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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

ホラー小説

連続殺人犯の卵

作者:しまうま
 小学生のころの私は動物が大好きだった。

 放課後になるとランドセルを背負うのもそこそこに、ほかの子供たちとはまったく別の方向へ走り出す。飼育小屋へ向かうのだ。
 飼育小屋では五匹のウサギが飼われている。彼らは私のことがわかるらしく、近づくと、鼻をヒクヒクさせて、忙しく動きまわる。

 飼育小屋のうさぎたちを確認すると、さらに校庭を横切って進む。そこには小さな池がある。子供が中に入っても顔が出るくらいの深さの池だ。
 もちろん、その池の中もしっかり観察する。しゃがみこんで、水の中までのぞきこむ。それが終わると周辺の散策だ。
 これがお決まりのコースだった。

 学校は山のふもとにあって、少し歩き回ればたくさんの動物たちを見つけることができた。池の中には鯉がいるし、カエルを見かけることもある。空を見上げれば野鳥もたくさん飛んでいる。ときには狸を見つけることさえあった。

 放課後だけではなく、休み時間も暇さえあれば動物を探していた。そのせいで、私は友達を作ることがなかなかできなかった。




 池のそばにしゃがんで、水面に人差し指をひたして軽く動かすと、円形の波が広がっていく。ごく普通の現象のはずだが、水面をなめらかに滑っていく波には見入ってしまう。
 私は繰り返し、指先から波を作り出していた。なんの目的もなく、こんなことをやっているわけではない。目的はある。すぐに水面が騒がしくなった。

 数匹の鯉が、ゆっくりと近づいてきたのだ。ぐるぐると回って様子をうかがっている。私の指の周りを泳ぎ、口を寄せて吸い込んでみようとしたりしている。

 あとからやってきた黒い鯉がその輪の中に入り、大きく体をうねらせると、周りの鯉はパッと散り散りになって離れていった。

 私が指を揺らしながら、

「タカ志、みんなを驚かせたらだめでしょ」

 と言うと、その黒い鯉は言い訳をするようにパクパクと口を動かし、それからほかの鯉のところへゆっくりと戻っていった。

 こうして動物たちと触れ合うことが、私にはたまらなく楽しかった。
 毎日同じようなことを繰り返しても、飽きることはなかった。人間の友達を作る必要が、あまり感じられなかった。

 動物の友達なら、たくさんいたのだ。


 好きなことに関して、人間というのは特別な集中力を発揮するものらしい。

 成績があまりよくなかった私だが、学校の周辺を歩き回っているうちに、そこに住む鯉やウサギたちのほとんど見た目の変わらない細かな違い、特徴をみつけて覚えてしまっていた。

 だから、一匹ずつ名前をつけて区別することもできた。




 ある日、池を覗くと私がヘイ太と名前を付けた鯉がいなくなっていることに気づいた。それほど大きくない池だから、見落とすということはなさそうだった。

 ――池のどこかに隠れているのかな?

 しばらく緑がかった水の中を観察したが、やはりヘイ太はいない。ほかの子は全員無事で、ゆったりと泳いでいた。

 ――どういうことだろう。

 鯉が池から出てきて脱走するなんてことはないだろうし、死んでしまったのなら死体があるはずだ。だが、そんなものは浮かんでいなかった。水面は静かなままだった。

 ヘイ太の死体を誰かが見つけて片付けてしまったのだろうか、と私は思った。それなら死体がないのもわかる。

 ――自然の中で生きていれば、そのうちに死んでしまうこともある。そういうことなのだろうか。

 このときの私はあまり深く考えていなかった。




 次にいなくなったのはウサギだった。

 私がラッキーと呼んでいた子がいなくなっていた。飼育小屋のまわりを調べたが、逃げ出せるような穴はなかった。網が破けているわけでもない。
 ヘイ太のときと同じだ、と私は思った。

 ――これは共食いだろうか。

 逃げ出していないのなら考えられるのは共食いだ。環境によって、ウサギは共食いをすることもあるということを私は知っていた。

 しかし、共食いをしたのならば、なんらかの痕跡が残っているはずだった。なのに、そんなものはどこにも見当たらなかった。飼育小屋の中には争った様子もなかった。

 残されたウサギたちは飼育小屋のケージの中を動き回っていた。ウサギたちの声を聞くことはできないから、彼らの考えていることはわからない。だが、どこか不安な様子に見えた。

 おかしい、と思った。
 何かが起きている予感がした。


 しばらく経ったあとの放課後、いつもより遅めに私が飼育小屋に向かうと一人の少年の姿があった。ちょうど飼育小屋から出てきたところのようだった。

 彼はピエールというウサギの首をつかんでいた。

 私は、動物はかわいがるものだと思っていた。
 ながめるものだと思っていた。
 仲良くなるものだと思っていた。

 なのに、少年は無造作にピエールをつかんでいた。石ころでも拾うように持ち上げていた。ピエールはぐったりとして、抵抗をしない。体がぶらぶらと揺れていた。

 少年は私に気づかないまま飼育小屋を後にした。
 左手にピエールをぶら下げたまま。

 私はあんなふうに動物に接する人を見たことがなかった。
 まるで物を扱っているような手つきだった。
 動物に対する気遣いがまったく感じられなかった。

 だから、声をかけることは出来なかった。

 あまりにも理解の及ばない行動が恐ろしくて、震えながら先生のところへ逃げ込んだ。

 先生は難しい顔をして、私の話を聞いた。
 うなずきながら、「このことは誰にも言わないように」と言った。「先生が注意しておくから」と。

 それから私の頭を撫でて、安心させてくれた。


 それ以降、学校の周辺の動物がいなくなることはなかった。
 朝礼やホームルームで、動物がいなくなったことについての話が出ることもなかった。

 本当に、何事もなかったかのように、いつもどおりの学校生活が続いていた。




 あのときの少年の名前は高木君というらしかった。次第に私は彼のことを気にするようになっていた。

 高木君は小学生にしては大人っぽい子だった。みんなと一緒にはしゃいでいることはない。いつも輪の中からすこし離れたところで、ぼうっとしていた。

 背は普通くらいで、やせていた。どこかで習い事をしていたり、スポーツをしていたりという話は聞かなかった。だから友達がすくないのかもしれない。

 あるとき、廊下ですれ違いざまに目が合って、私は不安になった。
 彼は何かを悟ったような底知れない目をしていた。

 ――そういえば、高木君がクラスの子達をすこし離れたところから眺めているときもこんな目をしている。

 だが、それだけで、私が見ているあいだ高木君がおかしな行動をすることはなかった。飼育小屋に近づくこともなかった。




 中学生になった私は図書室に通うようになった。

 中学校には飼育小屋はないし、もともと本を読むのも好きだったので、図書室に自分の居場所をみつけたのだ。友達がすくない、というのも理由のひとつだ。

 おかげで本をたくさん読むようになったのだが、その中にこんなことが書かれている本があった。

「動物への暴力行為、あるいは殺害は、連続殺人犯の幼少期に多く見られる行動である」

 すぐに高木君の顔が浮かんだ。
 あの底知れない目。
 彼は連続殺人犯の卵なのだろうか。

 動物への暴力行為――ぐったりとしたピエールを思い出す。

 でも、大丈夫なはずだ。
 私が止めたのだから。
 あれから動物がいなくなることはなかったのだから。

 ――だから、大丈夫。

 私は自分に言い聞かせた。
 湧き上がる不安を隠すように。




 放課後、数少ない友達の家に行こうとしていたときに高木君の姿を見かけた。

 公園に入っていこうとしている。
 通学路でもないのに彼は制服のままで、かばんもまだ持っていた。

 ――何をしているんだろう。

 私が追いかけて公園の入り口から見ると、鳩の群れに近づいているところだった。

 高木君が大きく足を踏み出した。
 一瞬で距離をつめて、殴るようにして右腕を振るう。

 するといつのまにか、彼の手の中に鳩が収まっていた。鳩も自分の置かれている状況に気づいたようで、すぐに暴れ始める。

 高木君が鳩をひざの上に乗せ、からだ全体を使って押さえつけるような動作をすると、鳩は抵抗をやめたようだった。

 あのときのピエールのようにぐったりとしていた。
 彼はかばんを開けると、その動かない鳩を押し込めた。

 パチンとかばんの留め金を止めている。


 私は一部始終を見ていた。
 今度は鳩を――と思った。

 すぐにきびすを返して、もと来た道を走り始めていた。


 高木君が鳩を捕まえてからかばんに押し込めるまでの動作。

 流れるようにスムーズだった。
 慣れている、と思った。
 繰り返していたのだ、ずっと。

 今度は見つからないように、学校から離れたところで、こっそりと。

 もう友達との約束は頭の中に残っていなかった。
 あの場所からなるべく早く、なるべく遠くへ逃げ出したかった。




 何日かして、私は決意を固めていた。

 公園で高木君を見てからずっと悩んでいた。
 自分がどうすればいいのか。何ができるのか。

 私は――。

 ――なんとかして止めなければならない。

 相手は連続殺人犯の卵だ。すごく怖い。
 だけど、動物が殺されてしまうのだ。

 鯉やウサギ、そして今度は鳩。

 小学生の頃、私の孤独を紛らわせてくれた友達を彼は殺したのだ。

 このままほうってはおけない。
 私が止めなければいけない。

 ――あのとき一度は止めることが出来たのだから、今度もきっと出来るはずだ。

 そう私は思った。




 昼休み、高木君はいつも廊下の隅にいる。
 窓を開けて、何かを待っているように外を眺めている。

 私はこぶしを握り締めて、近づいた。

「高木君……なんで、あんなことをするの?」

「あんなこと?」

 高木君と目が合った。あの目だ。底知れない、連続殺人犯の卵の目。

「鳩を……捕まえてたでしょ……公園で」

 これだけで、私の喉はからからになっていた。
 彼は少し顔をゆがめて、ああ、とうなずいた。

「殺すんだよ」

 息を呑んだ。
 高木君が、窓から手を伸ばして、さっと空気をつかむような動作をする。

「殺して、食べるんだ」
「食べ……る?」

 予想外の答えだった。

「うち、貧乏だから、食べるものがないんだ」

 また、高木君が顔をゆがめた。よく見ると、笑っているのだということに気づいた。

「えって思うだろ。お金がないから、こういうのも食べるんだ」

 とさきほどつかんだ手の中を見せてきた。
 スズメが震えていた。

「……食べ……そう……ですか……」

 私はそれだけ言って、背を向けていた。
 その場から逃げ出していた。

 思いもよらないことをいわれて、気が動転していた。どうすればいいのかわからなかった。

 振り返って見ると、高木君が私の視線に気づいて、ポケットに入れようとしていたスズメを窓の外に逃がしていた。




 高木君は五人兄弟らしい。

 体育のジャージは、みんなとは少し色の違う古ぼけたものを使っているらしい。
 筆記用具も鉛筆と消しゴムくらいしか持っていないらしい。

 制服もかばんも教科書も、よく見ると古いものだった。
 調べてみれば、すぐにわかった。
 彼の言ったことは本当だった。

 動物を捕まえて食べなければいけないような生活。
 私には想像も出来ない世界だった。

 ――動物を殺すのはやめて欲しい。

 だけど、私の知らない世界で生きている高木君にどんな言葉をかければいいのかがわからなかった。説得力のある言葉は、ひとつも見つからなかった。

 それから高木君としゃべることはなかった。
 彼は高校には行かなかったようだ。

 私の育った町で連続殺人犯が生まれたという話は、一度も聞いたことがない。
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