異世界は、夢見る私に優しくない
私は異世界トリップというファンタジーが大好きだ。
そのジャンルの作品は沢山読み漁ったし、ゲームもしたし、漫画も読んだし、アニメも見た。
だから車に跳ねられ異世界に飛ばされた際には、泣いて喜んだものである。
知識チートで最高に魅力的な私!イケメンに好かれる私!と心は震えに震えた。
しかし、異世界は甘くなかった。
*
例えば、異世界では黒目黒髪が貴重であるという設定。
テンプレ中のテンプレであるが、この世界ではそれなりに適用されている。
千人に一人くらいしか黒目黒髪はいないのだ。
それなりに貴重な存在なのである。
さて、話は少し変わるが異世界トリップ好きの人の中で、一体どれだけの人がお気付きなのだろうか。
私達の世界では日本人だけでなく、アジア、中東アフリカその他諸々の地域に黒目黒髪の人は多数存在するという事に。
人口的な比率を考えたら、まず日本人ばかりが異世界にトリップする訳がないのだ。
私はそこに気付いていなかった派である。
「アキナ、聞いた?黒目黒髪の異世界人が時空の歪みから現れたらしいわ」
「黒目黒髪の異世界人って……もしかしたら、同郷の人かもしれない。お願いします!会いに行かせてください!」
これは日本人と異世界で遭遇!イベントに違いないと考え、お世話になっているお姉さんにお願いし、保護されたばかりの異世界人への面会手続きをしてもらった。
道中で会う人達に、私の国は大体の人が黒目黒髪なのだ、これから新しい黒目黒髪の異世界人に会いに行くのだ、と説明をしながら。
そんな説明聞いら、誰だって、ねえ?
高鳴る胸を押さえつけながら懐かしの保護施設の扉を開けると―――そこには、黒目黒髪のエキゾチック系美少女がいた。
「من أنت؟أين هو هذا المكان؟」
「………」
翻訳アイテムを黒目黒髪美少女に支給するには、一昼夜かかるから、と先に会わせてもらえた。
積もる話もあるだろう、と二人きりにまでしてもらっていて。
皆さんの好意が、サクサクと胸に突き刺さる。
「من أنت」
エキゾチック系美少女の警戒してますよ感あり過ぎな視線に、冷や汗が背中を伝う。
同じ世界は同じ世界でも、絶対に私の知識外の言語圏な出身の子に違いない。
ハローでもグーテンタークでもニイハオでもない。
これでは挨拶すらまともに出来ない。
「黒目黒髪は、アキナと同じ国の生まれの人なんですって」
「じゃあ、アキナにあの子の相談相手をしてもらいましょうか。きっと同郷の子が相手なら、あの子も安心するわ」
扉の外から聞こえる嬉しそうな声に胃が痛くなる。
恥ずかしくて死ぬ。
*
次に、異世界トリップに定番の女子高生異邦人な私。
女子高生で、十六歳だ。
恋愛フラグはビンビンに立っている。
顔は十人並みだが、愛らしい華奢さだとか、守ってあげたくなる小ささだとか、そういう定番のアレは完璧に備えている。
ちょっとぐらいの容姿の傾向の違いなら、庇護欲を誘う感じなこのテンプレで対抗出来ると信じていた。
だがしかし、大きな壁が私の前には聳え立つ。
「なんてエロさだ」
大きな目に滑らかな素肌、身長は高く頭身のバランスも完璧。
そして何よりその衣装に包まれた豊満なボディ。
現実味のないけしからんお胸様を支える、えらく面積の小さな布地。
腰布はしっかりと巻かれているものの、スリットは深く、がっつり見える引き締まった生脚がエロい。
まさしく二次元の美女である。
恐ろしい事に、これが異世界女性の標準装備な容姿なのである。
「何だこの格差は」
一方で現役女子高生な私は、ごくごく平均的な日本人の体型である。
二次元なお方達は八頭身とかそれ以上だとかで、胸はデカい癖に腰が折れそうな程に細いとかそういう人しか居ない。
そんな人達と比べたら、胸はあってないような物だし、腰はお前ちょっとコルセットで締めて内臓動かせよレベルだし、脚の短さは最早どうしようもない。
守ってあげたい小ささ?
エロさという象の前では、そんなもん蟻である。
そもそも、だ。
ナイスバディなお姉さん達が闊歩する世界で、貴方は恋人に第一印象ハニワな人を選びますか。
私は面食いなので選びません。
*
性格が優れているから恋愛に発展する、という展開がある。
舐める事なかれ。
異世界のお姉さん達は老いも若きも皆優しい。
私のこの打算的なところも含め、全部分かった上で優しくしてくれているという度量の深さだ。
付け焼き刃で性格を更生したところで、勝てる気はしない。
例えば、私がこの世界に落ちて来てしまった日。
技術的に地球に帰す事は難しい、と説明してくれたお姉さん達は、我がことのように私の境遇に涙した。
手をしっかりと握り、ごめんなさい、出来る限りの事はするわ、と涙ぐんで約束して。
その日以降、誰もが私が困っていればすぐさま手を差し伸べてくれるし、私が泣いていれば隣に寄り添って背中を撫でてくれるし、お腹を空かしていたら美味しいご飯を食べさせてくれた。
老若男女見知らぬ人まで、である。
あんたらどんだけ面倒見が良いんだ!と慄いた。
私ならいつまでもメソメソしてる人が居たら、イライラしてお尻を蹴り飛ばしかねない。
……だからモテないのかもしれないね。
*
現代日本の技術、思想、その他諸々チート、という王道展開がある。
これもまた打ち砕かれた。
多分この世界は、現代日本よりも数世紀先に行っていると思われる。
だってワープホールあるんだよ?SFの世界にしかないアレだよ?家の扉を開けたら、既に職場です、なアレだよ?
物理ー、なにそれ美味しいのー、なただの女子高生である私には太刀打ち出来ない文明レベルなのだ。
例え太刀打ちしようと全身全霊生涯をかけて取り組んだところで、昔の生活に回帰するようなものしか生み出せまい。
そんなもん、趣味の一つとしては受け入れて貰えるだろうが、まず現代的な生活水準から見たら酷く残念なものになるだろう。
そもそも私の知識なんかでは、現代日本で打製石器を作り始めるレベルになりかねない。
勿論、地球における最高峰の技術屋さんを連れてきたところで、現代日本でポケベルを作り出すレベルまでしか達せないに違いない。
*
美味しいご飯で胃袋を掴もう大作戦、というのも夢に見た。
これについては、私は料理はほぼしない甘えた女子高生だったという事を先に宣言しておく。
お母さんいつもありがとうございました。
例の同じ世界から来た黒目黒髪アラブ人のイスラちゃんは、私より若いというのに郷土料理もどきをちゃっちゃと作っているのを見て虚しくなった。
そしてもの凄く美味しかった。
大和撫子なんて幻想である。
*
そんなこんなを、私専属の相談員であるイケメン好青年なイヴェリオに全てぶちまけている。
なう、である。現在進行形である。
私なんて知識も美貌も家事能力もない人間だ、何の役にもたてなくて心苦しい、と。
実際ただのニートである。
脛かじり系異世界人である。
勤勉さが売りな日本人の端くれとしては心苦しさ半端ない。
「私なんて役立たずだし、何もできないし、もう本当にみんなに申し訳なくって」
「そんな事はない。アキはとっても素敵だ」
「イヴェリオ……ありがとう。でも私が居る意味なんて、」
「ねえ。聞いて、アキ」
美しい藍色の瞳が、めそめそと泣き続ける私の目を覗き込み。
イヴェリオは私の手を握り、胸元へと持って行って――。
「アキが笑ってると皆が幸せな気分になれる。僕だってそうだよ。みんなアキの事が大好きなんだ。アキが此処に居てくれるだけで、嬉しい」
はにかむように笑う彼に、私の胸はずきゅんっと高鳴った。
恋である。
異文化コミュニケーションにおいて、理解は必要不可欠だ。
日本人がよくやる、おいでおいでと手を招く動作も、海外ではあっち行けや!といい意味になるらしい。
それくらい、異文化の差は大きい。
具体的には、イヴェリオが私の手を彼の左胸に当てたあの動作とか、彼が私をアキナではなくアキ、と呼ぶのとかも特別な意味があるかもしれないのだ。
声なき主張を見落としていたら、恋する乙女失格である。
意気揚々と、さあ、異文化のお勉強だ!と百科辞典をめくって愕然とした。
名前の短縮形は確かに愛称だ。
だが、母音がイで終わる愛称は小さくて愛らしい女の子、というニュアンスで使われるらしい。
小さくて愛らしいって……これは、近所の幼女的な扱いなんじゃ……。
彼にとって私とは、愛する対象ではなくて、愛でる対象なんじゃなかろうか。
更にページをめくって行くとこの国の文化について記載があった。
他者の手を自分の胸へと持って行くのは、一切の下心はない、嘘偽り無く友情からの言葉だという意味らしい。
恋愛感情を含まない、生涯の友という宣言なのだそうだ。
私はそっと百科辞典を閉じた。
*
ごくごく普通な人間が異世界トリップしたところで、ロマンスが生まれるなんて事はほぼ存在しないのだと思い知った。
あれは幻想の詰まったフィクションだ。
自分のスペックを見て、現実を知るって大事。
かと言って、現実をしっかり見詰めたところで恋人なんかまるで出来ないし、チートなんかないし、駄人間である事に変わりはない。
でも、皆の優しさとか、生涯の友達もいる事とかには気付けた。
人生、恋が全てではない。
夢見た感じのトリップではないけれど、だからまあ、その、幸せだったりします。