おしゃれな王様
あるところに、非常にセンスのいい王が治める国があった。
その政治的手腕もさることながら、何より注目されたのがファッションセンスだ。
常日頃からおしゃれに着飾る王は、国民からの支持も高い。
人望もセンスもあるのだから、当然影響力も強く、国民たちは皆王の着た服装をこぞって真似した。
王が服装に赤色を取り入れば、国民全体が赤に染まり、何か小物を身につけようものなら、それが飛ぶように売れる。
国内のファッションブランドは、王に着てもらうことが何よりの名誉だった。王の目に留まれば、それがたちどころに大人気となるのだから。
各ファッションブランドが王に気に入られようと切磋琢磨した結果、次第に他所の国からも注目を浴びるようになっていった。
話題が話題を呼び、おしゃれな王の噂は、海を越え山を越え方々へと散らばることになる。
国外に広く知られるようになった王は、他所の国へと赴くことが多くなった。
どの国に行ってもそのセンスを絶賛され、王のファッションセンスは世界の知るところとなった。
あるとき、王は国へ帰る途中、休憩がてら田舎の小さな村へと訪れた。そこで給仕の仕事をする一人の女性に出会う。
美しくも甲斐甲斐しいその女に一目惚れした王は、彼女を妻として国に迎え入れることにした。
誰しもがそのセンスを認める王だ。女も初めは戸惑ったものの、まんざらではなくその求婚を受けることにした。
女が王妃となり、しばらく経ったある日のこと。国民たちの間で、密かに王妃に対する不満が囁かれていた。
というのも、女はおしゃれやファッションというものにとんと疎かったのだ。
田舎の村娘であり、また幼い頃から働いていたため、そういうことには縁遠くとも無理はない。
おしゃれな王の横にいるのが、地味であか抜けない女であることを良く思わない国民は段々と増えていき、やがて悪い噂は王妃の耳にも届いた。
これには王妃も嘆き悲しんだ。確かに自分はおしゃれとはお世辞にも言えないだろう。公式の場ならいざ知れず、普段から着ている服装は村にいた時と同じものだ。
しかしこれは大好きな祖母が作ってくれた大事な服だった。王妃はその服を、ひいては祖母を否定された気になり、人知れず涙を流した。
そして湧き上がる悲しみは、徐々に怒りへと変貌し、ついに王妃はあることを実行しようと決意した。
王が国民の前に立つ大事な式典が行われる前日である。王妃は式典で着る服を是非自分に決めさせてくれと申し出た。
突然のことに驚いた王だったが、センスを磨くため自分なりに頑張っているのだと思うと喜ばしく、全て王妃に任せることにした。
翌日、王は用意された服を見て言葉を失った。
王妃が笑顔で差し出した服は、はっきり言ってセンスを疑うようなものだったのだ。理解に苦しむ程あまりに奇をてらったその服は、とてもではないが王は着る気になれなかった。
しかし断ろうにも、何と言ったらいいものか。愛する妻が折角自分のために見繕ってくれたのだ。それも今まで無関心だと思っていながら、ようやく興味を持ってくれたのである。
つまるところ、その健気さに惚れ込んだ王の負けだった。うまい言葉が見つからず、王は渋々その服を着て国民の前に立つこととなった。
もちろん王妃は、用意した服が王のセンスにそぐわないことなど分かっていた。
あえて王に変な格好をさせることによって、国民を失望させおしゃれへの関心をなくしてしまおうと企んでいたのだ。
これでもう自分がうるさく言われることはないだろう。まだ声が大きいようなら二度三度と同じことをするだけだ。王妃は満足げにことの成行きを見守った。
しかし、王妃の目論見通りにはいかなかった。
あろうことか国民は王の格好を、今までにない斬新なファッションだと絶賛したのだ。
賛美の声は瞬く間に国中に広がり、国民は皆同じような服装を真似した。
そして今や、国外へも大きな影響力を持つ王のファッションは自国にとどまらず、他国でも称賛を浴び真似されるようになっていった。
予想外の出来事ではあったが、王は王妃のセンスが自分より優れているのだと考え、一層彼女に惚れ込んだ。
王妃は心底がっかりしたようにため息をついた。
「なんだ、結局かれらは服を着ていたのではなく、服の権威を着ていたのね。人気があるなら何だっていいんだわ」
それからというもの、王妃は王を着せ替え人形のようにし、世界の流行を裏で握ることとなった。
彼女のさじ加減一つで、人々は下着一枚から鎧一式にまで喜んでなるのである。