世界の滅びと桃太郎。あとプロポーズ
「あるところに、お爺さんとお婆さんがいると仮定してくれ」
「いきなり仮定の話からかい」
「お爺さんは山に芝刈りへ行き、その帰りに川で洗濯をして家に帰るほど優秀だった」
「ずいぶんハイスペックな爺だな」
「お婆さんはその間、家でずっとネトゲをしていた」
「婆さんもちっとは働けよ」
「ある日、お爺さんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこっことお婆さんが流れてきた」
「婆さんに何があった!?」
「お婆さんは記憶を失っていた」
「だから何があったんだよ!?」
「お爺さんは記憶を失ったお婆さんを桃太郎と名付けた」
「いや、ちゃんと本名で呼んでやれよ」
「桃太郎と名付けられたお婆さんは、家でネトゲをして暮らしていた」
「変わらねえな」
「ある日、桃太郎お婆さんは旅に出ることにした。自分探しの旅だ」
「鬼退治じゃないのかよ」
「お爺さんは桃太郎にきびだんごを渡した。その日のオヤツになった」
「初日で食べ尽くしたか」
「桃太郎は旅の途中で犬に出会った。ケルベロスだ」
「いきなりすごいのに出会っちゃったな!」
「桃太郎は三日三晩に渡る死闘の末に犬を倒し、軍門に下した」
「婆さん、すげえ!」
「その後、桃太郎は猿に会った。プロゴルファーだった」
「懐かしいな、おい」
「年棒一億で仲間にした」
「こっちは平和的だ」
「お爺さんの借金にした」
「爺さん、知らない間に高額債務者になっちゃってるよ!」
「一人と二匹は、それから雉に会った。鳥だ」
「まあ、紛う事なく鳥だな」
「死んだ」
「いきなりだな!」
「火葬にしたら灰の中から甦った。フェニックスに進化した」
「怒濤の展開だ!」
「お爺さんはそれを三メートル後ろの物陰から、ただじっと見守っていた」
「普通に付いていけばいいじゃん!」
「ここまでに八年かかった」
「爺さんの借金が八億に!」
「お爺さんは途中で飽きて帰った」
「薄情だな。それよりも借金は大丈夫なのかよ」
「さらには若い後妻を貰い、ネットビジネスで大儲け」
「無事に返せそうだった」
「その頃、桃太郎は自分の将来に不安を覚えていた」
「もう、かなりの年寄りだけどな」
「その不安をネトゲにぶつけた」
「またかよ!」
「桃太郎はボイスチャットで鬼の話を聞いた。退治しに行く事にした」
「ようやく本筋に戻ったな」
「犬と雉を引き連れて旅に出た。猿は引退していた」
「そりゃ八年も経ったらな」
「桃太郎たちは鬼が島に向かった。六本木ヒルズの上層階だ」
「すでに島じゃないよね」
「そこにいたのはブラック企業の社長として君臨し、低賃金と非正規雇用で若者たちから夢と希望を奪うお爺さんだった」
「ダークサイドに堕ちていた!?」
「桃太郎たちとお爺さんは戦った。しかし、お爺さんは彼らの攻撃を物ともしないほどに強かった」
「ケルベロスやフェニックスよりもか!」
「その時、お婆さんは失った記憶を取り戻した。そして思い出したのだ」
「お爺さんと夫婦として過ごした時間か」
「課金に課金を重ねた、ネトゲの四千時間を」
「課金厨の上に、かなりの廃人だった!」
「互いの絆を取り戻しても、もはやその戦いは個人の意思では止められなかった」
「どんだけ大規模になっちゃってるんだよ」
「その戦いは人類最終戦争:《神々の黄昏》と呼ばれた」
「もはや大規模どころの話じゃねえ!」
「最後に立っていたのは、お爺さんとお婆さんだけだった」
「人類は果たして無事なのか」
「すでに後戻りできない二人は、とどめを刺すため必殺の一撃をぶつけ合う」
「壮絶な夫婦喧嘩だ」
「そこに割り込む一つの影」
「ま、まさか……!」
「お爺さんと後妻の間に生まれた一人息子だった」
「むしろ修羅場だろ、それ!」
「瀕死の重傷を負った子供を前に、お爺さんとお婆さんはようやく自分たちの過ちに気付いた」
「もう少し早く気付いておこうぜ」
「崩壊し、もはや滅びを目前とした世界から彼だけでも救うため、お爺さんとお婆さんはその子を異次元転送装置に乗せた」
「いつの間にか大惨事になっちゃってたし!」
「装置は別世界に無事転移し、川へ落ちた」
「よもやこの展開は……」
「流れていく装置は、ネトゲをしない希有なお婆さんに拾われた」
「やっぱりか! つうかネトゲ廃人じゃないのが普通だろ」
「桃太郎と名付けられた子供が老夫婦の元で健やかに育って行く姿を、滅びゆく世界からお爺さんとお婆さんは見守る」
「よくよく思えばすごい技術だよな」
「その手は互いにしっかりと、固く握りしめられていた」
「最後は切なくも良い話になっちゃったよ!」
「——そんな夫婦に私は君となりたいと思うのだが、いかがだろうか?」
「心から遠慮しとく」