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限られた時間の後で〜バレンタイン編〜
作:三亜野 雪子






冬が来た…

君と出会ってまだ一年と半年





「すごい!すごい!もうそんなに動けるようになったの!」


リハビリテーションで彼女ははしゃぐ。艶のある黒髪を揺らして、目の前にいる者を褒めていた。
それを少し離れた場所で一人の青年が見つめる。


(とも)君すごい!」


褒められている少年は十六前後の容貌(ようぼう)をした、(せき) 智浩(ともひろ)。彼は照れたように顔を赤くして話し掛けてくる彼女と会話する。
そして、彼に話しかけている彼女は皆さんお馴染みの三島(みしま) 千歳(ちとせ)。しかし、今では三島ではなく清水という名字を名乗っている。
更に壁際で仏頂面をしているのは清水(しみず) 勇也(ゆうや)。彼女の夫だ。


「はぁ」


面白くねぇ…。


千歳に対する智浩の態度を見て、そこに何の感情が含まれているのかを正確に読み取って勇也は溜め息をついた。
今彼はやるせない悩みで疲労を感じていた。


「千歳。お前そろそろ病室戻った方がいいんじゃないのか?」

「あ、そうだった!じゃぁ、智君またね!」


彼に大きく手を振って二人はリハビリテーションを後にした。
少し機嫌の悪い彼に気付いて千歳は首を傾げる。


「どうしたの?あ、もしかして妬いてる?」

「ば!何言ってんだ!ほら、帰るぞ」


彼女の手を引いて勇也は歩く。その手の温かさに微笑みながら彼女はゆっくりと歩いていく。





季節は冬

彼女は結局進学を諦めて就職することにした

リハビリもほとんど終わり

もうすぐ退院だ





「また日記書いてるの?」

「あ?あぁ、何か入院した時から癖になってさぁ」





君の生活はそれでもまだ病院

何だかそれが当たり前な気がして





「じゃ、今日は帰るな」


にっこりと笑いかけて勇也は病室の入口に立つ。千歳は慌てて彼の前まで走り寄る。
凛とした表情が可愛くて勇也は微笑んだ。


「気をつけてね」


彼女が不意に目を(つむ)るから、勇也は彼女の頬に手を添えて顔を近付ける。
甘い口付けにその一時(いっとき)だけ二人だけの世界となる。


「ん………んぅ」


少し長いキスに千歳は苦しそうな声を漏らす。
いつの間にか身体は引き寄せられて、密着していた。


「ちょ、苦しい」

「もう少し」


もう一度、二人だけの世界に浸り、その日は帰った。





あんなに細かった彼女の身体は

今ではとでも抱き心地がよくて

あんなに起こしていた発作も

今では嘘のようになくなった





「でね、でね、智君がリハビリ頑張ったお陰で退院が縮まったらしいよ」


意気揚々と語る彼女に勇也は内心で溜め息をつきながら聞いていた。彼が少しだけ不機嫌になっていることはもちろん彼女も気付いている。しかし、だからこそ智浩の話はやめない。


「彼、いつ退院するんだろう」

「人のことを気にしても仕方ないだろ。俺はとりあえず千歳に退院してもらいたいんだけど」


直球な言葉に思わず笑みを零してしまう。
互いの両親からの提案で千歳が退院して、勇也が大学へと上がったら、彼は千歳の家へ住むことになったのだ。
彼女の退院は二人が更に近付く一歩なのだ。


「うん、そうだね」

「ってかあいつには気をつけろよ」

「へ?何で?」


やっぱり理解してなかったことに脱力して、肩を落とす。結局彼は理由を述べることなく、時間は過ぎて行く。





いつもより遅く病院に顔を出すと、千歳は鼻歌を歌って何かを紙に書いていた。首を傾げて勇也は彼女に近付く。


「何やってんだ?」

「きゃあ!び、びっくりさせないでよ!」


ぱっと紙を布団の中に隠して千歳は赤くなった頬を勇也に向けた。不審に思って勇也は意地の悪い笑みを浮かべ、布団の中に手を突っ込む。


「ちょ、何すんのよ!」

「ほら、見せてみろ!何隠したんだよ!」

「やぁ!エッチ!スケベ!――――ん、変なとこ触んないで!」


どたばたと埃を立てて二人は奮闘する。
突然病室の扉がノックされ、開かれる。入ってきたのは千歳の母親だった。思わず二人は動きを止めて彼女を見る。
潤んだ瞳、赤らめた顔をしてちょっと乱れた衣服をした千歳と同じく顔が赤く彼女の腕を掴んでいる勇也。誰もが勘違いしてしまっても仕方ない状態だった。
母親はゆっくり扉を閉めた。しばらくしてだらだらと冷や汗を出して二人は視線を合わせた。


「ち、違います!お義母さん!」

「ちょ、お母さん!」


慌てて誤解を解くために二人は母親を追うはめになった。





そして

やっと





二月の中旬。勇也はかなり早い時間から靴を履き始めた。その様子に彼の父親が話しかけた。


「今日はあの子の退院か?」

「うん。だから迎えに行ってくる」

「そうか。ゆっくりと帰って来なさい」


優しい物言いに勇也は軽く微笑んで頷いた。
最近、少しずつだが親と会話するようになった。
勇也は家を出て病院に向かう。途中荷物を確認して時間を確認する。


「やべ!急がないと」


さほど長くない道程を走り切り、彼は灰色の風景を横切る。冷えきった空気を全身で受けているにも関わらず彼の身体は火照り出す。
見慣れた道、馴染みのあるコンクリート、いつもと同じ空、一年半通った道は既に愛着が湧いていた。
病院に着き、勇也は病室に足を運んだが、そこは既に空っぽの状態だった。首を傾げて思い当たる場所へ向かう。


「どうして!」

「いや、どうしてって…」


思い当たる場所、つまりリハビリテーションだ。案の定そこから千歳と智浩の声が漏れてきた。


「ごめんね。去年も今年も一人に決めてるの」

「そんな!俺じゃないの!俺、千歳のこと好きなんだ!」


かなりオープンな告白に思わず勇也は溜め息をつく。少し予想していた状況だ。今さら驚きはしない。
ゆっくりとした足取りで彼は部屋に入る。


「智君………私の名字覚えてる?」


二人共勇也の存在に気付くことなく会話を続けていた。


「え?確か…………清水」

「少し前まで私は三島だった。何で変わったかわかる?」

「……………両親が」

「父は小さい頃に死んだっきりよ」


言いたいことが理解できなくて智浩は眉を寄せた。頃合を見計らって勇也は二人に近付く。そっと彼女の肩に腕をかけて抱き寄せた。


「勇也!」

「じゃぁ、俺の名字知ってるか?」


彼は少し戸惑い気味に視線を彷徨わせて、息を飲む。


「知らない」

「俺は清水勇也。千歳の夫だよ」


衝撃を受けて彼は目を見開いた。千歳はほんのりと頬を赤くして、うつむいた。そんな見たこともない彼女の反応を目撃してしまったら、認めるしかなかった。


「嘘だ」

「こいつにはまってる指輪見なかったのか?」


彼女の薬指にはまっている綺麗な指輪。もちろん気付いていなかったわけではなかった。
けれど、近付いて親身になってくれた彼女に期待が膨らんで、いつしかその存在を忘れてしまったのだ。


「ごめんね、そういうことだから」


千歳は申し訳なさそうに微笑んで勇也の手を握り、部屋からでた。
そのまま何故か彼女は階段を上がって屋上に行く。すると、突然勇也が立ち止まる。


「だから言ったんだ!気をつけろよって!」

「だって…………」


しょんぼりと気を落とす彼女に一つ盛大な溜め息をついて、勇也は頭を撫でる。
髪をすくように撫でるその手の温もりが気持ちよくて、千歳は微笑んだ。


「退院おめでとう」

「うん、ありがとう。あ、そうだ。これ!」


がさがさと手に持っていた紙袋から赤く綺麗にラッピングしてある包みを取り出して差し出した。勇也はそれをきょとんとした顔で見る。


「Happy Valentine's Day」


凛とした高い声が空に響いた。今日が二月十四日だとすっかり忘れていた勇也はぽかんとした顔でそれを見つめる。
ゆっくりとプレゼントを受け取って勇也は感動を噛み締める。


「去年も今年もってこのことか」

「うん、やっと勇也に手作りチョコあげられて嬉しいよ」


勇也は開けてもいい?と確認して、ラッピングを外した。中にはカードと少し不格好だが、丸い可愛らしいトリュフがいくつか入っていた。
一つ、手に持って食べた。彼にとったら甘ったるいチョコレートの味。だが、とても美味しくて顔をほころばす。


「美味しい?」

「味、見てみる?」


そう優しく言って彼は千歳の頬を手で包む。冷たくなった彼女の顔を温めるように。


「ん………」


勇也の口から千歳の口へ甘い味が広がった。いつもとは違う甘ったるさについ酔いそうになった。


「ちょっと甘過ぎだったね。勇也にとったら」

「ちょっとな」

「ちゃんとビターにしたんだけどな。でも、全部食べてね?」


上目遣いでお願いする彼女に内心クラクラになりながらも冷静を装う。
はぁ、と手に白い息を吐く千歳を見て、バックから白いマフラーを取り出してかけた。


「退院祝い。じゃぁ、帰ろうか?」

「ありがとう」


二人は手を繋いで屋上から出る。
扉を閉める前にもう一度その場を一瞥して、心に刻んだ。
出逢いも告白もプロポーズも結婚も…そしてバレンタインも過ごした想い出の場所。


「「ありがとう」」


思わず二人で礼を述べて扉を閉めた。





さぁ、歩こう

君と一緒に

やっと無限に広がる道への鍵を手に入れたから





「勇也。これからはもっと一緒にいられるんだよね?」

「あぁ、当たり前だろ。『永遠に貴方を愛している』から」


チョコレートと一緒に入っていたカードを読んで、にっと笑う。千歳は少し恥ずかしそうに頬を染めて、頷く。



「これからもよろしくね」


勇也の腕に巻き付いて、静かに呟いた。
明日の心配もしないこんな日が来るとは彼女自身も思っていなかったのだ。晴れ晴れとした気持ちで帰る。





そして僕らは

幸せを噛み締めて

新たな道を歩き始めた






ここで皆様にお詫びをいたします。限られた時間の中での中で二人が高校生にも関わらず、結婚をさせてしまった私ですが、やっとそれはできないことだと気付きました。無理な話を作ってしまい、本当に申し訳ないと思っております。

バレンタイン編です。やっと彼女が退院したところを書いてみました。もしかしたらホワイトデー編も書くかもしれません。

感想評価くださると非常に嬉しいです。待っております。













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