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男爵令嬢と王子の奮闘記 作者:olive

5章:永久の別れ

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52/61

52.☆手紙

2015年11月修正済み
 クライシスの家の嫡男の訃報は、すぐさまレインの耳にも届いた。

「おい、そんな馬鹿な…………、嘘だろう!?」

 昨日会った時はあんなに元気だったのに。俄かには信じがたい話だったが、レインはほとんど着の身着のままの状態で飛び出すと、急いでクライシス家に向かった。

 いつもよりも馬車のスピードが遅い気がする。もっと早く! と思わず御者を急かしたが、これが最大限のスピードだと返された。
 とにかく早くあいつに会いたい。そうだ、どうせいつものようにからかってるだけだろう? 昔から彼はそうだった。いたずらしてはあたふたしたレインを見て楽しむ悪趣味な奴だ。
今回もそうに違いない、いや、そうであって欲しい。

馬車が到着すると、出迎えの者が来るのを待つ時間も惜しくて、屋敷の中へ駆け出した。勝手知ったる家なので迷うこともなく、一直線にディーゼルの部屋へと向かう。
扉を開けると、騒々しい屋敷の中で、そこだけは静寂で満たされていた。

「ディー!!」

 そう呼べば、いつもディーゼルは、なんだよレイン、と笑いながら返してくれる。
 だが寝台の上のディーゼルはピクリとも動かない。レインの言葉が聞こえるほど、近い距離にいるのに。

「なあ、ディー。どうせいつものように、人をからかってるんだろ? 俺はもう十分騙されたから、だから……」

 こっちを見てくれ、そう言って彼の元に駆け寄った。

「ディー、聞こえてるんだろう? 死んだフリなんて、縁起でもないからやめてくれ。なぁ、ディー、ディー、聞いてるのか? ……何とか言えよ!」

 すぐ目の前にディーゼルがいる。寝台の上で、瞳を閉じ、静かに眠っている。

「演出が凝りすぎてるぞ、ディー。そんなに長く息を止めて。息していないように錯覚するじゃないか。体だってこんなに冷たい。氷でも体に貼り付けていたのか? 風邪を引くぞ。鼓動だって……っく、どうやっ…て………っ止めたんだよ。お前、気合入り、すぎなん………」

 最後まで言えなかった。

 見れば分かる。これが演技ではないことくらい。
 本当にただ眠っているだけのようで。なのにそこには生気が感じられない。人間の大きさをした人形が、ただそこに横たわっている。

 レインが兄のように慕ったディーゼルは、もういない。
 軽い口調でいつも彼に絡んでくるお茶らけたディーゼルを、もう二度と見ることはできない。
 目を開けてレインを見ることもない。
 子供扱いするように頭を叩くことも、もうないのだ。

 その事実を目の当たりにしたレインは、そのまま彼に縋りつくように泣き崩れた。


  









「レイン様、落ち着かれましたか?」

 少年のような高めの声にレインが顔を上げる。切れ長の美しい瞳は、今はかなり腫れていた。それを心配そうに見つめ、声を発した男はレインの目の前にコトリとカップを置いた。

「これ、ハーブティーです。少し気持ちが落ち着くと思うので。良かったら飲んでください」

 カップからは、リンゴを思わせる甘い香りが漂ってくる。礼を言うと、レインは一口中身を口にした。強張っていた体が少しだけほぐれた気がした。

「すまんな、ラドニア。本当は家族であるお前の方がよっぽど辛いだろうに、こんなにも取り乱して」

 すると、ラドニアと呼ばれた男は首を振る。

「レイン様とは家族同然の付き合いじゃないですか。むしろ、兄の為に泣いてくれて、ありがとうございます」

 ラドニアはディーゼルの弟で、彼より一つ下の次男に当たる。
 どちらかというと地味な顔立ちで、華やかな美貌を持つ長兄とはあまり似ていないが、そう言って微笑む姿は、兄であるディーゼルそっくりだった。

 彼はレインの横に腰を落ち着けると、自分の分のカップをすすった。

「まあ、僕たちは聞かされていましたからね。兄の口から、残りが短いことを。だからある程度、覚悟はできていました」
「心臓の病だったな。いつ分かったんだ?」
「ええ。……医師にかかった時にはもう手遅れだったそうです。分かったのはレイン様の成人を祝う舞踏会の前だったと」
「そうか……。道理であの辺から俺の結婚相手をやっきになって捜してたわけだ」

 そう考えれば、なぜあれほどまでにディーゼルらしからぬ性急、かつ強引な手段でシャナを脅したのかも納得がいく。非人道的な手段を選ぶことは割とあったが、あそこまで酷いことはいつもはしない男だった。

「しかしせめて俺にも言ってくれたら。別れの挨拶すらまともにできなかった」

 昨日書庫室で感じた不安は、間違っていなかったのだ。あれが最後だったかと思うと悔やまれる。

「うーん、きっと兄のことだから、最後まで友人として、普通に接してもらいたかったんじゃないですかね。ほら、知っちゃうとなんか悲壮感漂っちゃうじゃないですか。実際僕たち家族も、どう接していいか分からなくて、ちょっと距離ができちゃったっていうか」
「そうなのか」
「兄は口では全く不安とかそういうこと、おくびにも出さなかったんですよね。実際、本当に死に対する恐怖はなかったような感じでしたけど。でも僕たちはなんだろう。悪く言えば腫れものを扱うような感じ? で、対応しちゃって。だから余計にレイン様には言いたくなかったんだと思いますよ?」

 そういうものなのか、と問えば、そういうものなんです、と曖昧な笑顔でラドニアは返事をした。

「そうか。……ところで、俺をここに引きとめたのは、どんな理由なんだ?」

 カップのほとんどのお茶を飲み干し終わったレインはそう尋ねる。

 本当は大分前にこの屋敷を後にするはずだったのだが、それをこのラドニアが引き留めたのだ。話があると。
 すると彼は柔和な顔を少しだけ引き締め、服の内側から何かを取り出す。

「実は兄から、死後、レイン様に渡してほしいと頼まれたものがあります。これがそうです」
「ディーから、俺に?」

 手を出してレインはそれを受け取る。
 それはただの真っ白な封筒だった。宛名も何も書かれてはいなかったが、後ろにあった署名は確かにディーゼルの署名だった。

「これは、手紙、か?」
「おそらくは」
「…………」

 触れれば相当な厚みがある。紙だというのにずっしりと重い。

「さて。レイン様は良かったらここでゆっくりしてって下さい。僕はこれから色々と兄の引き継ぎとか諸々の準備があるので、先に失礼しますね」
「そうか、忙しいのにありがとうな」
「いいえ、お気になさらず。それに僕がいない方がその手紙も読みやすいでしょう? あ、何かあったら遠慮なく呼んでくださいね」
「分かった」

 それではごゆっくり。 
 そう言い残し、ラドニアは部屋を出る。
 一人になると、レインはふぅと大きく息を吐きながらソファに深く沈みこんだ。
 右手にはディーゼルからレインに宛てた手紙。それを手の中で握りしめながら、思わず独り言を漏らす。

「ったくあいつめ……。こんな紙切れだけで俺との縁を切ろうとはな。友達甲斐のないやつだ」

 それから新しく注ぎ直してもらったお茶を口に含むと、よし、と決心をし封を開けた。

 貰った時に思った通り、重量に見合う分だけの相当な枚数が中には収められていた。一体あいつは何を書き残したのか。
 どうせ俺のこの体質を心配してるようなこととか、これから先のこととか、いや、もしかしたらあいつの女性関係の身辺整理を頼む、とか書いてないだろうな。
そんなことを思いながら、一番上に目を向けた。

『親愛なる幼馴染であり弟分でありかけがえのない友でもある可愛い可愛いレイン』

「可愛いは余計だ」

ひとり突っ込みながら本文に目を通す。

『レイン、今日も相変わらず元気ですか? 俺は残念ながら、お前がこの手紙を呼んでいる時点で死んでるはずなので、元気ではないことは確かです』

 あいつらしいふざけた文面だと、少しだけ頬を緩めながら続きを読む。

『こんな紙切れ一つで、お前との縁を切る、友達甲斐のない人間だと、どうせお前のことだから思ってるはずでしょう。ついでにもう一つ。お前のことだから、どうせこの手紙の内容は、お前自身の体質を心配する内容だったり、これから先のことだったり、もしかしたら俺の女性関係の身辺整理を頼む、とか書いているんじゃないだろうな、とも思っていることでしょう』

 ディーの奴、考えていることが分かるなんて、童話に出てくるような魔法使いかなにかか。

『いいえ、残念ながら俺は魔法は使えません。したがって魔法使いでもなく。お前の思考力がワンパターンすぎて手に取るように分かるだけです』

「…………」

『安心して下さい。女性関係の清算は終わってます。
 下手に残してたら、お前に迷惑をかける……というより、ラドニアが切れるので。 あいつは昔から、怒ると半端なく怖いから』

 そう言って肩をすくめながら悪びれた様子もなく笑うディーゼルの様が、目に浮かぶようだった。

「本当に、どこまでもあいつらしいな」

 死んでもなお、ディーゼルはディーゼルだった。それが、今のレインにとってはとても懐かしく思えた。

 だが、まさかこんな調子で手紙が全て綴られている訳がない。彼がわざわざ自分の死後に、と、書面で残したくらいだ。自分の体質のことや今後のこと、だけではないはずだ。
 なんとなく、シャナに関することなんじゃないか、そうレインは予想していた。根拠などないが、なぜかそう思ったのだ。
 そして、その予想は裏切られない。

『冗談はここまでにしておいて。この事実をお前に話すことは、間違っているのかもしれない。俺のエゴなのかもしれないと……。だが譬えそうであっても、俺はやっぱりお前に話さなきゃならないと思った。これはディーゼル・エルモ・クライシスというより、レイジの意志でだ。粉々に彼女の心を砕いた張本人がこういうのもおかしな話だが、あいつのことを頼めるのはお前しかいないから。お前には余計な苦悩を勝手に課してしまうことになるが、本当に済まない。
 俺はレインに話しておかなきゃならないことがある。こうして死後に、俺の犯した罪を告白することを、まずは謝罪させてくれ。許してくれ、とは言わない。それだけのことを俺はしてしまった。俺が話したいのは、シャナのこと、そして、俺自身に関することだ。突拍子もないことだし信じてもらえないかもしれないが、どうか最後まで読んでほしい』

 そうして綴られていた内容は、確かに、レインにとっては信じ難く、そして想像よりも遥かに重く過酷な事実だった。

「……………」

 どれだけの時間が経過しただろうか。
 あれから全く口をつけていないハーブティーは、既に冷え切っている。
 最後の一文まで目を通し終えたレインは、険しい顔つきのまましばらく目を閉じる。

「……………」

 頭の中がぐちゃぐちゃで、情報がうまく整理できない。自分の知らないところで、まさかそのような事態になっていたとは。

 死後に渡してほしい、とディーゼルが念を押してラドニアにこの手紙を預けたのも納得した。この事実を事前に知ってしまっていたら、果たして自分はどのような行動をとってしまっただろうか。

 他にも様々な言葉にならない想いが彼の胸に去来していた。
 正直レインの頭は混乱しており、今にも破裂してしまいそうなほどである。

 だが、今この手紙を読み終わったあと、真っ先にレインがやらねばならないことだけははっきりと分かっていた。

 レインは立ち上がると、まっすぐ屋敷の外へと向かう。

 会いに行かなければならない。彼女に。

 ディーゼルは既に死んでしまった。しかし、彼女はまだ生きている。
 会って何をしたらいいか、どういう言葉をかけたらいいか、それどころか再び会うことを拒絶されるかもしれない。
 それでも彼はシャナに会いに行かねばならないと。そう思った。

 しかし、会えないかもしれないという心配は杞憂に終わった。
 シャナの部屋の前に行くとそこにはメリダがいて、レインの顔を見るやすぐさま彼女の部屋へと通じるドアをそっと押し開けてくれたのだ。

 レインはメリダに軽く頷くと、中へと足を踏み入れた。
誤字脱字修正しました。
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