「お父さん、しっかりね」娘はそう言って病室を出て行った。私の可愛い一人娘。
そう、私の幸せは人より遅く訪れたのだ。だから老衰の私の娘はまだ20歳になったばかり。妻も私よりもかなり若い。三度目の結婚でようやく幸せを掴み、
今、私の人生は幕を閉じようとしている。
私はカソリックではないが、病室の無機質な壁をみていると考えることがある。
それは最後の審判だ。果たして私は最後の審判を受ける資格があるのだろうか。
そんなことさえ思ってしまう。
だからかも知れないが、病室の白い壁は私の人生を早送りで写すスクリーンとなった。
そして私はその映像を見ながら、一つの結論に達したのだ。最後の審判。
それは自分自身が人生の最後に行うものだと。
そして私は今、最後に審判を自分に下そうと心に思った。
考えればまともな人生だったのかさえ疑問に思えてくる。
ただ確かなことは、私の血は子供に受け継がれていることだ。そう子供。
私がいなければ生も授からなかったであろう子供達。そう考えると、
それだけでも私の生きた価値はありそうだ。
しかし人間としてはどうだろうか。まっとうな人生を歩んだのだろうか。
それが最後の審判で試されるはずだ。
では、最後の審判には何が評価の対象になるのだろうか。
私は映し出される映像を注意深く見つめた。そして気づいたことは、記憶の曖昧さだ。
そこで思った。楽しい思い出、悲しい思い出、どんな思い出や記憶でも、
全てを覚えていることが対象になるのではないかと。
なぜならば幼稚園までの記憶はほとんど無い。
そんな子供の時期の出来事は、最後の審判とは関係が無いようだ。
言い換えれば、純真無垢な時代は、審理の対象外だと気づいた。
やはり、自分の自我が生まれ、自分の意志で行動をしなければ、
最後の審判とは無関係らしい。そして完全に記憶の無い出来事も、
最後の審判には関係が無さそうだ。では、記憶に深く残っているもの。
それは悲しみであり別れであり喜びだった。今の妻と出会ってからは、
喜びの連続だったが、それまでの私は悲しみや別れに囲まれていた。
それらを天秤にかけたてみた時、明らかに悲しみや別れのほうに傾いた。
私はあの世に行っても罰せられるようだ。別に落ち込みはしない。私の人生だから。
「どう、具合は」妻が優しく私を覗き込んだ。もう長くないことを妻は知っている。
「ごめんな。短い幸せしかやれなくて」私の頬を涙が流れた。
「何言ってるの。十分幸せでした」そう言って、私の涙を優しく拭いてくれた。
「たぶん、私はお前とは違う世界に行きそうだ。悪いことばかりしてきたからね」
妻は今でも可愛い。そして笑顔は更に可愛い。
「いいえ。貴方は精一杯私を愛してくれました。覚えてる?『君と会うために僕は遠回りをしてたんだ。やっと君を見つけたよ』貴方の優しい言葉は、本当にその通りでした。だから私はこれからも生きていける。貴方の言葉が私を生かしてくれる。だから、私はどんな事をしても貴方を探すわ。次の世界でもね」私は流れる涙もそのままに、声を出して泣いた。
妻は私を抱きしめた。この温もりから離れるのは辛い。
でも、行かなくてはならない。私は人生最後の声を出した。
産声からはじまった私の最後の声。
「分かった。待ってるから、私を探してほしい」妻は涙を見せずに笑ってくれた。
私が妻の笑う顔が好きなのを知っているからだ。
「ええ、必ず探すわ、貴方が私を探してくれたように」そして私の身体は急に軽くなった。
そして良い人生だったと心から思った。どうやら人並みな場所にいけそうな気がした。
それは全て妻の愛が導いてくれたようだ……。愛する妻よ、ありがとう。
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