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巻ノ百四拾壱 主役交代 の巻

 大作、お園、未唯、菖蒲の四人は酒屋を探して虎居の城下を適当に彷徨っていた。

 もう、太陽はかなり高く昇っている。とりあえず天気の心配は無さそうだ。


「ねえ、大佐。焼酎ってどんなお酒なの?」

「飲んだこと無いから良く分からん。アルコール度数が高い酒らしいな。詳しくは酒税法を読んでくれ。ちなみに酎って字は2010年まで常用漢字じゃなかったから法令には『しょうちゅう』って書いてあるんだとさ。頭悪そうに見えるよな」

「ふぅ~ん。飲んだこと無いんだ」


 お園が半笑いで相槌を打つ。大作はちょっと馬鹿にされたような気がしてイラっとした。


「しょうがないじゃん。未成年なんだから。お前だって飲んだこと無いんだろ? だいたい、酒なんて百害あって一利無しだぞ。それに、胎児にも悪影響を与えるそうだ。そう言えば、ヒトラー総統も禁酒、禁煙、菜食主義だったらしいな。まあ、ラインの守り作戦の快進撃に気を良くしてワインを飲んだって逸話が残ってるけど」

「未唯も飲んだこと無いわよ。だけど、焼酎なんて聞いたことも無いわ。そんな物を売ってるのかしら」


 未唯が不思議そうに首を傾げる。お園と菖蒲も禿同といった顔で頷いた。

 そんな風に言われるとちょっと自信が無くなるな。大作はスマホを取り出すと情報を探す。


「世界初の蒸留酒は十一世紀にタイで作られたらしいな。いつごろ日本に伝わったかは良く分からん。けど、薩摩へ1546年にやってきたポルトガル人が米で作った蒸留酒のことを書き残しているそうだ。ちなみに日本最古の焼酎って文字は永禄二年(1559)の物だとさ。伊佐の郡山八幡神社が修築された時に大工が落書きしたらしい。施主が焼酎を振る舞ってくれないって愚痴なんだけど」

「えいろく?」

「弘治四年が永禄元年だな。んで、天文二十四年が弘治元年だ。要するに九年後か? そのころにはごく一般的に飲まれていたってことだろ。だから普通に手に入るはずなんだ。って言うか、手に入らんと困る!」


 さんざん歩き回った末にやっとこさっとこ酒屋が見付かった。店先から恐る恐る中の様子を伺う。すると番頭っぽい男がとびっきりのビジネススマイルで出迎えてくれた。


「これはこれは、お坊様。酒屋に如何なるご用にござりましょう?」

「せ、拙僧は大佐と申します。ただいま、若殿の命により焼酎を蒸留してエタノールを作るプロジェクトのリーダーを勤めておりまする。お手前では焼酎を扱っておられましょうや?」

「焼酎をご所望にござりまするか。手前供で商うておりますぞ。一升が三十文になりまする」


 高っ!! 普通の酒って一升で十文くらいじゃなかったっけ? そりゃあ、蒸留の手間とか燃料代が掛かってるんだから割高になるのは当然だけど。

 アルコール度数三十八度未満の蒸留酒にはリッター当たり三百七十円も酒税が掛かるんだっけ。買う時にはさらに消費税が上乗せされるんだから酷い話だ。

 貧乏人は味醂(みりん)でも飲んでろってことなのか? ちなみに、味醂なら酒税はリッター当たり二十円ですむ。


 それはそうと、この時代の濁り酒は不純物が多いから水で薄めないと飲めた物じゃなかったんだそうな。

 焼酎と安酒のいったいどっちが得なんだろう。当時の水増しされた酒の現物なんて現代に伝わって無い。だけどアルコール度数が五パーセントくらいだったって資料を見た記憶がある。一方、この時代の焼酎の度数はさぱ~り分からん。

 やはり両方とも買って比較テストするしかなさそうだ。今日のところは撤退が吉だな。


「左様にござりまするか。ところで『J○N-仁-』でやっておりましたが焼酎は刀傷の消毒に使えるそうですな。吉良上野介のおでこの傷にも塗ったとか塗らなかったとか。如何でしょう。飲料用だけでなく、医療目的での潜在需要も掘り起こしてみては如何かな?」

「じんじん?」

「今から数十年前、コカコーラ社のCEOが申されたそうな。『コカコーラは清涼飲料水で圧倒的シェアだ。されど、人類が消費する飲料水全体から見ると二パーセントにも満たない』とか何とか。その後、コカコーラ社はコーヒー、紅茶、緑茶、機能性飲料、エトセトラエトセトラ、様々な分野に進出して行きました」

「へ、へぇ……」

「まあ、ぶっちゃけ近年は少子高齢化や消費者の健康志向でソフトドリンクは伸び悩んでおります。それに、ネットショップのユーザーはコーラを買い忘れることが多いとか何とか。ともかく、この決断は正解だったと申せましょう。お手前も新たな市場の開拓を試みてみられませ」

「……」


 番頭っぽい男が助けを求めるように店内を振り返る。だが、手代らしい男たちは一斉に目を反らした。

 とりあえず焼酎が入手可能なことが確認できただけでも収穫だ。そうと分かれば長居は無用。大作たちは逃げるように酒屋を後にした。




「さて、次は窯元だな。初めて訪ねた時には苦労したけど今は目を瞑っていても行けそうだ。まあ、危ないからそんなことはしないけど」

「目を瞑って歩くなんて、それこそ阿呆のすることよ」

「だけど自動運転車の実用化は目の前だぞ。タクシー、バス、長距離トラックといった運転手はもちろん、自動車学校、自動車保険、エトセトラエトセトラ。ちょっとでも自動車に関連したビジネスの業務環境は必ずや激変する。それに備えておかないとな」

「ふ、ふぅ~ん」


 そんな無駄話をしている間に窯元の煙が見えてくる。あの目印が無きゃ危なかったかも知れん。

 だったら目を瞑ってたら行けないんじゃね? 大作は自分で自分に突っ込んだ。




「おお、大佐様。お久しゅうございます。蒸留塔とコークス炉のことなればご案じめされまするな。淀みのう進んでおりまするぞ」


 大作の顔を見た途端に窯元が作り笑顔で話しかけてくる。その目線の先を追うと一抱えもありそうな粘土製の壺と箱が置いてあった。


「今は乾かしておるところにございます。十分に乾かさずに焼くと割れてしまいます。今暫くお待ちくださりませ」


 表情は穏やかだが、その口調は新しい仕事は御免だと予防線を張っているかのようだ。

 何でそんなに警戒されなきゃならんのだろう。まるで疫病神みたいな扱いに大作はちょっと傷付いた。

 何とかして警戒心を解かなければ。大作は必死になって無い知恵を振り絞る。


「それを聞いて安堵致しました。窯元殿には世話になりっぱなしにござりますな。そうだ! お礼と言っては何ですが一つ耳よりな話をお教え致しましょう」

「いやいや、気遣いは無用にござります。礼には及びませぬ」


 窯元は警戒感を隠そうともしていない。なんて露骨に迷惑そうな顔をするんだろう。だが、大作はそれくらいでは挫けない。


「まあまあ、ご遠慮めさるな。萬古焼(ばんこやき)をご存じにありましょうや? とても熱さに強い、陶器と磁器の中間の生命体…… じゃなかった。炻器(せっき)? とか言うのがあるそうな。筑前国の長垂で採れる葉長石(ペタライト)とかいう石を砕いて焼くだけの簡単なお仕事ですぞ。『空から日本()見てみよう+』で土鍋を作っているのを見たことがございます」

「ぺたらいと…… にござりますか」

「拙僧が取り寄せて差し上げましょう。窯元殿は焼き物を必要な時に焼いて下されば良い。もちろん拙僧が若殿の密命を受けていることもお忘れなく」


 物凄く嫌そうな顔を見ているだけで心が折れそうだ。もう勝手にせい!

 面倒臭くなってきた大作はバカの一つ覚えで話を切り上げた。




 逃げるように窯元を後にした大作たちは当ても無く虎居の城下を彷徨う。

 暫くすると菖蒲がちょっと遠慮がちに口を開いた。


「私はお役に立っておらぬのではありませぬか? 宜しければ藤吉郎を手伝いに参りとうございます」


 本人にも自覚があったんだ。大作は意外な言葉にちょっと驚いた。

 もしかして碌なセリフが貰えないんで拗ねちゃったんだろうか。ここは好きにさせてやった方が良いのかも知れん。


「そ、そうだな。その方が良いかも知れん。きっと青左衛門のところだろう。行って手伝ってやってくれ」

「御意」


 風のように走り去る菖蒲を見ながら大作は小さくため息をつく。やっぱりあいつらデキてるんだろうか。

 まあ、良いや。奴はチーム桜の中でも一番の小物。藤吉郎ごときに靡くとは十人衆の面汚しよ……


「それで? これからどうするのかしら」

「う、う~ん。とりあえず材木屋ハウス(虎居)に戻って作戦会議でもしようか。月曜の党大会…… じゃなかった。何だっけ?」

「幹部会でしょう」


 お園がちょっと呆れたような顔をしている。

 そんな思い付きで言ったことをいちいち覚えてられるかよ。大作は心の中でぼやくが決して顔には出さない。


「そうそう、幹部会。そこで何か新しい議題を出さなきゃならんだろう。リーダーみたいな人気商売は飽きられたお仕舞いだからな」

「ふぅ~ん。あたらしいぎだいってどんなこと?」

「そうだな…… たとえばなんだけど、アメリカ日本化計画を再考しようかと思うんだ。って言うか、止めにしないか?」

「どういうこと? 私、あれは嫌だって言ったわよね。大佐がどうしてもって言うから同じたのよ。今さらそんなこと言うなんて酷いわ!」


 お園の感情が一瞬で大爆発した。普段はちょっとタレた真ん丸な目が細く吊り上がる。だから、その目は怖いって! 何だか猫が欠伸(あくび)をした時の目に似ているような似てないような。

 なんて沸点の低い奴なんだろう。お前は沸点4.2Kの液体ヘリウムかよ! いや、そんな物じゃ収まらん。きっと、沸点3.2Kのヘリウム3だな。

 大作の頭の中、ボース=アインシュタイン凝縮したお園が超流動で壁を乗り越えて行く。想像して思わず吹き出しそうになったが何とか我慢した。


 まあ、とりあえず謝っとくか。お礼とお辞儀はタダだ。ジャック・バ○アー、君に決めた!


「本当に済まないと思っている……」

「本当に済まないという気持ちで胸が一杯なら、どこであれ土下座ができ……」

「ちょっと待ったぁ~~~! と、とりあえず話だけでも聞いて貰えないかな。それで、どうしても納得が行かないって言うんなら焼き土下座でも何でもやってやるよ」


 大作は腫れ物に触るように恐る恐る顔色を伺う。だが、意外なことにお園の顔がぱっと綻ぶ。


「やきどげざ? 何なのそれ、美味しいの?」

「ズコ~! だな。その反応はいくら何でも食いしん坊キャラすぎるぞ」

「え~~~!」


 食べ物じゃ無いと分かったからだろうか。お園から壮絶なブーイングが上がる。

 だが、大作は恨めしそうなお園の視線を華麗にスルーした。


「まあ聞けよ。今さらな話で悪いんだけど主人公には目的や動機があった方が良い。って言うか、必須とされているんだ」

「本意とか(ゆえ)ってことね。初めて会った夜に第二次大戦で日本を勝利させるって言ってなかったかしら」


 さすがは完全記憶能力者だ。ここは素直に感心するしかないな。大作は正直を言うと細かいことは良く覚えていなかったのだ。

 だが、そんな本心はおくびにも出さない。余裕の笑みを浮かべながら軽く頷いて話を続ける。


「だろ~ 初心忘るるべからずだ。アメリカを日本化しちゃったらそもそも戦争が起こらないじゃん。俺がやりたいのは単なる敗戦の回避じゃ無いんだ。歴史改変ってのはな…… 何をさておいても面白くなきゃあダメなんだ。賑やかで華やかで艶やかで…… アメリカの圧倒的な工業力で作られた隔月刊正規空母や月刊軽空母、週刊護衛空母。続々と押し寄せるそいつらを超科学で作った対艦ミサイルがアウトレンジから一方的に撃沈するみたいな? そんな出来損ないの火葬戦記みたいな安易な超展開が見たいんだよ」

「そのためにわざわざ、アメリカが強くなるまで放って置くって言うの? でも、それだとアメリカの工業力は日本の二十倍、原油生産量なんて七百倍にもなっちゃうんでしょう? そんなのに勝てるのかしら」

「戦争は競ってこそ華、負けて落ちれば泥…… そうなると、やっぱ核開発か。って言うか、アメリカに核兵器で先行されたらどうしようも無いもんな」


 何をどうやっても結局はそこに行き付く。もし、核で先行されたらレーダー網を整備して長射程の対空ミサイルでハリネズミみたいに防衛しなきゃならん。

 そこまでやっても、いつ攻撃されるか常にビクビクして暮らすことになる。専守防衛ではどうやっても勝てないのだ。


「核爆弾ってとっても重いんでしょう? それにアメリカは海を隔てて二千里の彼方よ。どうやって運ぶのかしら」

「そんなの簡単だ。日米関係が悪化する前に堂々と運んでおいたら良いんだよ。って言うか、現地で作ったらどうじゃろ。もう、いっそアメリカの労働者を雇って自分達で作らせちゃえ。運搬する必要が無いんだからサイズも無制限だ。発電用原子炉って名目で超巨大核爆弾を作っちゃおう。そんで、阿呆みたいに大量のコバルトで包んじゃうんだ。開戦と同時にテキサスの油田やデトロイトの工業地帯は放射能の雲に覆われる。最高のショーだと思わんかね?」

「聞いてるだけで傍ら痛いわね。青反吐が出そうよ。そんなの戦でもなんでも無いわ。無益な殺生は御仏の教えに背くわよ」


 お園は低い落ち着いた声で淡々と言葉を紡ぐ。どうやら先制核攻撃には反対の立場らしい。

 まあ、アメリカの恐ろしさを知らない人間にとっては無理もない判断といえるだろう。

 とは言え、ここはどうあっても退くわけには行かない。何が何でも納得して貰わねば。大作は違う方向から攻めてみることにする。


「そうは言うけどさ~ こんな世論調査があるんだ。仮定の話なんだけど、アメリカが中東の某国と戦争状態になってアメリカ兵の死者が一万人を超えたとする。某国を屈服させるためにはさらに一万人の死者が出そうな見込みだ。そこで某国の都市を核攻撃してニ百万人の民間人を殺戮するというプランを支持するか? この問いに対してアメリカ人の半数近くは核攻撃を支持したそうな。俺たちが戦わなきゃならんのはそんな奴らなんだ。こっちが使わなくても奴らは何の躊躇いも無く使ってくるんだぞ。黙ってやられろって言うのか?」

「何れにしろ、それって四百年も先の話でしょう。どうやっても大佐はそれを見ることは叶わないのよ。それが分かってるのかしら」


 ですよね~ 大作は心の中で激しく同意する。何だか急にどうでも良くなってきたぞ。

 もう、どうにでもなれ~ 大作は考えるのを止めた。


「そ、そうだな。言われてみればそうかも知れん。良く考えたら目的や動機の無い主人公なんて幾らでもいるよな。サザ()さんに確固たる理念とか無さそうだろ。にも関わらず、半世紀も放送が続いてるんだ。うん。やっぱ、どうでも良いや。全部忘れてくれ」


 大作は自分から話を振ったことも忘れて一方的に話を打ち切った。






 一行はそのまま材木屋ハウス(虎居)に真っ直ぐ戻った。火を起こして湯を沸かし、白湯を入れる。


「かんぱ~い!」

「かんぱい? それって何なの?」

「知らんがな~! 起源は中国語の乾杯(カンペイ)なんじゃね? 逆に日本語が中国に伝わったって可能性もあるけどな。そんなことより聞いてくれるか。さっきの汚名を挽回させて欲しいんだ」

「はいはい。懲りないわねえ。でも、大佐はもうちょっと(しっか)と思案して分別のある話をした方が良いわよ」


 口調は優しいがお園の目がちょっと怖い。これは予防線を張った方が良いかも知れん。大作は咄嗟の判断で話題を差し替える。


「それはしょうがないんじゃよ。人間は不合理な生き物なんだ。人間だもの。『合理的になれ』なんていうのは魚に空を飛べって言うのと同じだぞ。まあ、飛魚(とびうお)ってのもいるけどな」

「え~~~! 魚が空を飛ぶですって! それって真の話なの?」


 未唯が素っ頓狂な声を上げて詰め寄ってくる。その視線は疑わしさを隠そうともしていない。

 もしかして『八百屋で魚を買う』とか言った方が良かったのか?

 いやいや、戦国時代には八百屋も魚屋も無いし。それに世の中には秦野章法務大臣みたいな人だっているから油断できない。

 とりあえず大作はスマホの中から飛魚の写真を探して表示させた。食い入るように覗き込む未唯。それを放置してお園に向き直る。


「話を戻そう。人間がみんな合理的に行動したら誰も宝くじなんて買わないだろ。九割の人間は行動経済学のカモなんだ。こんな問題がある。バットとボールのセットが一ドル十セントする。バットはボールより一ドル高い。ボールはいくらだ?」

「ばっととぼ~るって?」

「え~っと。羽子板と羽根みたいな物だ」

「いちどるじゅっせんとって?」


 やっぱそうきたか。予想通りの脱線ぶりだ。大作は早くもやる気がモリモリ削がれて行くのが実感できた。


「一ドルは一文くらいじゃね? そんで百セントが一ドルだ。まあ、羽子板が一文だと都合が悪いからこうしよう。羽子板と羽根のセットが百十文する。羽子板は羽根より百文高い。羽根はいくらだ?」

「五文ね。羽子板は百五文。合わせて百十文よ」

「そ、そうだな。正解だ。でも、こんな簡単な問題を有名大学の学生が五割以上も間違えたそうだぞ」

「ゆうめいだいがくのがくせいって阿呆なのかしら?」


 お園が心底から憎々しげに吐き捨てる。何か知らんけど感じ悪いなあ。大作は他人事ながらちょっと悲しくなった。


「まあ、分数計算もできんような奴も希に良くいるらしいけどな。でも、俺が言いたいのは人間の直感がいかに頼りないかってことなんだ。モンティ・ホール問題なんて大学の数学教授ですら何人も間違えたんだぞ」

「それは、だいがくのすうがくきょうじゅが阿呆なだけよ」


 取り付く島も無いとはこのことだろう。こんな風に頭から否定されたら正常なコミュニケーションが取れんじゃないか。

 ついに大作のやる気が底を突いた。もう、どうにでもなれ~!


「閃いた! キューバを押さえよう!」

「きゅうば?」

「アメリカの南、カリブ海に浮かぶ大きな島だ。面積は日本の三割くらいだけど耕地面積は国土の六割にも達するぞ。日本よりよっぽど多くの田畑が作れるから数千万の人口を支えることが出来るはずだ。出来ないかも知らんけど」


 スマホに表示させた地図をお園が胡散臭そうに覗き込む。横で興味津々の目をしている未唯とは対照的だ。


「アメリカが難攻不落なのは海で隔絶されてるからなんだ。だからゲームだとカナダやメキシコから攻め込むと意外と簡単に落とせる」

「でも、きゅうばって島よね。そこからどうやって攻め込むの?」

「戦略爆撃だ。日本がやられたことをそっくりそのままやり返す。倍返しだ! 今から半世紀もすればスペインは衰退する。そのタイミングでキューバを占領。百万人単位で移民を送り込む。そのまま植民地として確保し、二十世紀になったら戦略爆撃機の空軍基地を建設だ。ここからならニューヨークでも二千キロしかない。東海岸の大都市、テキサスの油田地帯、ピッツバーグ、クリーブランド、デトロイトといった工業地帯もすっぽり行動半径内だぞ。そうなると重要なのは航空戦力の充実だな。富嶽みたいな六発の巨大爆撃機が千機は欲しい。夢が広がりんぐ! やっと面白くなってきたぞ!」


 落ち着いて話すつもりだったのに途中から興奮して支離滅裂になってしまった。大作は激しく後悔するが後の祭りだ。


「あのさぁ、お園。この際だから、もう主役も交代してみないか? 要するに主人公を代わって欲しいってことなんだけど」

「しゅじんこう? また、私に面倒事を押し付けるつもりかしら」

「坪内逍遥の造語らしいな。いやいや、別に象がパオ~ンとか言うんじゃないぞ。たとえば天才バカボ○の主役は途中からバ○ボンのパパだろ。Dr.スラ○プの主役もハカセからアラ○ちゃんに代わってる。ちなみにド○えもんの主人公はドラ○もんだって作者は言ってるな」


 大作は必死になって説明を続ける。だが、お園と未唯はさぱ~り分からんといった顔だ。もっと具体的に説明した方が良いんだろうか。とりあえず表現を変えてみるか?


「別にリーダーを代わってくれって言ってるんじゃないぞ。単に地の文がお園目線になるだけだよ。『大作に不安そうな目で見つめられたお園は思わずイラっとした』みたいな? それと、スカッドとの折衝や著作権の対応も頼むよ」

「それで気が済むんなら好きにしたら良いわ。どうせすぐにまた『やっぱり主役をやりたいよ~』とか言うんでしょうけどね」


 本当に自分勝手な人なんだから。ぷぅ~っと頬を膨らませて拗ねた真似をしてみる。すると大佐は首を竦めて居心地悪そうに縮こまった。

 その、あまりにも情けない姿にお園は吹き出しそうになったが危ういところで我慢した。


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