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黒獅子物語 作者:黒井ここあ

第一章 眠れる獅子の旅立ち

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三、港町スキュラ

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キャラクター紹介
http://ncode.syosetu.com/n2893cc/
     1

 グラズアの直感はほぼ正しかった。
 朝食の締めくくりに、牛乳をくいっと飲み干したアルバトロスが乱暴に口ひげを拭う。
「グラズアよ。早速じゃが、ある人物を引っ掛けてきてほしいんじゃ」
「引っ掛けるって……。やっぱり人員、いないんだな」
「いないんじゃのうて、散らばっとると言えば良いかの」
 セルゲイは誤魔化すかのように、咳払いをした。
「それと、解放軍のリーダーは今のところ、わしと言うことに」
「それには、理由があるんだな?」
 グラズアが鋭い視線を向ける。
「レジスタンスが何か、いまいち解かっとらん市民も多いのじゃ。反国王派なのか、反王政派なのかもな。区別がついとらん」
「ほうほう」
 テュミルが、口いっぱいにパンを詰め込みながら同意する。
 独裁政治が始まってから、教育機関が停止したヴァニアスにおいて、最新の情報は、グラジルアスの名の下に発布される新法か、革命家の発布する御触れだけだったのだ。
「それに、グラズアにも、国の現状を見てきて欲しいしの。ここはわしの部下、グレイとして動いてくれ」
 喉に詰まらせたパンを、なんとか牛乳でながし込んだテュミルが、親指を立てた。
「よかったじゃない、グレイ! 箱入りからの脱却ね!」
「好きでやってたんじゃねえよ!」
 テュミルに唾を飛ばすグラズアに、アルバトロスは三通の手紙を手渡した。
 それぞれに押された封蝋には、ヴァニアスの紋章がしっかりと刻まれている。
 満足げにナプキンで口元を拭う少女に、アルバトロスは片眉を上げた。少女は髪型はおろか服装までも起きぬけのままだったのだ。
「ミル」
「なあに?」
「お前、支度はまだか?」
「え? あたし、今日はのんびり――」
「お前もグレイと行くんじゃぞ?」
「はあ!? あたしの仕事は、こいつをここまで連れてくることじゃなかったの!?」
「そんなこと、端から言っちょらんわ! 解放軍が動き出すんじゃから、お前も動くんじゃ! お前とて、あのエフゲニーの鼻を明かしたいのは同じ事じゃろう?」
「――――っ!!」
 恨めしげにグラズアを睨みつけたテュミル。
「……なんで、俺を見るんだよ」
「……それで? ぼんぼんのお守をしながら、どこの誰を連れてくればいいわけ?」
「ここから南東東にある、ロフケシア王国からじゃ」
「は!?」
「遠すぎるわ!!」
 さらりと言ってのけるアルバトロスに、グラズアとテュミルはそろって顎を下げた。
 知恵と勇気とを掲げ建国されたロフケシア王国は、ヴァニアス王国の隣国。
 ヴァニアスとの国交も盛んであり、入国ビザの必要が無い程、定期便が行き交っている。
 その往復には、早くとも二週間ほどかかる。
「また、お風呂に入れないところにいくの!? あたし絶対、やだから!」
「船が無いのに、行けないだろ!?」
 アーミュが持ってきた茶をすするセルゲイは、二人の剣幕に動じなかった。
「なあに、その為の手紙じゃ。それに、二人一緒なら心強いじゃろ」

 アーミュの全身全力の見送りを背に受けて、二人は出発した。
「おじじの手紙なんて役に立つの?」
「侮るなよ? お前から見たら、そこらのエロ爺かもしれないけど、実力は確かなんだ」
「あ、やっぱり?」
「どっちが?」
「えろじじい」
「……俺だって知りたくなかった……」
 肩を落とすグラズアをテュミルが笑い飛ばす。
「まー、幾つになっても男、ってやつ? いいんじゃない、元気なのは!」
「……早く枯れてくれてもいいと、俺は思います……」

     2

 二人は、王家の離宮の裏道を通って、すぐ傍の港町スキュラに向かう。
「……悪い、ちょっとだけ寄り道……」
「あ……」
 この日は晴れていた。もしかしたら――。
 彼は期待を込めて、木の陰から離宮の中庭を覗き込んだ。
「フィーナ、フィーちゃん、こっちおいでー」
「や! ねーたまがきて!」
 そこには、別れたときよりも著しく成長した二人の妹の姿があった。長女は十三歳、次女は八歳になっていた。
「リシュナ、大きくなって……。セレスは喋るようになったのか……」
「……」
 二人の妹は、亡くなった両親の面影を持ちながら成長していた。
 リシュナ・ティリアが図らずもグラズアの方に背を向けると、首筋や二の腕に蚯蚓腫れがあるのが見えた。
「っ!!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
 頭に血が上ったグラズアを、テュミルが引き止める。
 林のがさつく音に、姉姫が過敏に反応する。 
「だれです!?」
「……なーお」
 すかさず、テュミルが猫の泣き真似をする。
 リシュナは目に見えて安堵し、妹を手招いた。彼女は嬉しそうに姉の元へ駆け寄る。
「フィナ、ねこちゃんがきたよ」
「にゃんこさん?」
 姉の方が、茂みの方に声をかける。妹もそれに倣った。
「おいでおいでー」
「おいでー!!」
「おっきい声出したら、怖がっちゃうでしょ」
 二人の妹は、それと気づかず兄に声をかける形になった。
 それを見て、グラズアの心は大いに揺れた。
 と、彼のマントが引っ張られる。
「……」
 彼が首を回すと、テュミルがそっと目配せをした。
「……今じゃないでしょ」
「……ああ」
 グラズアは片手でそっと目頭を押さえると、静かにその場から立ち退いた。

     3

 正午過ぎ、二人はスキュラの街に足を踏み入れた。王家の直轄領ヴァニアス丘陵で、一番大きな港町だ。二番目は、島を西に横断した所にあるセウラという漁村だ。
 スキュラは丘の上から海岸に向かうなだらかな丘陵に沿って街を形成しており、潮の香りは丘の上でも感じられた。グラズアは、久しぶりに浴びる潮風に歓声を上げる。
「わぁ……! 海辺に来るのは、何時ぶりだろう!」
 マントや髪を風に弄ばれて、無邪気に喜ぶ青年。
「……あんた、ほんとに箱入りだったのね」
「……俺が一人だったら、とっくに逃げ出してたさ」
「……そう……だったわね」
 二人は、アルバトロスの手紙に書かれた住所を参照する。
 テュミルのラベンダー色の瞳がさっと文字を撫でると、光を得て煌めいた。
「ここなら、よく知ってるわ! さっさと行きましょ! お腹すいちゃったし!」
 大股で先行するテュミルについて行くグラズアは、五感が研ぎ澄まされてゆくのを感じていた。
 傾斜の強い街並みを蹴り上げるたび、脹脛が躍動する。
 赤い屋根が映える道。そこを行く、少女の銀髪が輝く。
 吹きつける風で、呼吸が邪魔される。
 潮の香り。それに混じって美味しそうな匂いも。
 こんがりとチーズの焼ける匂いに、喉仏が上下する。
「おっと!?」
 様々な刺激に酔いしれながら歩いていたグラズアは、立ち止った少女に気付かずぶつかってしまった。
 振り向いたテュミルは、やっぱり口を尖らせていた。
「ちょっと、鈍くさいわね! ここに入るわよ」
 立ち止ったそこを見上げると、カフェ・ポルトと書かれた看板が下がっていた。
 少女が思い切りよく、扉を開けて店内へ入っていくと、ちりりんという愛らしいチャイムの音が鳴った。
 グラズアも彼女に続く。
 ほの暗い店内に、からりとした日光が差し込んでいる。
「カフェ・ポルトの、ミス・キャスリーン・ドーガス……」
 手紙に書かれたアルバトロスの達筆を読むに、宛名主は女性のようだった。
 グラズアは店内を見回したが、店内には誰ひとり、女性の姿は見当たらなかった。
 一方のテュミルは、早々とカウンターにすわり、店主に話しかけている。
 店主は、笑うとえくぼのできる、愛嬌のある顔をした男だった。
「ミルちゃん! 久しぶりですね。元気にしてました?」
「ぜんっぜん元気じゃないの! 歩いて来たから腹ペコで! マスター、今日のお勧め、何?」
「サーモンのクリームスープとか、どうでしょう?」
「じゃ、それで。ちょっとグレイ! あんたも一緒ので良い?」
 どうやら二人は既知の仲らしかった。
 マスターと呼ぶ男性に笑いかけていたテュミルだったが、グラズアに向けた顔は少々不機嫌に見えた。
 グラズアもつられて眉をひそめてしまう。
「……俺はなんでもいい」
「決まりっ! マスター、スープ二つとパンたくさん!」
 注文を笑顔で受けた店のマスターが、裏のキッチンに姿を消す。
 その間、グラズアは店内を少し散策する。
 テュミルの座っているカウンター以外に、木製の丸テーブルとイスが小奇麗に並んでいた。
 壁には様々な張り紙。
 グラズアは、似顔絵が描かれたものに目を留めた。
「……『行方不明……情報求む』……か」
 テュミルの言っていた謎の失踪事件の波は、王宮から近い、ここスキュラまで及んでいるらしかった。
 そうしていると店主が、テュミルとグラズアにスープと、かごいっぱいのパンを持ってきた。
「ミルちゃん、あの方を私に紹介はしてくれないんですか?」
「ちっ。……忘れたことにしようと思ってたのに」
「おい、それはないだろ!?」
 グラズアは、嫌そうに手招きするテュミルの隣に座る。
「ミルちゃんの彼氏ですか? はじめまして、私はドーガス」
「ちが――!! やめてよ、マスター!! こんなぼんぼんなんか――」
 隣で過敏な反応を見せるテュミルを放置し、グラズアは店主の差し出した右手を握る。
「俺はグレイ。……ドーガス、もしかして――?」
 手紙に書かれた名前と、姓が一致することにグラズアは気付いた。
「なあ、キャスリーンって人を知らないか?」
「! ……双子の、妹……ですけど……。彼女に何か御用ですか?」
 おずおずと答える店主に、グラズアが手紙を見せる。
「そうか! それなら話しは早い! これを妹さんに渡してくれないか?」
 ドーガスは、それを訝りながら受け取った。
 裏の署名と封蝋を認めると、彼の穏やかな顔つきがやや引き締まったように見えた。
「……確かに、受け取りました」
 店主は二人が食べ始めたのを見届けると、テュミルになにか耳打ちをして、その足で店を出て行った。
「なんだって?」
 生臭みの無い、胡椒の効いたサーモンスープの美味に感心しながら、グラズアがきく。
「店番よろしく、だって」
「っな!? 言っとくが、俺は何もできないぞ」
「それは知ってる。でも大丈夫。この店、夜からが本番だから。することは何もないわよ」
 テュミルがカウンターの一番奥にある振り子時計を見る。短針は一を指していた。

     4

 彼女の言う通り、店番を任された二時間の間、客は誰も来なかった。
 少女は鞄の中身を整理し、手持無沙汰だったグラズアも、何となく箒を握ってみたりもした。
 穏やかな時間が過ぎ、それにも飽きてきた頃、やっと店主が帰ってきた。
 彼は、風に乱れた縮れ毛の前髪を整えながら微笑んだ。
「グレイ君、ミルちゃん、今日はうちに泊っていってください」
 店主の申し出に、二人は顔を明るくする。
「ほんと!? ありがと、マスター! 宿代、浮かせられる!」
「いいのか、ドーガス? ……迷惑料を払わせてくれないか?」
「誰が迷惑だとー!?」
 二人のやり取りを見て、店主は苦笑を洩らす。
「いいんです。私が引き止めておきたいだけですから。それに、宿はまだ決まってないんですよね?」

 深夜。
「……本番って、これか……」
 カフェの二階の一室。
 そこでベッドに横たわるグラズアは、幾つも寝返りを打っていた。
 隣のベッドのテュミルは、なぜかぐっすりと熟睡している。
 グラズアが眠れないのには訳があった。
 一階から響いてくる、男達の低く轟く爆笑。
 時たま、ガラスか何かが割れる音。
 客達が豪快に闊歩する振動が、二階のベッドにまでびりびりと伝わってくる。
「この店、パブがメインなのか……」
 グラズアが眠ることを諦めて起き上がると、ふと、月光に照らされるテュミルの寝顔が目に入った。
 閉じられた瞳。睫毛の長いこと。
 ポニーテールを解いた銀髪が、月光の中で滝のようにうねり、流れている。
 健やかに眠る彼女には、まさに聖女のような穏やかさがあった。
 昼間の、目まぐるしく動く口と眉、乱雑な口調など、この寝顔からは想像もつかないだろう。
「……黙って笑ってりゃいいのに」
 グラズアは自分でも気づかぬうちに笑みを漏らしていた。

 すると、喧噪から抜け出したらしい、足音が聞こえた。
 それは二人のいる部屋に、だんだんと近づいてきているようだった。
 グラズアは、息を詰めて臨戦態勢をとる。
 足音を立てぬように、サイドボードに立てかけてあった長剣を手にする。
 ゆったりと近付いてきた足音は、扉の前で止まった。

 ――来るか!?

 扉が開く瞬間を待つグラズア。
 幸い、暗闇に眼が慣れている。
 しかし、しゅ、と何かが擦れる音がしたと思うと、足音はゆっくりとまた遠ざかっていった。
「……」
 警戒しながら、扉に近づき、ゆっくりとノブを回す。
 その片手には剣が握られたままだった。
「……?」
 と、彼の素足に何かが張りついた。
 慎重に剥がすと、それが手紙だとわかった。
 廊下から差し込む蝋燭の光に頼って、その両面を見る。
「『親愛なる御使い殿へ C.D』……?」
 C.Dとは、キャスリーン・ドーガスで間違いないだろうとグラズアは踏んだ。
 封蝋をはがす。
 そっと扉を閉じて、月の照らす窓辺に足を向かわせる。

    その時が来たことを 嬉しく思います 我らが同胞よ。
    ささやかですが 私の力をお使いください。
    残念ながら 訳あって私は同行できません。
    しかし 兄が私の意思を遂行することでしょう。

    海風にのせて
                    キャスリーン

「あー! 起きて、すぐにご飯なんて、幸せ! マスター、良いお嫁さんになるわ!」
「やだ、ミルちゃんったら」
 寝不足のグラズアの横で、テュミルはいつも通りだった。
「……頭に響くから、やめてくれないか? 朝から大声を出すのは……」
「あっれぇ? あんた眠れなかったの? これだからぼんぼんは――」
「うっせ。あんな状況で眠れる方がすごいわ!」
「すごい? やっぱり?」
 満足げなテュミルを横目に、グラズアは手紙をぴらりと取り出して、ドーガスに声をかける。
「昨日の夜、これを君の妹から受け取った。礼を言おうとしたが居なかったんだ」
「……あの子、恥ずかしがり屋だから。ごめんなさい」
 申し訳なさそうに答えるドーガスに、グラズアもどこか申し訳ない気分になる。
「そう、そういえば、書き忘れがあるって、彼女が言ってました」
「?」
「ちょっと見せてもらっていいですか……」
「はい」
 ドーガスは妹の手紙をグラズアから受け取り、眼を走らせる。
「そう、約束の時間を書き損ねたって――」
 ドーガスは鉛筆で手紙の空白にさらさらとメモ書きをすると、グラズアにそれを返した。
 どこか丸みを帯びた文字列に見覚えを感じた。双子だと筆跡まで似るものかと、グラズアは感心した。
「明日の朝六時に、港に行ってください。ロフケシア王国行きの船に乗れますから」
 テュミルが割って入ってくる。
「六時? 無理、無理! 起きれない!」
「俺が一人で行くから、お前は心配するな」
「やーん、真に受けないで、グレイさん!」
 ちぐはぐなやり取りに目を細めたドーガスが、小さな地図を二人に手渡した。
「――と、いうことで、今日一日は時間があります。どうですか、スキュラをお散歩してみるのは?」

      5

「ねえ、なんで、たまの休みなのに、こんなに歩いてるわけ?」
 テュミルが口を尖らせながら、地図を片手に散策に出たグラズアの後ろを行く。
 背後から浴びせられる尖った言葉に、グラズアの観光気分は殺がれていた。
「船の上に最低五日は居る予定だしな。運動、しとかないと鈍るだろ」
「もともと運動不足のくせに。カエルぽっちも切れないで」
「あれは――! 対象がでかすぎたんだよ! ってか……なんで付いてくるんだよ?」
「ぼんぼんが迷子になったら可哀そうだなーって思って」
「余計な御世話だ!」
「これまで、ずーっと誰かにお世話されてきた人が、何言ってんのよ」
 図星。
 反論できないグラズアは、振り向かずに答える。
「……文句あるなら、先に帰っとけよ」
「……やだ」
「買い物もしないぞ?」
「それって、つまんない」
「じゃあ帰――」
「帰んない」
「……」
 それ以降、二人は無言のまま歩き続けた。
 明るい色の屋根が特徴的な、スキュラの街並み。
 立ち並ぶ家々の数に対し、外出している人の数は、そう多くないように見えた。
 いつの間にか、グラズアの横にテュミルが並ぶ形になっていたが、二人とも、むきになって顔を合わせようとはしなかった。
 丘の天辺に辿り着くと、二人は丘を駆けあがる潮風に髪をかき乱された。
 秋が近付いているせいか、その風は冷たさを孕んでいた。
「……なあ」
 沈黙を破ったのは、青年の方だった。
「……なによ」
「スキュラってさ、俺の中では、こう、もっと……ぱっとしたイメージだったんだよ」
「ぱっ、ってなによ」
 グラズアは、空と海の青が混じり合う場所から、瞳を逸らせずにいた。
 ウミネコの鳴き声が、景色を彩っている。
「海も、空も、もっときらきらしてて……街も、もっと生き生きしてたような……」
 グラズアは、幼少時の記憶の光景と、瞳に映したそれとを、頭の中でぼんやりと重ね合わせていた。
 テュミルが彼の隣で、視界を遮る髪をかきあげる。
「そうね、そんな頃もあったわ」
「海辺のマーケットなんかさ、もっと一杯あった気がするんだよ。でも、今は――」
 数えるしかない。
 経済の滞り、人民の暗い表情。
 これらは国政がどうにかすべきことだった。
 ほぞ噛むグラズアは、乱暴に草むらへと腰を下ろした。
「……何、責任……感じちゃってんのよ」
 テュミルは、座ることなくそのまま隣に立っていた。
「……あんたの一人のせいで、国が痩せてくって思ってたら……誰も、協力なんかしないわよ」
 グラズアは彼女の横顔を見上げる。
 逆光になって、その表情は良く見えない。
 彼女の銀髪が、白い光の線になって風に揺られていた。
「……全部、悪いのは、あいつなんだから……」
 苦々しく吐き捨てられた言葉。その声の色は、いつもの奔放な調子ではなかった。
「ミル……お前……?」
 すると、後ろで何かを落とす音が聞こえた。
 二人はすぐさま振り向く。
 そこには、銀色の髪を一つに結んだ少年が立ちつくしていた。
 グラズアには少年の銀色の髪が、透き通る水色をした青空に溶け込んでいるように見えた。
「……こ、こんなところで……! まさかスキュラで会えるなんて……!」
 少年は声変わりしそうな、張り詰めた声音をさらに張り詰めさせて言った。
 まるでヴィオラのようだな、と思ったグラズアが問う。
「……知り合いか?」
「ぜんぜん」
 唖然とするテュミルを前に、少年は熱っぽく続けた。
「……僕の仲間なんですよね、そうですよね!?」
 彼はテュミルの手をとる。
 彼女は眼を丸くしたのち、戸惑いの視線をグラズアに送った。
「よかったら、お話ししましょう! 僕の家で!」

     6

「僕、ルヴァっていうんです。お姉さんと同じ民族の!」
 ウミネコがきゃいきゃいと騒がしい港に戻ってきた。
 テュミルの手を引っ張って歩く少年。
 彼が自宅と称する掘立小屋に、二人は連れてこられてしまった。
 実際には、連れてこられたのはテュミルひとりであって、グラズアは彼女のすがるような目つきに、仕方なく同調し付いて来ただけだった。
 少年は彼なりのもてなしとして、目一杯の干物と温かいお茶を机の上に並べた。
 グラズアは一言断って、それらを味わっていた。
 噛みごたえのある干物は塩辛く、お茶と合わせていただくと丁度良い塩味になった。
 少年は、コーラルブルーの瞳を輝かせて、テュミルに接していた。
「テュミルさんは、仲間に会ったことはあるんですか?」
「仲間って何の話?」
「僕達の仲間ですよ!」
「はあ……?」
 いまいち反応の悪いテュミルに対し、ルヴァは耳打ちする。
「……古代の民なんですよね、テュミルさんも」
 が、そのひそひそ声はグラズアの耳にしっかり届いていた。
 しかし、知らないふりを決め込んで、グラズアはお茶をすする。
「あー、そゆこと!」
 テュミルの返事は囁かれた音量を大幅に上回った。
「違う違う! あたし、魔法とか使えないし! それに、あたしの髪の毛、良く見てみなさいよ」
 テュミルはあっけらかんとしていた。
 ルヴァは、失礼しますと断り、テュミルのポニーテールと自身の髪を見比べた。
 グラズアが横目で見ると、二人とも銀髪だと思っていたが、テュミルのほうは白銀だったが、ルヴァの方はそれよりも色が濃かった。
 その色は――驚くことに――水色だった。
 なるほど、だから、空に溶けたみたいだったのか。
 自身の感想が的を得ていたことに納得すると、グラズアは一つ首を傾げた。
 この言い回しを、以前、どこかで聴いたような――?
「ご、ごめんなさい! てっきり、同じ魔法使いかと……! 関係ない方なのに、強引に連れてきてしまって――!」
「別に平気だから! 頭上げてよー! 隣のこいつは、そう言うのに慣れてるけど、あたしはそうじゃないしね!」
 頭を何回も下げて誤るルヴァを、テュミルは笑い飛ばすも、グラズアは苦い顔をした。
「ちゃっかり皮肉られた気がする」
「気のせいよ、あはっ」
「なんか、中途半端だったので、もう一度、改めまして……」
 成長途中らしい小柄な少年は、落ち着きを取り戻したようだ。
「僕はルヴァ・アルタイネ。魔法使い――古代の民の末裔で、十四歳です。スキュラに来てから仲間に会ったことが無かったので、興奮してしまって……お姉さんには申し訳ないことを――」
「いいのよ、気にしてないわ! あたしはテュミルよ。やっぱり年下だったわね、あたし十七なの。でも、ミルちゃんで良いわよ。これはグレイ。あたしの護衛ね」
「お守の間違いだろ? 俺はグレイ。十八だ」
「なにをー!?」
「とりあえず、邪魔して悪かったな、ルヴァ」
 グラズアがほほ笑むと、少年は首を振った。頭に巻きつけたバンダナもそろって揺れる。
「とんでもないです、歳の近い方とお話しできるのは嬉しいので。ところで、お二人はどうしてスキュラに?」
 ルヴァの問いに、テュミルが口を開こうとしたが、グラズアの方が早かった。
「ロフケシアに用事があってさ。それで――」
「明日の朝六時に、船に乗んなきゃなんないのよね」
「へえ、奇遇ですね! 僕も明日、六時発のロフケシア行きの貨物船に乗るんです」
 ルヴァがほほ笑むと、テュミルは急に席を立ち上がった。
「ほんと! 朝の!? 起こしに来てよ! あたしたち、カフェ・ポルトにいるからさ!」
 初対面のルヴァに頼みごとをしようとする彼女の腕を掴み、グラズアがそれを制止する。
「馬鹿! 人に頼む奴があるか!」
 対する少年は生真面目にそれを受け止め、バンダナを巻きつけた額を人差指でつついていた。
「んー……。今日、こうしてご迷惑をかけたので、是非、と言いたいんですけど……。でも、乗る船を間違ったら大変なので……。ごめんなさい、テュミルさん」
「そっかー、残念だなー」
 言葉とは裏腹のうきうきとした少女の声に、グラズアは眉をひそめた。
「お前なあ……。何度、ルヴァに迷惑をかけるつもりだったんだよ……」

     7

 干物をおやつ代わりに貰って、二人はカフェ・ポルトへの帰路をとっていた。陽が落ちようとしている通りに、街灯を灯す人々の影。
「……?」
 グラズアは一つの明かりの下に、カフェで見た物と違う張り紙を見出した。
 それも、行方不明者の家族が張ったものであろう、捜索願の紙だった。
 やり場のない怒りがこみ上げ、グラズアは拳を固くする。
「おじょうさん、素敵な小間使いはいらんかね?」
「あー、足りてるからいいわ。いらない」
 と、グラズアの先を歩いていたテュミルに、でっぷりとした体つきの商人が話しかけていた。
「こういう宵の口に、連れて歩けるペットみたいな少年さ。おじょうさんにぴったりだ」
 とりあえず、命の危険のなさそうな相手と見て、グラズアは少女にゆっくりと追いついた。
「いらないって言ってるじゃない! ほら、これがあたしのペットなんで」
「誰がペットだ、阿呆。ともかく、小間使いをペットだとか、趣味の悪いことは言うもんじゃないぜ。ほら、行くぞ、ミル」
「? うんっ」
 二人は揉み手する商人の横をすり抜けた。
「……やはり、本土では売れないものだな……」
 肩を落とす商人の独り言が、グラズアの耳に引っかかった。

     8

 翌日。
 ドーガスが心配して二人の部屋を訪れた。
 五時はとうに廻っていた。
 数回、ノックを繰り返すも、返事がない。
「グレイ君? ミルちゃん? そろそろ起きないと、本当に間に合いませんよ?」
 声をかけても、物音すらしない。
 ドーガスの予想に反して、二人は既に旅立ってしまったのか。
 あるいは――。
 ドーガスは二つの可能性を胸に、そっと扉を開く。
「……やっぱり」
 黒い癖毛を撫でつけながら、ドーガスは溜息をついた。
 ドーガスが足音も高らかに二人の寝台の間にやってきても、寝息は途絶えない。
「ミルちゃん……。起きてください、もう朝です」
 恥ずかしげも無く、寝巻をはだけさせてへそを露にする少女の頬を、ぺちぺちと軽く叩く。
 起きる気配はない。
「グレイ君、船に遅れてしまいます」
 折り目正しく、仰向けに眠る青年の肩を揺さぶる。
 彼は凛々しい眉をぎゅっとしかめた物の、そのまま寝がえりを打ってしまった。
 彼は懐の懐中時計を開く。
 五時三〇分。
 出航までに間に合うかどうか。
 店主はふんっとひとつ、気合を入れた。
「……奥の手だったんですからね……!」

 店主の愛のフライパンによって、眠りこけていた二人は跳び起きた。
 二人はお礼もおざなりにカフェの階段を駆け降りると、港へと駆けて行った。
「あんなに急いで……あの子たち、忘れ物していないといいんだけど」
 ドーガスはひとりごちると、二人の居た部屋をチェックし、自身も荷物を背負った。
 彼が錠をかけたカフェの扉には、「遠征中」という看板が下げられていた。


 朝靄の中、頭をさすりながら坂を駆け降りる男女。
 少女は駆けながら、自慢の銀髪を結えていた。
 港が見えてくると、ひときわ大きな貨物船が、帆を張ろうとしているのがわかった。
「待ってえええええ! 乗ります! 乗るんです、あたしたちぃいい!!」
「はや! ちょ、装備が軽いからって、ずるいぞ!」
「どこもずるくないわよ! あたし、先に行って引き止めるから! 転ぶんじゃないわよ!」
「誰が転ぶか! 侮るなよ!」
 グラズアは背負った革鞄と鎧があだとなって、本来の身体能力を制限されていた。
 しかしテュミルは、荷物を背負っているにもかかわらず、軽やかな足取りで港まで駆け降りてゆく。
 あいつ、本当に引き止めてくれるのか?
 疑心暗鬼のまま、額に流れる汗で視界を奪われながら走ったグラズアは、船着き場に到着した。
「な……なんとか……間に……あった……!」
 膝に両手をおいて、荒い呼吸を整える彼に、タオルが差し出された。
「おはようございます、グレイさん」
 ヴィオラを彷彿とさせる若木のような声に、グラズアは頭を擡げると、先日の少年が丸い瞳をにこやかに細めていた。
「ルヴァ! 同じ船だったのか!」
「うん! そうだったみたいです!」
 こっちへ、とルヴァに誘われるまま甲板に上ると、涼しい顔をしたテュミルがそこにいた。
 ひらひらと手を振り、余裕を見せつけてくる彼女に、グラズアは眉を上げて見せた。
「ルヴァー!! もういいかー!?」
 グラズアの耳に、野太い声が届いた。それは、船主の方から轟いてきた。
 ルヴァは負けじと喉を張りあげる。
「駄目だ、シグ!! まだマスターが着てないから――!」
「私はここですよ、ルヴァ」
 グラズアの後ろから、まろやかな響きのある穏やかな声がした。
 声のした方に顔を向けると、そこには声色と同様に温かな笑顔を浮かべた男がいた。
「ドーガス!?」
「マスター!? 何で!?」
 驚くグラズアとテュミルに、彼は困ったように、けれどにっこりとほほ笑んだ。
「もう、二人とも、足が早いんですから。これからが思いやられます」
「やった! これで、船の上でも美味しいご飯が確定だっ!」
 ぐっと拳を握る少女。
「そこかよ! ……でも、店は良いのか、ドーガス?」
「ええ、こういうことは、よくあるので。それに、アルバトロス殿の手紙を受けた妹の言葉通り、私がお二人のサポートをすることは、決定事項ですから」
 グラズアは、図らずも解放軍の同志を得られ、湧き上がる喜びにサファイアの瞳を輝かせた。
 ルヴァがドーガスの到着を告げたのか、船長と思しきバスが甲板に轟いた。
「よぉーし揃ったな!! 野郎ども! 帆を上げろぉおおお!!」
 甲板の上が急に騒がしくなってきた。
 出航する興奮に包まれ、落ち着いて来ていたグラズアの鼓動も再び高まるようだった。
 こうして、ロフケシア王国行きの貨物船は、客をも乗せて、スキュラを出発した。
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