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帰宅途中で嫁と娘ができたんだけど、ドラゴンだった。 作者:不確定 ワオン
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はなれてもずっとおともだち⑩


 待つ事四十分ぐらいだろうか。
 山の斜面の上の方から、身長2メートルはあろう熊の獣人達がゆっくりと姿を現した。

「ようやく近寄って来ましたね」

「警戒してたんだろうなぁ」

 寝息をたてるナナの頭を撫でながら、少しだけ大きい岩肌に腰を下ろすアオイが俺を見て言った。

「ん。そんぐらい警戒しないと森や山では生きていけない」

 アオイの隣に座っているルージュがうんうんと頷いた。
 膝の上ではジャジャと子熊ちゃんが楽しそうにじゃれている。本当に仲が良いなこいつら。

「待った甲斐があったね。変に誤解されて弓を向けられるのも嫌だったし」

 木に持たれて腕を組んで居た井上巡査が姿勢を正し、彼らを迎える準備をする。
 交渉や説明は井上巡査に任せる事になっている。
 仮にもお巡りさんで公務員。立場的には彼らを保護している国の人間だからな。

「わ、私たちはどうしようかしら」

「変に口を挟まずに後ろに下がっておこうか。姿を見られちゃったのはもうしょうがないしね」

 ちびっ子草龍(ハーブドラゴン)達はそういって俺の背後に回る。
 お話に夢中で隠れるのを忘れて居たらしいんだ。このうっかりドラゴン達は。
 本当に心配になるぐらい能天気だな。

「ん。もうすぐお家に帰れるよ?」

「きゅう?」

 ルージュの問いかけに不思議そうに顔を上げる子熊ちゃん。
 どこか寂しそうなルージュの顔を見ると、その膝の上でヨタヨタと立ち上がりルージュの顔に触れた。

「くあぁ?」

「ん。大丈夫。優しい子」

 ペタペタと小さな手でルージュの顔を優しく叩く子熊ちゃんの頭を、ルージュはゆっくりと撫でた。

「さて、他の獣人達は動かないのか?」

「うだぁ?」

 ルージュの膝の上からジャジャを抱き上げて、俺の背後でアズイの肩を抱くウエラに問いかける。

「うん。木の陰や草むらに潜んで僕らを見ているようだね」

 キョロキョロと周りを見回し、ウエラは返答した。

 アズイとウエラの鼻と耳のおかげで、彼らが周囲を取り囲んでるのはずっと知って居た。
 俺達の姿を見つけた後は遠くから動こうとせず、様子を伺って居たのだろう。
 やがて知らせを受けた他の獣人も合流し、統率の取れた動きで俺達の包囲網を完成させたのだ。

「まさか、ここまできて攻撃なんてして来ないよな」

「代表者を出して来たってことは、話し合うつもりがあると思うんだ。向こうも変に危害を加えたら子熊ちゃんが危ないって事は分かってるはずだからね」

 もちろん俺達に子熊ちゃんをどうこうする気は全く無くて、要するに発射した矢とか間違って子熊ちゃんに当たる事を危惧しているって事だ。
 こっちには火の結界を貼れるルージュや、風の防壁に自信があるらしいアオイがいるからそんな間違いは起こるはずもないんだが、向こうはそれを知らないしな。

「ジャジャちゃんやナナちゃんが居る事がいい方向に動いたね。笑う赤ん坊の姿に警戒心が削がれたのもあると思うよ?」

 そりゃあな。こんなに可愛い子が懐いてるんだから当然だ。
 変に構えて誤解させたくなかった俺達は獣人の存在を知らんぷりで通す事に決め、ジャジャと子熊ちゃんを無邪気に遊ばせている様を見せつける事でこちらに変な気が無い事をアピールして居たのだ。
 ナナなんてずっと寝てたしな。
 そんな能天気な集団に悪意があるなんて思わないだろう。

 五人ぐらいの弓矢を持った、おそらく男性であろう獣人達。
 矢をつがえたその弓はすでに引き絞られてはいるが、切っ先は地面を向いている。
 何かあった時にすぐ対応できるようにしているのだろう。

「アー、アエロリリカッテ。ズングマナナ」

 先頭に立つ熊の樹人が急に話かけてきた。

「は?」

 あれ? 俺の耳おかしくなったかな?

「あー……。完全に失念してた。聞いておけば良かったんだ」

 井上巡査がその短い髪をボリボリと大きく掻きながら困った顔をする。

「この部族、他言語部族みたいだ。言球(スフィア)が無いと会話ができないんだよ」

「え? そうなんですか?」

 異なる言語を自動翻訳する、世界で最も有名で世界で最も使用されている魔法具。
 それが言球スフィアだ。
 球大陸の大国、フラシオンと言う国でしか造られておらず、家庭用の小さい奴でもとんでもない値段だ。
 もちろんそんな高価な代物を俺達が持っているわけが無い。
 困った。ここまできて言葉の壁が邪魔をするのか。

「ん。薫平。私とアオイに任せて」

「へ?」

 いつの間にか立ち上がって居たルージュが俺の肩に手を置いた。

「はい。翻訳魔法と同じ効果の術なら、龍気を分け与えれば精霊たちにもできますから。交渉は私とルゥ姉様で行いますね?」

「え? そうなの?」

 なにそれ知らなかった。便利なのな精霊って。

「薫平、私が別の国から渡って来た事を忘れてる? 最近少しづつ勉強してるけれど、日本語って難しい」

 小首を傾げるルージュの言葉に、思い出す。
 そういやコイツ、大陸から海を渡ってこの日本に来たんだった。普通に会話してるから気づかなかったけれど、日本語で会話できてるのってそういやおかしいよな?

「私はもう40年も日本に住んでますから全然話せますけど、ルゥ姉様は最初から精霊の補助を受けて薫平さんたちとお話してたんです。龍には龍の独自の言語がありますけど、それは薫平さんたちには通じないですし」

 はえー。全然気づかなかった。ルージュの口の動きが少ないのももしかしてそれが理由か?
 あ、そういえば昨日の晩。
 遠くに居るアズイやウエラと会話してたのも、言葉ってよりは雄叫びだったしな。
 あの遠吠えみたいなのが龍言語ってやつか?

 後ろに隠れるちびっ子草龍(ハーブドラゴン)達を見る。

「僕ら、今も君とお話するときは精霊を通してるよ?」

「すっごく簡単な術よ? 精霊を操るまでも無いぐらいだもの。翻訳魔法と違うのは、術の影響範囲が自分だけに限られるって事かしら」

 こんなチミっこいナリしてても、お前らも立派なドラゴンなんだな。
 なんか不思議。

「じゃ、じゃあお願いしても良いかな。いや、不甲斐ないなぁ。パトカーにだったら支給品の携行型言球(ポータブルスフィア)が積まれてたんだけどねー」

 井上巡査が苦笑しながら後ろに退がる。

「交渉って大丈夫かルージュ。お前、お世辞にもおしゃべり上手なんていえないんだけど」

「む。失礼。私はこう見えてもお話好き。ただ今まで話相手が居なかっただけ」


 悲しい事をカミングアウトしないでくれ。共感しちゃうだろうが。

「アオイもだよ。お前、人見知りじゃん」

 しかも元引きこもりじゃん。

「さ、最近はそうでも無いですよぅ! ……まぁ、ちょっと怖いですけど。でも子熊ちゃんの為です! 頑張りますから!」

 少しだけズレたナナを抱え直して、アオイは意気込んで立ち上がる。
 肩に食い込んだ抱っこ紐を直しながらゆっくりと熊の獣人の前に立った。

 先頭に立つあの獣人が代表者か?
 他の四人よりも一際大きな弓を持ち、腰蓑みたいなその布には派手な刺繍が施されて居る。
 露出した上半身には子熊ちゃんが身につけて居るのと同じ、黒いやじりのペンダントをして居るが、こっちはやじりの数がかなり多い。連なって数珠のようになっている鏃にはなんの意味があるんだろうか。
 見ると数こそ違うものの、他の獣人達も黒いやじりのペンダントを身につけていた。

「あ、あの。こんにちは! 初めまして! 迷子を送り届けに来ました。アオイノウン・ドラゴライン・風待って言います。こっちがルージュ姉様。こっちが風待薫平です」

 緊張した面持ちのアオイが深く頭を下げた。
 なんだか心配になった俺はその右隣に位置どり、思わず肩を抱く。
 左隣には子熊ちゃんを抱いたルージュが立った。

「ユスフーツ、ベアラ・ケルーシャ。ガウンノッセ。……グルメルエルテ。アボロロニアル。……リリカ、エルッテアエロ?」

 代表者らしき熊獣人がアオイに身振り手振りで何かを伝える。
 ダメだ。言ってる事がさっぱり分からない。

「えっと、剛熊ベアラ族の狩猟頭のガウンノッセさんですか? はいそうです。 昨日、川の下流の方でリリカちゃんを保護しました! お腹空いてたみたいでおにぎりの匂いに釣られたんだと思います。あっ、昨日はしっかり食べて、今朝も美味しそうにパンとサラダを頂いてたので心配ないと思いますよ? 怪我もしてないみたいですし」

 アオイも大げさに手を振りながら説明をしだした。
 良かった。伝わってるみたいだ。リリカって、子熊ちゃんの名前?

「ん。リリカ、とってもお利口さんだった。なんで迷子になってたの?」

 ルージュも軽く頷いて話に割って入る。

「エル、アンバスカ。グルメルエルッテ。リリカパルマ、パーマシ。リリカエンマ、カエロ、フグララン」

「ええ!? そうなんですか!? リリカちゃんのお母様、大丈夫なんですか?」

 なんだかアオイが驚いていようだ。

「お、おいルージュ。なんだって?」

 ルージュの耳元でこっそり聞いてみた。

「ん。リリカのお母さん、体調が悪くて寝込んでるんだって。看病してたお父さんがちょっと目を離した隙に村から居なくなったって言ってる」

 ああ、そりゃあびっくりしただろうし心配しただろうなぁ。
 元気が良いのも困りもんだな。この人騒がせな子熊め。俺達が見つけてなかったらどうなる事やら。

 それからアオイとガウンノッセさんは何度かの会話をした結果、子熊ちゃん改めリリカちゃんの迷子になった経緯が判明した。

 なんでも剛熊ベアラ族は川沿いを主に拠点としながら大型のカヌーのような船で移動する周遊部族らしく、今の村も俺達が遊んでたあの川の上流にあるらしい。
 季節の病で床に伏していたリリカちゃんの母親。
 それを看病していた父親の目を盗んで遊び回っていた元気いっぱいのリリカちゃんは運悪く船に乗ってしまい、何かの弾みで流されてしまったみたいなのだ。
 姿が見えないと大騒ぎしてみんなで村中を探し回って居たら、船が一隻少ない事に気づき、急いで川を降ると岸に乗り上げている船を発見。
 山の中に入ってしまったと勘違いして昨日から山中を大捜索していたらしい。

 実際にはそのまま川に沿って下流へと辿り着き、俺達が保護していたんだけどな。
 なるほど、赤ん坊なのにあんな長い距離を歩けたのも船のせいか。謎が一つ解けたぜ。

 しかし本当に危ねぇな。間違って川に落ちてたらどうすんだよ。

「えっと、今知らせを受けたパパさんがこっちに向かってるらしいです。ママさんも大分心配して、とても弱ってるとか」

 アオイが心配そうに通訳してくれた。
 同じ赤ん坊を持つ母として、他人事とは思えなかったのだろう。
 俺達も注意しなきゃな。ジャジャとナナの場合なんかは下手に飛べるもんだから、余計に気が抜けない。

「ん。目を離したのは本当に危ない。私たちが見つけられて本当に良かった。こらこのお転婆さん。貴女も勝手に歩き回ったらダメでしょ?」

「きゅう!」

 リリカちゃんを抱き上げて目線を合わせ、優しく叱りつけるルージュ。
 叱られてる方はわかってないようで嬉しそうに手足をジタバタさせている。

 ていうかこの子、一日もの間一人で行動してたんだよな。両親が居なくて心細くはなかったんだろうか。案外図太い子だったんだな。

「リリカ!」

「リリカ! リリカ!」

 山の斜面の上から子熊ちゃんを呼ぶ声がする。
 見ると二人の熊の獣人が青ざめた顔で猛スピードで斜面を降りて来て居た。

 ご両親の到着らしいな。

「くぁ! きゅう!」

 その姿を確認したリリカちゃんが大喜びの声を上げた。

「ん。行っておいで」

 そんなリリカちゃんの姿を見たルージュが、うっすら微笑みながら彼女を地面へと降ろす。
 ゆっくり着地したリリカちゃんは脇目も振らずに両手足で地面を蹴ると両親へと走って行った。

「良かった。これで一安心」

 見送るルージュの口から、とても小さな言葉が漏れる。
 ……安心してるような顔、してねぇけどな。寂しいの我慢してるくせに。

「リリカ! リリカ!」

「アア! リリカ! ホウテグルル! リリカ!」

 駆け寄るリリカちゃんを抱き上げ、ギュッと強く抱擁する熊の夫妻。
 その円らな瞳からポロポロと大粒の涙を流しながら、家族は再会を噛みしめている。

「……良かったですね」

「ああ。これで一件落着だな。ん?」

 胸を撫で下ろすように息を吐いたアオイが、俺の肩にもたれ掛かってきた。

「私たちも、しっかりしなきゃ……ですね」

 ああ、こいつちょっと自分達とあの親子を重ねて見てしまったんだな。
 ジャジャやナナが居なくなったって考えたら、俺もあんだけ取り乱してもおかしくはない。
 町中走り回って、森中探しまって、それでも見つけられなかったら。
 あんまり考えたくはない。そうならない様に気をつけなきゃいけない。
 ほんのちょっとした油断で失うには、あまりにも大切すぎるから。

「……ああ、そうだな」

 俺がジャジャを、アオイがナナを。
 それぞれ腕の中にしっかりと抱え込み、俺達は体を寄せ合う。
 この姿こそ完全で、この形こそ最高なんだ。何一つ欠けちゃいけない。誰一人居なくなってはいけない。
 あの家に来る前は想像すらしてなかった今の俺達だけど、もうこれが俺達の全てだから。

「ア、アノ!」

「ん?」

 リリカちゃんの父親がこっちに駆け寄ってきた。
 2メートルを越す体格の黒い体毛の熊が、二足歩行で山の斜面から迫って来るイメージ。
 わかって居てもちょっとビビる。

「ア、アリガト! デス! ワタシ、ソトトノレンラクガカリ、シテマス! ニホンゴチョットワカル。デス。リリカ、アリガト。デス」

 辿々しい日本語で一生懸命感謝の言葉を述べるリリカパパ。目尻にはまだ涙が残っている。
 言葉よりもその嬉しそうな表情で気持ちはすごい伝わって来る。
 その後ろからリリカちゃんを抱いたリリカママもやって来て、地面に頭が付くんじゃないかってぐらい頭を深く下げた。
 いや、アンタ今病気してるんだから、そんな何度も頭を下げなくても。

「ホントウニ! アリガト。デス!  トッテモトテモ! アリガト! デス!」

「あ、いや、あの。見つかって良かった! デス!」

 話し方移っちゃったよ。

「きゅう!」

「だぁ!」

 リリカママの腕の中のリリカちゃんが、俺の腕の中のジャジャへと手を伸ばす。元気良く応えたジャジャが同じように手を伸ばした。

「あぅだ! だぁい!」

「きゅう! くぁあ!」

 お互いの手が届く距離でも無いのに、何がそんなに楽しいのだろうか。
 まあでもチビ達が笑ってるなら何も問題は無い。っていうかこいつら、もうすぐでお別れってわかってんのかな。
 わかってないよな。なんか嫌な予感がするんだよなぁ。

「薫平さん薫平さん」

「ん?」

 アオイに袖を引っ張られて振り向く。

「ガウンノッセさんが、感謝の宴を開きたいからぜひ村に来てくれって……どうしましょう」

 宴ってまた。ああ、狩猟民族だっけか。

「いや、もう夕方になっちゃうしさ。親父も井上巡査達も明日仕事だし、帰んないと」

「ですよね」

 気持ちはありがたいんだけどな。残念だが時間が無いんだ。

 アオイに通訳してもらって断りを入れたんだが、ガウンノッセさんはなかなか引き下がってくれなかった。
 やれ代わりにイノシシの肉を一頭分だとか、採れたての魚が山盛りだとか言われてもだな。どうやって持って帰るってんだよそれ。
 井上巡査の知恵も借りてどうにかこうにか納得して貰えたのは、30分ほど経ってからの事だ。

「よし、んじゃあ帰ろっか」

「そうですね。ナナも起きちゃいました」

「あぅ?」

 いつの間にか目覚めていたマイペースお姫様が不思議そうにアオイの顔を見上げている。

「ジャジャ、リリカちゃんにバイバイしな?」

「だぁ?」

 俺の問いかけに疑問で返すジャジャ。うん。当たり前だけどわかってないよな。

「リリカ、ジャジャエルノ、ソウラー?」

「きゅう?」

 リリカママも同じようにリリカちゃんへと話掛けているが、向こうも似たようなリアクションだ。

「そろそろ空も暗くなるし、早く帰んないと山道は怖いからね」

「こっからまた車まで1時間か。しんどいなぁ」

 帰り道の案内はさっきから空気を読んで口を閉じているウエラとアズイの出番だな。

「じゃあ、私たち行きますね」

「子熊ちゃん、バイバイ」

「くぅあ!?」

 ルージュがひらひらと手を振ると、リリカちゃんがびっくりした顔でその顔を見た。

「きゅう! きゅぅうううん!」

 リリカママの腕の中で、必死にルージュへと手を伸ばすリリカちゃん。

「ん。寂しいけど、帰らないといけない」

「きゅう! きゅう!」

 うわぁ、なんか見てらんないほど別れを惜しんでくれてる。
 ルージュに懐いてたもんなぁ。
 赤ん坊ながらに別れを察してしまったんだろうな。でもこればっかりはどうにもならないんだ。

「わ、私も悲しい。だけどリリカはママとパパと一緒にこの山で暮らすの。だ、だから。だから……」

「ルージュ……」

 さっきからずっと我慢していたのは気づいていた。口をへの字に曲げて耐えてたからな。
 でもこのリリカちゃんの顔を見て、抑えが効かなくなってしまったのだろう。

 ルージュの目に、うっすらと涙が浮かび始めた。

「ふ、ふぇ……。ふぇえええええっ! んびゃあああああああっ!」

「あー……。お前もかジャジャ」

 こっちはこっちでようやく気づいたのか、ジャジャが大声で泣き始めた。
 リリカちゃんへと一生懸命に腕を伸ばし、足をピンと伸ばして必死に近寄ろうとする。

「ジャ、ジャジャ泣かないで。ジャジャが泣いたら、わ、私も……ぐすっ、えっく」

 一度堰を切った涙はもう止まらない。
 頬を伝う涙の粒がどんどん大きくなって来て、ルージュは鼻を鳴らして涙を止めようとしている。

「うだぁ……ふや、ふあぁあああああっ!」

「わあっ! ナナも泣くの!?」

 ジャジャの泣き声に釣られたナナも景気良く大声で泣き始めた。

「よーしよし、まぁ、泣かないよりかはいいか。おともだちが大好きって事だもんな?」

 これで別れに全くの無反応だったら、それはそれでちょっと味気ないしな。

「ふええっ! んだぁああああああっ!」

 体を揺すってあやしても全然効果は無く、ジャジャはイヤイヤと首を降って更に大声で泣き始めた。

 ジャジャ、ナナ、リリカちゃん、そしてルージュ。四人も泣いてしまって大騒ぎだ。
 静かな山中に木霊する泣き声で遠くの木から鳥が飛び立つ。
 俺達大人組はただただ困り果てるだけだ。どうしよっかこれ。

「リリカ」

 リリカパパが苦笑しながらリリカちゃんを抱き上げ、こっちに近寄ってくる。

「きゅぁああっ! きゅううううっ!」

 ジャジャと同じように泣き続けるリリカちゃんの首から、黒いやじりのペンダントを外すリリカパパ。

「コレ、ワタシタチノタイセツナモノ。デス。ウマレタライッコツクル。ダイジナヒトガデキタラモウイッコツクル。アゲタラズットイッショ」

 そう言いながら木の蔓で作られた紐をジャジャの首にかける。
 絡まったり絞まったりしないようにぴっちりと首に合うようになっていて、俺の小指一本分ぐらいしか隙間ができてない。

「えっ? いやそんなタイセツな物、貰えない。デス」

 だってそれ、誕生祝いみたいなもんだろ? 軽々しく貰ってはいけないもんだ。

「イイ。デス。ジャジャエルノ、リリカトトモダチ。トッテモトモダチダカラ。イイ。デス」

 にっこり笑いながら、リリカパパはジャジャの頭を撫でた。

「ふえぇっ、うぐ、えぐ」

 ちょっとだけ泣き止んだジャジャがリリカパパとその腕の中にいるリリカちゃんを見上げる。

「きゅうっ、きゅうう……」

 リリカちゃんも泣き止んでジャジャを見ている。

「リリカ、私からはこれあげる」

 ルージュがジーンズのポケットから小さくて黒い物を取り出した。

「ルゥ姉様、それって」

 ナナをあやしながら見ていたアオイが驚いている。
 なんだろう。

「ん。私の角。ちっさい頃に生え変わってからずっと肌身離さず持ち歩いていたお守り。四つあって、一個は昔アオイにあげて、一個は母が持ってる。私の大切な人に送る、特別な物なの」

 ルージュはそう言ってリリカちゃんの手に何かを握らせた。

 ああ。あれってルージュの角か。
 アオイや双子達とは違うルージュの角は真っ赤だ。
 耳の上あたりから後ろに伸びる、長短2種類、合計四つの角。
 先端が丸まっていて、宝石みたいな光沢を発している。

 生え変わるんだ。それ。

「コレを持っていたら、どこ居たってリリカと一緒。コレが貴女を守ってくれる。大きくなって私を忘れても、この角だけは持っていてね?」

「きゅう……」

 互いの目をジッと見つめながら、ルージュとリリカちゃんは無言で語り合う。
 二人とも涙と鼻水で顔を濡らしながら、それを拭おうともせずに。

「ふやぁあ……んにぃ、えぐ、ひぐ」

「ジャジャ」

 俺もそれに倣って、ジャジャを持ち上げて額と額をくっつけて目を見る。

「んだぁ」

「ああ、お別れは寂しいな? 本当ならもっと遊びたかったろ。パパ達の都合でお友達と離れ離れにさせちゃうのは、本当にごめん」

 どうしたってそうなってしまう。
 ただ仲良く遊びたいっていう、子供達の小さい、でも子供達にとって大事な願いを、俺達は無視しちゃう形しか取れない。
 申し訳ない。でも帰らないと。
 あの家に。あの街に。
 家族みんなで帰るのは、一番大事な事だから。

「またいつか来よう。会えるかどうかはわからないけれど、リリカちゃんに会えるまで来よう。ジャジャとリリカちゃんはもうお友達になったんだぞ? どんなに離れていても、ずっとずっと友達だ。な?」

「えぐ……。あぅ」

 くしくしと目元を擦って、ジャジャはお返事をしてくれた。

「わかってくれたか?」

「だぁ」

 触れ合う額同士を優しくグリグリと擦る。目を閉じて一緒にグリグリしてくれるジャジャがとっても健気だ。

「良い子だ」

 最後に額に軽く口づけをして、ジャジャを胸に抱いた。
 俺のシャツをギュッと掴み、顔を埋めるジャジャ。

「ナナも、もう大丈夫だよね?」

「んむぅ」

 アオイの声に振り向くと、親指を咥えて体を預けるナナを抱いて、俺とジャジャを自慢気に見ていた。
 なんだよ。見られてたら恥ずかしいだろ?

「……帰ろっか。ルージュ」


「ん。帰ろう」

 名残惜しそうにリリカちゃんから離れて、ルージュは俺の隣に立った。

「じゃあ、リリカちゃん。あと剛熊ベアラ族の皆さんも。さようならです」

『サヨナラ!』
『サヨナ!』
『サーナラ!』

「うわぁ!」

 びっくりしたぁ!
 アオイがぺこりと頭を下げた途端、周囲の草むらから沢山の獣人が姿を現した。

 ええ? どんだけ隠れて見てたんだよ。40名は居るだろコレ。

「はは、みんな山の外の人間に興味を持ってはいるみたいだね。もしかした近い将来、社会に出てくるかもよ?」

 今の今まで陰の薄かった井上巡査が苦笑する。
 ……前から思ってたけどこの人、周りが盛り上がると途端に存在感無くすよな。

「よっし、行くぞ」

「はい」

「ん」

 俺達は獣人達に背を向けて、山の斜面を下り始める。

「ねぇねぇ、私達も忘れられてなかった?」

「忘れられてたけど、あの状況で僕たちが出て行って何したら良かったのさ」

 前を行くウエラとアズイがコソコソと会話している。
 忘れてねぇよ。ただ触れてなかっただけだ。だってお前らしっかりビビってたのバレバレだったし。

「ナナもほら、バイバーイって」

「だぁい」

 ナナの手を持ってフリフリと振るアオイ。

「うっ、ヒック、ううぅ……リリカァ」

 俯いて必死に涙を堪えるルージュ。

「あーもう、せめてリリカちゃんの姿が見えなくなるまでは我慢しろって。あとで思いっきり泣いても良いから」

「ん……が、頑張るぅ」

 俺はその頭を後ろからグシャグシャと撫でる。

「だぁ」

 すっかり泣き止んだジャジャは、アオイの真似をして手を振っている。

「腹減ったなぁ。夕飯は高速降りた帰り道で食べるんでしたっけ?」

「ファミレス行くって言ってたね」

「ファミレスってなんです?」

「ウエラ知ってる?」

「僕が知るわけないだろう?」

「ううえええ……うええん」

「あーほらほら、せめて前見て歩けってルージュ。手握っててやるから」

「ルゥ姉様、これでお鼻かんでください」

 騒がしく、でも楽しく。
 別れだろうとなんだろうと、こうやって前向きに。

 俺達には、それが一番良く似合う気がするんだ。 
2018/01/16
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天騎士カイリは流星の如く
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