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男爵令嬢と王子の奮闘記 作者:olive

1章:始まりは突然に

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12.私とディーゼル卿、対決の行方は

2015年4月修正済み
「どういうことですか」

 こんな言葉が私の口からこぼれるのも仕方がない。
 あまりの訳の分からなさに混乱状態を突き抜けた私は、もはや感情を隠すこともなく、しかと目の前の赤毛頭を見据えた。その視線に、さっさと事情を説明せんかい!!っていう苛立ちの気持ちをしこたま込めて。

「まぁまぁ、そんな怖い顔するなよ」

 そう宥めるように婦女子の皆様を腰砕けにするのであろう蕩けるような微笑みを向けてくるが、無論そんなもん通じない私はその攻撃をはねのけ、更に強い眼力をもって睨みつけてやった。
 自分の得意のスマイルがきかなかったことにばつが悪くなったのか、ディーゼル卿は所在なさげにぼりぼり頭を掻くと、

「…どういうことって言われてもな。レインの結婚相手はあんたで間違いない、と言葉通りの意味なんだけど」
「だけど私と殿下は、そのような出会い方をした覚えはありません」

 するとこの男、けらけら笑いながらとんでもないことを言いやがった。

「そりゃそうさ。だってあの話、俺の作り話だから」
「…………は?」

 作り話…創作だって!?あれが、この赤毛の!?つまり相手の女性は実在すらしない幻的存在で、私はありもしない女性との出会い話を真に受けてあれこれ考えていたのが全て無意味なことだった訳で…。
 あまりのショッキングな出来事に、思わず私が頭を抱えてしまうのもしょうがないと思う。なんで状況説明を求めてその回答を聞くたびに謎が増えていくのさ。

 って、こらこの木偶の坊。さっきから黙って聞いてたら一人事情が分かっているあんたは我が知り顔で優雅に茶なんぞすすりながら喋ってるけどね。こっちは全く状況が掴めないんだってば!
 だからとりあえず、最初から説明しやがれってんだこのすっとこどっこい!!!
 さすがの私もこの状況に我慢の限界が来て思わず苛立ちから立ち上がろうとしたら、ようやくこのお方は全容を話す気になったようだった。

 少しだけ困ったような面持ちになると、

「うーん、どこから説明したものか。そうだな。…じゃああんたに質問だ。レインの事は知っているか?」
「はぁ、レイン殿下の事ですか?」

 そしてなぜか謎の質問をぶつけてきた。

 レイン王子。知ってるも何も。さすがに殿下のスリーサイズやどういうフェチなのかっていうようなマニアックなものは知らないが、基本情報くらいは王子に興味がないとは言っても頭には入ってる。っていうか自国の王子の事を知らないっていうのは国民的にどうよって話だし。
 とりあえず趣旨は分からないけど、今はこの男の言われるままに答えるしかない。

「我が国の王太子殿下で、未来を国を引っ張ってゆく将来の国王陛下。その類稀なる美貌と才能から国民の人気は高い。この前成人を迎えたばかりで、そろそろ殿下の花嫁探しが本格的になるってことで国民の注目が集まっている…こんなものでよろしいでしょうか」
「まさしくその通りだ。…だがな、レインにはあまり知られていないある秘密があるんだ」

 そう言うと、外部に漏らしてはいけないといった感じでこちらとの距離を正面からずずいと詰めると、少しだけ小声で、でも私の耳にははっきりと届くようにとんでもないことを言い出した。

「レインはな、強烈なフェロモン体質なんだ」

 真剣な声色で語りだした内容は、しかしどう考えてもふざけているようにしか思えない。だから私は思わず声を上げたけど、

「いいから黙って最後まで聞け」

 と、一蹴されてしまった。仕方がないので私は大人しく、すっかり冷めきってしまったお茶を口にしながら話に集中することにした。

「生き物には、異性を引き付けるために多少なりともそれらを惹きつけるフェロモンというものが存在する。それは人然りだ。だが、如何せんレインのはあまりにも強力なんだ」

 強い、異性を引き付けるフェロモン。
 なんか漫画の世界でしかお目にかかったことがないんだけど、例えば話しかけただけでメロメロになるとか?声を聞いただけで好きになっちゃうとか?
 しかしディーゼル卿の口から出た言葉は、想像をはるかに超えていた。

「例えばあいつが城内で何度か年若い侍従に声をかける。するととある日の夜に、ふっと目が覚めて寝台の横を見ると、その女が寝込みを襲おうとしていた…そんなことが何回もあった」
「え、こ、声をか、けただけ、でですか!?」
「そうだ」

 もうそれって、ストーカーじゃん!っていうか目が覚めたら傍に…って怖すぎる。なんかのホラーじゃないか!

「他にも、結婚してくれなきゃ死んでやると言って、自らの胸にナイフを突き付けた思いつめタイプの女や、誕生日に、自分の髪の毛をぎっしり詰め込んだ手作りのテディベアを送ってくる女もいた。後はまあ色々あるんだが…とても一日じゃ語り尽くせない。とりあえずそんな感じで小さい頃から散々な目に遭ってきたんだよ、あいつは。それでその結果、とんでもない女性恐怖症に陥った」

 それは、なんというか、そうならざるを得ないだろう。
 だって自分が声をかけた女性が、自分を好きになる…って可愛いのを通り越してストーカーになったり行き過ぎた行動をするようになったり。
 髪の毛を大量に詰め込むって、それってなんかもう呪いのアイテムじゃん!
 いやいやいやいやそれは怖い。引く、を通り越して気持ち悪い。

 しかも、殿下の寝込みを襲うとかって…。こういうところには普通王子を守るため日夜警護をする兵士たちもいたはずで、ようはそれらをかいくぐってってことでしょう?
 かなり難易度高めなはずなのにそれをすり抜けてくるっていう根性というか、そのパッションが恐ろしい。

「あいつを襲った不幸はそれだけじゃない。そのせいで体を壊すようになった。なにせ女性に関わる度に怖い思いをするもんでな。熱が出たり、生死の境を彷徨ったのも一度や二度じゃない」
「………もしかしてこの前の舞踏会の夜、あのご令嬢たちが夜な夜な殿下を探して彷徨っていたのって…。それにあれだけ高熱を出されてたのも、」
「お察しの通り。レインのフェロモンにやられたなれの果てだ。そのせいでレインは熱を出してぶっ倒れた、と」

 普通はそんなの、貧弱で情けないだけとか自己管理がなってないとか言われるのが落ちなんだろうけど。
 ディーゼル卿の話に嘘がないとすれば、そういう事情があるのならそうなっても仕方がないと思える。
 だって小さい頃からなんでしょう?トラウマになってしかるべき事態じゃないか。
 それにこの男、嘘は言ってないだろう。殿下の事を語る彼の顔は真剣そのものだし、殿下の事を本気で心配しているっていうのがありありと伝わって来たから。

 そういえば、ディーゼル卿とレイン殿下は歳も近くて、幼馴染っていうか兄弟みたいな関係だって誰かが言ってたっけ。年齢からして無論ディーゼル卿が兄の立ち位置だけど、その顔は心の底から心配する兄貴そのものだ。

「あいつももういい年だ。この時期までに普通なら許嫁なんかがいてもおかしくないが、そういう特殊な事情から今まで先送りにされてきた。でもあいつもこの前で成人だ。さすがに相手を見つけないとまずいんだ。そう思っていた矢先、あんたの存在が出てきたんだ。聞けばあんたは弱ったレインに手を出すことすらせず、名も告げず朝方には去ったそうじゃないか。長時間ともにレインと過ごして正気でいられたのは、あんたが初めてだよ」

 女嫌いで拒否反応を起こす王子。フェロモンに屈する女性たち。そして、それが全く効かない私。  
 今、確実に点と点が線で繋がった気がした。
 いや、気のせいじゃない。ここまで懇切丁寧に説明されれば、どうして私に白羽の矢が立ったのかくらい分かるというもの。
 私が何か言うよりも早く、ディーゼル卿は口を開いた。

「あんたの存在は、まさに渡りに船なんだよ。この国を背負う未来の国王として、あいつの隣に王妃の存在は対外的にも必要だ。その王妃となる女性がレインに興味がない…つまりはあいつに害を及ぼさないっていうのも重要だ。そしてレインの結婚が決まれば、少なくとも今より女たちのレインへの被害も少なくなるはず。…こんな好都合な女、今を逃せば二度と手に入らないと思ったよ。だから多少強引にだが話を進めさせてもらった」
「好都合って……はっきり仰いますね」
「ここまで状況を説明したんだ。今更オブラートに包んでも意味がないことだろ?」

 貴族同士の婚姻は、家同士の利害関係を一致させるための政略結婚だ。
 私たちは道具。そこに必要なのは愛とか恋ではなくて、道具として人生を全うできるかということ。
 なろほど、確かにその点からいえば、私は非常に便利な道具だろう。
 王家にとってみれば、殿下の身の安全のためになるし、なお且つ、男爵家とはいえ今や国中の経済を牛耳っている商家だ。そことのつながりを持つことは、これから先、この国の新しい道を作る上では最も有効な縁談相手かもしれない。

「ちなみにあんな作り話をしたのは、私の父を説得するため…で間違いないですか?」

 はぁぁと深いため息をつき、眉間のしわを深く刻みながら一応確認すると、彼は満足げに顎に手を当て、

「いやぁ、我ながらなかなかに良くできた大恋愛話だったと思うよ、うん。かたや浮いた噂一つない、真面目な王子様。かたや爵位の低い男爵家のご令嬢。そんな二人が出会って恋に落ちて、彼女を愛するようになった王子は自ら両親を説得してついに結婚を勝ち取った…。相手がまた男爵家っていうのがポイントだな。身分違いの恋、それにもめげず愛を貫き通した二人。こんな話を聞かされたら、真実の愛、とやらに弱い父君はすぐさま快諾してくれたよ。それにこういう類の話は、民衆は好きだろう?レインやあんた、ひいては王家のイメージアップにもつながる。後は、王太子妃の地位を狙っていた他の貴族たちへの多少の抑止力としても有効だろ?」

 ……えぇえぇえぇえぇ、そうでしょう、大変有効でしょうとも!

 腹立たしいことこの上ない、腹立たしいことこの上ないが!!!
 それも全て、殿下を守るためなのだ。これが、この男なりのレイン殿下の守り方。その気持ちに嘘はないことは、瞳の奥に宿る殿下への情愛を見れば分かる。

「俺はレインを死なせたくない。まさかこんなことでって思うかもしれんが、あいつの取り巻く状況を小さい頃から一番近くで見てきた俺からしたら笑い事じゃないんだ。……レインはこの話には一切噛んでいない。あんたと同じで、本人の知らないところで俺が勝手に進めてきたことだ。…俺の事を死ぬほど恨んでくれて構わない。だから」

 そしてあろうことか、ディーゼル卿はその場で私に向かって深々と頭を下げた。貴族社会の頂点にいる公爵家のこの男が、ただの小娘である私に頭を下げている。 あまりの意外な光景に言葉を失い、私はしばし固まる。

「身勝手なことを言ってるのは十分承知だ。だが、あいつのこと、どうかよろしく頼む」

 ………この世界の貴族の娘としては、この話を受けることが一番の、そして唯一の正解なのだろう。
 しかし、かといって自分がそうしたいのかと問われれば、答えは否だ。

 貴族には生まれたが、有難いことに私の家は商家だ。他の家柄と違って、あえて望みもしない高貴な家柄と結婚して関係を強制的に持つ必要はないし、父様も真実を知れば、この結婚は承諾しないだろう。
 それに私にはささやかな夢……願望がある。
 例えそれがどんなに可能性の低いことだとしても、それを信じて行動する権利は誰にも奪えないはず。
 そのために、私は父様の稼業を継ぎたい。そして、世界中を飛び回って少しでも、その夢の欠片でもいいから見つけたい。

 殿下は確かに不憫だと思う。けれど、この人生の主役は私だ。
 だから、私は己の望む道に進みたいのだ。

「ディーゼル様、頭をおあげ下さい」

 私の答えは変わらない。例えこんなことをされたって、嫌なものは嫌なのだから。

「申し訳ありません、せっかくのお話ですが、私はそのお話をお受けすることはできません」

 しかし、予想していたのだろう、そうだろうな、と一言呟くと、

「そう来ると思ったよ。まあ、外堀から埋めたところで?真実をコキニロ家の家長に露呈されてしまっては意味を為さないしな。なにせ相手はコキニロ家だ。王家と公爵家を敵に回したって痛くも痒くもないだろうさ。最悪国外逃亡しても、コキニロ家のような巨大な商家を我が国にと誘致する国はいくらでもあるだろう。その上泣き落としもきかないとなると、やっぱりあれしかないな」 
「あれ?とは」

 しかしすぐには答えず、ディーゼル卿は笑った。それは凶悪な笑み。まるで私を地獄に突き落とすかのような、そんな胸が悪くなるようなものだった。

「なあ、アネッサ嬢はかなり純粋無垢に育てられたらしいな。あれだけの上玉が、擦れずに心も美しく育ったのは、彼女を溺愛しているジュダイザや君の努力のたまものだろう。だが、それ故に、アネッサは脆い。特に異性に対しては」
「…………待って下さい。何が言いたいんですか?」
「聡明なあんたなら、この意味が分かるはずだ。可愛い妹を、火遊びで近づいてきた社交界切きっての遊び人に心も体もボロボロにされたくなければどうしたらいいのか」

 この男は………、私の唯一の弱点を、知っている。
 そして今、それを確実に狙っているのだ。全ては殿下の為に。脅迫という手を使って。

 要は、言うことを聞かなければアネッサを陥落した後、ボロボロにして捨ててやるっていうことを言いたいのだ。
 あの子は本当に純粋無垢な子なのだ。
 私が何を言ったって聞かず、ふらふら流されるだろう。そしてその後こっぴどく振られれてしまったら……。
 甘やかしすぎたせいもあるだろうけど、アネッサは童話に出てくるような、純粋培養された、それでいて恋に恋するお年頃。
 そんな状況に置かれたら、あの子はひとたまりもない。下手をすれば失恋を原因として自殺しかねない。そういう妹なのだ、あの子は。

 何も言えず、私はただ唇を噛みしめる。
 自分の夢は大事だ。けれど………叶うか分からない夢よりも、今現在存在していて、私に笑いかけてくれるあの子の方が、大切に決まっている。
 あの子の花のように咲き誇る満開の笑顔を曇らせることなんて……私には、できない。

 そんな様子の私にディーゼル卿はにんまりすると、悪魔のささやき声を洩らした。

「ならばこの話、しかと受けてくれるよな?妹を大事に思うお姉さんならきっと」

 その言葉に、私は己の唇をきつく噛みしめる。
 あの子を人質として取られて、断れるはずがない。
 彼に完全に敗北を期した私は、ゆっくりと頷いてみせるしかなかった。
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