哲学者2
今度はなにをすればいいのか、段々と分からなくなってきた。ロンブ・ローゾの言葉が頭にこびりつき、どうしてもそのことから、離れることができなかった。天才とはいかなるものであるのか?確かに彼のいった事は正しいのかもしれない。しかしどうしてそれが傷心の俺の胸に響いたのか?が分からなかった。俺は自分の事を天才と称しているが、それはまがい物かもしれない。だがどうしても払拭できない事柄がある。はたして妻は幸せだったのだろうか?前に私は物理的なものに幸福を求めるのは間違っているといった。では、精神的なものはどうであろうか?ショーペン・ハウアーいわく「若い者はまず孤独になれるべき」かもしれない。パストゥールの自然発生説に対する見解のように哲学を根底から切り返す方法はあるのであろうか?けれども、俺の言っていることは間違ってはいない。人は主観によって、制約され、客観を把握する。これはショーペン・ハウアーやウィリアム・ジェイムズの見解からも裏打ちされよう。そしてそこが問題なのである。俺の行ってきたことは自分本位のことであった。それを俺の妻は優しく見守ってくれていたのである。初めて最愛のものを失ってその価値が分かるという事はこういうことなのか、という気持ちが俺の中に充満していた。
話は変わるが、俺の幼年期は神童と呼ばれてもおかしくない時期であった。弱冠十歳でアインシュタインの相対性理論を理解し、それをなんなくこなしていたぐらいであるから、世間一般の常識から言えばきっと神童であったのであろう。しかしそれを正当に評価できるものがいなければ、結局は旧の木阿弥になる。世の中にはなんと非凡なるものが少ない事か!俺の真価を認めてくれる人は数人しかいなかった。ただし、断っておくが、世間でちやほやされる神童たちはその力をほとんど青春期に使い果たしてしまうために、まったくと言っていいほど世間に表立って出てくるものはいない。ゲーテがいみじくも「天才とは、常人が一度しか経験しえぬ、青春を幾たびも繰り返す」と言ったことは正鵠を得ている。通常、一般の人々は大学生活を終えたあたりから、次第に脳が衰退してゆき、最後には平凡な人々が残るわけである。もうひとつ進言させてもらうと、人々は頭の良い人を羨望の眼差しで見るが、反対に頭の良い人は平凡な人々を羨望の眼差しで見るものである。これは人間における二律背反性を示している。人間とは面白いもので片方に行くともう片方をうらやましがるものなのである。
では、話を戻そう。一人の哲学者は途方にくれていた。妻の事、ハーディの不思議な暗示。それらが彼の心中に渦巻いていた。なんとも言いがたい焦燥感と重圧が彼の肩に乗っているようであった。自分ひとりのわがままで妻を死なせ、その最後すら看取ることができなかった自分をふがいないと思っていた。そこでちょうど出会ったのがハーディであった。彼の目の奥にはどんよりとした空気が流れ、彼の思想をその暗黒が彼の思想を染めていた。
目の前には人々の群集が見え、何かをやっているようだった。ちょうどその時にラモーの甥が現れれば、きっと群衆の目を惹いた事であろう。けれどもそれは気違い沙汰もいいところである。あんな人物が現れたら、狼狽するどころか、みんなは狂人扱いにして、さっさと彼を締め出してしまう事であろう。ロココ時代のパリならば、許された事が今となっては許されなくなっている。人間は絶えず、進歩しているようで進歩をしていないのに気づかない生き物である。凋落している最中にもその重力に身を任せ、自己陶酔をしている人間が多数いる。もしもその中で平衡感覚が保てる人間がいるならば、世の中はもっと喧騒の少ない世界となるであろう。まさにストア派の哲学者たちが行ったような苦行を履行するすばらしい人間で世の中は一杯になるであろう。いや、まて、それはある一面の危険分子を含んでいるのではないか?宗教が極度に高揚した時にはいつも決まって、神の御業が打擲の刑に変わっていた。それを鑑みると、案外今の世界も悪い気はしない。俺は妻が死んだ後に激しい罪悪感に襲われた。しかしそれも今、考えてみれば俺の世界観を二面性の方向から見られるようにしてくれた神の配慮であったのかもしれない。いつまでも過去のしがらみに縛られていてもしょうがない。俺は一人の哲学者として、この世に立脚するしかないのだから。
そして俺は頭の中でさまざまな事が交錯する中、しがない酒場に向かった。そこでは毎度のことながら、しょっちゅう客が酔っ払って暴れていた。それも少し冷静になれば、分かる事に彼らは憤慨し、激怒していたのである。けれどもその光景は当たり前のことに過ぎなかった。客が入り乱れ、酒を片手にぐでんぐでんになり、床に寝るものや机にうつぶせになるものもいた。これはまさしくハリーがヘルミーネとあった状況と相違なかった。俺も疲れ果て、しばしの間、酒をあおった挙句、眠り込んでしまった。それからしばらくして起きると酒場の主人が目の前に立っていた。俺は動揺の色を隠せなかった。すこしたじろいだ視線で主人を凝視すると、彼はニコニコと笑いながら、店じまいのしたくを始めた。俺はその風景をぼんやりと眺めていた。すると、かわいい年端もいかない女の子が酒場の床を掃除するために入ってきた。彼女はせっせと床を雑巾とモップで掃除しながら、時々こちらを振り向いてにこっと笑うのであった。その女の子をじっと見つめていると、さすがの主人も嫌だったらしい。その証拠に俺はすぐさま酒場の外にほうりだされてしまった。きっと、あの女の子は主人の子供だったに違いない。そう俺は思いながら、一人ふらふらとパリの裏街を歩いていた。俺は千鳥足でそこらへんをうろちょろしていた訳である。
しかしふとした瞬間には、俺はイギリスにいた。イギリスの季節はちょうど真冬で、寒さをしのげるものは着ていたうすい外套のみであった。俺は積雪でうっすらと彩られた街中を歩いていた。だが歩いても、歩いても風景が変わるだけで、誰にも会うことがなかった。ためしに近くの店に入ってみるも、商品だけで店員はいなかった。なんと無用心な街だ!と俺は思った。次は図書館に入ってみた。すると、おやまあそこにはたくさんの人がいるではないか。それも図書館なのに皆がみな本を読むのではなく、黙々と本を書いている。けたたましいほどのタイプライターのかちゃかちゃとボタンを押す音が聞こえてくる。俺の思い違いでなければ、彼らのしている行為はまったく不可解であった。たまたま近くにいた青年になにをやっているのか?聞いてみると、「作家」と、一言だけ声が返ってきた。俺は作家がこんなにいるとは露も知らずにいた。けれどもどうやら彼らの作家と言うのは世間一般の常識にそった作家であるようであった。いわゆる職業作家と言うものである。彼らは書かねばその日暮らしもままならないので、一生懸命にタイピングをしていたわけである。さっと、一枚の原稿用紙を取って中身を見てみれば、それはひどいものであった。まるで書いている時の重圧がそのまま刻印されているようであった。なるほど、書き物とは苦労して書いたものより、一気呵成に、それも楽しんで書かれた作品が評価されるに値されるのだ。
そして次は造幣局に俺は行ってみた。またそこでも面白い光景が広がっていた。せっせとお金を作る人々がいるのに、対しそれを横から奪い取る輩がたむろしていたのである。お金を作る人はそのことを知ってか、知らずか、まったく金をむさぼりくう連中には注意を払わなかった。どうやら、これが現在の経済を表しているような気が俺にはした。ケインズが志した如くの経済環境とは、ほど遠い環境が今では正常だとみなされている。それも金があれば、何でもありのご時勢になってしまっている。だがまだ俺にはこの世界が本当のものに思えなかった。そんな時である。なにやら、声が聞こえてきた。
「どうしました?」
その声に驚いた俺は飛び起きた。そしたら、どうだ。ここは前と同じ、パリの裏街ではないか!俺は夢に対して、驚嘆の念を覚えざるを得なかった。まったく触感も色彩も鮮やかに感じていた世界が夢だったとは。
俺はその時に思った。キェルケゴールが卒倒した気持ちをわずかながら、俺も味わった気がしたのである。「死に至る病」いわゆる絶望について、書かれた彼の本を俺は読んだ事がある。内容はよく覚えていないが、絶望のふちに立たされた人間の末路は垣間見る事ができた。
さて、どうやら俺はとんでもない夢の中をさまよい、ふと気づいた瞬間にはまたぞろパリの裏街にいた訳である。俺はこのことをいぶかしく思った。なぜなら夢と現実の狭間が不確定なものになっていたからである。古来から言われている通り、夢と現実の境目ははっきりとは存在はしていない。唯一、あるのが夢の場合は細切れに物語が進むのに、現実の場合は連続して、物事が進む点である。フロイトの「夢分析」においてはそれが具象化され、様々な分類に区分けされているが、そのほとんどが昔の哲学者の見解を基にしている。と、いうよりそっくりそのままそれを引用している部分が多数あるのである。ジークムント・フロイトの孫のアンナ・フロイトがするどく批判したとおりにフロイトはその見解はおよそ半分を昔の哲学から引用している。しかも誰がそれを述べたか、論述していないのでさらにたちが悪い。これではまるですべてがフロイトの考えた事であるように読者は錯覚してしまう。であるから、よくよく考えれば、精神分析の欠点もそこから導き出せるのである。
ともあれ、俺は現実の世界へ舞い戻ってきたわけである。多少の頭痛が残る中、俺はふらふらと道を歩いていた。そんな時である。ふっと他人の家の窓を見ると、一生懸命に絵を描いている青年の姿が見えた。やもすれば黙ってその風景は看過されるものかもしれない。けれども俺はその姿にはっと我を忘れ、ついつい窓をこんこんと叩いて青年の話を聞きたい衝動にかられた。青年はそれでも黙々と絵筆を取り、キャンバスに絵を描いていた。もう一回、窓をノックするとやっと青年は気づき、俺の方に歩み寄ってきた。
「何の御用ですか?私は今、絵を描いている途中なので手短にお願いします。」
「いや、ねぇ。私は君のその姿を見たくて、窓をノックしたのだよ。だから邪魔にならなければ、君の作品を見せてはくれないか?」
「ええ、いいですよ。とは言ってもほとんどが売れなかった絵ですが。」
俺は彼の言うがままにそそくさと彼の家の中に入っていった。彼の絵を仔細に見ると、どうやら印象派などの類の絵ではなかった。むしろ、鮮やかな色彩を強調するのではなく、マニュエール、一人ひとりの顔の色調を大切にした絵が多かった。その中でも目を惹いたのが彼の描いた夜の湖畔の絵であった。そこにはきれいな月と月光に照らされた湖畔と港が描いてあった。俺はすぐさまその絵の事を聞いた。
「この絵の題名はなんですか?」
「月、夜の光です。」
「なるほど、実にできばえの良い絵ですね。私はひどくこの絵を気に入りました。もしよかったら、購入したいのですが、いくらですか?」
「五百ユーロです。」
「いや、もったいない。私の気持ちをこめて、せいぜい千ユーロは出させてください。」
「高く買っていただくのは、非常にうれしいのですが、こちらとしては・・・」
と、彼が言い終わる前に俺は千ユーロ札一枚を彼のポケットに押し込んだ。
「分かりました。しょうがないですね。あなたが私の絵に興味を持ってくれた事は非常にうれしいです。これは率直な気持ちです。それに実を言えば、私も手持ちのお金がほとんどなかったので、ありがたくこれは頂戴させていただきます。」
「いや、いや君の絵はすばらしいからこれからもっと値は上がるよ。ゴッホは存命中、絵が一枚しか売れなかった事を考えれば、君の絵はたいしたものだ。なにか心をゆさぶる印象を与えるし、それに実に繊細に描かれた絵に私は夢中になったよ。そうそう君の名前を聞き忘れていたけど、なんと言うのかね?」
「ヴェルネです。」
「私はダランベールだ。ちょくちょく君の画廊にはよらせてもらう事にするから、これからも仲良くしていこう。」
そういうと、彼の瞳にはたまゆらな燐光が舞っていた。
「ありがとうございます。」
そう一言だけ言うと彼は立ち去ってしまった。それと同じくして、俺も出口から表に出た。もちろん、大切な絵はわら半紙にくるんで、家に持って帰った。家でその絵を飾って見ていると突然、涙が溢れ出してきた。昔、妻と一緒に行った展覧会の事を思い出したからである。その時は絵画にまったく興味がなかった俺はその風景を見ても何の感慨も抱かなかった。しかし今となってはその絵と妻の思惑が結合し、俺を幻想の中に誘い込んだのである。そこは暗闇で誰かに手を引っ張られないと歩けない場所である。その手を引いてくれたのが俺の妻だったのである。俺は今、もはや暗闇から抜け出し、遅いが一歩一歩前に進んでいるのがわかった。妻の死を受け止め、それを昇華している自分がいるのが分かった。
そういえば、この前、外国行って分かった事ではあるが、環境が違ってもさほどそれが思索に与える影響が少ないという事である。その証拠に外国に滞在した半分ほどは本をホテルで読んでいた。
いかなる渦中にあっても天才や非凡なる者はその才能を如何なく発揮する。ちょうどゲーテが「西東詩集」を書いた場所はさびれた街の部屋の一角であった。私が考える、ゆえに私はある。この言葉はルネ・デカルトの箴言であるが、面白い事にこの箴言は様々な事を連想させる。たとえば、自我の発達などはどうであろうか。人は生まれてからまもなくの事をぼんやりとした記憶の中にしか見出せない。そこかしこでうごめいている人々や物事の鮮やかな景色は自我の発達の背後に押し隠され、記憶にはほとんど残らないのである。それから次第に自我が発達する、これはまさに考える事から始まるのであるが、そうすると景色は鮮明になり、ちゃんとした記憶として残るようになる。そして考えた事は景色よりも記憶に鮮明に残るのである。これが自我の発達の形態である。デカルトがそこまで深く考えていたか、どうかはいかなる書面をもっても明らかにする事はできないが、それでも彼の述べたことはとりようによっては深遠なものになるのである。
家に帰って、買ってきた絵を眺めていると、睡魔が襲ってきた。なんとも忙しい一日だったので、なおいっそうそれは強く感じられた。気がつくと、もう朝の十時であった。昨日の夜十二時に寝たので、ちょうど十時間の睡眠をとれたわけである。けれども寝た場所が悪かった。ソファーに横になったのでまったく寝た気がしない。激しい頭痛がする。それに耳鳴りもする。そうなれば、話は早い。すぐに病院行きだ。すると、とたんに体が重くなる。医者は人間を病人と見る。その言葉がちらついて、俺をどうしても病院に行かせない。反対にめまいがしてくる。それもふらつきではない。立って歩けないぐらいのめまいがするのだ。それでもなお理性は俺を病院へ向かわせようと奮い立たせる。結局、最後はしょうがないから、病院へ行く始末だ。そして医者の見解はこうだった。「ストレス性のものですね。」と。軽い精神安定剤をもらって、帰路に着くと、それがやけに長く感じられる。行っても、行っても底が見えない底なし沼みたいだ。そう思いながら、車を走らせていると、数匹の狸が目に付いた。彼はそそくさと道路を横切って、向こうに行ってしまった。その光景に一瞬、ふと我を忘れてしまい、危うくガードレールに衝突しそうになった。やはり、薬を服用してからの運転は危ないとその時、実感した。とはいえ、それでもまだ先の長い我が家への道のりは残っている。俺はどうにか、こうにかしてなんとか家にたどり着くことができた。その日は病院の待ち時間が長かったので、もう空は暗くなっていた。それから俺は精神安定剤をあおって、安眠を得ることができたわけである。翌日、目を覚ますとまたもや考え事が始まった。考える事とは急にやってくるもので非常にたちが悪い。時にそれは夜にやってくるし、昼間にやってくることもある。そうなったら、事の顛末は分かっている。筆を執り、執筆するだけである。あまりの速さにタイプを打つ速度が間に合わないぐらいの思想が湧き上がってくる。しかもそれはこんこんとしたものではなく、熱にうなされるようにやってくるのである。それは精神医学の観点から述べれば単なる躁病である。しかしそれがなければ、すばらしい作家が生まれてこないのも現実である。ここでロンブ・ローゾの述べていた言葉の原因が分かる。天才とは獰猛な野生動物に例えられる。彼らは猛獣のように過去のくだらない意見を論破している。これはまさしく弱肉強食の世界である。哲学とは常に弱肉強食である、と述べたのはショーペン・ハウアーである。その言葉はすばらしいほどに哲学の運命にそっている。しかし哲学とは凋落する運命にあるのかもしれない。物理学者のニールス・ボーアが進言したとおり、哲学はあらたな形而上学として、すべての学問を網羅しなければいけなくなるであろう。だがその人材が存在するのかが、はなはなだ問題である。はたして万能学者など、存在するのであろうか?事実、確かにその様な人物は存在する。けれどもその思考方法が直観的か、分析的かに分けられる。そこから演算するに万能学者は確かに存在するが、その経路は複雑でやはり前者の言葉通りにわずかながら、得意分野がずれるのである。私見によれば、自然科学者たちの性格の傾向は*循環性パラノイケルによっている。詩人は躁病患者に頻繁に見られる。哲学者は分裂症になりかけているものが多い。
* ある一定の物事に執着し、それから離れられず、しかもほかのすべての現象を自分の考えにとりこむ病の事を言う。それが周期的に起こる現象を循環性パラノイケルと呼ぶ。
俺はここで万能学者の存在しない理由を述べたわけあるが、それでもやはり高度な知能を以って生まれてきた。人物たちにはそのかげりが見えるのである。プラトン、セネカ、ゲーテ、ショーペン・ハウアー、ポアンカレ、レオナルド・ダヴィンチ、レッシング等々の面々は万能学者と呼ばれた人物である。けれどもやはり彼らもその性格から抜けでる事ができなかった。たとえば、レッシングはラオコオンに対する文学的にも興味深い見解を述べているが、彼は星辰天候の働きが人間に及ぼす影響を考えなかった。またセネカは形而上学と自然科学に深い造詣を示していたが、結局は美術や絵画にはこれといって関心はなかったのである。なにも俺は難しい話をしようとしているわけではない。ただ、単に激しく入り乱れる想念がいろんな事を連想させるのである。まるで熱にうなされたかのように筆を走らせていると、疲れも感じない。そんな日が何日か続いた日、俺はとうとうこれは危ないと判断し、著名な医者の下に向かった。彼の名前はカール・グスタフ・ユング。誰もが知っている精神分析医だ。彼と俺が知り合いになったのは、大学の頃であった。白熱した討論を繰り広げる中で、彼は決まって二言三言しか言葉を述べなかった。まあ、それが彼の性格だと知ったのは後日の事であるが、俺はどうしてもその態度が気に喰わなかった。時々、野獣のように彼にくってかかった。
「お前はたいした意見も言わないで、いつも周りを傍観しているだけではないか。そんなことでは議論が進捗しない。お前のせいでどれだけ議論の進行が妨げられているか、考えてみろ!」
「そうですか。でも私の意見で議論が進まないのではなく、議論自体が行き詰っているのでそうなっているだけではないのですか?」
「おまえは!くそ、くそ。そうやって、言い訳ばかり得意がって述べやがって・・・」
「あなたの述べていることは論理学の方面から述べてもまったく整合性がありませんね。ですから、ほらあなたも自分で押し問答をしてらっしゃるではありませんか。」
「この阿呆が!どこからそんな言葉が出てくる。ならもっと議論の時にはっきりと自分の意思を表明しろ!」
「なにぶん、それにはお答えしかねますね。私にとっては議論の雰囲気、みんなの会話自体が非常に良い刺激になりますので、私は満足しています。ですから、そう興奮なさらずじっくりと私の動向を見てください。そうすれば、あなたももっと納得のいく回答を得られると思います。」
俺はその言葉を聴き終わらないうちに、そっぽを向いて退散した。こんな理屈をこねる奴と話をしても無駄だ、という響きが心の中に残っていたのは今でも覚えている。そんな喧嘩ばかりをしていた相手といつ友達になったかは定かではないが、議論の最中に彼が興奮気味に述べたこの言葉は覚えている。
ある人物が宗教の話をし始めた。
「敬虔なカトリックとプロテスタントの違いは何でしょうか?」
もう一人ほかの人がそれに答えた。
「それは儀礼的なものに留まるでしょう。なぜならカトッリクもプロテスタントも聖書のほとんどは一緒ですしね。」
そこでユングが口を挟んだ。
「いや、単なる儀礼的なものではない。そこには深い宗教的な対立、それも人間本姓に宿る憎しみや同情が存在しているはずだ。そうでなければ、魔女狩りの説明がつけられるはずがない!もし私が中世に生まれていたら、そっこく焚刑に処されていた事であろう。」と、彼は意味不明の言葉を、しかもそれも激しい憤りを覚えた顔つきで、述べたのである。後になって、分かった事であるが、彼は宗教に対して一種の偏見を持っていたのである。俺はそこに一種の共通点を見出した。昔の出来事で女嫌いが始まったようにユングも神の信仰への不信があったのである。
ともあれ、俺は無事に彼の家に着くことができた。長い時間、電車に揺られ、スイスの辺鄙な田舎町までやってきた。驚く事に彼はこんなところに住んでいるのである。周りの喧騒を嫌い、一人黙々と仕事をするのが彼の性格であった。それに俺は彼を信頼していた。彼は自分の事を語るのをひどく嫌うが、それでも患者に対しては非常に熱心だった。その経緯は大学の医学部を覗いたときから知っている。彼は研修とは思えないほどに熱心に患者の容体を聴き、それを几帳面にカルテに書いていた。
俺もひさしぶりにユングの家に行くので、手土産にお菓子を持っていくことにした。ユングは元来、偏屈でとっつきにくい部分が多いが、それでもなおすばらしい精神のおかげでそれは覆い隠されていた。まるで子供のような笑いを見せると思いきや、今度は辛らつな顔つきをする始末であった。彼はまったく自分の事を他人に知ってほしくないような風体をよくとった。その軸の反対に俺は位置し、活発に討論などを繰り広げる性格であった。この油と水みたいな二人が仲良くなるのであるから、人生は面白い。ひょんなことから人間とは仲良くなれるのである。そして長い時間を共にする友人ができる頃はちょうど二十歳の時なのである。その時になれば、頻繁に友人の入れ代わりが始まる。もちろん、古くからの友人とは、別問題であるが、次第に少し前の友人たちとは疎遠になり、結局はばらばらになってしまうのである。だがユングと私は親しい友人になった。それはもう十年も前になる。そして今回ばかりは彼のご厄介になる羽目になってしまったのである。
彼の家の前に立つと、うやうやしく彼は俺を出迎えてくれた。この彼の態度は昔から、変わっていない。俺は彼が建てた新しい住居の中に入っていった。その時の鮮烈な風景は今でも覚えている。きちんとした部屋の整理、これは彼の性格を現すものである、それに加えて整備された庭、そこに午後の日差しが加わるとなんともいえぬ風景がただようのである。窓辺の陽光のそばにはすでに彼が座っていた。その目は鷲のようにするどく、まるですべてを射抜くかのようであった。彼は俺にこちらに来るように手招きし、いつもどおりの手順で診察を始めた。
「今日の具合はどうですか?」
「今日はまあまあですね。」
「そうですか。それでは特に悪い点はほかにありますか?」
「頭痛と耳鳴りがしますね。」
彼は頭を少し傾けて、「前の病院ではなんといわれましたか?」と、たずねてきた。「前の病院ではストレス性のものだといわれました。」と、しゃちほこばって俺は答えた。
「そうですか。私の見解もそれと同様です。ですがこちらにはあなた独特のストレスを取り除く方法があります。ですから安心なさって会話を続けてください。」と、会話を重ねつつ彼は筆を走らせ、カルテにラテン語で一生懸命に何かを書き込んでいた。しかしそれでも俺は話を続けた。
「このような病を持つ人は珍しいのですか?」
「私の知るかぎりではルソーとショーペン・ハウアーが同様の病に罹っていますね。」
その著名な人物たちを聞いた俺はおずおずともう一言たずねてみた。
「彼らは結局、どうなったのですか?この病が極度に昂じるといったいどうなるのですか?」
「単純にいえば、突発性の難聴になります。私はなった事がないので、分かりませんが、相当に苦しいようですね。」と、淡々と述べる彼に一瞬、俺はどきっとした。けれども自分がまだそこまでいっていないことも確かである。であるからして、このような雑念は虚妄のごときである、と結論付けた。しばらく黙りこくっていた俺を見て、ユングはこう述べた。
「あなたも学生時代とはずいぶん変わりましたね。」
「いや、変わってないよ。ただ、うまく世の中の道を通り過ごす方法を知っただけさ。しかし世の中とはおもしろいものだ。昔は女嫌いだった俺が妻の死をきっかけに今までとは正反対の行動をするようになったなんて信じられるか?ユング。」
「それは興味深い話ですが、一つ進言させていただくと先入観とは一定の強い情動によって、かき消されるものでもあります。なので、なにもあなたの仰ることが不自然だとは思いませんよ。人間誰にしもそういうことはあります。ほら、前に話した私の宗教に対する根強い偏見もその一種ですよ。偏見とは怖いもので、こびりついた垢のようなものです。それは、はがすのに非常に苦労し、またそれが治っても、再びそれが舞い戻っては来ないかという心配も残ります。それが心気症の種にもなりますし、それに神経症にも関連してくるのです。だけど、あなたの場合はそれをもう通り越してしまったので、心配はないでしょう。」と、彼は長々と述べた。実際、俺自身も次第に妻の死という現実から離脱してゆく感じをこの頃覚えていた。それがはたして良いものか悪いものなのかは、よくは分からないがそれでも過去の遺恨とかけ離れていく自分がいるのはすでに久しく感じていたのである。
だがその思念を遮るようにユングは話し始めた。
「あなたにとって、もっとも良い治療法はソクラテス式談話法ですね。」
俺は聞きなれないその言葉を聴いて、すぐさま彼に聞き返した。
「ソクラテス式談話法とはいったいなんですか?」
「それはですね、非常に知能が高い知能を持つ患者に用いる方法です。哲学にしろ、文学にしろ、果ては精神医学にしろ、その患者の苦悶すべてを吐き出させるのです。そうすれば、自然にストレスはなくなり、回復の兆しが見えてくるようになりますよ。宿の心配なら、ご無用私の家にはいくつも使われていない部屋があるので、ぜひそこに泊まって静養してください。私も週に二、三回問診をするのでそれもご心配なく。それに料理はうちの妻が作るのでぜひ召し上がってください。非常においしいですよ。」と、彼はにこにこしながら、俺に入院を勧めた。確かにユングとは昔からの付き合いだ。うそや邪険なことをしないことは重々承知である。だから俺は安心して、彼の言うとおりに入院する事にした。とは言っても、ほとんどのざらしの開放状態であった。好きなところにはいつで行けたし、それにユングの部屋には本がたくさんあったので、知的好奇心を満たすには十分すぎる事だった。昼間、外にでるとちょうど子供たちが学校の休み時間に運動しているのを見た。俺はその風景に見とれて、しばらくじっと彼らの挙動を見ていた。ある子供は跳ね回って泥だらけになり、またほかの子は高い木の上にはいあがって、いかにも得意そうな顔つきで下にいる子供たちを見下ろすのであった。その目にはほのかな優越感がただよい、王様にでもなったかのような顔をする子供までいた。この原理は簡単だ。猫は高い場所に上がると強気になる。それと同じ原理が人間にも作用しているのはゆうまでもない。したがって彼らの行いは至極自然なものに見えた。本能に忠実なものほどいとおしいものはない。だから動物の事を人々は愛すのである。チャイムの音が聞こえると共に子供たちは急いで、学校に向かって走り始めた。その光景は昔の俺を連想させた。学童時代はよく友達と悪さをし、先生にしかられたことが何度もあった。たとえば、そこらへんの草を度胸試しで食べてみたりもした。その中でも鮮明に残っている記憶は化学部で熱しすぎたビーカーを急に冷たい水につけた事件である。案の定、ビーカーはぱりんと割れてしまったが、それを先生に悟られないように急いで机の下に隠したのを覚えている。化学部では部長だったので、部員はその光景を見て、くすくすと笑っていた。でも一番の権力者にそう簡単に抗弁できるはずもない。彼らはそれを黙って、看過して、実験を続けていた。私はその学童時代を回想して、不思議な気持ちに取り付かれる。なんにしろ、幼年時代や学童時代は非常に記憶に残りやすい。激しい劣等感や優越感を体験するのもこの時期である。過敏な感受性を以って生まれた私にとって、学童時代は強烈な印象を伴っている。それは前述したとおりのように多少の悪さと罪悪感の入り混じった奇妙な時期でもある。私はその時に見た夢を今でも覚えている。私は一人の戦士として、戦争に参加していた。そして戦争の最中で血まみれになりながら、必死に相手の胸に剣を突き立てていたことが印象に残っている。だがもっと恐ろしい事にその殺した相手の顔がはっきりと見えたのである。それは私の親友の顔であった。私はそれに驚愕し、思わず、ベッドから転げ落ちてしまった。頭には冷や汗がしたたり、事の顛末を物語っていた。その夢は私の殺人衝動を顕現していた。あまりに陰惨なその光景はしっかりと脳裏にこびりつき、今でも時々、それが再燃するのである。攻撃的欲動の波及したものが殺人衝動に昇華される。ドストエフスキーの「罪と罰」、「白痴」などは彼の殺人衝動の現れである。もちろん、これは文学的に昇華されたものなので、周りに危害が及ぶ事はない。ところがこのような才覚を持たずに殺人衝動が前面に押し出されると、その人物は連続殺人鬼になるのである。殺人衝動とは面白いもので、ある一個人を殺したいとかの陳腐な考えではなく、社会の人々を蹂躙したいという考えの事なのである。それは特定の人物をつけねらうものではなく、ある一定の容姿を持つ女性を執拗に追い回す傾向が多い。この一定とは幼児期の先入観が関与している。子供時代に母親から愛情をそそがれなかった人物は女性全体に対して懐疑を抱く。そしてその代償として、連続殺人が起こるわけである。確かに少年を多数殺した殺人鬼もいたが、それはすでに嗜好の問題になってくる。なぜならニーチェの箴言にあるとおり「ある一個人の性癖の度合いと様態とは、その人物の全人格を貫く」からである。
それから俺はユングにその事を相談して見た。
「殺人衝動を抑えたいのですが、どうしたら良いでしょうか?」
「まず薬学的に考えるならば、ロドピンとセレネースを投与する必要がありますね。それにあなたの場合は、その衝動を理性で抑えているのでそんなに心配する事はないでしょう。まあ、試しに薬を飲んでください。どうせ、一過性のものでしょうから。」
そのユングの言葉が正しかったかは別として、俺は薬を服用し始めた。すると、暫時殺人衝動は収まるようになり、普段の暮らしがおくれるようになった。しかしその根底にある暴力に対する執着はなくならなかった。俺が述べた根底とは脳科学的に述べての根底である。脳幹の近くに位置する暴力衝動は理性では抑えられない。なぜなら人間とは本来、考える生き物ではなく、肉体労働を主とする生物だからである。パスカルの「人間は考える葦である」と、いう教義ほど間違ったものはない。考えを飛躍させ、それを具象化できるのはわずかな人間たちだけである。それも非凡なものや天才にしか、それはできないのである。
さて、話は戻るが、俺の病状は季節により、激しく変転する事が分かった。それを鑑みて、ユングは残酷な診察結果を述べた。
「あなたの今までの病態を見ていると、どうやら躁鬱病の可能性が大きいですね。」
俺はその時、自らの病名を自覚して、いなかった。それが突然、提示されたので俺はなおさら驚いた。しかし俺はそのことをすぐに切り返し、親友のユングが間違ったことを言うはずはないと思って、あまんじて俺はその病名に同意した。それからあらためて、その病気がなんなのかを知りたくなった。ユングの書斎に入り、精神医学書を読みあさり、なんとかこうにかして見つけだした結論はこうだ。躁鬱病とは気分の良い状態と悪い状態が激しく変転する病気である。良い時が躁状態で悪い時が鬱状態である。これがざっと目を通した医学書に書いてあった基本的な躁鬱病の定義だ。確かにもっと深く潜行しようとすればできたが、それはユングの仕事なのでほうっておいた。俺はいつもの日課で外に出る。それから木陰に一人座って、本を読むのが今の習慣だ。今、読んでいる本は、ゲーテの「ファウスト」だ。なかなか内容が面白く、読むのが苦にならない。ゲーテ自身、この本を書くのに六十年の歳月を費やしたのだから、すごいものである。そしてもう一つ付言したいのが、ゲーテが「ファウスト」を書くにあたって、参考にした、「ラモーの甥」である。その独特の文体は今もなお興味を惹く。ディドロが製作したこの本は実にすばらしいのである。もちろん、それを見抜いて最初に翻訳したゲーテの慧眼にも驚かされる。ラモーの甥のすばらしさはその戯曲的な表現と天才と気違いの境界を示している点にある。後、もう一つは人間の悪魔的な部分と神々しいまでの才気の近接線を描いている部分がもっとも興味深い。ゲーテの「ファウスト」にもそれは見られる。悪魔と人間の饗宴、その主題が人間本性に様々な事を訴えるかぎり、人々はそれに感化され、その書物を手に取るのである。
次に俺はふと、なにかを思い立ったかのように近くの町に立ち寄ってみた。そこではちょうど画廊が開かれていた。俺は試しにその画廊に入り、色々と見てまわった。様々な絵が並ぶなか、特に目を惹いたのがレン・ブランドの絵であった。その絵には神々しいものの背後に悪魔が立ちつくし、棺がその下に描いてあった。まさしくこれも神と悪魔の対立を如実に表している絵である。二律背反するものとは昔から好んで、描かれている。その理由として挙げられるのは、やはり人の根底に存在する両面価値であろう。たとえば、善と悪の定義にしてもそうである。善も度を越えれば、圧制者となる。これはことにカントの定言的命法に見られる。また悪とはそれが一定の限度を超えると、善に倒錯する。これは死刑囚などに見られる改心行為、慈善や子供たちへの積極的な教育などに見られる。このように一見、相反する現象こそが物事の根底なのである。したがってそれを見事に描写した画家たちはまことにすばらしいと言えよう。そんなことを考えながら、俺は画廊の中を行ったり、来たり、していた。そして裸体画を見ていると、不意に昔の記憶が甦ってきた。確かに昔、俺は好んで裸体画を見ていた記憶がある。その原因は詳しくは分からないが、おそらくは母の愛情不足だったのであろう。俺は若き日のルソーのようにその絵を眺めていた。彼が求めていた桃源郷とはほど遠いが、確かにここにも「自然」は存在する。ルソーの牧歌詩に代表されるように、俺も純粋なのだ。俺はしばらくその絵を見ていて、涙がこぼれ落ちてきているのに気がついた。俺は妻にルソー的なものをあまりに求めていたのかもしれない。それは独りよがりで傲慢な行いだった。俺は自然が好きだ。ルソーのように野山を歩きわたることは、もうできないが、それでも俺は自然と妻を愛している。これは事実だ、と自分に言い聞かせ涙をぬぐった。すると、となりからハンカチで俺の涙をふいてくれている女性が目に留まった。
「どうして、あなたは泣いているのですか?」と、その女性はやや困惑して、尋ねてきた。
「その理由はあなたに言っても、分からないでしょう。おそらくは。それにこの原因は非常に主観的なもので、他の人には分かりにくいものなのです。」と、俺は淡々と述べた。
「名前はなんていうの?」と、少し子供じみた言い方で彼女は尋ねてきた。
「ダランベールです。あなたのお名前は?」
「マリアです。」と、彼女は言った。偶然にもその名はカトリックが崇拝しているマリアと同じ名前であった。しかも彼女のその目はきらきらしており、人なつっこい印象を受けた。俺は彼女と、もっと話がしたかったが、それはこの先のお話になってしまった。俺は彼女と二言、三言話し、すぐにその場所から立ち去ってしまった。その理由は今でも分からない。唯一、言えるのが彼女の発する雰囲気が俺の妻のものと一緒だった感じがしたのである。けれどもそれは単なる虚妄であるかもしれないし、幻覚にも似た幻想だったのかもしれないと、今は思っている。
そして俺はまたユングの家に舞い戻り、そそくさと論文を書き始めた。題名は「絵画について」である。この論文にあたって、もっとも厄介なのは絵画が概念を必要としないことである。確かに芸術に概念は不毛である。しかしそれを評論にしたためる苦労は生半可なものではない。かつて、ディドロ、ショーペン・ハウアーが芸術について述べているが、それでも本人たちは芸術に概念は不毛のものであると考えている。はたして私もそれに追随すべきかを悩んだ。本音を述べて、彼らの芸術に対する解釈は圧倒的で、真理で埋めつくされている。その壁を乗り越えなければ、俺の書いている論文も気泡に化すであろう。ともあれ、俺はその問題を考えると共に、画廊であった女性にも興味があった。今度こそ会って、彼女と仲良く和気藹々と話をしたいのが今の私の最大の望みである。彼女の第一印象はまるで聖母のようであった。その姿は神々しく、背後には人々の苦難を背負っているようであった。イエス・キリストみたいな精神的指導者にはなれなくても、彼女は立派な神の意思にそぐう人物である、と俺は結論付けた。だが結局、論文は瓦解し、文章がごちゃまぜになってしまった。しかしセザンヌの絵の解釈はうまくいった。ここにそれを引用すれば、こうなる。
「セザンヌの絵に対する美学的解釈」
私は哲学の亜種に属する美学の名のもとにおいてセザンヌの絵を解しようと思う。とは言っても、その論述が明解さを欠かないように先人たちの知恵を借りなければならない。私が知っている美学を論じた哲学者はディドロとショーペン・ハウアーの二名である。したがって私は彼らの著書、ディドロ著「絵画について」、ショーペン・ハウアー著「意志と表象としての世界 第三巻」の論述をもっぱら引用する事にする。
まずセザンヌの絵を見て抱く印象は奇妙である。確かに同時代のクロード・モネと似た描き方をしているが、それでも両者を同一視できない。セザンヌの絵はモザイクがかった描き方をしている。これは色遣い、筆遣い、双方に言える。その効果で絵から湧き出る印象は様々なものとなっている。これは人類全般に言えることだが、色の色調でものが悲しく見えたり、輝いて見えたりする。この言い回しはショーペン・ハウアーが詳しく論じている。「絵はわれわれを純粋主観の境地にまで運ぶ。」と、彼は述べている。ようは普段雑多な、何の変哲もない風景や人たちが画家の手にかかれば、すばらしい絵になり、なおかつ普段の我々には見えないもう一つの面を見せてくれる事に他ならない。そしてディドロは述べる。「画家とは学校で習う裸体や風景の描き方を覚える事で、画家になれるものではない。実は画家とはもっと身近な人々の往来や変哲のない風景を鋭い観察眼で見ることで初めてすばらしい絵を描くに至るのである。」なおも彼は続ける。「画家は人間を描写するとき、その上っ面だけを模写してはいけない。皮膚の下に血管があり、さらにその下に臓器がある。そして血色の悪い人間と血色の良い人間もまた別物である。それらを見抜き、描く事で初めて画家とは絵を仕立てる事ができるのである。
まったくもってその通りである。セザンヌはそれをモザイクという手法を使い巧みに表している。そしてもちろん色遣いも忘れてはいけない。これら、モザイク、色、筆をキャンバスに押し付けるときの強弱の三つがそろい、非常に印象的な絵をセザンヌは描けたのである。それはこうも言える。セザンヌの絵は三次元的な世界ではなく、それ以上の次元を描いていると。なぜなら、彼の絵には色と筆以上の技法が備わっているからである。しかしそれを鑑みたときに、何も我々が驚嘆の念を覚えるのではない。セザンヌの絵は視覚を通じて得られる情報を情味豊かにし、我々に目の前に人間の神秘、さらには大自然のすばらしさ、自然の偉大さを見せてくれるのである。
なお私が述べた事はショーペン・ハウアーがより詳しく論じているので、ぜひその論説を読み、再度私の論説と見比べてほしい。
と、このような訳でセザンヌの絵の美的解釈を行ったのである。俺は今でもこの論文に誇りを持っている。であるからして、俺は自信をもってこの論文を書き上げる事ができたのである。話はずれるが、愚かな判断力をもった連中はいつまで経ってもなくならない。だからゴッホの絵は生前中、一枚しか売れなかったのである。さて、ここからは天才と狂気の問題になってくる。であるからして、俺の範疇ではない。そういう小難しい事はユングにでもやらせておけばいい。そして、もちろん俺はユングの家に帰ってから、その事を聞いてみた。彼はただならぬ態度でその問題に真っ向から、対決を挑んでいるようであった。眉間には皺がより、物事の重大さを物語っていた。
「なんで、またあなたはこんな難しい質問を投げつけたのですか?」
「それは単に興味があったからです。」と、一呼吸おいて俺は述べた。
「結論から述べますと、ことにこのことはエルンスト・クレッチュマーの「天才人」に詳しく記載されています。しかし彼の論説の中で公に認められているのは、主観によって、物事は制約されていることと天才と狂気の関係がほのめかされる形で示唆されているだけです。はっきり言って、後者はいまだ結論を得ていません。我々も悩むのが、自然科学者の場合の狂気です。自然科学者には執着した、それも激しい固着性を伴った思考がつきまとうのが運命です。しかしながら、そこで見解は分かれるのです。はたしてダーウィンや物理学者のハイゼンベルクに狂気が伴っていたかと聞かれれば、私はその問いに困るでしょう。確かに彼らにも激しい、譫妄にも似た行動があったことは否めません。けれどもそれだけでは話が終わらないのです。この問題は特に注意深く、真摯な態度を以って、臨むしかありません。ですから、もう少し時間を下さい。そうしたら、少なくとも今よりは、あなたのその意見に答える事ができるようになると思います。」と、言い終わるとユングは頭をかきながら、静かに書斎へ入っていった。俺は今だかつて、彼が動揺しているところを見た事がない。だが今回の彼の言動には困惑が混じっていた。それを鋭く見抜いた俺はすぐさま、反論をせず、素直に自室に一人、引きこもったのである。
次の日は晴天だった。しかしそれとは反対にユングの顔色はあからさまに青ざめていた。その理由は結局、昨日の事であろうと、俺は察した。ユングは紅茶を一杯のみ、煙草を一本吸っていた。その風景は一枚の絵のようであった。窓辺に座ったユングとたまゆらな朝日がすばらしい情景を描き出していた。俺はしばし、その姿に見入った後、お決まりのように一本の葉巻を取り出し、一服した。すると、ユングはうたた寝を始めた。俺は最初、その光景を見ていて、笑いそうになった。しかしすぐさまユングの家内がやってきて、彼にタオルケットをかけた。
「主人は非常に疲れやすいのです。ですから、少しの間、静かにしていただけますか?」
「はい。分かりました」と、俺は言いながら、奥さんの作った朝ごはんを食べながら述べた。
そういえば、このごろ気にかかっているのは例の女性である。あの画廊であった女性。マリアと名乗ったその女性は今、いったい何をしているのだろうか?ふと俺はそんな気持ちに襲われた。マリア、確かその名前はカトリックの教会で聞いた覚えがある。しかしそれと彼女との間にいったい何が存すると言うのか!俺は自問自答を繰り返し、葛藤していた。そしてユングが起きる前に俺はまた街に行ってみることにした。巷を見渡せば、碁やチェスをしている人間がサロンに大勢いた。だがそんな連中とはまともに付き合う気にはなれなかった。なぜなら、俺の性格はまじめだからである。それもいいとこ、くそが付くくらいのまじめさだ。したがって、どんな瑣末な事でも行き着くとこに行くまで、とことんやらないと気が収まらないのである。まあ、そんなかんやでも一応、囲碁はできる。六段で後段者の指導にあたっていた経験もある。であるからして、久しぶりに碁を打つのも悪くはないと、思いながら、ぶらぶらと街をほっつき歩いていた。そんな事をしていると思いがけない事が起こった。突然、花売りの少女が、俺が前にいるのには気づかずに突っ込んできたのである。俺は、倒れはしなかったが、少しよろめいて、壁に背をもたれかけた。すると、その女の子はいそいそと一生懸命に花を拾い集め、また花売りに向かおうとしていた。もちろん、俺は声をかけた。
「どうして、君は俺にぶつかってきた事を謝ろうとしないのかい?」
彼女は困惑気味に頭を二、三度振って、「いえ、そんなつもりはありません。ただ、仕事が忙しくて頭がぼぅっとしていただけです。すみませんでした。どうか、この花一輪で許してはいただけないでしょうか?」
俺は首を傾けて、彼女の方をじっと見ていた。
「花なら、買うから安心しなさい」と、俺は諭すように言った。彼女は涙ぐみながら、うれしそうに俺の金を受け取って、一輪の花をくれた。さて、花はもらったが、渡す相手がいない。ましてやユングになぞ、渡す気には到底なれなかった。なぜなら俺にはそんな趣味もないし、男に花を贈る習慣もない。だから俺は途方にくれて一人、また町を歩き回っていた。またもや画廊に行こうと思ったが、今日は閉館日だった。それでも煮え切らない気持ちが心の中に充満していたので、いそいそと町の往来を行ったり来たりしていた。すると、一人の男性が驢馬の首においすがり、倒れかけているのを見かけた。その周りは非常に騒々しく、男は大声で、「私はビスマルクの生まれ変わりだ」と、叫んでいた。俺はきっと、この男は気がふれているのだと思った。だがよくよく見れば、彼は昔、一緒にギナジウムにいた友人であった。くしくもその友人の名前は、かの偉大なニーチェと同じであった。俺は急いで、民衆をかき分け、彼の下に向かった。しかし現実は残酷なものであった。彼はすでに狂気に取り付かれており、手の施しようがなかった。彼は大声で叫びながら、往来を歩き始めた。周りの人々はそれをさけて、一目散に逃げていった。彼は狂った牛のような猪突性で人々のいなくなった広場で叫び声をあげ続けた。俺はすぐさま、彼を制止しようとした。
「ニーチェ、いったいどうしたんだ?」
「うるさい、うるさい。誰も俺の事を認めはしない。俺の作品を駄作だと抜かしやがる。俺が快い気持ちの中で描いたツァラトゥストラも世には認められなかった。ちくしょう。大衆なんぞ、この世から消えてしまえばいいんだ!」と、ニーチェは興奮しきった様子でそう述べた。彼はそのまま、ふらふらと路地の方に行ってしまった。おそらく、彼はその後、死んだのであろう。ニーチェの死亡を伝える小さい記事が新聞に載っていた。梅毒性能疾患、それが彼を苦しませ、さらには非凡なるものへの跳躍台にもなったものである。名前に刻印された呪いがこのニーチェにまで及んでいたのは確かである。俺はうすうす気づいていたが、フランチェスカ・ニーチェは天才だった。その証拠に彼の死後、すぐに社会に強い影響力を持った人々が彼を弁護していたのを俺は講演会で見た。もしニーチェが正気でこの光景を見ていたならば、うれしがった事であろう。なんにしろ、他人に認めてもらうことはうれしい事である。その喜ばしい光景を見ずに、精神病院に送られたニーチェ。そして肺炎を患ってこの世を去ったニーチェ。彼は曙光であった。人類の進むべき道のりを彼は「道徳の系譜」「善悪の彼岸」で述べている。そこにはなんらの欺瞞もなく、人々を欺いて、金をせしめようなどという愚かな考えはなかった。あまりに素直すぎる人とは時代の車輪に巻き込まれ、自分を見失ってしまう。その良い例はルソーである。牧歌的な雰囲気の中で彼は人々の事をいぶかしく思っていた。なぜ?同一人物が同じ人をほめたり、嘲笑ったり、できるのか彼には最後まで理解できなかった。そして彼の晩年は激しい精神疾患、追跡妄想と被害妄想に覆われてしまっていた。素直な人間とはいつの世も不条理にまみれてしまう。人々の無理解、欺瞞や虚偽、それらに彼らが遭遇した時に、いったいどのような見解を持つのであろうか?それは激しい地盤沈下を起こし、天才たちを奈落の底に突き落としてしまうのではないだろうか?確かにショーペン・ハウアーの述べるとおり大衆心理として、権威を伴った本や人に否がおうにも迎合するのが普通である。俺なんぞはまだましだ。ショーペン・ハウアーは四十年間も認められなかった。しかしその思想の影響力は強大で、フロイト、ヴィトゲン・シュタイン、エルンスト・マッハ、森鴎外などの著名な人物たちに甚大なる影響を与えた。いみじくも彼の言うとおり、世紀を超えた人間とは同時代の人々の目を惹く事は少ない。したがって、その作品が後世で評価されるのが通例である。カフカや太宰治もその例にもれない。無論、彼らは相当の努力をし、真理を深化させた。当時、それに追随する人は少なかったが、それでも少数の人々は彼らの事を認めていたのである。
では、これから起こる事件の一部始終を見てみよう。俺はニーチェが亡くなってまもなく、ユングにその事を尋ねてみた。
「天才と狂気の関係はいったい、どうなっているのでしょうかね?」
彼は慇懃な態度で俺の方をチラッと見た。
「それに関しては、前にお話したとおりです。ですが、私も熟考を重ねるうちに個性の問題が分かりかけてきました。」
「それはどういう意味ですか?」
「それは単純だよ。個性とは通常人の場合、青春時代のひと時で終わってしまうのです。それから暫時個性と呼ばれるものは希薄になってゆき、結局残るのは平凡な人々ばかりです。私にしても、あなたにしても、この法則は適用されます。精神疾患と個性とは太い因果の鎖で結び付けられています。これから先の見解は私にも判断しかねます。しかしおそらく言うべきでしょう・・・」と、ユングは深いため息をした。そのため息はこの先に起こる、陰惨な話を意味していたのである。ユングは口をゆっくりと開き、淡々とその事を述べた。
「まず私の見解を言わせてもらうと、あなたは複数の精神疾患に罹っているようです。気分が良い時は、躁状態、これは前に話しましたね。それからあなたに見られるのは、パラノイケルに統合失調症ですね。しかしあなたの病は軽いので、いつでも好きな事をしていていいですよ。まあ、もちろんご飯時には帰ってくるという約束で。」と、ユングは笑いながら、述べた。もちろん、彼は知っていた。街に行っている事や画廊を覗きにいったことまで、実際、彼は熟知していたであろう。けれどもユングはそのことを看過し、俺に解放的な道を開いてくれたのである。なぜかは分からないが、俺はすぐさま街へ、向かった。マリアともう一度会いたいという願いははたして叶うのであろうか?そんな自家撞着をしている俺には誰も話しかけてこない。次第に人々とは疎遠になり、いつかは覚えていないが、孤独を愛するようになった。けれどもそこに不確定分子が入り込んできた。それはマリアの事である。彼女はなぜか、俺をまどわした。その理由は結局、主観的なものになるだろうが、それでも俺はあの一瞬で彼女の事を忘れられなくなった。これは煩わしいことだ。俺は昔、女を憎んでいたはずだ。ところがだ、今となっては彼女に夢中になっている。そんなことは死んだ妻との出会いの時にも起こらなかった。もういい加減に頭が混乱してくる。こんな時はさっさと寝るに限る。とは言っても、またもやカフカ的な夢を見るかもしれない。そうしたら、今度こそ、俺は自律神経失調症になってしまう。そんなことは当たり前だ。眠れない夜が続くと、次第に観念の糸がほぐれ、現実との乖離が始まる。それが起こったら、もうお終いだ。俺は布団をひっくり返して、ひたすらその恐怖が去るのを待つしかない。それはそれで結構だが、俺としてはやりきれない部分が多々ある。たとえ話を用いれば、それはこうなる。ある晩に野良犬が一匹歩いている。その野良犬が俺だ。そして前から笑みをたたえた赤ちゃんが乳母車に乗ってやってくる。暗闇の中、俺はなにやらおいしそうなにおいを嗅覚で探りあてた。俺は腹ペコだった。急いで獲物に飛びかかる。すると、鮮血と共に人の叫び声が聞こえた。俺が正気になって、目の前を見ると、動かなくなった子供と傍らには哺乳瓶が落ちていた。はて、これはいったいどういうことなのであろうか?結論はこうだ。実は俺が飛びかかったのは哺乳瓶をくわえた赤ちゃんであった。その証拠にちょうど、赤ちゃんの首もとの肉がそがれていた。それでその子の母親は大声で叫んだ、というわけである。はなはだしくこの話は筋が通っていないように見えるかもしれない。しかし人間、自我を失った時点で、その様な行為を行うものがたくさんいる。それを戯画的にゆがめるとこのようになるのである。
さて、とにかく俺はベッドに向かった。重い足取りで一歩、一歩、前に進んで俺はようやくベッドにたどり着くことができた。だがまたそれからが問題だ。寝るにしても、今日は色々な考え事をしたために、神経を磨耗して、寝付けない。これは困った事だ。そこでユングの登場である。彼に近くの薬局で睡眠薬を調達してもらい、俺はそれを服用してなんとか眠れるようになった。けれども睡眠薬を飲むのは、得体の知れない生き物を目の前に見るようなものであった。異様な雰囲気をただよわせる睡眠薬の錠剤が俺にとっては、恐ろしいものに思えた。なぜなら、それは未知への冒険であり、また不安を増大させる悪魔的なものだったからである。これはフロイトの象徴化理論にも当てはまる。彼の述べるとおりに、確かに人は先入観を伴って、物事を見る。したがって、当然そこから帰結されるのが、象徴なのである。これは民族間によっても、国家間においても、相違はない。それぞれの国は独自の形式を持っていて、それが象徴化の理論にぴったり当てはまるのである。
さて、冗長なユングとの会話が今の俺にとっては、一つの楽しみになっていた。朝、早く目が覚めると、俺はすぐさま論文の執筆作業にうつる。その繰り返しが始終行われた。そして俺の調子も次第に回復の兆しを見せ始めた。それは内的に喜ばしい事であった。しかし外的な事では第二次世界大戦が勃発しようとしていた。俺の滞在しているスイスは中立国であるために、それほどの被害は受けないだろうと、推測した。けれどもフランスは違った。早々とヒトラーに征服され、植民地になってしまった。俺は故郷を失った悲しさと悲観にくれた。しかしフランス国内でもレジスタンスが秘密裏に発足されていた。ニーチェ思想を中核とするボーボワールたちによって、その団体は行動していた。また軍事関係ではシャルルドゴール将軍が他国から必死にフランスを救おうとして、大量の資金集めをしていた。ともあれ、俺の言いたい事はこうだ。ニーチェのようなアウトサイダーは時に社会にとって、有意義な意味を与える。その意味とはまさしくメシア的なものである。ニーチェは最後の書、「この人を見よ」で、メシア的な事をほのめかしている。もともとその本の題名が聖書から取ってきたものであるから、なおさら彼がメシア的な思想を持っていたことは明らかになるのである。
それから、俺はどうにか戦渦を逃れ、ユングの治療を受けていた。そんなことが何日か続いた日、ユングは重い口を開いて、こう述べた。
「精神科医とはその患者個人の物語を知らなければならない。なぜなら、それが中軸となって、初めて精神の内奥に入れるからである。」
俺にとって、その言葉は不気味な響きを伴って、耳に届いた。それはまるでサティロスが俺の魂の中をごちゃごちゃにするような感じを与えた。あえて、俺はここで述べておくが、内的な葛藤と外的な葛藤の違いはほとんどない。所詮は内的な葛藤がすべての源であり、それに続いて必然的に外的な葛藤が起きるだけの話である。しかしこれはもっぱらショーペン・ハウアーの本に書いてあるのを引用したに過ぎない。彼の述べる正鵠を得た論説には、驚かされるが、それでも間違いは多少あるものである。彼がラマルクの進化論を否定した時にいくばくかの科学者たちは失望した。もしそれを本当に見たいなら、エルヴィン・シュレーディンガーの「自然とギリシャ人」をお勧めする。
ユングは俺が博識であり、なおかつ非凡なものであると認めていた。その理由は詳しくは分からないが、おそらく動物的な本能に似た、するどい嗅覚で人々を見抜く力をユングが持っていたせいであろう。だから彼は俺の能力、非凡さを鋭く見抜き、せっせと俺の世話をしてくれているのである。
ある日、俺は退屈して、外をぶらぶらと歩いていた。そしたら、急に走りながら、おたけびをあげる少年に遭遇した。俺はその少年に幾度かそのさけびごえを自粛するように述べた。しかし彼はまたもや叫び声をあげ続けたのである。とうとう、堪忍袋が切れた俺は警察にすぐさま、その事を訴えた。それから、その少年を見ることはなかった。きっと、彼は精神病院でその短い一生を過ごした事であろう。いつの世も荒廃した家庭は存在する。だからゲーテは「イフィゲーニエ」の中で運命の女神たちにこう歌わせたのである。
「断崖と雲の上に坐を設け、朝に己が巨人の氏族を呑みおおせし深淵に臨みて立つ、神々の黄金の如く輝く愛子」。
彼らは進んで、荒廃したのではない。それは生まれた時から決まっていた贖罪なのである。ほら、見てみるがよい。そこかしこで変質した人間は見られるのである。例えば、連続殺人鬼などはそのよい例であろう。彼らはやむにやまれず、その凶行を行う。だがここで一つ付言しておきたい。社会に適応できない人間を俺は弁護する気にはならない。それこそまさに似非紳士主義である。まだ社会に対して、有害な影響を及ぼさない人間はいい。けれどもそれを極端にまで押し進めて、殺人鬼に死刑を宣告しないのは間違っている。いみじくもショーペン・ハウアーが述べるとおり、刑法とは厳しい刑罰を犯罪者に与えて、未来の犯罪を防止するものなのである。
とりあえず、俺は大戦の戦火の中、一人隣国のドイツに行ってみることにした。その当時のドイツはファシズムに陥っており、国民はヒトラーによって高揚されていた。彼は激しい肉体的な動作と共に、弁舌を繰り返した。さらには低い音楽が絶えず流れており、俺も危うく洗脳されそうになった。これほどまでに人間とは簡単に洗脳かされるものなのか!俺は憤りを隠せなかった。俺はこんな国にいる必要はないと悟り、すぐさまスイスに戻った。その時、世界はめまぐるしく動いており、三国同盟や連合国の争いは血を血で洗うようなものだった。なんと、愚かしい人間たちであろう。俺は心の中でそう叫んでいた。すばらしい科学者たちもこの時ばかりは、他国へ避難するしかなかった。そういえば、俺は今になって思い返すが、チャップリンがその天才的な演技でヒトラーのものまねをしている「独裁者」という映画があった。しかも彼はまだ連合国が勝つ可能性が大きい時に、それを行ったのではない。まさしく彼がその映画を作ったときは戦争の真っ最中だったのである。大胆と勇敢さは紙一重であり、それを熟知して、なおもそれを強行するものが非凡なるものなのである。
俺は飽き飽きとした顔でいつも通り、スイスのジュネーブ近郊の田舎町を歩いていた。いつもなら、もっと華やかな都会にでもくりだすのに、とんと今はそんな気は起きなかった。前に花売りの少女から、買った花はしおれてしまった。その姿を見ていると、自分さえもしおれてくるような気がした。ふと、空を見上げると太陽が煌々とてっていた。俺は汗を流しながら、往来を行く人々を観察していた。そんな時に、俺は不意にユングの秘密の言葉を思い出した。それはこのようなものであった。「精神科医とは患者、個人の物語を知らなければならない」と、彼は興奮気味に言っていた。俺はその言葉を思い返すたびに苦笑した。彼の言葉はやたらと正論が多い、そう思って俺は苦笑してしまったのである。
さて、では内観の時間だ。俺は町外れにある木の下で、自分の魂と語り始めた。まずは夢の事を考えて見る事にした。日中、俺は往来を独りで歩いていた。すると、前から来た男がいちゃもんをつけてきた。顔はぼやけていて、はっきりとは見えない。俺は彼と戦ったが、あっさりと勝負が決まってしまった。俺は相手が気絶するまで、顔を殴打し続けた。そして最後に相手の死ぬ前の顔が見えた。なんと、それは俺の親友の顔であった。俺は猛烈な悪寒に襲われ、目を覚ました。
この物語を分析すると、こうなる。最初に攻撃的欲動が見られる。次にあるのは同性愛に対する嫌悪である。しかしそれに抗しきれず、親友の顔を攻撃欲動のすぐそばにおいたのである。俺の述べる同性愛の解釈としては、プラトンの「饗宴」を参考にしてほしい。かいつまんで話せば、ソクラテスが青年たちに疲れも忘れ、激しく彼らを鼓舞したのも一種の同性愛なのである。もちろん、これは精神医学的な見方と同性愛の昇華された形を示している。
さてはて、次に何をしたことか?太陽光が斜塔のように傾き、夕焼けを知らせている時に俺は一人、黙々と内観を続けていた。だがさすがの俺でもこれは一朝一夕でできるものではない。とりあえず、栄養補給が必要だ。ユングの家に帰ろう。そう、思い立つと俺はユングの家にまっしぐらにかけ戻っていった。夜も近づいた頃、俺はようやく我が家に戻ってくることができた。一時とはいえ、ユングの家が我が家であるのは間違いのないことであった。俺は年甲斐もなく走ったせいで、息を切らしていた。すると、ユングの玄関先にユングの奥さんとマリアらしき人が談笑しているのが目に入った。俺は雷鳴に打たれたかのようにその場で崩れ落ちた。なんと!不思議な事であろうか。今まで一生懸命、探しあぐねいていたマリアが目の前にいるではないか。これほど、神秘的な事があるであろうか!俺はなんとか、立ち上がり、よろよろとマリアの方に歩き始めた。
「あら、ダランベールさん、どうしたのですか?」と、ユングの奥さんが尋ねてきた。しかしもはやその言葉は俺には届かなかった。俺はマリアの前でひざまずいて、一輪のしおれた花を差し出した。最初、マリアはきょとんとしていたが、事の顛末を知ると微笑を浮かべながら、その花を受け取ってくれた。彼女は天使のようだった。いや、天使だったのである。神が俺のために遣わした使者、それこそがマリアだったのである。
しばし俺は彼女の目を見つめていた。すきとおった青い目。それは汚れのない海を連想させた。サンゴ礁のそばでイルカたちが戯れている。その中に俺も混じっているのである。たとえ、彼女の手の上で転がされようと、俺は一向に構わないと思っていた。ともあれ、俺は彼女とお近づきになれた、というわけだ。初幕はもうすんだ。次に本編を描き出さなければならない。俺は彼女と少しの間だけ、話す機会がもてたことを喜ばしく思った。話の始まりはこうだった。
「お久しぶりです。最初に会ったときにあなたは泣いていましたが、大丈夫でしたか?それに、すみませんが、お名前をお聞かせください。」
俺は一瞬、たじろいだ。頭の中が真っ白になって、何も考えられなかった。
「え、え、私の名前ですか?ダランベールともうします。」
彼女は軽やかな口調で、「そうですか。ダランベールさん。私も時おり、この家におじゃまになるので、その節はよろしくお願いします。」と、述べた彼女は一礼するとその場を去っていった。俺の頭は、熱しられて、今にも破裂しそうだった。強い情動を感じると共に、彼女に対するとめどめのない感情があふれ出してきた。それは横溢した感情ともいえよう。森羅万象、すべての世界が俺に向かってくるような感慨を抱いた。それは今までに味わった事のない、蜜の味であった。俺がぼうぜんと立ちつくしているのを、ユングはすぐさま感じ取った。そして、彼はその日の問診でこう述べた。
「愛とは人を盲目にするのですよ。ダランベール。だから、ぜひ気をつけてください。あなたは今、禁断の果実を手に取ろうとしている。決して忘れてはいけません。普段のあなたならば、冷静に考えられる事が今はできなくなっているのは、すぐ分かりました。ですから、私としては、これぐらいの箴言を教える事しかできないのですよ。まあ、理性より愛はより根源的なもので、計り知れませんからね。」そう言い終わると、彼はおもむろに席をたち、一人煙草をふかしていた。しかしその時の俺は、ユングの述べるとおりに盲目になっていた。だから彼の言葉が俺の耳に届く事はなかった。それをいまさら、悔やんでもしかたない。とりあえず、俺も自室に戻り、久しぶりにパイプで煙草を吸っていた。すると、とたんに目の前の光景が変わった。神がかった雷鳴が突如として、俺の脳髄に響きわたった。思想がこんこんとあふれ出すのが、感じられた。その時に思い立ったのが、自然科学に対する見解であった。それは赤方偏移と青方偏移に関するものである。赤方偏移は夕方に起こる淡い褐色がかった夕焼けを意味する。そして青方偏移は朝の青い空を意味するのである。その時に、とどく光の波長に対して、俺は興味を持った。まず赤方偏移は太陽の光の波長が短くなる事を意味する。次に青方偏移は太陽の波長が長くなった事を意味するのである。かいつまんで話せば、地球の位置と太陽の位置によって、それらは決められると言える。地球の自転と公転がその効果を示し、太陽は相変わらず光っているのにもかかわらず、夕焼けや朝が生じるのである。
さてはて、困ったものやら、思索が終わると同時に恋慕の情がわきあがってきた。どうしても、マリアに会いたい。だがいまさら、外に出るのも億劫だ。今日はゆっくりと静養する事にしよう。そして俺は最後に一本の煙草を吸い、寝床に向かった。眠ってから、しばらくして、俺は目を覚ました。目の前には恐ろしいほど、大きい軍人が立っており、彼は俺に向かって、話しかけてきた。
「Nice to meet you, my name is satan.」
どうやら、外国人のようである。俺も彼に英語で応答した。
「Nice to meet you, too. I’m , I’m.」俺はとたんに自分の名前が言えなくなっているのに気づいた。
「How are you?」
「Not too bad. How about you?」
「I’m fine.」
俺は彼と話している時に、悪寒を感じ始めた。それなのに、彼はなおも俺に問いかけてきた。
「I want to do a convention with you, agree or not. Please give me an answer. 」
「I do not do that, because I don’t know what I will talk to you.」
「You owe me, I have privilege to force.」
そして、彼はまくし立てるようにこう述べたのである。
「I am the truth. Keep to walk in the light.」
俺はその時、やっとこれが夢である事が分かった。
布団から飛び起きると、汗で額がぐっしょりぬれているのが分かった。最後の箇所だけは妙に印象に残った。その言葉は明らかに聖書から引用されたものである。昔、イエス・キリストが弟子たちに伝えた言葉、それこそが「私は唯一の心理だ。光あるうちに、光の中を歩め」と、いう語句であった。俺はすぐさま、トルストイの「光あるうちに、光の中を歩め」を思い出した。その本は、俺が幼い時に買ってもらった本で、いつも絶えず燐光のように俺のまぶたの上を舞っているのである。
そして、俺は再び眠りについた。すると、ひょんなことから面白い夢を見た。俺は広大な白く彩られた世界の中で一人、ぽつんと立っていた。歩いても、歩いても地平線はまったくなくならなかった。それは不思議なことを連想させた。俺は今、孤独であると言う事を感じていた。それが夢の中に現れたのである。
次の日の朝、目を覚ますとユングは湖畔で、積み木で遊んでいた。最初は彼が何をしているのかが、さっぱり分からなかった。しかし後に、ユングにその事を聞くと彼は笑いながら、「あれは私の日課ですよ。高尚に言えば、無意識との戦いです」と、彼は答えた。その行動が理に適っているのか、それとも適っていないのかは、俺には皆目見当がつかなかった。後に、ユングの証言によると、彼はしばしば夢に出てくる幻想を必死に捉えようとして、あのような行動を行っていたそうである。ともあれ、この偏屈な人間も俺同様に、捉えどころがなかった。また言葉を言い換えれば、捉えどころのない人間とは個性に富んだ人間である。個性とは、その人の人格部分から発せられる熱気のごときである。その熱気が他人に投影され、そしてそこに自分と似たものが少しならずとも、見つけられれば、おのずとその人は個性的な人間のあとをついてくるのである。したがって、ここに一つの命題が成り立つ。イエス・キリストに付き添った十二使徒は、皆が個性的であったはずである。なぜなら、当然、イエス・キリスト自身が個性的であったから、彼らは就いてきたのであるから。
俺は途方もない旅路に出ようとしているのかもしれない。恋の神が、たとえついてこようが、こまいが俺にとってそんなことは微々たる物である。オルメードの騎士のドン・ロドリーゴのように恋に焦がれて、道を踏み外してしまいそうだ。おお、この気持ちはなんとかぐわしい事だろう。街行く人々の香気が、この胸いっぱいに入ってくる。それほど、恋愛とはすさまじいものなのか。さてはて、俺はそんな経験をしたことがないから、まったく見当もつかない。これは困った。ヒポクラテスにでも相談するしかない。とはいっても、今は古代ギリシャ時代ではない。それをあんじて、黙って見過ごすものか。この恋に対する気持ちが薄れぬうちに、さっさと彼女に会って、話をしよう。恋に焦がれる一匹の鴉は、すでに羽ばたく準備ができている。この時ばかしとは思いきや、行くとなったら、羽をしまう。それがどうした、雀さん。どこにも、わしの天敵はおらんですぜ。そんなことだから、わしらに一口で飲みこまれてしまうんですよ。水場に水を飲みに来た雀を狙って、鴉はそいつに飛びつく。あらま、気がついたら、それは私じゃないですか。いつのまにやら、俺は鴉になっていたのか。雀はあの子で、俺はあの子に首ったけ。これはどうしたことやら。いかようにしても、止まりませんな。燃え上がる恋の瘴気に熱せられて、わしもまいってしまいますわ。どうか、後生ですから、食べないで下さい。そんな声がちらほら聞こえてくる。さてやら、俺は黙って、そんな好機を逃すものか。急いで、彼女のいる町に俺はくりだしていった。けれども、お目当ての彼女は今日はなし。街中を一人、さびしくぶらついて、時間をつぶして、そりゃどうした。今日の収穫は何もなし。帰りはとぼとぼ、一人歩き。すると、どうだ。おや、まあ、彼女が目の前で眠っているではないか。
そこは木陰だった。マリアはいくぶん、疲れた調子でうたた寝をしていた。俺は恐る恐る彼女に近寄った。それでも彼女は気がつかないので、俺は独り言を大声で言ってみた。そしたら、彼女はしなやかな体を一瞬、ふるわせ、起き上がった。
「ダランベールさん。大声なんて、だして、どうなさったんですか?」と、彼女は聞いてきた。ああ、その時の声と表情はなんと、すばらしい事だったろうか。俺はいくぶん、狼狽した。頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。それはそれで大変だ。こんな時に間の抜けた事を言ったら、きっと彼女は失望するだろう。いや、ちょっと待て。そんなに考えるものでもない。人間なんぞは、間違いの連鎖で成り立っているようなものだ。だから、俺が二言、三言失礼な事を言っても、彼女は許してくれるはずだ。
「いや、ついね、君の美しい寝顔を見ていたら、私は昔の事を思い出したんだよ。」
「何ですか?その昔の事とは。」
「それは、今でも、鮮明に思い出せる一つの夢の話さ。どう、聞きたいなら、話すけども」
彼女は一回、身を震わせ、「お願いします」と、言った。
「ある朝、私は小学校の授業を受けていたんだ。そして、その時に親身になった女の子が一人いた。その子の名前は、もう思い出せないけど、これだけは覚えている。彼女と私は帰り道を一緒に歩いていた。すると、突然、彼女が私にキスをしてきた。その時の感慨は、なんとも言えないものだったよ。私は、初めての体験で、全身が硬直するのを感じた。それも恐怖で硬直したのではない。私は、その時分、まったくもって恋愛に疎かった。そのために、私は彼女の行動をある一種の異常な行為としてしか、受け取れなかったんだ。後に、そのキスの理由が分かった時に、私はびっくりしたよ。」
彼女は興味ありげに、「その理由とは、何ですか?」と、聞いてきた。
「それはだねぇ。その女の子が私の事を好きだった、という事だよ。」
「あら、それはまあ、どうして?」
「その答えも今の私になら、答えられるよ。女の人は多かれ、少なかれ、神秘的なものに惹きつけられる習性がある。そこに現れたのが、私さ。きっと、昔の私も幾重にも、重なった仮面をつけていたことだろう。不意に、口からほとばしりでる才気が彼女にはよく伝わっていたと思う。だから、彼女は私の虜になったのさ。そして、私の性格は今も変わらず、昔の面影を残している。きっと、それを見れば、君だって、居ても立っても、いられなくなるさ。」
その言葉を言い終えた時、彼女は俺の顔をまじまじと見つめていた。まるで心臓の内奥を見られているような感慨を持った。
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