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読んで安心童話シリーズ

作者:あゆ森たろ

「あちし(私)」は、ちよみ。今年で小学一年生になる。
 小学校に入学してしまったら、もう幼稚園には通わなくなるし、一緒にいつも遊んでいた佐藤遊助くんとも遠くなってもう会えなくなる。――ママがそう言っていた。

 あちし、どうしたらいいのだろう。遊助くんとずっとずっと一緒に居たかったのに。
 あちし、遊助くんのことが好き。でも、でも――。
 あちし、あちし――決めた。

 いさぎよくならなくちゃ。「おとなの」レディになるために。
「あちし」はもうすぐ小学生、もう子どもじゃないんだから!


 ・ ・ ・


 ちよみは、満足そうに一息ついていた。
「できたわ……!」
 ここは台所、姉の「そらよ」は小学五年生、そろって、お互いの作品を見比べていた。
「お姉ちゃんは誰に渡すの? サカナくん?」
「ぎょっ」
「なぁーんだ、やっぱりそうかぁ」
 照れながら、そらよは、ちよみを手でこづく。「もぉ、からかわないで。いやぁん」
 非常に仲のいい姉妹だった。見ていると恥ずかしくなる……いや、微笑ましい、ハハハである。
 出来上がった『作品』――ハート型のそれに、「える・おー・ぶい・いー」をアルファベット変換した文字を書いたもの、それは『チョコレート』――砂糖、カカオ、全粉乳、ココアバター、植物油脂、澱粉でんぷん、卵殻カルシウム、水あめ、増粘剤アラビアガム等が入っているのかもしれない――だった。
 要するにチョコを作った。

「あちしは、『おとな』になるの!」
 ちよみは、息ごんでいた。
 明日はいよいよ、バレンタインでぇい、である。


 ・ ・ ・


 犬が一匹、早朝に、さ迷い歩いていた。
 きっとエサを探している。そんな風に思えた。


 昨夜に作ったチョコを持って、ちよみは、時間通りに家の近くへやって来た幼稚園のお迎えバスに乗り込んだ。「おはよう、ちよみちゃん」「せんせい、おはようっ」
 黄色い帽子に黄色いシャツ、2つに分けて括った髪。緊張した顔で、ちよみは、バスの奥へと進んでいった、すると。「おはよう」
 後ろから2番目、2人掛けの席。いつもそこを指定席に座っていたのは、ちよみの大好きな佐藤遊助、やんちゃ元気な坊主だった。帽子のつばを折り曲げていた。
「おはよ、遊助く……」
 半笑いで見ると、ちよみは、気がついた。
 遊助の隣には、女の子が座っていたことに。
「おはよう。ちよみちゃん」
 すましたような顔でちよみに挨拶をしたのは、スイーツ狗狸魅くりみである。
「お、おはよう……」
 お迎えのバスの巡回事情上、バスはちよみよりも先に狗狸魅を迎えに行ってしまう。
 どうやってあがいても、ちよみは狗狸魅より先にバスに乗ることはできず、遊助の隣には常に狗狸魅がつきまとうのだった。
 ちよみが遊助たちの席の左右反対側へ座ると、バスは発進した。
 同時に、狗狸魅は、自分のカバンから取り出した物を遊助に見せていた。
「はい、遊助くん」
「え?」
「これ、バレンタインのプレゼントなの。あげるね」
 得意げに狗狸魅が遊助に渡した紙袋には、上品かつエレガントな装飾と、銘店『ア・ラ・カッポーネ』のロゴが入っている。何となく高価そうだった。
「開けてみてもいい?」
 お礼を言うことを忘れ、遊助は渡された袋に釘付けになりながら、聞いた。「もちろん。エヘッ☆」観音様も引くような素敵な笑顔だった。
「こ、これは……」
 取り出した小箱。ちょうど窓から朝日が当たって光り輝いた。
 まばゆい箱には、『壬天堂3DES』と書かれていた。子どもに大人気の携帯ゲーム機である。「じんてんどう・すりー・デス」と読み、後続機だったが、その前の『壬天堂1DES』『壬天堂2DES』の生産も続いており、人気の落ちることがないミラクルがそこにあった。次機は『じんてんどう・フォー!☆』が出ると噂されている。デスは何処に行ったのだろう、だが死にはしない。
「す、スゲぇー、ほ、ほんとにこれ、もらっていいの?」
 信じられない顔で遊助は興奮していた。
「いいの……遊助くんのためなら、アタシ……」
 腫れぼったい目で指を絡めながら、遊助を見つめた。色気を出している。

(チョコぢゃないじゃん!)

 横で腹わたが煮えくり返りそうなほど怒り狂う気持ちを我慢しながら、全てを目にしていたちよみは、心のなかで鬼のように叫んでいた。
(あんなの、ズルイ!)
 ひざの上に乗せていたカバンのなかには、昨夜に姉と一生懸命に作ったチョコが入っている。
 出せそうにもなかった。
(狗狸魅ちゃんなんて……狗狸魅ちゃんなんて……)
 悔しくて泣きそうだった。
(モロッコにでも飛んじゃえばいい!)
 子どもの発想だった。高く飛んでいってほしい。

「おとなの」ちよみは、黙ってバスが着くのを待っていた。


 その日、幼稚園で、ちよみは何度も遊助にチョコを渡すチャンスをうかがっていたが、結局、モテる男・遊助には女の子が途切れることなく群がり、何だかんだで渡すことが、とうとうできなかった。

「バイバイ……遊助……」
 幼稚園から帰ったあと、傷心のちよみはひとりで外へ出かけた。
 たまに車が通る橋の上、そのうちに夕方になるが、そこから、ちよみは。
「えーい!」
 振りかぶって、野球の投手のように、球の代わりでチョコを持って、投げようとした。
 ちよみの目の前には、大きな川の風景が広がっている。
 投げた。

 しかし、何者かが「それ」を……キャッチしたのである。
「えええ!?」
 目を丸くしてちよみが見たのは、一匹の犬だった。茶色い柴犬だった。
 キレイにラッピングされたチョコを、見事に口にくわえている。鮮やかな横っ飛びだった。
 難なく華麗に着地すると、犬は、休まず駆けていった。「あぁぁああ、待ってぇー!」逃げる犬に追う少女、ちよみは考える間もない。空を見ると……

 雪が降ってきていた。
 風が、そよぎ出していた。

 ……。

 犬の足に追いつけなく、息を切らしてちよみは、ついに足が止まってしまった。
(返してよぅ……)
 はぁはぁ、と、苦しそうに息をして、自分の足元を見つめた。
 ひとりで泣いている。
(あちし、もう我慢できないよ……)
「おとなの」レディになりたかったが、やはり、ちよみには我慢の限界だった。
 ぽろぽろ、と、涙が勝手に落ち出してきた。
(バレンタインなんか嫌い、犬なんか嫌い、遊助くんなんか……)
 最後は、声に出した。
「遊助くんなんか」
 お別れ。
 お別れだ。
 もう、会わないでおこう。
 それがいい。
「遊助くんなんか!」
 ちよみは、冷たくなった手を握り込めた。

 その時である。

「ちよみちゃん?」
 声がしたため顔を上げると、知っている顔がちよみを呼んでいた。
 パーカーに着替えていた遊助だった。
「ゆ、遊助くん」
「こんな所で何してたの? あれ、顔が赤い。びょうき?」
 手にはスーパーの袋と玩具のカードを持っていた。どうやら、おつかい帰りらしい。カードは、ごほうびだろうか。ちよみに近づき、不思議そうな顔をした。
「風邪かもしんないよ、早く家へ帰らなくちゃ。よかったら送ってくよ?」
 子どもだが紳士のように振るまう遊助に、ちよみの心は揺らいだ。
「だ、だいじょうび」
 ダイジョウブと言いたかったが、大丈夫に思えなかった。
「ボクの家、今度引っ越すんだけど、ママたちが忙しいから買い物に行ってきたんだ」
 引っ越し、と聞いたちよみは、どこへ? と顔で聞いた。
「すぐ近くだよ。小学校にも近いんだ。ちよみちゃんとは、同じ小学校になるのかな」
「へ」
 気の抜けた声を出し、ポカンと開いた口で遊助を見つめていた。

 遊助くんとはお別れじゃない。

 ちよみは、心のなかでダンスを踊った。しばらく踊っていた。

「あれ?」
 落ち着いてきたちよみが、遊助の持っていた袋に目をやると、見覚えのある物を発見した。
 それは、つい今しがた犬に奪われたばかりの、チョコの箱だった。「どうして」ちよみの頭のなかにはクエスチョン・マークが一杯である。
「え? これ? 実はさっきさ、犬が捨てていったんだよ。ボクのとこに」
 箱の隅には、遊助くんへと宛名が書いてあった。「えー、何で? どういうことなの?」さらなる疑問が起こされる。
「野良犬だよね。首輪もしてなかったし、たまに見かけたりするけど……」
「そういえば、家の玄関の前によく居る犬。あのコかな?」
 追いかけていた間は、悲しくて我を忘れかけていたちよみだったが、考えてみると、犬には何度も会っていることを思い出していた。
「これ、ちよみちゃんのなの?」
「え、あ、う、うん。そうだけど……」
「ボクに?」
「そ、そう……」
「じゃあもらう。ボク、チョコ大好きだから。兄貴にも負けたくないし」
 そう言って、スーパーの袋から取り出したのは別の可愛らしく包まれたラッピング袋や箱だった。
「これで16個。ちよみちゃんので17個。だからちょうだい」
 図々しくも手を出して、遊助は悪びれた様子もなく、にこにこと笑顔だった。
 しかしちよみには遊助の顔が『ゾッコンならぬズッコン』スマイルに見えている。
「あふぅ」
 ため息が漏れた。ちよみは腰くだけメロメロだった。犬のことなど。

 空が、2人を歓迎するかのように、白が淡く、雪を吐きだしている。
 バカップル誕生も恐らく近いと。


 ・ ・ ・


 犬が一匹、路上に、さ迷い歩いていた。
 きっと何かを探している。そんな風に思えた。
「ワオーン」
 吠えた。寒くなった雪化粧のあたり一帯に、声は届いている。
「ワオーン」
 路面から出て住宅地へ歩く。立ち止まったのは、一軒家の前だった。
 しばらく座り込み、尻尾をフリフリと揺らして、カーテンのかかった2階の窓と、それから門を見た。
 漆黒のなかに一点の光が灯されたような目は、犬のものだった。
 もう吠えはしない。
 犬は、突然に尻尾のフリを止めたあと、立ち上がった。
 そして、スタスタと、一軒家を背に去って行く。
 まるで何かを告げたかのように。

 ……。


 一軒家の門にある表札には苗字で『皿場』の下に、名前で『青春あおはる』『友世ともよ』『多葉虎たばこ』『宇宙代そらよ』と、そして。

『千代美』と書かれていた。



《END》


 種別を越えた愛がテーマです(真面目)。
 ご読了ありがとうございました。
 本作品は、なろう『冬の童話祭2012』の企画作品です。
 http://marchen2012.hinaproject.com/pc/

 あとがきブログはこちらからです↓
 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-243.html

 ではでは。


小説『犬』
この作品の あとがき こちら

なろう冬の童話祭2012
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