夜遅くひとけのない場所を歩いていたら、暗がりから突然スフィンクスが飛び出してきたので、とても驚きました。
スフィンクスというのは、エジプトのピラミッドのそばに巨大な石像が作られているあの怪物のことで、ライオンの背中にワシの翼を乗せ、頭は人間の女と同じものがついています。でも僕の前に現れたのはあの石像のように巨大なものではなく、普通のライオンと同じぐらいの大きさでした。若い娘の顔をして、青い瞳がきらきら光っています。
助けを呼ぼうと思ったけれど、人っ子一人いない暗い道です。走って逃げようともしたけれど、スフィンクスはとてもすばやく、簡単に前にまわりこまれてしまいました。「来るぞ来るぞ」と思っていたら、その通りスフィンクスは口を開きました。
「今からおまえにクイズを出す。正解できなければ、おまえを食い殺してしまうぞ」
「正解できたら何をくれるの?」僕は言い返しました。
「なんだと?」スフィンクスは目を丸くしました。
「僕が勝ったら何をくれるのさ?」
「いやつまり、私が出すクイズに正解できたら、おまえを殺さずにいてやるというのだ。おまえは命が助かるということだ」
「そんなのフェアじゃないよ。正解できたら、あんたは僕に何かをよこすんだ」
「何をよこせというのだ?」スフィンクスは不審そうな顔をしています。美人は得だなあと思うのは、そういう表情ですら、スフィンクスはとても美しかったことです。
僕はクスッと笑いました。
「それは内緒だよ」
「まあよい」スフィンクスは首を縦に振りました。「何がほしいのかは知らぬが、やるとしよう。私のクイズに正解できねば、おまえは死ぬ。正解できれば、何でも好きなものを与えよう」
「ほいきた」僕は肩のカバンをかけなおしました。塾帰りなので分厚い参考書が何冊も入っていて、とても重いのです。
「これが私のクイズだ」スフィンクスは口を開きました。「朝は4本足。昼は2本足。夜は3本足なのは何か?」
僕は答えました。
「僕の家にはちゃぶ台という小さな四角いテーブルがあってね。片付けるときに邪魔にならないように、足が折りたたみ式になってるんだよ。両親は共働きなんだけど、どちらも朝早く出勤するし、お姉ちゃんも朝早いから、朝食は僕一人で落ち着いてゆっくり食べることができる。このお姉ちゃんも加えて、ワンルームマンションに4人で住んでるんだけど、僕一人だけなら、ちゃぶ台の足を4本とも伸ばしてゆったり使える。
土曜日、僕とお姉ちゃんは昼前に学校から帰ってくるんだけど、仕事のスケジュールの関係で、お父さんとお母さんも土曜日には家で昼食を食べることができる。だから部屋の中はものすごくせまくなって、ちゃぶ台の足は2本しか伸ばすことができない。残りの2本は折りたたんだままで、ちゃぶ台を押入れの中に半分入れて、へりを布団の中に差し込んで、何とか場所を確保するんだ。
でも夜になると、お父さんは夜勤のアルバイトに出かける。だから家の中は少し広くなって、夕食はちゃぶ台の足を3本伸ばして食べることができる。このときには、ちゃぶ台の角を一つだけ押入れの中へ入れればすむからね。
だからつまり、あんたのクイズの答えは『僕の家の土曜日のちゃぶ台』だよ」
突然大きな声を出してスフィンクスが泣き始めたので、僕はとても驚きました。大粒の涙を流し、くやしがっています。
でもさんざん泣いて、気がすんだのでしょう。僕はハンカチを出して、涙をふいてやりました。
「ありがとう」スフィンクスは言いました。「私が負けたのだから、いうことをききましょう。どうすればいいの?」
顔を上げて見つめるスフィンクスの表情は本当に愛らしく、思わずキスをしたくなるほどでした。
「私は何をすればいいの?」再びスフィンクスが言いました。
「大したことじゃないんだよ」僕は答えました。「あんたの翼の羽根を一本くれないかな。不思議な力があるんでしょう?」
「そんなものをどうするのです?」
「羽ペンって知ってる?」
「いいえ」スフィンクスは首を横に振りました。
「鳥の羽根を引き抜いて、その軸を使って作るペンなんだよ。先っぽをインクにつけて使うんだけどね」
「私の羽根でそのペンを作るのですか?」
「うん。いやなの?」
「いいえ。では引き抜いてください」
もちろん僕はそうしました。顔をしかめ、スフィンクスは一瞬痛そうにしたけれど、僕は羽根を一本手にすることができました。
スフィンクスの羽根とは、とても美しいものでした。真っ黒な色をしているのだけど、カラスの羽根のように光をはね返すことはなく、夜の闇よりも黒く、まるでブラックホールのようにまわりの光をすべて吸い込んでしまうのではないかという気がしてくるほどです。
僕がその羽根に見とれているうちに、スフィンクスはどこかへ姿を消していました。気がついたときにはどこにもいませんでした。
家に帰り、翌日から僕はさっそく仕事に取りかかりました。カッターナイフで削り、羽根の軸をペンに加工したのです。
このペンを使って、僕は小説を書いてみようと思っています。古代エジプトの時代からスフィンクスとともに生きてきた羽根なのだから、不思議な力でどんな物語をつむいでくれるのか、僕はわくわくしています。きっと誰も読んだことのない物語でしょう。
明日の朝、僕は原稿用紙を買ってこようと思います。
(終) |