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男爵令嬢と王子の奮闘記 作者:olive

4章:宣戦布告

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37.この身に迫る、危険の足音

「シャナ様。何かありましたらすぐにお呼び下さいませ。今夜はレイン様もおりませぬ故」

 私の足の包帯を変え終えたメリダが、枕元に呼び鈴を置く。

「後は寝るだけだから、何もメリダの手を煩わせることはないだろうけど」
「念のためでございます。いつ何時、あなた様を狙う小娘が侵入するとも限りません。ましてシャナ様は今、お一人では動けぬ身。用意をしすぎるくらいでちょうどよいのです」

 今夜はレイン様はどうしても外せない案件があり、城に泊るらしい。なのでここには帰ってこない。
 私が怪我をしていることは超極秘事項で限られた人間しか知らないから、今夜だけ殿下がいなくてもそんなに警戒しなくてもいいとは思うんだけど。確かにこんな状態で襲われたら、まずいような気もするけどさ。
 なのでもしもの事があってはいけないからと、今日の屋敷は特に厳戒態勢である。

「今日は部屋の外にも二人の護衛を配備しております。少しでも異変を感じたらこの呼び鈴を鳴らして下さいませ。私も本日は隣の部屋に待機しておりますから」
「分かりました」

 それからほどなくして部屋の灯りは消され、私は一人、自室に取り残される形となった。
 窓から差し込む薄い月明かりの中、私はもぞっとベッドに潜り込む。
 怪我をしてからレイン様は同じ寝具で眠ることはなかったけど、私の隣にわざわざ簡易式のベッドを用意して、そこで睡眠をとっていた。私が怪我をしたことが公にならないよう普段と変わらない生活を心がけてるからだとか、何かあっても側にいたらすぐに守れるからとか言ってたっけ。
 そんな、レイン様がいない夜。思えばここにきて初めてかもしれない。目を閉じると聞こえてくるのは、私の規則的な呼吸の音だけ。

 別に依存症でもないし淋しがり屋でもないはずなのに。
 一人でこの部屋で過ごす夜が、なんだか無性に寂しく思えた。

 だけどそれも眠ってしまえば気にならないだろう。目を閉じて、次に起きた時に朝ならば。
 静寂の中、ぎゅっと目を閉じると、瞼の奥で私は白いもふもふ羊を1匹ずつ数え始める。間もなく100を迎えるところで、私の意識はすーっと深いところまで落ちていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 目が覚めたのは唐突だった。

 まだ部屋の中は薄暗い。眠った頃と時間はさほど変わらないように思える。
 朝どころか真夜中だ。
 私は熟睡するとまず起きることはない。不眠症に悩まされたこともない。隣で殿下が喚いていようが気付かず寝続ける自信がある。

 ただ、たまにふと目が開くことがある。前世でもそうだった。
 それは、何か異変を感じた時。

 ベッドから起き上がらず、とりあえず耳を澄ましてみる。眠った時と変わらない静寂が支配している。私の吸う息と吐く息だけがはっきりと耳に届く。一見して何かあったようには思えないけど……。

「ちょっとおかしいかも」

 屋敷の中が静かすぎるのだ。
 無論、夜だから静かなのは当たり前だけど、全く音がしない…というより、屋敷に人の気配がしない。今日は特に兵の数も多いはず。それなのにこの部屋にいる私を残して、みんな消えてしまったみたいに感じる。
 まさかそんなことがあるなんて…と思いながらも、私は渡されていたベルにそっと手を伸ばすと、軽く振ってみた。
 軽やかで甲高いベルの音が部屋中に鳴り響く。しかしそれだけだった。
 隣にいるはずのメリダは飛んできてくれなかったし、一番近くで守ってくれているはずの扉の兵士も、反応がない。
 ただただ悲しい余韻を残して、ベルの音は空気に溶けて消えていった。

 ちょっとどころじゃない。自分の台詞を訂正しよう。確実に、大分この状況はおかしい。
 それに今気がついたのだが、部屋の中にかすかに甘い香りが漂っている。バニラとシナモンと蜂蜜を加えたような、強烈に甘ったるくて吐き気がするこの感じ。
 嗅ぎ覚えがある私は、眉をひそめる。
 これは私が以前、体の大きなご令嬢に使った花の香りだ。なんでこの場所でこんな香りがするのか。
 ただ分かるのは、偶然ではないということ。例えばこの香りが屋敷中に充満しているとして、人の気配がまるでしないというのは説明がつく。
 もしも皆、香りにやられて眠っているのだとしたら。これはかなりまずい状況じゃないだろうか。その上私はここから動けない身。
 これってつまり、私が狙われてるってこと?うん、そうとしか考えられない。
 これは詰んだな、と苦虫を噛み潰していると、突然コツ、コツ、という靴音が聞こえてきた。最初は小さく、時間を経るごとにどんどん大きくなり、遂には私のいるこの部屋の前で音がピタリとやんだ。

 あのベルの音がやっと兵に届いたのか、と思えなくもないけど、その線はほぼないだろう。だって扉の向こう側からは不気味な気配が伝わって来たから。
 なら足音の主は、こんな状況を作り出した何者かであろう。
 私は音を立てないようマットレスにゆっくりと体を沈みこませる。完全に寝ている態勢を作りながら、左手は枕の下に隠していた護身用のナイフにかけていた。

 やがて扉はゆっくりと開く。薄眼で確認すると、顔は見えないが体格からして相手は男。
 フェロモン被害者の女性の単身乗り込みではなかったようだ。だとしたら、私を邪魔に思うどこぞの高位の貴族様の仕業だろうか。私を亡き者にした後、己の娘を妃に仕立てたい薄汚れた願望を持つ輩の。
 戦況はよろしくないが、このまま黙ってやられてあげる筋合いもない。できる範囲で対処しよう。逃げ出せたら御の字だけど、それをするためにもまずはあの男をどうにかするのが先決か。
 寝たふりをしながら私は彼が近づいてくるのを待った。
 そしてこちらに手を伸ばした瞬間、素早く上半身を起こすと喉元に隠していたナイフを突き付けた。

「…………」
「動かないで下さい」

 男は抵抗しなかった。大人しく両手を挙げると、じっと私の顔を見つめる。
 体格はがっしりしており、醸し出す雰囲気から見てもおそらく兵士の類だろう。年齢は40代半ばか。短く刈り上げられた白髪の少し混じった髪と同じ色合いの口ひげが生えている。
 身に覚えのない人間だった。だけど醸し出される雰囲気は歴戦の兵士と予想される。だから私も気を抜かないよう慎重な動きで、ナイフの刃を首元に軽く当てた。

「やはりな、あの花の香りは効かなかったか」
「私が薬に強い質なこと、ご存知みたいですね。で、誰の差し金なんでしょうか。まさかあなたが首謀者ではないですよね?」
「俺が答えるとでも?」

 三白眼の無感情な瞳で見下ろす男に、瞬間背筋が凍る。恐怖を感じたが、ビビってはいけない。そんなところを見せればすぐさま逆転されてしまう。
 商売人は己の心の内を晒してはならない。これ、我が家の教えだ。私は感じた恐れを無理やり抑え込むと、あえて不敵に笑って見せた。

「あたなは口が堅そうですから。簡単に喋ってはくれないでしょうね。…どこぞの侯爵家があなたのバック?」
「答えるつもりはない」

 ふむ、この反応では違うらしい。
 さて、それはともかく、これからどうやって私が逃げ出す状況を作ろうか。例えば首元を切りつけてしまって、痛みで敵が動けなくなってる隙に逃げるとか。足は痛むけど、頑張れば動かせない程ではない…と思案していた時だった。

「!?」

 背後に感じる二つの気配。そして左右の首にかちゃりという金属音がする何かが当てられる。ひやりと冷たいそれは、間違いなく剣の感触。
 いつのまにか私の後ろに敵が回り込んでいた。

「形勢逆転だな」

 3方向に敵がいては、逃げることは不可能だ。仮に目の前の男をどうにかしたところで、後ろから私が斬られるし、そもそもこの男に、私程度の腕で傷一つ付けられるはずがないのだ。

「お前の負けだ」

 やっぱり無理だった。言われなくとも分かっていたけど。もともと分の悪い勝負だった。
 仕方がないので大人しく短剣を床に放り投げると、私は抵抗の姿勢を見せた。
 すると、

「へぇー、あなた肝が据わってるのねっ。泣き喚いたりするかと思ってたのにー、意外ぃ~」

 重厚な場面にあまりに場違いな、あの睡眠花と同じくらい甘ったるい少女の声が部屋の中に響き渡った。
 声の方に目を向けると、廊下の暗がりから白い布で全身を覆った人物が姿を現す。誰だろうあれ、と思っていると、途端に男が布の人物に跪き頭を垂れた。
 つまりあの人物が彼の主人であり首謀者か。女性ということは、フェロモン被害者の線で正解だったらしい。まあ、今更分かったところでどうしようもないけど。

 彼女の目的は何だ。
 殺すつもりなら、とっくに私の命はないはずだ。

 真意を探ろうと彼女を見つめるが、如何せん顔が見えないので何を考えているか読み取れない。それでも尚注視していると、彼女はフードから少しだけ赤い唇を覗かせ、にやりと嬉しそうに歪めた。
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