景に足を止めてしまった。
「そんな……」
「しまったな……」
私とジャックはまずいと悟った。入り口にはたくさんの犬族がいた。しかも全員剣を持っている。そのたくさんの犬族の中からジョンと真紀が出てきた。
「貴様……生きていたのか」
「真紀!」
私は叫んだ。だけど、真紀は表情を変えなかった。少なくとも先ほどまでの真紀とは違うと感じた。
「おや、知らなかったのですか?人間には我々にとって治癒力を与えると共に新たな力も与えてくれる。いいものですよ」
ジョンは冷笑を浮かべていた。私はここで初めて怒りがこみ上げてきた。私は叫んだ。
「真紀に何をしたの!」
ジョンは表情を変えなかった。
「いつまでも人間を信用していることはできないですからね。軽く操らせてもらっているだけです」
私は怒りと同時に恐怖感を覚えた。こんなことをするとは思っていなかったからだ。
「だから、今の私と貴方が戦っても結果は互角でしょう。だから、別の方法を考えたんです。新しい方法をね……」
ジョンは冷静に言った。ジャックは私の手を引き、逃げようとした。しかし、すぐに犬族に囲まれてしまった。
「逃がしませんよ。貴方たちは役に立ちそうですから……」
私は今の状況に愕然として座り込んだ。
「恵子……どうするつもりなんだ?」
ジャックはジョンに聞いた。この状況では逃げるのは無理だと思ったのだろうか落ち着いた声だった。
「おとなしく捕まるのなら何もしません。さっき言いましたけど私は戦うのが好きではないんですよ。血を見るのも嫌いです。猫の住む世界を渡す。それが条件です……要するに貴方たち猫族には犬族になってもらう。そのように変化させる技術は既にありますので心配しないでください……どうでしょうか?ジャック……いや、ジャック王子」
私はジョンの言葉を聞き驚き、ジャックの方を見る。ジャックは私から目線を外した。
「ジャック、どういうこと?」
「……」
ジャックは口を開けなかった。
「ジャック王子、その娘に何も言っていなかったようですね。どうして隠したんですか?それについては興味がありますね」
「ジャック!ちゃんと説明して!」
私が叫ぶとジャックが振り返った。
「ごめん……僕は猫界の王の子供……昔に父は亡くなっているから正確には王だけど……明かしたくなかった……それだけ」
ジャックが言い終わるとジョンが軽く笑った。
「貴方のお父さんは亡くなってはいませんよ。昔に、我々犬族が捕まえてそのままですよ」
「何だと!」
ジャックはジョンに掴みかかろうとしたが瞬間的に周りにいた犬族がジョンの体に剣を突きつける。
「う……」
ジョンの体がこわばったのが分かった。私は改めて今の状況の恐ろしさにうろたえた。
「もう嫌だ……」
私は涙を抑えられなかった。怖くて仕方がなかった。
「さあ、どうするのですか?」
ジョンは確認するようにジャックに聞いた。
「う……分かった……その代わり、恵子とその真紀は人間界に戻してくれ」
ジャックはジョンに懇願していた。私は泣きながらそれを見ていた。
「……それでは……」
ジョンはそう言うと大きな風を起こした。先ほどと同じように私は意識を失った。

 そこで目が覚めた。どうやら、夢だったらしい。だけど、ベッドの中にはジョンはいなかった。
「ジョン!どこにいるの?」
「ワン」
「え……」
聞きなれない犬の声がした。私はベッドの下を覗いた。ベッドの下には子犬がいた。
「まさか……この鈴……」
その子犬には青い鈴がついていた。私がきれいだと思ってジャックにつけていた鈴だった。その時、子犬の声が変わった。
「恵子……君だけでも助かってよかったよ……僕はこれでよかったんだと思うよ……怖い目にあわせちゃってごめんね」
「ジャック!ジャックなの?」
その子犬はジャックの声で話した。私はその子犬を揺らす。
「君に最後の思い出として……その犬を残すよ……恐らく僕は……そんな風な犬にされるんじゃないかな?……命には代えられないから……こうするしかなかった……」
「そ、そんなこと……私、今から戻るから」
そのとき、ジャックの声が乱れた。
「……こんなものいつの間に持っていたんですか……あきれたものですね」
子犬の声がジョンの声に変わった。私は声を出さないようにした。
「おや……相手は恵子さんでしたか。貴方にはもう一度来てもらいます」
ジョンは相変わらず冷静な口調だった。私はまた恐怖がよみがえってきた。
「い……嫌だ……」
私は部屋から出ようとした、だけど遅かった。
「え……そんな……」
部屋のドアを開けた。私の目の前にはジョンがいた。ジョンの足元には倒れているジャックがいた。場所も元の場所に戻っていた……。
「ちょっとミスをしましてね。誤って人間の世界に戻してしまったようで。私は貴方を戻す気なんてありません。貴方も犬族になってもらいますから」
ジョンは言い終わった後、私に何かをかけた。私は思わずむせた。
「な……何するの!これは……何?」
「大丈夫です。ただの催眠スプレーですから。死ぬようなことはありません」
ジョンは表情を変えずに言った。
「催眠……そんな……ね……むい……」
私は眠気に襲われその場に寝てしまった。

 それからどうなったのだろうか……。少しだけ音が聞こえて目を覚ます。自分の体を見た。
「……」
絶句した。私の体は犬のようになっていた。これは夢じゃないかと思い、頬をつねる。
「痛い……」
信じられなかった。いや、信じることはできないだろう。夢ではなかった。全身犬のように毛で覆われ、頭を触ってみると大きめな耳がついていて、尻尾もあった……。今の状況を理解できなかった。私は辺りを見た。一つの部屋の中にいることが分かった。この部屋もほとんど何もない部屋だった。部屋の中に二匹の犬がいることに気づく。
「……」
二匹の犬は寝ているようで規則的な寝息を立てていた。私は一匹の犬の耳を触る。
「ん……誰だよ、触っているのは……」
この声……私は聞き覚えがあった。いや、ついさっきまで聞いていた声だった。
「ジャック!」
私は大声を出す。驚いてその犬は飛び起きた。
「うわ!な、なんだ……うそ……恵子なのか?」
「やっぱりジャックなのね」
ジャックはうなずいた。私はうれしかった。
「よかった……無事で……」
私はうれしさのあまりジャックを抱き寄せた。ジャックは驚いた表情で私を見た。
「恵子……君の体……」
「……どうやら、遅かったみたい……」
私は少しうつむいた。それでもジャックに再会できたことのほうがうれしかった。
「僕も……あの後、眠らされてこの姿に……でも、恵子には……」
「私は仕方がないと思っているの……自業自得って言うのかな……こうなったのも自分のせいだからさ……」
私は少し無理な笑顔をジャックに見せた。ジャックにもそれが作り笑顔だということが分かったらしい。
「無理しなくていいよ……辛いなら泣いてもいいんだ」
ジャックは優しい声で私に言った。私は言われたとおり我慢せずに泣いた。ジャックは優しく私の流した涙を拭ってくれていた。
「ん……うるさいな……」
もう一匹の犬が目を覚ました。私はその声を聞き泣き止んだ。
「……真紀?……」
私は信じられなかった。その犬の声は真紀の声だった。
「……恵子なの?……これは……」
真紀は私のほうを見てから自分の体に視線をずらした。真紀も自分も犬にされたことに気づいたらしい。私のほうを見て泣き出した。
「恵子……何でこんなことに……」
真紀は泣きながら私の腕にすがった。
「真紀……」
私は真紀を慰めてあげながらこのことについて考えてみた。
「領土を広げたいだけだったら人間までも犬に変える必要はないはずだが……」
ジャックが呟いた。私の考えていたことも同じだった。犬が猫の世界を侵すだけだったら人間まで巻き込む必要はないはずなのだ。なぜなら、この世界と人間の住む世界は全く別の空間にあるから。
「無事、成功したようですね」
部屋の入り口からジョンの声がした。ジョンは部屋の中に入ってきて、すぐそばまで近づいてきた。
「僕はともかく、何で彼女たちもこの姿にしたんだ」
ジャックは少しおびえ気味でジョンに聞いた。
「簡単なことですよ。彼女たちはこの世界のことを知ってしまったからです。貴方だって困るはずですよ?」
むしろ逆にきょとんとした表情でジョンはジャックに聞いた。
「……そういうことか……」
ジャックは呟いた。
「分かっていただいたようですね」
「ああ……」
それ以来、ジャックはしゃべらなくなった。どういうことなのか聞こうとしたがジャックの表情を見て、聞くことはやめることにした。
「ここにいてもらうことになりますので、このような姿にしました。戻りたいのなら……戦わざるをえないのですが……お互いにそれは避けたいでしょう」
私はジャックが返事をするまで待った。ジャックの返事は思いもかけない言葉だった。
「ここにいるよ……」
ジャックは呟いた。私はジャックの言葉に愕然とした。
「ど……どうして……」
「……恵子……命に代わるものはない……そのうちにここでの生活にも慣れるだろう。僕だって、初めて人間の世界へ行ったときはこんな感じだったから……」
ジャックが言った言葉。確かにそうなのかもしれないと自分でも思ってしまった。人間の世界にいてもまたいじめられるだけ……。それなら、この世界でジャックや真紀と一緒にいるほうがいい。私はそのほうがいいと心のうちではそう思っていた。私は真紀の様子を見た。真紀は私の視線に気づいたのか顔を向けた。真紀は私を見ると安心したような表情になった。私は真紀とジャックを失いたくなかった。どんな形であろうと二人と過ごせるなら私は幸せだと思う。私は決めた。
「ここにいます」
その言葉に真紀は驚いてはいなかった。私のほうを見て微笑んでいた。真紀もこのことに同意したようだった。ジャックもまた私のほうを見て微笑んでいた。みんな考えていることは同じだと思う。どんな形であれ、一緒にいることのできる仲間がいれば幸せだということ。私はそのことを知ることができた。
「そうか、よかった。私は傷つけたくなかった。これからよろしくな」
いつもと違うジョンの口調。馴れ馴れしいといえば馴れ馴れしいのだが、それでもぎこちない口調で言ったジョンに少し笑った。
「慣れていないんですよ……今みたいなしゃべり方……」
ジョンは照れくさそうに言った。ジョンも本当は悪いやつじゃないということが分かった。ただ誰かに相手にしてもらいたかっただけ。私と同じように孤独感に負けそうになっていただけ。孤独感がなくなれば変わる。そう思えた。

 あれから、どれくらいたったかは分からないが、春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て……。また、春、夏、秋と過ぎていき、それから二度目の冬が来た。ジャックの言っていたとおりここでの生活にはすっかり慣れることができた。食べられるものもあるし、仲間もいる。最初は食べるものが人間と違ったことには驚いたが少しずつ慣れていくことができた。何よりも仲間の存在が大きかった。ジャックに真紀、そしてジョン……。他にもここの世界でできた友達もいる。私にとって仲間が心の支えになった。人として生きるよりも楽しい。そう思えるようになった。初めて捨て猫だったジャックを拾った日から今日までのことは運命だったのかもしれない。私はそう思っている。捨て猫だったジャックを拾って、家で育てて、二週間もしないうちにジャックの正体を知ってしまった。そのときは驚いたけど同時にどきどきしていたのかもしれない。何かが起こりそうな予感がしていたのかもしれないと今なら思える。ジャックの故郷へ行き、すぐにジョンに会い、連れて行かれて、そこで真紀と会った。このときの私は驚くことしかできなかったが、これも運命だったのかもしれない。ジャックとジョンが戦い始め、私は捕まり、すぐにジャックが助けに来て……また、捕まりそうになり……犬に変えられて……今に至る。今思うと何であの時あんなにもめちゃったんだろうと思っている。でも、そんなことがあったおかげで今の私がいると思う。見た目じゃない……中身の問題。怖がる必要はなかったんだ。人間じゃないといけないなんて理由はどこにもなかったのに、人間という限定された範囲内しか駄目だと思っていたのに、今は違う。どんな形であろうと仲間がいることは心の支えになる。私はそう実感した。そんな事を思いながら体を起こす。窓からは雪が降っているのが見えた。犬族なので全身の毛がとても暖かく感じられた。
「恵子さん、外へ行きましょう。皆さん待っていますよ」
部屋の入り口から声が聞こえた。いつもの口調。時々彼自身気にしているようだけど、私は全然気にしていない。むしろ、それが彼らしくて好きなところでもある気がする。
「今、行く」
私はジョンにそう言い、ジョンと一緒に部屋から出た。外に出ると地面には雪が積もっていて、空からは雪が降り続いていてとてもきれいだった。ジャックが大声で呼んだ。
「恵子、みんなで雪合戦しよう」
「……あれ?真紀は?」
私は真紀がいないことに気づいた。
「真紀ならあっちで雪だるま作っているよ。子供たちと一緒に」
ジャックが指差した方を見ると真紀が数匹の子供たちと一緒に雪だるまを作っていた。私はそれを見てほほえましい気持ちになった。
「真紀らしい……」
私は呟いた。
「どうするの?恵子は雪合戦するの?」
ジャックが聞いてきたので私は首を縦に振った。ジャックはうれしそうな顔をした。
「それじゃあ、一、二、三、四、五……あと一人いれば……あ、いたいた」
「え?」
ジャックは私とジョンを連れて行った。
「ま、待ってください、雪合戦は得意じゃないんですよ……」
ジョンは少し抵抗したが無駄だった様だ。ジャックがジョンに向かって軽く雪玉を当てた。ジョンはジャックのことをにらんだ。
「私を本気にさせたこと、後悔させてあげますよ。恵子さんとシュンさん、私のほうについてください」
私はそう言われ、ジョンの方に行く。同時にシュンもジョンの方についた。シュンはこのメンバーの中では一番すばしっこい。
「……何か、怖いけど……負けないからな」
ジャックの方にも二匹がつき、雪合戦が始まった。
「負けないからな」
「少しは作戦を立てたらどうですか?このようにね」
ジョンは上手い具合に私とシュンに指示を出して相手のエリアに入り、二匹を倒した。
「さあ、後は貴方だけですよ」
ジョンはジャックに向かって叫び、雪玉を投げる。その雪玉は見事にジャックに当たった。私とジョンとシュウはお互いに喜び合った。ジャックは悔しそうな表情で言った。
「も、もう一回勝負だ」
「何回やっても同じじゃないんですか?」
「かまわない、行くぞ!」
「望むところです」
こうして、楽しい雪合戦は続いていった。

今の私が思っていること。やっぱり、仲間と一緒にいることができること。これが一番幸せだと思う。どんな形、どんな状況であっても仲間がいることが幸せだと思う。雪はやむことなく降り続き、それと同じように私たちの過ごす時間も過ぎていった。














ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう