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短編小説

お姫様(とくべつ)になれない女の子

作者: 竜崎飛鳥


 鏡を見ていると、時々思う。

 自分は、何の為に生きてるんだろうって……。




 お姫様とくべつになれない女の子




 メイクをする為に、毎朝向かい合う洗面所の鏡。そこに映るのは、疲れきった社会人の顔。

 就職難の年に丁度ぶつかり、それでも何とか職に就けた幸運な彼女。しかし、やはり不景気という事もあるからか、勤めて三年を迎えようというのに、一向に給金が上がる気配がない。

 無論、彼女だって努力をしているつもりではある。まだ足りないのか、そう考え他の努力している先輩社員に問えば、『(昇給は)諦めた方が良い』と皆口を揃えて答えてくれた。

(……はぁ)

 化粧水、乳液を疲れきった顔に染み込ませる。次は、ファンデーション。だが、手は愛用の化粧ポーチに中々伸びない。じ、と鏡に映った己を見つめ、そうして深く溜め息。

 決して不細工ではない顔の作り。しかし、誰もが振り返るような美貌を備えているかと問われれば、そうでもない。所謂、平凡な顔立ち。胸も、普通。身長は、平均よりも少し低い程度。

 上から下まで総合し、突出した美しさが全くない、平凡の見本市のような容姿。それをまざまざと見せ付けられ、また溜め息。

「……今なら、白雪姫の継母の気持ちがわかるかも」

 毎日鏡を見つめて、自分が『特別』である事を確認していた彼女。しかし、彼女を上回る『特別』が――白雪姫が現れた。だから、彼女は『特別』にはなれず、嫉妬に狂って身を滅ぼした。

「……私も、そうなっちゃうのかな……」

 鏡に問い掛けるように、一人呟く。

 雪のように白い肌も、小さな足に似合うガラスの靴も。包む茨が映える美貌も、王子をいざなう美しく長い髪も。何も何も、自分は持っていない。

 自分は、永遠に『平凡』という呪いがかかったまま生き、果てていくのだ……。

『で、そうやって悲劇のヒロインごっこしてて、楽しい?』

「!? だ…………っ!?」

 誰!? 問い掛けようとした言の葉は、驚きで途絶えてしまう。

 鏡に映った自分が、膨れ面でこちらを見ていたのだから。

「え、ちょ、うえぇっ!?」

 何で、どうして!? 混乱する自分を他所に、鏡の自分は更に唇を尖らせた。

『驚いてないで、ちゃっちゃか質問に答えてくれないかな? ごっこ遊びが好きなウザい私』

「なっ!?」

 カチン!! 自分とはいえ、そう言われると腹も立つもので。これが夢とか現実とか、そもそも彼女は本当に自分なのか。怒りから全てがどうでもよくなって、気が付いたら鏡に向かって吠えていた。

「な、何だよ人の口から勝手にポンポン言いたい放題!! そもそもっ、あんたは誰なんだよっ!!」

 睨み付ければ、鏡の自分は小馬鹿にしたような笑み。やれやれと肩を竦め、これまた小馬鹿にしたように口を開いた。

『口も悪ければ頭も悪いのか……。さっき言ったばかりでしょ? 【ごっこ遊びが好きなウザい私】って。私は貴方で、貴方は私なんだよ、癪だけどね』

「わ、私だってこんな毒舌なのと同じなんて、思いたくないしっ!!」

 無性に腹立たしくて、ぷいとそっぽを向いた。夢だ、これは絶対に悪い夢だ。握り締めた拳が痛いが、痛覚のあるリアルな夢だってある筈。夢でなければ、この非現実な現象の理由が説明出来ない。

 夢だ、早く覚めろ、覚めろ。心中で懸命に呟くも虚しく、目が覚める気配が全くない。それどころか、癪に障る溜め息が耳に届いた。

『……口に出てるけど?』

「なっ!?」

 反射的に、手で口を隠す。掌に残った乳液やら化粧水やらの匂いが鼻を掠めたが、今はそんな事どうでもいい。

 口に、出していた。漫画やアニメにある、典型的な失態。カァ……ッ、と頬が熱くなる。

 そんな仕草に、鏡の自分は鼻で笑った。腹立たしくて、精一杯の怒気を込めて睨むが、今度は呆れたような溜め息が一つ。

『……たく、こんなのが私なんだから、本当に嫌になるわ』

「ほっとけっ!! そしてとっとと消えろっ!!」

『私だって、叶うならそうしたいけど? でもね、毎朝毎朝シケた顔のウザい私と顔合わせるのも嫌なんだ。だから』

 喝を入れに来たのよ。そう不敵に――まるでアニメの猫のような、ニシャリとした笑み。鏡の自分の豹変に、一瞬たじろいだ。だが、怯えや隙を見せてはまたナメられる。必死に動揺を隠し、「な、何よ」と強気を装った。

 しかし、流石はと言うべきか、やはり自分と言うべきか。全てを見透かしたかのように笑い、鏡の自分が口を開く。

『ガラスの靴も長い髪も、雪みたいな肌も茨が似合う容姿も。仮に全部が貴方にあっても、結局は【二番煎じ】になるだけ。

 貴方の事だから、また「特別じゃないイヤ~ン」なんて泣きながら、毎日腑抜け面と不毛なにらめっこし出すに決まってる』

「なッ!? だ、誰が何時泣きながら腑抜け面なんてしてたんだよっ!! それにっ、似てないしその物真似ッ!!」

 若干、否多大に脚色された言い分に、大人しく聞こうとした自分が馬鹿だったと激しく後悔。そんな彼女に、鏡の自分が笑う。

『まーまー最後まで聞きなさいって。

 そんな二番煎じな【綺麗な特別】なんかなくったって、貴方は貴方だけの【特別】を探せばいい。今は豆粒みたいに小さくても、いつか貴方の、貴方だけの【特別】になる筈だよ、遅かれ早かれ。その頃には、それを見付けた白馬に乗った物好きな王子サマやらにも、会えるだろうし』

「…………色々と、所々ムカつくんですが」

『何回も言う通り、私は貴方なの。ムカつくなら、その性格を直す事だね』

 クスリ、鏡の自分が笑う。本当に、心の底から純粋に。

 何だかピリピリしていたのが馬鹿らしくなって、彼女も釣られて笑ってしまった。

 クスクス、クスクス。二人の笑いが合わさって奏でられる、笑みの二重奏。それは洗面所に響き渡り――混ざり合い――そして声は一つになった。


 鏡に映った彼女は、もうひねくれた言葉を紡がない……。




(白馬に乗った王子サマや、優しい魔法使いがいなくたって)

(『平凡』の呪いは、自分でどうにか解けてしまうものなのです……)



 Fin

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