初めての釣り
夏になり、静岡の海で仲のいい男仲間たちと一緒に泳いでいたが、いつの間にかはぐれてしまったようで、誰の姿も見えなくなってしまった。
「おーい、どこ行ったんだ?」
声をかけながら、辺りを泳ぎつつ探していると、ぽつんと海中に漂っている女性を見つけた。ここからだと後ろ姿しかみることができないが、プロポーションがよく、美女であるだろうという期待が高まった。周りには他の誰もいない。俺は仲間のことなどすっかり頭から吹き飛んで、これはチャンスとばかりに、一目散に彼女の元へと近づいた。あいつらの中だと、俺だけが未だに彼女なしで、そのことで多々いじられることがあった。見返してやりたいという思いだった。しかし彼女の姿に見惚れて、惹きつけられていく様は、釣りに行っているというのに、逆に釣られているような気分である。
その上、近づいたのはいいものの、どう声をかけたらいいのかわからない。なにせ、生まれてこの方、所謂ナンパということをしたことがなかったからだ。
とにかく、心配するフリをして、話しかけることにした。いや、勿論、実際に心配もしてはいるが。
「どうかしたんですか? こんな所で……」
後ろから声をかけたが、まるで反応がない。気付いていないのだろうか。それとも、他の人に話しかけていると思ったのだろうか。
俺はめげずに前に回り込んで、もう一度喋りかけた。
「大丈夫ですか? どうかしたんですか?」
それでも彼女は、返事さえしてくれない。見ると彼女は、そのスタイルの良さに見合う目鼻立ちの整った顔をしているが、どういうわけか、その顔には生気が宿っていないように見える。まるで死んだ魚のような目だ。
熱を上げていた彼氏に浮気されて、その挙げ句に捨てられ、心ここにあらずということなのかもしれない、などと勝手な妄想を働かせながらも、かなり心配になったので、彼女の体を揺さぶる。
「おい、マジで大丈夫か?」
すると、彼女は突如猛然と泳ぎ始めた。
逃げられたのか? まさか、身体に触れたのがマズかったのか?
変な勘違いをされていたら困るので、俺は弁明をしようと彼女の後を追いかけていった。だが、どうも様子が変だ。あれは泳いでいると言うよりも、何かに引っ張られているような感じだ。
俺は必死になって彼女に近づき、やっとの思いでその身体にしがみついた。もう、どう思われようとしったことか。このまま放っておくことなど出来ない。不可思議な力によって、彼女の身体はどんどんと引っ張られていく。このままだと息ができずに死んでしまうだろう。俺はしっかりと彼女を支えようとした。しかし、そのままぐいぐいと引っ張られていって――。
「お父さん! 釣れたよ!」
「おお、ビギナーズラックだな。……うん? 同じ魚だなあ。共食いか?」