挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

幸花ちゃんのお手紙

作者:彼方此方
「今日も雪ばっかりっ!」
幸花ちゃんは、そう言うと炬燵の上に既に三日前にクリアしてしまった携帯ゲーム機を投げ捨てました。
もぞもぞと炬燵から出て、障子を開けて、縁側に出ると、身体中にヒシヒシと冷たさが伝わってきて、息が白くなります。
幸花ちゃんは、縁側の窓を少し開けると、縁側から手の届く場所に、屋根から落ちて家を包み込むかのように、こんもりたまっていた雪を丸め、既にもう何度目かもわからないまま、隣の畑との境目なんてとっくに無くなってしまった庭に投げつけました。

あんなに楽しみにしていた飛行機を降りてから、くねくね道を進む車に何時間も乗ってやっとたどり着いたおばあちゃんのおうちは、真っ白のベットの上に眠った猫のミーゴに、更に真っ白ふわふわななお布団をかけたみたいでした。
お母さんのスマホもお父さんのタブレットもここは繋がりません。

雪と古いストーブと炬燵と小さなテレビ。

それだけしかない、おばあちゃんのおうちは、幸花ちゃんにとって少し物足りない、いえ、全くもってつまらないことこの上ありません。
ならばと、都会の子供らしく、田舎の自然に感動してみようと思ったものの、以前、夏に来た時と違って、冬の田舎は珍しい虫も花も綺麗な夜空もなく、ただただ雪が降り積もっていくばかり。
何をして遊んでいいのかさえわかりません。

「あー。ひまだなー」
「なら、雪遊びをしておいで。お向かいの駿介君でも誘うといいよ」

ここに来てから何度目も繰り返した言葉に、こんな静かな田舎で病気になっても一人暮らしを、ずっと続けているおばあちゃんはニコニコと声をかけてきました。
「お向かいってどこ?」
幸花ちゃんが知ってるお向かいさん、という言葉は道路を挟んだ向かいのおうちのことです。でも、おばあちゃんのおうちは細い道に沿って建ってはいますが、お向かいには背中に大きなお山をしょった田んぼしかありません。
「ほら、見えるでしょ?あの谷の線路を挟んだ、向こうの山のうちだよ」
「え?あそこ?」
おばあちゃんの指差す先は、おうちの前の細い道を下って、国道と線路を渡って、更に少し坂を登った先の家でした。おばあちゃんのお向かいさんは幸花ちゃんが知っているお向かいさんとはずいぶんと規模が違うようです。
「前に夏に来た時、行ってみたら、おんぼろお化け屋敷だったよー」
小一の夏、一人、おかっなビックリで探検に行った田舎には珍しい古い洋館は、イタチや蝶や雀は居たけれど、人は住んでいませんでした。
「去年だっけね。新しい人が住み始めたんだよ。都会から田舎暮らしに憧れて引っ越してきた若いご夫婦。駿介君って男の子が、そりゃー良い子でね。数年振りの転入生だって村の小学校が、そりゃー大騒ぎだったよ」
子供は宝さ。
そう言いながらおばあちゃんは、到着翌日にはスーツケースにしまった筈の幸花ちゃんのピンクのスキーウェア一式と雪道はまだ数回しか体験していない長靴をいそいそと用意しはじめました。そして、気がつけば幸花ちゃんは、いつの間にか防寒をしっかりしたテレビでよく見かける田舎の子供のような姿で外へと否応なしに送り出されていました。

真っ白な雪だけの世界を灰色の空が覆っています。今まで会ったこともない子と当然のように遊べと言われても、どうしたら良いのか幸花ちゃんにはわかりません。しかも相手は男の子の様です。
「もっと遠いおうちだったら良かったのに」
幸花ちゃんは雪の玉を投げながら、ゆっくりと人気のない坂道を下り、除雪車のカクカクの足跡をたどると、深々とため息をついて、遮断機のない線路に向かいました。
「電車、来ないかなー」
「今の時間は来ないよ」
誰も聞いていないと思っていた独り言に突然、返事が帰ってきて、幸花ちゃんは、ビックリして、雪かきされた道の横、の腰の辺りまで残る雪に思わず尻餅をついてしまいました。
「ごめんっ!驚いた?」
伸ばされた黒い手袋を掴み起き上がった幸花ちゃんの前には、青いウェアを着た、一つか二つ位年上に見える男の子が立っています。
おばあちゃんのおうちのまわりにある、歩いて行ける範囲の御近所さんは五軒。そのうちの三軒は、おじいさんとおばあさんの二人暮らしの木部さんと山田さんと鈴木さんで都会に行った子どもは今年も帰ってこないと聞いてます。一軒は都会に住む息子の家に遊びにいった洋子おばさんのおうちです。そうなると、この男の子が誰なのか。幸花ちゃんには、一人しか思い当たりません。
「大丈夫?そんなにびっくりした?」
男の子の優しい言葉と親切な態度に、花ちゃんはお礼を言い忘れていることに気がつきました。
「うん、大丈夫。あの、その……ありがとう」
先ほどまで灰色だった空の隙間から太陽の光が優しく射し込んできます。雪がキラキラして、眩しくてあまり男の子の顔を見ることができません。
目に透明なトゲが刺さったみたいに痛くて幸花ちゃんは手袋をしたまま目を擦りました。
「この辺で子供って、すっごく珍しいんだけど……どっかの家に帰省してきた子かな?迷子?名前はなんていうのかな?」
目を細める幸花ちゃんに、泣いているとでも思ったのか男の子が手袋を片方取って幸花ちゃんの頭を撫でてくれました。
「わたし幸花(さちか)っていうんだ」
優しい手の暖かさに幸花ちゃんは少し照れながら自分の名前を言いました。
「幸花ちゃん……良い名前だね。沢山の色々な花が咲いているみたいに綺麗な名前だ。僕は……」
「駿介君って言うんでしょ?おばあちゃんが言ってた」
幸花ちゃんが笑って言うと、駿介君はビックリした顔を見せた後、納得したと言う満面の笑顔を見せてくれました。
「ああ、あのおばあちゃんの孫なんだ。うん、僕、駿介って言うんだ。よろしくね」
頷く幸花ちゃんに、駿介君は自分の名前やこの町の事を色々教えてくれました。
この線路を走るのは電車じゃなくて、ディーゼル車だとか、お昼は防災無線のサイレンで時間がわかるとか、夕方は空が朱色に染まったら帰る時間だとか。
あと幸花ちゃんが知らない幸花ちゃんのおばあちゃんの話。
二人はなんとなく雪玉を転がしながら沢山お話しました。
「駿介って名前なのに、僕、喘息が酷くてさ。ここに来るまであんまり運動したことなかったんだ」
人を殆んど乗せていない一両編成のディーゼル車が走って行くのを見送りながら、少し寂しそうに駿介君はポツリといいました。
「田舎暮らしに憧れてたって話す母さんの言葉は原色で目に痛い。でも、ここの言葉は優しくて温かい。土の匂いがする懐かしい言葉なんだ」
だから、幸花ちゃんのおばあちゃん、よくお話するんだ。ディーゼル車の汽笛の残響が白い世界に響く中、そう話た駿介君は、ふと、あっ、しまった!!という表示を見せた後、幸花ちゃんの方を向き直りました。
「あっ、あの……言葉に色って、変かな?」
凄く不安そうな駿介君の表情はこの真っ白な世界にとても似合わないと幸花ちゃんは思いました。だから幸花ちゃんも、いつもの教室では絶対口にしない本音でお返事を返そうと思いました。
「うんん、すっごい!素敵だと思う!!」
幸花ちゃんがそう言うと、真っ白な雪野原にまるで春の花園の色とりどりの花が咲き乱れるかのように駿介君は笑って見せてくれて、幸花ちゃんはとても幸せな気持ちになりました。

晴れ渡った青空の下、二人は大きくなった雪玉をつかって雪だるまを作りました。
スキー場の雪遊びエリアでだって作ったことがないような、大きな雪だるまです。
夕方、赤い夕日がすこしづつ暗くなる中、二人はそれぞれ細い坂道を手を降りながら帰りました。線路の脇の道沿い、二人が作った大きな雪だるまが笑って見送っているように見えました。

次の日から幸花ちゃんはそれこそ毎日朝から夕方まで駿介君と遊びました。
雪うさぎにかまくら作り。裏山スキーに動物の足跡探し。
それから、それから、真っ白でキラキラな雪景色の中の素敵で綺麗な言葉の色遊び。
体験したこともない、不思議で楽しい遊びを沢山駿介君に教わって、幸花ちゃんは一緒に楽しみました。
柔らかい太陽の微かな日差しの中、空からキラキラ粉雪が舞いました。優しく草木を包みこんでいる雪が、足元を包んでくれていました。


年を越したとても寒い日の事でした。
今にも雪が降りだしそうな雲が空を少しづつ埋めつくして行こうとしていました。
二番目の下りのディーゼルが走って行くいつもの待ち合わせ時間。それより少し早めにに幸花ちゃんは線路沿いの雪だるまの横に到着しました。いつものように周りの雪で雪だるまを補強します。
けれど、いつもなら、幸花ちゃんを何処からか現れて驚かす駿介君が中々飛び出してきません。どうしたのだろうかと、不安になる中、ついに空は泣き出して、サラサラと優しい雪を落としてきました。
ふと、静かな世界に響く扉の音に見上げれば、駿介君がおうちの扉を開けて出てくる所でした。
幸花ちゃんは会って直ぐに今日は大切な事を伝えたかったのですが、いつもと違い雪に足を取られる駿介君の姿になにも言えなくなりました。
ヒューヒュー
ゼェーゼェー
いつもの駿介君の綺麗な色とりどりの言葉に、なぜか今日は雑音が混じります。
「母さんが薬は体に良くないって……最近、飲ませてくれなくなって……本当は飲んだ方が調子が良いのに……僕のためだって」
サラサラした雪の中、青ざめた駿介君の顔色と言葉は、とても良くなく思えました。
幸花ちゃんはお昼を知らせる防災無線のサイレンを合図に、今日は午後用事があるからと言って駿介君をおうちに帰るようにすすめました。

重そうに足を引きずり歩く駿介君の姿がおうちの中に消えるまで幸花ちゃんは手を振り見送りました。一人になり、幸花ちゃんが、おばあちゃんのうちへと向き直ろうとすると、雪だるまが、寂しそうに手を振って見送っているように思えました。

幸花ちゃんは、おばあちゃんのおうちに帰るとお手紙を書きました。
可愛い便せんがないなと思っていたら、おばあちゃんがカレンダーの裏紙を分けてくれました。色鉛筆やペンがないなと思っていたら死んだおじいちゃんの絵の具を貸してくれました。
幸花ちゃんは少し悩みました。幸花ちゃんは駿介くんほど素敵で色とりどりの言葉を知りません。駿介君に自分の気持ちを伝える方法を考えました。そして二学期の図画工作を思いだし、裸足のまま外に飛び出しました。
幸果ちゃんは洗面器一杯に外の雪をかき集めて、それをストーブの前に置いて溶かしました。
出来た水におじいちゃんの絵の具を使って混ぜ色を作り、筆を使ってポツンポツンと氷柱の水滴のように洗面器の中に落とします。

この冬の楽しかった思い出。
そして駿介君。
沢山の絵の具で沢山のありがとうを色にしました。
幸花ちゃんにとって大切な色を丁寧に沈めた紙にそっと写し乗せます。

出来上がった色だけのお手紙は十枚以上になりました。

朝、目が覚めると、幸花ちゃんはストーブの前で乾かしておいたお手紙をパパから貰った茶色の大きい封筒に全部入れました。雪が降っているからと、ママから貰った密封できビニール袋を何重にも重ね、お手紙は無事完成しました。

明日はおばあちゃんのおうちから帰らなければならない日です。
「ちゃんと、さよならを言わなきゃ」
いつもの待ち合わせの線路沿いの道。幸花ちゃんはいつも通り、大きな雪だるまを補強して駿介君を待ちました。

けれど、その日、待っても待っても駿介君は現れませんでした。
次のディーゼルが来るまで、次のディーゼルが来るまで、と幸花ちゃんは待ち続けました。
空が朱色に染まる頃、幸花ちゃんは大きな雪だるまのお腹に大きなかまくらのような穴を開けると、昨日書いたお手紙をそっと置き、また沢山の雪でその穴をしっかり埋めて、初めて駿介君にあった日と同じくらい暗くなるまで駿介君を待ってから一人寂しく雪だるまに手を振りおばあちゃんのおうちへ帰りました。


翌朝、目覚めると、幸花ちゃんは朝御飯もそこそこに外に飛び出しました。
息が真っ白でまだお日様も顔を出したばかりの時間でしたが、出発の時間ギリギリまで幸花ちゃんは待ちました。
お昼前しびれを切らしたパパとママに手を引かれ除雪車でカクカクになった雪道を歩きながら見上げた空は灰色で、ふわふわと白い花の様な雪を舞わせていました。
「駿介君ね、喘息の発作で都会の病院に緊急入院したんだって。だから、今度の夏。ね、夏に会いに来ましょう」
一人で遊ぶ幸花ちゃんの姿に、駿介君の田んぼ二つ離れた隣の鈴木さんのおばあちゃんが幸花ちゃんのおばあちゃんに教えてくれたそうです。

「会いたかったのに。会いたかったのに」
幸花ちゃんは、ポロポロと大粒の涙を流したまま長い時間車に揺られ、真っ赤になった鼻をグスグスさせながら帰りの飛行機で眠ってしまいました。
飛行機の中見た夢の幸花ちゃんは、駿介君と一緒にキラキラ光る雪の中、一緒に雪だるまを作っていました。
とてもとても楽しくて幸せな夢でした。


けれど、そんなに透明で、キラキラしていた冬の日のことなんて、飛行機を降りて、強い色と光の中に戻った幸花ちゃんはあっという間に忘れてしまいました。
駿介君と遊んだことも、新学期が始まり、学校の友達と新しいゲームで遊ぶようになると、いつしか思い出すことがなくなっていきました。




ある春の日のことです。
幸花ちゃんに一枚のハガキが届きました。
「おばあちゃんが宛名を書いてるんだけど……変なハガキね。なんにも書いてないわ」
確かにお母さんが幸花ちゃんに手渡したハガキには文字はひとつも書かれていません。
けれど、それをみて、幸花ちゃんは、なぜだか急に目から沢山の綺麗な雫をポロポロと零れ落としました。
字は書かれていません。
何でなのかわかりません。
でも何も書かれてないし、何でなのかわからないのに、なぜだか、幸花ちゃんにはわかるのです。
このハガキを、見るだけでとても幸せな気持ちになれるのです。

だって、そのハガキはとても透明で、沢山の素敵な色が、はみ出しそうなほど塗られていたのですから。




評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ