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天国からのおくりもの
作:烏



第11話 俺が何も分かっちゃいない


父の墓がある神社は丘の上にある。ようやく100段近くある階段の中間辺りまで上った。

「兄貴は何もわかっちゃいない。」

兄貴から逃げたときから頭で何度も復唱されている。

兄貴が言ったことは正しかった。すべては、いままで感情を中に溜め込んでいた俺が悪かったのだ。泣きながら立ち去った惨めでたまらない。俺はもう中学生だというのに・・・。

「何も分かっていないのは俺じゃないか。」

途端に、階段を踏み外してしまった。一気に体重が前方に移り、前のめりになる。

駄目だ。体勢を戻せない!!

下は土だ。皮膚に突き刺さる小石が痛い。ゆっくりと顔を上げた。

見上げると雲ひとつない青空に、合わないゴツゴツとした石があった。鳥居だ。前方へ視線を移すと、木造の大きな建物があった。

「・・・着いた?」

ようやく俺は気づいた。

神社の建物右側に目をやると、奥から家族ずれがこっちに向って角から出てきた。慌てて起き上がり掌についた土を払いのけた。階段を踏み外してこけた姿なんて想像しただけでも恥ずかしい。

父親に母親、それに、小学校低学年くらいの子供が2人仲良く談笑しながら近づいてくる。

「こんにちは」
「こ、こんにちは」

不意の挨拶に少し戸惑った。そういえばここ最近、誰かに挨拶をした記憶がない。

「お兄ちゃん、こんにちわぁ!!」
「こんにちは」

横を通る子供の身長は俺の腰の辺りまでだった。

『俺にもあんくらいの時があったんだよな』

妙に懐かしく、妙に羨ましく、その家族が俺の心に映った。


特に父親の姿が・・・


「父さん・・・」


俺はなんとなく青い大空を見上げ心の中でつぶやいた。

『逢いたい。父さんに逢いたい。』

叶わぬ希望を込めながらつぶやいた。



「お兄ちゃん、こんにちわぁ」

下からまたあの子達の声がした。不思議に思い振り返るとそこには兄貴が居た。

「僕達、何年生。」

階段の途中で兄貴は屈んで喋っていた。

「僕、小学3年生!!」
「ぼく、小学1年生!!」

小学3年・・・丁度俺が父さんをなくした年だ。

「勉強頑張れよ!!」
「うん!」

「すいません、こんなところで長話してしまって。」
「いいえぇ。」

さすが兄貴だ。警察官という職柄だろうか、普通に知らない人とあそこまで喋っているのは俺にとって不思議な光景だった。

兄貴は笑顔で手を振りながらその子供達と別れた。ということはこっちに来る。

咄嗟に神社右側の墓地へ逃走した。


心の中では謝ろうという気持ちがあったが、体が動かなかった。自分が弱い人間だということを改めて認識させられた。果たして自分は変わるのか。少し絶望した。


ここの墓地へは今日で2回目だ。確か・・・。納骨のときに訪れてからは一度も来ていない。

墓は丘の斜面に100以上並んであった。その中に父さんの墓はあるはずなのだが、どこにあるのか分からない。兄貴に聞くのが唯一の手段だったが、今は聞ける状態じゃない。

立ち止まっていても何も起こらない。俺は手前から名前を見て探し始めた。

墓をこんなにまじまじと見るのは初めてだ。どれも綺麗な花が生けられていたが、所々枯れたままの花がある墓が見受けられた。

きっと父さんの墓も同じだ。またはそれ以上に荒んでいるに違いない。母さんは俺を食わすために毎日必死に働いていたし、兄貴や姉ちゃんも仕事があってきっとここに来る暇なんてなかった。本当は俺が父さんの世話をしなければいけなかったんだ。

俺は枯れた花を見るたびに自責の念が強くなり、自分への怒りを込め、近くの石垣を思いっきり殴った。

拳から腕を伝わり全身へ、痛みと痺れが俺を襲った。

「他人の痛みを知れ!」

俺は4年前と何も変わっていなかった。誰も来てくれない父さんの心の傷はこんな傷よりはるかに深く、痛いに違いない。

中指と人差し指の間接辺りの皮膚は切れて出血し始めた。

「これ・・・使えよ。」

突然の登場に驚き少しよろめいたがすぐに体勢を戻した。

そこには兄貴が、ハンカチを差し出して立っていた。

俺はハンカチを素直に受け取った。

俺はどこかまだ兄貴を許せない気持ちが残っているのだと気づいた。血をふき取る時、自然に兄貴に背中を向けていた。

「ごめんな・・・誠。」

後からいつもの兄貴とは思えないくらい暗く冷めた声が響いてきた。

「俺・・・お前の気持ちを分かっているつもりで居た。でも・・・本当はわかっていなかったんだな。」

後を向いて俺も謝りたいが勇気が出ない。
今動かなければ後で絶対に後悔する。動け俺!!

「お前の言うとおりだった・・・本当に・・・」

ようやく俺は動かせた。ゴメン!兄貴。そう言おうと思って振りかえると、いきなり大きな体が突っ込んできた。・・・兄貴だ。

「ごめん・・・」

声が潤んでいた。頭上から雨粒が1つ、2つと落ちてくる。その雨はいつもの雨みたく冷たいものではなく、生温かかった。村松のじいちゃんの家での時と同じようだ。

いつもは決して泣かない男が泣いている姿を見て、俺も感情が込みあがってきてしまった。

「俺の方が・・・わるかったんだよ・・・」

涙ながら勇気を持って言えた。

「本当に・・・ごめん・・・」

号泣する俺の頭を兄貴は大きな手で撫でた。

「もう泣くなよ・・・父さんが見ているぞ。」
「・・・え?」

涙を拭い、後を向くとそこには1つだけたくさんの花々や千羽鶴に囲まれた墓があった。墓石には『牟田家之墓』と刻まれてある。

信じられなかった。家族の誰も来ていないのになぜこんなにも・・・?

兄貴は先に石段を登り墓石の前でしゃがんだ。

「お前もこい」

父さんの前に来るとその大きさがよく分かった。周りにある千羽鶴にはたくさんのメッセージが刻まれてあった。

俺が驚いている間に、兄貴はどこからか買って来た線香に火をつけて払った。

白い煙が青空へと昇っていく。

俺は手を前であわせ目を瞑った。

『父さん・・・ごめん。今まで世話しなくて。これからは父さんに一歩でも近づけるように頑張るから待っていてね・・・』

「誠・・・元気か?」

急に兄貴が暗闇で言い出した。目を開け、横を見ると手紙を読んでいた。

「これが今お前に読まれていると言う事は父さん死んだんだな。もう中学生だ。勉強はどうだ?父さん馬鹿だったから何もいえないけれど・・・。そんな面白くない話は放っておいて、部活は何に入るか決めたか?父さんは水泳部に入ると思うがな。これ予言。当たったら缶コーヒーな。お前は泳ぐの好きだし、何より他人よりセンスがある。まだ水泳続けているのなら決してやめるな!!長年やってきたものを捨てたら後悔するぞ。中学生になったお前に忠告だ。後悔する人生だけは送るな!まぁ一日一日を大事にして過ごせということだ。そうすれば必ず良い中学校生活をおくれる。以上!父より」

俺はただ墓を見つめていた。

「これは父さんの机から見つかったんだ。家族全員宛てにあった。スゲェよな父さんは。警察官がいつ死んでもおかしくない仕事だから、いつ死んでも良いようにこんな手紙を書いていたなんてよ。」

俺は本当に嬉しかった。何年かぶりに本当に父さん逢った気分だ。

「本当に人を思いやる良い奴だよな、父さんは。何しろ誰も墓参りに来ていないのにこれだからな・・・」

花束や千羽鶴が、『あの時はお世話になりました。』、『お巡りさんのおかげで・・・。ありだとうございました。』など、たくさんのメッセージと共に父さんの墓の周りを囲んでいた。

「これ全部父さんが今まで接してきた人達からのものだ。どれだけ父さんが市民に愛されていたかこれを見れば一目瞭然だ。これを見て、俺の中での父さんが本当に尊敬できる父親になった。だからお前もこれを見れば変わるんじゃないかと思って、大方巡査部長に相談してみた。」

なぜ大方巡査部長という人に相談する必要がるのか・・・。分かった。大方巡査部長の息子が篤史だからだ。でもなんで兄貴はそれを?俺はすぐさま聞いた。

「覚えていないのか?俺はお前の入学式に行ったんだぞ!そこで大方巡査部長に会った。ついでにその息子の篤史君がお前と同級生だと知った。だから相談したんだ。」

すべては兄貴の企みだったのだ。ということは、篤史は俺が知る前から俺のことを知っていたのだ。何か変な感じがした。

「おせっかいな兄貴でごめんな。ただ・・・チャンスだと思ったんだ。今やらなければ、一生お前は父さんのことを恨み続ける。そう思ったら動かずにはいられなかった。自分が尊敬している人を恨まれるのは耐えられないからな。」

言葉が出なかった。

「兄貴は何も分かっちゃいない」

全く違っていた。俺の兄貴は俺のことをいつも真剣に考えていた。何も分かっていないなんて事はない。すべて分かっていたのだ。俺が何もわかっていなかった。

「ごめん・・・兄貴。さっきはあんな事言って・・・」
「いいって言っただろう?」

兄貴は俺の頭をつかんで言った。

「それよりお前、男がそんなにぺこぺこ頭を下げていたら駄目だぞ!」

「・・・そうなのか?」

俺は疑問だった。














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