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男爵令嬢と王子の奮闘記 作者:olive

4章:宣戦布告

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35/61

35.遠足は、無事家に帰るまでが遠足です

 明日、ということは、寝て起きたらもうその日な訳で。
 あっという間なはずなのに、待ち遠しかったせいか普段よりも時間が長く感じた。

 言葉通り殿下は太陽が頭上に昇り切る前には屋敷に帰ってきた。
 私の方も準備はばっちりだ。いつものドレスとは違う、非常に動きやすい軽装。コキニロ家にいた頃から愛用しているお気に入りの品だ。

「目的地までかなり距離がある。馬で行くつもりだがシャナ、その、一緒に乗って」
「私、乗馬の経験はありますよ?山道も余裕です」
「………そうか、乗れるのか」

 そう答えたら、どことなく残念そうに殿下は肩を落とした。私何か変なこと言っただろうか。確かに山道乗りこなせるようなご令嬢は、滅多にいないだろうけど。 私がお転婆すぎてお気に召さなかったとか?
 でもそう考えたのも一瞬のこと、レイン様の表情もすぐにいつものものに戻ったので、気にしないことにした。
 レイン様は美しくて艶のある黒毛の鬣を持つ馬に、私は殿下にお借りした赤茶色のボディと愛くるしい瞳がたまらない馬に乗っていざ出発だ。

 屋敷の裏にある山というのは、実は王家所有のものだそうで、王家以外は立ち入り禁止だそうだ。そのため内部はほぼ手付かずの状態で、ありのままの自然の姿が維持されているらしい。
 けれど私たちの目指す中腹付近までは道は整備されているらしく、またそこまで急な勾配もない。今は新緑が綺麗な季節なので、その様子をゆったりと鑑賞しながら乗馬を楽しむことができた。

「もう少し進むと視界が開ける。お前の探し物もその辺りにあるはずだ」
「わぁ、楽しみです」

 その言葉通り、しばらく行くと両側に生い茂っていた木々が徐々に少なくなり、いきなり目の前の視界が360度開けた。

 そこは小高い丘のような場所だった。
 足元には色とりどりの花が見渡す限り広がっている。屋敷にも庭園と呼ばれるものはあるけど、あちらは人の手が加えられた整然とした美しさと絢爛さがあった。
 勿論そちらも好きだけど、ここのように太陽の光を目いっぱい浴び、自然のままに生き生きと花達が咲き乱れる天然のお花畑というのも、植物たちの生命力を感じられて一興だ。

「すごい、こんな場所があるなんて……。これ、アカツキの花ですね、それに天然記念物のブルーアオイもこんなにたくさん生息してるなんて!夢みたい!!あ、あっちにはレイダシアン、ピンクのレイダシアンなんて初めて見ました、こっちにもほら、珍しい花がたっくさん!!!」
「そうか、喜んでもらえてよかった」
「ええ、もう最高です!」

 ここは天国に違いない。自然が生み出した奇跡の楽園。嬉しすぎて思わずあちこち走り回っていたら、レイン様が物珍しそうな視線を送ってきた。

「シャナのこんなにはしゃぐところは初めて見た。お前は普段からあまり表情が変わらないから。なんだか新鮮な気分だ」
「お花とか大好きですもの!薬になりそうな効用をもつものなんかは特に!」

 初めは、研究と自衛のために始めた前世からの植物鑑賞・育成は、いつの間にか時空と年月を超えても私の中で唯一無二の趣味になってしまったのだ。というか、生きがい?

「そんなに喜んでもらえたら連れてきた甲斐があった。あんまりはしゃぎすぎて転ぶなよ……って、言った傍から!おい、大丈夫か!?」

 嬉しさのあまり尚もキャッキャしてたら、見事に土に足を取られて転んでしまった。馬を木に繋いでいた殿下を焦って飛んで来させてしまう始末。

「いたっ」
「何やってるんだお前は…」

 呆れ眼の殿下に連れられ、とりあえず馬をとめた大きな木の下に移動して痛むところを見てみることに。
 見た目には腫れてる感じはしないし、どうやらちょっとだけぐりっと足を捻ってしまったみたい。そんなに重症なレベルではないだろうからしばらく休んでいたら治るだろう。

「すみません、ちょっと我を忘れてしまいまして。お見苦しいところををお見せしました」
「大事ないならいい」
「それにしても、この景色は本当に素晴らしいですね。昔からよくこちらにはいらしてたんですか?」
「ああ。嫌なことがあったりすると、ふらっとな。一人になりたいときにはちょうどいいんだ。俺のお気に入りは、花畑もそうだがその奥の方。崖にはなってるが、眼下に王都が一望できる。それを見ながらよく物思いに耽ったよ」

 目の前の草花に気をとられ過ぎていて気が付かなかったけど、先の方が急斜面になっており、そこからは私たちの住む街全体が見渡せる。お城も、貴族たちの屋敷も、人々の暮らしも全てが。
 なるほど、これは絶景に違いない。
 今日は天気もいいから、王都を抜けた更に奥の、果てしなく広がる青い海の辺りまでも見える。
 そんな贅沢な景色に、言葉も忘れただただ見とれる。

「初めて連れてこられたのはまだ幼い頃だった。両親と一緒だ。その時に見た光景が忘れられなくて、あくる日一人で歩いてここまで行こうとした途中に道に迷って、1日中山を彷徨ったこともある。最近は暇もなかったし足を運ぶのは何年か振りだが。いつ見ても美しいな、この場所は」

 懐かしそうに目を細め、遠くを見つめる殿下は、今きっとその頃のことを思い出してるに違いない。殿下という立場や、生まれながらの体質など苦労が尽きなかっただろう彼の、ありのままの姿でいられる大切な思い出の地なんだろう。

「殿下は随分活発な子供だったんですね」
「いや、あれは特別だ。元は体も弱かったし泣き虫だったな。こんな体質だし、人見知りも激しくて常におどおどしていた」

 そういえば、ディーゼル卿も、レイン様は昔は体が弱かった、っていうのは言ってたっけ。
 でも殿下は中身が泣き虫だろうがおどおどしてようが、どんなレイン様であっても可愛かったに違いない。顔立ちがどちらかというと中性的な部類に入るイケメンさんだから、下手な女の子より可愛かったろうな。今だって十分、女装したら通用しそうだもの。絶対、私より綺麗だ。断言してもいい。

「でも殿下のお顔は綺麗ですし、きっととても可愛らしい子供だったんでしょうね」

 素直にそう感想を述べたら、なぜか殿下は死んだ魚のような濁った瞳になる。背中の木に持たれかけ、力なく笑った。

「………可愛い、か。よく言われな。だが俺は男だ。そんなこと言われても嬉しくないし、死ぬほど嫌だった。なのに母上やメリダ達、あまつさえディーゼルも調子に乗って、いつからか女の子の恰好をさせるようになった。苦痛で仕方なかったが、俺は彼女たちに、普段からフェロモンにやられた女性たちから守ってもらっている身。これも試練だと思って耐えた。耐えたが、抵抗しない俺をいいことに、途中からフリルやらごてごてのレースやらリボンや髪飾りまでつけてきて。……あれは、あれは俺の中で、記憶から抹消したい黒歴史だ。さすがに総レース仕立ての全身ピンクのコーディネートを着させられた上、長い髪のかつらをかぶらされた時は城から逃げ出した。以来俺の着せ替えは取り止めになったがな。もしあの時も抵抗せずにそのままだったら、……考えただけで寒気がする」
「な、なんか、すみません、殿下の記憶のパンドラの箱を開けさせてしまって」

 可愛いは禁句だったらしい。殿下の瞳にはうっすら涙が。うっかり精神的ダメージを喰らわせてしまったみたい、私。
 このままだと消し炭になってどこかに飛んでいってしまいそうなほどテンションがただ下がってしまった殿下の心を、何とかまぎらわせないと……。

 何かないかな。うーん、ここは私も対抗して昔話でもしてみるだろうか。

「えーとえーと、あ、そうだ!私は、殿下とは逆に女の子に見えないって言われてましたよ!髪の毛も短くして服装も動きやすい男の子用ばかり好んで着てたので。あと同い年の女の子と遊ぶよりは、近所に住む商家の年上の男の子達と商売論を熱く語ってたり、父様の商売についていったり。暇な日には本を読んで勉強して趣味でもある草花収集なんてしてました。だから、コキニロ家の跡取りとしては将来有望だけど、女の子としてはまったく可愛いげがないなんて家族はよく嘆いてました!」

 生まれた時から前世の記憶があった私は、将来の野望の為に、コキニロ家の跡を継ぐための勉学に励んでいたっけ。

「綺麗な洋服もキラキラ光る宝石も、甘いお菓子もふりふりレースも興味がなかったから、母様は娘として育てかたを間違えてしまったってへこんでました。私がプレゼントで一番喜んだのは、不明なルートで父様が他国から手に入れた謎の毒草だったのも落ち込みの理由の一つだったと思います。母様の夢は娘とキャッキャッしながら服選んだり、お茶しにいくことだったらしいので」

 別に母様のせいじゃなかったから申し訳ないと、その時は思ったけど。

「なので、妹のアネッサはとにかく私のようにならないようにと育てられた結果、とっても可愛らしい女の子に育ちましたけどね」

 私の代わりは、立派にあの子が務めてくれてるから、まあいいか。

「……って、こんな話、興味ないですよね」

 殿下の気が紛れたらなぁと思って始めたんだけど、よく考えたら私の昔話なんてどうでもいいよね。もっと面白い話題がなかったものかなと後悔して殿下をちらっと見たら、

「そんなことないさ」

 おや、予想とは違って紛れたどころか、さっきまでのダークな雰囲気はどこへやら。にこにこしながら話を聞いていた。なんにせよ、こんな話でレイン様が復活してくれたのならよかった。

「殿下に喜んでいただけて何よりです。お望みならば過去のエピソードはいくらでもできますよ?父様と口喧嘩して海に放り投げられたり、周辺の男子達を束ねていつのまにかボスって呼ばれるようになった経緯ですとか」
「いや、それも確かにそそられる話題だが」

 そこで一度言葉を切ると、殿下は口元を緩ませて私のことを紫色の綺麗な瞳で見つめ、

「俺が嬉しいのは、シャナの普通に喜ぶ顔やはしゃぐところを見たり、昔の話とかが聞けることだ。婚姻上結ばれてから今まで、俺の体質の事や結婚に異議がありそうな貴族たちへの対策やらは散々話し合ってきたが、他愛もない会話ってしてなかっただろ?だから」

 フェロモン体質で苦労する優秀な王太子殿下と、そのフェロモンが効かない、圧倒的な財力を誇る商家の娘。
 ………の立場としての会話しか、確かにしていない。
 何気ない日常会話は皆無だった。状況が状況だったからどうしようもなかったけど。

「そうですね、私も殿下の子供の頃のお話を聞けて、ちょっと嬉しかったですよ。結果的に黒歴史を掘り起こしてしまったことについては申し訳ないと思ってますが…」

 信頼関係をより強固なものにする上でも、お互いにお互いのことをよく知るのは大事なことだと思う。

 とはいえ、レイン殿下のこのお顔は心臓に悪いと思う。
 キラキラ粒子が飛びまくっている極上スマイルで、ついでに目もキラキラさせながら、しかも熱っぽい口調で、

「俺はもっとお前のことが知りたい。小さい頃どんな子供だったのか、どんなものが好きで苦手なものが何かとか、シャナは普段何を考えてるのか、些細なことでも構わないから」

 …………なぁんて言われた日にはもう。

「レイン様、いくら殿下のフェロモンが通じないとはいえ、こんな素敵な場所でしかも至近距離でそのような王子様スマイルを炸裂され、その上今のような口説いていると勘違いされる台詞をさらっと吐かれると、私でも非常に照れます」

 イケメンは破壊力が大きすぎる。これは並みの神経では鼻血を出して卒倒するレベルだろう。
 そしてこのお方、薔薇の貴公子殿と違い、無意識でやってのけてるから余計にたちが悪い。きょとんと首を傾げながら、不思議そうに自分の顔を触るところから見ても、やっぱり自覚はないのか。

「?どんな顔だ?自分では良く分からないんだが……」
「機会があれば鏡で見られることをお勧めしますが。殿下、大丈夫だとは思いますが、うっかりそのような表情を女性に見せてはいけませんよ?彼女たちが瞬殺、いえ、それどころかこちらも瞬殺されますから」

 真面目な顔で諭せば、釈然としないながらもこくりと頷いてくれた。

「あ、ああ、なるべく気を付ける」

 それからわたしたちは、遅めの昼食をとった。せっかくだから素敵な景色を眺めながら食べよう!ということで、サンドイッチを包んでもらってたのだ。
 こうしてると、ピクニックに来たみたいでなんだか小学校のころの遠足を思い出す。あの時はおやつは300円以内だった。スナック菓子とか持って行ったけど、今日のおやつは甘いさくらんぼだ。
 うん、大変美味也。帰ったらごちそうさまってシェフに言いに行こうっと。

 腹ごしらえを済ませた後は、いよいよお待ちかねのお花探しだ。
 でも苦労せずとも目当てのものはすぐに見つかった。

「あれってもしかして……」

 色んな色の花達に紛れてすぐには分からなかったけど、花畑の奥側、斜面のすぐ近くに見覚えのある3つの配色。

「殿下の仰ってたアカアオキ、ですか?」
「そうだ。よかった、俺の記憶が確かだったようで」

 私は立ち上がる。

「足はもういいのか?」
「ええ、平気です、今は全く痛くありません」

 そしてお目当ての花の生息場所まで、ゆっくりと足を進める。先ほどの教訓を生かし、焦って小走りになったり、興奮のあまりずっこけないように慎重に、と自分を言い聞かせながら。

「こんな、斜面の際に咲くんですね」
「そこが一番日が当たる時間が長いからかもしれないな。先はすぐ崖だ。気をつけろよ、シャナ」

 すぐ前を歩く殿下の言葉に神妙な面持ちで頷くと、さっきよりも更に緩緩な動作で地面を踏みしめる。
 この距離から見るに、少なくとも所見の段階では亜種の類ではなく、アカアオキそのものだと思われる。
 まさか本当に、遠い異国のはずのものが自国のこんな近いところにあるなんて。殿下と出会わなければこの私的な世紀の大発見は為されていなかっただろう。レイン様と結婚して、悪いことばかりではないようだ。

「はぁぁ、間違いありません、これやっぱりアカアオキですよ!」

 近くでじっくり見て確信する。まさしく私の求めていたアカアオキの花だ。
 恍惚とした表情で私はそれを眺める。下手をしたらよだれまで垂れてしまいそうだ。殿下の前でこれ以上の失態は犯せないから、そこは理性で諌めるけど。
 真っ赤な血を彷彿とさせる禍々しくも鮮やかな赤。生きとし生けるもの全てを沈めてしまいそうな仄暗さを包含する海を連想させる青。視神経を破壊してしまいそうなほど強く存在感を主張しすぎる黄色。

「やっぱり美しいですね。この花びら外側の、茎に向かって流れるラインとか。でも一番のチャームポイントは絶妙な色合いですね」
「綺麗………。まあ、人によって感覚は違うというからな。お前がそうだと言うのなら、そうなんだろう。悪いが俺には毒々しい花にしか見えん」
「その毒々しさがたまらなく良いのではありませんか!ちなみに根っこには、消化器系の動きをよくする成分が入っているんですよ。こんな見た目にも関わらず」

 すりつぶして粉状にし、乾燥させたものを体内に入れると効果が表れる。ただ味がえぐみのある苦さなので、飲み干すには相当強い精神力がいる。

「ふふふ。早速持って帰って温室の仲間に加えてあげないと」

 用意していた大きめの袋を取り出すと採集の準備だ。いくつかあれば自前で増やせるので、根こそぎ持って帰る必要はない。選ぶのはなるべく大きなもの。

「俺も何か手伝うことはないか?」
「え、そんなそんな、殿下に土いじりなんてさせる訳にはいきませんよ」
「構わん。どうせすることもない。それにアカアオキ以外にも、採集したいものはたくさんあるんじゃないのか?二人で手分けすれば早く終わるだろう」

 よく私のことをお分かりで。さっきのブルーアオイやレイダシアンのピンクは是非とも持ち帰りたい。他にも気になる品種は山ほどだ。

「分かりました、では殿下はあちらの背の高い、白色の花をお願い致します。その後は、横に生えてる濃い緑色のどっしりした体格のものを」
「アカアオキの方を俺がしなくて大丈夫か?崖が近いから危険だろ」
「こっちの花は少々繊細で扱いが難しいなので、私がやります。平気ですよ、落ちたりなんかしないよう十分気をつけますから」

 さすがにその辺はわきまえてるから、興奮のあまり前が見えなくなって崖下にまっさかさまなんて事態は起こさない。

 と、その時はそう思っていたんだけど。 
 私は自分が思っていたよりも採集のことになると周囲の状況まで頭が回らなくなるらしい。垂直に切り立っている崖を興味本位で覗きこんだ時に発見してしまった、一際大きなアカアオキ。手を伸ばせば届きそうな距離にある。
 勿論私に諦めるという選択肢はない。服が汚れるのも構わず寝転び、泥まみれになりながら必死に腕を伸ばしたら、後数センチ。指の第一関節程足りないだけだった。

 いける、もうちょっと…!体を崖側にずり寄せ、つりそうになりながら限界まで乗りだしたら確かな手応えが。

「やった」
「!?シャナ」

 手が届いたのと、私の体が落下するのと、こちらの様子に気付いた殿下が声を上げたのは同時だった。

 気が付けば私の視界に広がっていたのはどこまでも澄み渡る青空で。
 仰向けの態勢で宙を舞い、私は手にした戦利品と共にまっさかさまに下界に向かって落ちていった。
+注意+
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