4年待ち続けました。もう終わりにしましょう?
途中主人公に残酷な表現?があります。
ご不快な方は申し訳ありません。
────あぁ、やはり無駄だったのかもしれない
冷静な自分が頭の中でそうつぶやいていた。
目の前には自分の元婚約者である王子殿下と、彼と相思相愛だと自分に言って婚約を破棄することになった原因の少女──あれから4年は経つのでもう娘と言っていいだろうけれど──がいる。
少し離れた所には殿下のご両親である国王夫妻もいるし、他にも幾人かの貴族がいる。
今は細やかな──それでも公式な──夜会の場なのだ。
そんな所でこんなことをするなんてと思うけれど、仕方ない。
これ以上待っても状況は変わらないだろうし、この二人の様子を見る限り無駄なのだとよくわかる。
殿下と令嬢は、私に対して気まずい顔を隠さない──令嬢に至っては顔を背けている──のだから。いや、これで私に気づかいが出来ているのならまだいいのだけどそれもない。
まぁ顔を背けたくなるのもわかりますよ?だって4年前、お二人が私にしたことはとてもひどい仕打ちですものね?
それを前にして冷静に対応出来れば、まだ良かったですのに。相応しい対応をしていれば。
4年。4年待ちましたわ、私。
気まずい空気の中でまず声を掛けたのは私。
「お久しぶりでございますね、フェイボス殿下、ルボローゼ様」
令嬢は私が声をかけるとビクッと肩を揺らした。
この程度で動揺を表すなんて、これまで彼女は何をしてきたのかしら。
「あ、あぁ。久しいな、ハティリア嬢」
殿下が少し引きつり顔だけれども挨拶を返してきたのはさすがにこれまでの王族教育の賜物なのでしょう。
「えぇ、4年前のあの一件以降お二人は会いに来てくださいませんでしたもの。ついに待ちきれなくて会いに来ましたの」
一応公爵令嬢として今まで社交界の招待状は届いていますもの、会いに来ようと思えばもっと前に来れたのですけどね。それに会うだけなら社交界でなくても謁見を申し込めばいい話なのですけど。
でも出来たら自主的に来て欲しいではないですか。
自分から行動して欲しいではないですか、ましてそれが謝罪という行為ならば。
「こうして社交界に来るのも4年振りですわ。
この姿ではなかなか参加する決心がつかなかったので。生活もおぼつかないこの姿では皆さまに恥ずかしい所を見せてしまいますもの」
この姿。今の私の姿を初めて見る人はきっと眉をひそめて憐れむのでしょうね。
私だってこれが自分でなければ、ただ憐れんでいただけでしょうし。
私を客観視するならば手足が無く車椅子に乗せられている容姿だけは整った娘、でしょうか。
どれだけドレスを着て着飾ろうとも手足が無いのは一目瞭然。肩より先、腿より先が無いのがすぐわかるでしょう。
生まれつきならばまだしも、この姿になったのは4年前から。
一人で生きることは難しいけれどそこは公爵令嬢という立場に感謝するしかない。でなければとっくに死んでいるでしょう。
私の言葉に殿下はなんと言っていいのかわからないようで困惑している。
そうでしょうとも。殿下に何が言えると言うのでしょう。この姿にした張本人が、私に。
「フェイボス殿下とルボローゼ様はお元気そうで。私お二人のことを他の方からたくさん聞いていますわ。
こんな姿になってしまった私に未だ会いに来てくださる方たちがお話してくださいますの」
言いながら私は艶やかに笑う。今の私に出来ることはこうして喋り、表情を見せること。
それが社交界では武器になるのだと、貴族としては当たり前のことを思い出す。
手足がなくても私の機微に人は反応するのだと4年で理解しました。
「この4年お二人が何をしていたか、私聞いてますのよ。
いえ…正確には何もしなかったことを、知っています。
ねぇフェイボス殿下、ルボローゼ様?」
あぁ令嬢がそんなに青ざめて。殿下も顔色が悪い。
でも4年、猶予を差し上げましたわ。
それなのに何もしなかったのはお二人。
これ以上待っても、もう無駄でしょう?
「4年前フェイボス殿下はルボローゼ様の言い分だけで、一方的に私を断罪しましたわね。
恋は盲目と言いますけれどあまりにも粗末すぎですわ。
ましてまともに法に照らしてもせいぜい謹慎か注意が妥当な罪に対して──
──手足を奪い、その上死罪にしようとするだなんて。
無実の者にあまりな仕打ちでは無いですか?
少し調べればすぐに真相など知れたことを、それを怠り、一方的な決めつけで、この残虐な仕打ち。
私はそんなに殿下たちに恨まれていましたのかしら?」
これでも長年婚約者であったのですけどね。
恋愛感情はなくても幼馴染みとして親愛の情はありましたのに。
「ハティリア嬢…それは…その…」
殿下は言い淀んで、結局続きはない。一応罪悪感はあったようですのね。
今更謝罪されても、まして促されての言葉なんていりませんが。
そんな殿下を無視し、隣にいる令嬢に話しかける。
「ルボローゼ様とまともに話すのはこれが初めてですかしら?
──あぁ忘れていましたわ。フェイボス殿下とのご婚約おめでとうございます。
王族に嫁入りする者としての教育など大変でしょうが、お二人は愛し合っているのですものね。
そのようなこと障害にもなりはしないのでしょうね」
初めての会話に存分に棘を含ませて。
令嬢は青ざめていた顔をキッと赤くして私を睨んでくる。
彼女はルボローゼ伯爵令嬢。辛うじて王族に嫁げる身分ですが、彼女は伯爵が引き取った平民として暮らしていた娘。
貴族社会ですら慣れない彼女に王族教育が上手くいくはずはない。
それでも本当に愛しているのなら必死に覚えようとするものではないのかしら?
それとも私が愛に夢を見すぎなのかしら?
そしてそんな彼女が私と比較されているのを知っての先ほどの言葉。
少なくとも殿下の婚約者として、王族入りする者として、私は最善を尽くしていましたわ。
教育係の先生も私ならば大丈夫だと太鼓判を押すほどに。
そこに愛がなくても、それは貴族としての義務なのですから。私と殿下の婚約は完全な政略結婚なのですもの。
そんな政略結婚を覆し愛の元に婚約をしたのですから、それなりの結果をだして貰わなければ。
それをお二人は理解されていたのでしょうか?
「…えぇ…ありがとう…ございます、…ハティリア…様。
わたし、フェイを愛してますから。何があっても大丈夫です」
その言葉に殿下は嬉しそうに令嬢の手を取った。
ほんの少し見つめ合い頬を染める令嬢は確かに離れて見てる分なら幸せそうでしょう。
まだこれが婚約したてなら仲睦まじい姿なのですが、もう4年も経っている今だともはや滑稽な茶番にしか感じませんね。
この4年で彼女は相応しい態度を身につけれず、王族入りするには相応しくないと知られているのですから。
このままではいつまで経っても婚約者でしかないと理解なされてないのですね。
ルボローゼ様、先ほど“何があっても”と仰っいましたね?
ならば、これから“何があっても”大丈夫ですわよね?
「まぁなんて素敵な愛なのかしら!
ルボローゼ様、先ほどの言葉に偽りはありませんわよね?
殿下となら“何があっても”大丈夫なのですね?
殿下も同じ気持ちなのでしょうか?」
私がそういうと怪訝そうにしつつも二人は頷きました。
「あぁルビィとなら何があっても大丈夫だ」
「えぇフェイとなら何があっても大丈夫です」
私はその言葉を聞いて離れてこちらを見ていた国王陛下の方を向く。
「陛下、このような場で突然失礼いたしました。
本来ならば真っ先に挨拶をすべきなのですが先にフェイボス殿下とルボローゼ様にお会いしてしまいましたので少し話し込んでしまいました。
お久しぶりでございます、陛下」
突然話しかけらた陛下はそれでも鷹揚に対応してくださいました。
「よい。久しぶりだなハティリア嬢。
今まで参加しなかった夜会に来るとは珍しいな」
陛下とは4年前の出来事の後に会っているし、その後も非公式に何度か会っているのですが公式には4年ぶりです。
私が何かをしようとしていると薄々感じているのでしょうか。少しだけ、目線で問われているのを感じます。
「ありがとうございます、陛下。
あれから4年も経つのです。もう動いてもよいかと思いまして、参加した次第ですわ」
一呼吸してからようやく本題を切り出す。
「陛下、4年前の出来事を理由にフェイボス殿下との婚約を破棄した時のことを覚えておいでですか?
あの時王族として二人が相応しくなれたなら二人の結婚を認めて欲しいと私が申しましたことを」
私は二人の結婚を条件を満たしたとき認めて欲しいと言いました。
私の言葉に殿下と令嬢は信じられないと言った顔をしています。
「あぁ覚えているとも。
だがさすがにいつまでも待てないので期限を設けるとも言っていたな。
その期限は数年と言っていたが具体的な年数を聞いてはいなかったな」
「はい、陛下。
私はあの時数年あれば妃殿下としての教育を受け、王族として、相応しくなれると思っていました。
ですがこの4年、お二人はいかがでしょうか?
あれだけのことをして、私はいまだにお二人から謝罪の言葉も聞いたことがありません。
お二人はそれらに目を背けまるでなかったかのように過ごされています。
あの時殿下がしたことは立派な殺人未遂・傷害罪なのですがいかがお考えなのでしょうか?
この4年いくらでも謝罪の機会はございましたのに、一度たりとて接触されることはありませんでした。
それとも殿下は王族ならば謝罪など不要だと考えているのでしょうか?
そのような方が王族として相応しいと言えるのでしょうか?
────それに、
ルボローゼ様はこの4年、妃殿下に相応しい振る舞いを覚えられましたでしょうか?
相応しいと、評価をもらえているでしょうか?
4年──4年あれば少なくともある程度覚えるものと私は考えていました。
ですから今日はそれを確認する為に私はこの夜会に来ました。
どうでしょう?客観的に見て、お二人が王族として相応しいと陛下はお考えですか?」
4年。
短くもないし、長すぎない4年でした。
何かしらの成果を出すには十分な年数でしょう。
私の言葉に陛下は首を横に振ります。
「とてもではないが認められん。
二人のした行為も態度も、相応しいとはわしは思えぬ」
認められていればとっくに結婚してますからね、お二人は。
そして陛下の、周りの貴族の、二人を見る目は厳しい。
それをようやく自覚したのか二人の顔色はまた悪くなったようです。
「これ以上期限を伸ばしても、私には意味がないように思えます。
ですので、私の申し出は今日を限りとさせていただきたく思います」
今日を限りに。
それは殿下と令嬢───そして私の終わり。
私がそう宣言すると陛下が口を開くよりも先に別の声がした。
「その言葉を待ちわびたよ」
室内に風が吹き私の隣に人の姿をした麗しき青年が現れた。
この国の守護神獣である黒龍様が。
「これで君を縛るモノはもうないね?」
彼は私の髪を一房とり──さながら恭しく手を取るように──口付けしながら囁いた。
「これで、僕のモノになってくれる?
愛しい月の雫姫、どうか僕の伴侶になって欲しい」
黒龍様の伴侶に。
それはこの4年ずっと言われていた言葉。
私の手足が無くなり一番憤っていたのは間違いなく黒龍様でした。
その激しい怒りを見て逆に私の方が冷静になったほどです。
その怒りを抑えてもらって二人のことが終わるまではと先延ばしていたのは私。
この国は黒龍様が守護神獣として鎮座しておられます。
神獣は誰か一人を気にいる性質を持っているのだそうで、その人物が死ぬまでその人物をずっと好むのだそうです。いわゆるお気に入りと呼ばれる存在です。
私は黒龍様のお気に入りでした。
生まれついてから4年前まで私はずっとただのお気に入りだったのです。
4年前の出来事で私を失うかしれないという恐怖を知ってしまった黒龍様は、私に伴侶になって欲しいと仰いました。
お気に入りと伴侶は全然違うものです。
お気に入りは言うなれば親友とかお気に入りのおもちゃみたいなものです。伴侶は言葉通りですね。
伴侶になると私は人間では無くなってしまいます。
神獣の寿命は長いのでその生を共に生きれるようにと、伴侶は神獣に変わります。人間から神獣に変化させるのだといいます。
この手足も、その時治すことが出来るとも言われました。
「黒龍様…」
私が見上げると黒龍様は私の目線に合わせて膝をつきました。
「よければ君の名を僕に許して。
そして僕の名を呼んで」
4年、私の我がままで待たせてしまいました。
もう十分でしょう。
「私の名を許します、レヴィクロム」
・ハティリア
公爵令嬢。国の守護神獣・黒龍のお気に入り。4年前まではフェイボス殿下の婚約者だった。さすがにあんなことした人に嫁ぐ訳がないので婚約破棄。
・フェイボス
第一王子。元ハティリアの婚約者。
ルボローゼに惚れて彼女の訴えを聞き、ハティリアの手足を奪った。
その根底にはハティリアに対する劣等感などがあった。
・ルボローゼ
伯爵令嬢。王子の現・婚約者。
元々平民として育っていたが母が亡くなり父である伯爵に引き取られ貴族となる。
王子と相思相愛なのは私なの!ということで(ハティリアの願いもあり)婚約者になれた人。
ハティリアが自分をいじめてきたのだと王子に訴えたためにあんなことが起こる。
ハティリアだと思ったのは王子が愛してるのは私だから婚約者の令嬢が嫉妬してやったんだと思い込んだから。
婚約者になってからはいつでも比較され一方的に嫌っている。
・レヴィクロム
守護神獣の黒龍。
婚約していないならもう告白していいよね?とハティリアに求婚した。
最後登場しておきながらに美味しいとこを持っていった感じがある。
設定の補足
・神獣のお気に入り
実際は神獣が愛した人のこと。しかし、種族の違いもあるので相手が結婚していたり婚約しているなら相手を尊重し身を引き、ただ見守る。
同じ魂を愛すので一度好きになればその魂に執着する。死んでも生まれ変わったその人を愛す。
同じ血筋に生まれ変わってくるようで神獣の守護を得ようと大抵国に相手は取り込まれる。
ハティリアとフェイボスは完全にこの理由での婚約です。
本人が婚約を嫌がったり神獣に愛を告白すれば伴侶として連れて行かれるけれど、そうなると神獣が去り守護が無くなり最悪国が滅ぶので幼いうちから政略結婚を受け入れるように徹底的に教育されます。
・名前
黒龍がハティリアを月の雫姫と呼ぶのは名を呼び・呼ばれることが出来るのは神獣にとって伴侶のみだから。
だから黒龍自身の名前も呼びかけてはいけない。神獣を本名で呼びかけたら殺されても仕方ないほどの失礼な行為。
・神獣の守護
契約もしくは神獣側の好意で成り立つ、魔物から守る結界のこと。
これがあるのとないのでは全然違う。
この国は黒龍の好意でのみ守護されていた。(お気に入りを王家に取り込むことによって)
なんとなく長くなってしまいましたがこんな感じです。
この日を待っていたのは誰と誰でしたでしょうか。
いつまでも待てる訳はなく終わらせた彼女と、その終わりを待っていたのは誰か。
ここまで読んでくださりありがとうございます。