<7> リュギアスの町人
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僕ことリューク・ゲイサムの一日は実に単調であり劇的なことは一切ない。朝起きてルームメイトや友人と朝食を採り、そこから夕方の図書館の閉館まではそこに篭り、ドラクロで夕食を終えた後は自室兼研究室で寝るまで昼間の続きをする。まぁそれに飽いたならば気分のままにフィールドワークへ行くけれども、それだって珍しい話である。
だからその日もこうして進めど進めど同じ景色の繰り返しを行っていたわけである。
この図書館には一般開貸出し用の資料室と学徒用の資料室と研究室、子供用の学校がある。僕が専ら使用するのはやはり学徒用の研究室なのだけれども、リメリアは一般用にいることが多い。いろんな子供が来るから、民話も集めやすいとかなんとか。
研究室は個人スペースが確保されているというわけではない。ある程度の広さの仕切りが長机に用意されているだけである。まぁ積極的な意見交換を行うにはこのくらいがちょうどいいのだろう。
そして、我ら歴史書編纂係はそのほとんどが毎日そこに集結しているわけであった。
その中にあって未だ話したことのない者が居た。南の代表であった。
同郷であるはずのグレンとはまったく違い、小柄でおどおどした印象があった。遠くから彼の姿を見るたび、なにか不安になった。そんな意味で、変に目立った存在でもあったのだ。
その彼が私に急接近してきた。夕食後の自室でのことであった。
これがまた実に面倒くさい話だった。
「はぁ。南が帝国に積極的に攻撃を行ったことにしたい、と」
確認しよう。そんな事実はないはずだ。むしろそれは帝国と結託して西を討とうとした、と西からは書かれてもおかしくないまでの放置っぷりだったはずである。けったいな話だ。しかも話を持って来る人間を間違えちゃいまいか。ああ、彼の名はバイス・ランゲルといったか。
「そうです。ご助力をお願いしたいのです」
ああ、なんだその辺はわかってるのか。まぁさすがにねぇ。なんて思いながら彼を見ていたけど、やっぱりどこか様子がおかしい人だった。
「貴方はどうも代表にお知り合いが多いようですので、どうかそちらのほうにも手を回していただきたいのですが……」
「ちょっと待ってください。まだ僕は承諾も何もしていませんよ」
ひとの話を聞かないのはグレンと一緒だ。でも、違うタイプだった。この人、駄目かもと思った。本当におかしいところがあったのだ。
「では貴方は敵ですか」
敵ですか、ときたものであった。変な質問だこと。どう答えりゃいいんだか今でも答えかねる。
「敵でも味方でもないですが、とりあえず承服はできませんね。客観的事実として、南は帝国には攻撃をしかけなかったのですから」
「では、これでどうですか」
そう言って取り出したのはお金だった。さっきの質問に比べて実に分かりやすい対価ですこと。
でもね、
「お断り致します」
保身のためであります。そんなことした日にゃ社会的に抹殺されます、ええ。そう言うと、きっとこちらを睨み、席を立ってどかどかと部屋を出て行った。
「なんだかな」
「ほんとに」
リメリアは自分のことをやってばかりいたと見ていたのだが、聞き耳は立てていたらしい。悪趣味なことだ。
「あの人、どうなるだろうね」
「えー、明日辺りにここから消えるんじゃない?」
リメリアが言ったそれは果たして事実となった。
彼が学院から消えた翌日、朝のドラクロでその話題がグレンの口からあがった。やはり顔見知りであったらしい。
「思いつめる質だったからな、あいつは。まったく……あんな誰に聞かれているか分からないところで話すからだ」
「ドラクロなら大丈夫なの?」
「そんなことはない。俺の発言は全部おかみさんが逐一紙に書いて西の政治屋に売っているはずだ。どうだ、俺がなぜただ飯が食えるかわかったか」
ああ、それじゃあサリアのことは、
「無論本気だ。まぁ……こっちはそのつもりでいるんだがな」
なんだ。本気か。ならいいや。
「でも、いつになく自信がないでないかい。どうしたんさ」
「最近かまってくれないんだ」
「猫のせいだな」
「そうだな」
ミーナは日々進化していた。
ただ、それがいい方向かなんてことは誰も知らない。とりあえず人様の朝食をつまみ食いしながら持ってくるのだけは僕としては勘弁してほしいところであった。まぁ……また客も増えたらしいから売り上げには貢献してるんだ、いいんだろう。
「ん」
と、短く言ってどかんと皿を置きミーナは去った。最近、最初からサンドを頼むのが増えたのは皿の中身がこぼれても心配ないようにというものだ。その日もその目論見は当たった。……当たったのだが、絶対量がどうにも少ない。
サンドというものはあれだ、こぼれにくいかわりに摘みやすいものなのだ。まぁ……おかみさんに文句を言おうものなら、「男だったら直接言わんか、このいくじなしが!」と怒鳴られること必至である。やめておいたほうが精神衛生上よろしいだろう。
平和だ、実に平和な一日の始まりだった。あのままだと平和すぎて死んでしまいそうであった。
そこに風を吹かせてくれたのは誰あろう、リメリアだった。彼女が朝食の席で口を開くことは実に珍しいことだった。この二月で二回と見たことか。
「リューク、この後ちょっとつきあって。飛竜で行きたいところがあるの」
珍しく、真面目な口調だった。
「いいけど、どうしたのさ」
「たぶん、リュークにとっても面白い話ができると思う。でも、複雑な気分なの。……そういう話」
わけがわからなかった。どうしてそんなに悲しい顔をして笑うのか。朝から実に辛気臭いことであった。そんなのは君らしくはない。笑うなら……そう、このもうすぐ冬のくせに照り付ける馬鹿みたいな陽射しくらいに笑わないと。
とにもかくにも、辛気臭い日々の始まりだった。
リメリアに言われて飛竜で降りついたのはいつかの展望台だった。
風がやたら強くて、日差しは強いのに体温がひどく奪われた。僕はなんとか風の当たらない場所を探して展望台の中に落ち着いたけど、リメリアは風がびゅーびゅーと当たるところにいた。あとで体調を崩さなきゃいいけど。
「話ってなにさ」
「私たちって、なんだと思う?」
また意味が分からなかった。
なんだろう、最近は開口一番に意味の分からない質問をするって行為が学徒の間で流行してるんだろうか。みんなして哲学にでも目覚めたのだろうか?
それはいけない。社会が全く停滞してしまう。生きるってことをなんなのか考えても答えは出ないのに、あえて考えるなんてなんて無駄無駄。でも、実は楽しいんだよね、ああいうの。
「なんか言ってよ」
「質問の意味を取りかねるんだ、リメリア。それは僕らが何者なのか、それとも僕らの関係がってことなのか」
リメリアは後者をうじうじと悩む人じゃない。それは分かってたんだけどね。
「前者よ」
なんて、ほらやっぱりという答えをしてくれた。
「その答えはさ、リメリア。僕らは中央代表の学徒だ。今はこれ以上のなんでもないさ」
うじうじしているリメリアなんて見ていたくなかった。
覇気を促すために励ますでなく逆に、お前の悩みなんてどうでもいいみたいな態度をとってみた。でも、なんか違ったみたいだった。
「立場はそうでしょうね。でも、私の言いたいことは違うの」
「……なにさ」
しばらくの沈黙。息を落ち着かせてから、リメリアは言った。
「私達は本当に中央人なの?」
しばらくの間、世界から音が消えた気がした。
それはたぶん、リメリアの声のせい。
あまりの悲痛さに、僕の心にまでそれが伝染してしまったからだと思う。
「どういうこと?」
「……話、聞いてくれる?」
なにか、もう泣いているような声だった。
「当然」
張れるような胸はない。それでも僕にできたのは、できるだけ不安のないような声を出すことだった。
「そもさん!」
「せっぱ!」
僕の声になんとか気を持ち直したのか、次に出てきたリメリアの声は張りがあってよく通るいつものものだった。
「私達の姿とは」
「白髪白肌たまに赤目で全身くまなくこれ色素ほぼなし」
即答した。当然である。二人とも幼い頃から見飽きた姿だ。
「じゃあ……」
リメリアは言い淀んだ。
「じゃあ?」
こういうときはすぐさまの合いの手ってわりときくと思う。まぁ時と場合にもよるけど。
「帝国が健在だった頃の中央人の姿ってどんなだと思う?」
「え? そりゃ今と同じでしょ。中央人ってくらいだし」
そう言うと、驚くことにリメリアはそれを否定する発言をした。
「違います。今の中央人ってね、帝国崩壊後に生まれたの」
「それってさ、民話とかによくあるあの節?」
「ええ。でもそれは不思議と正式な歴史書にほど残されてないの」
そう、俗説には中央人の白さは他人種が混じりあって弱い種ができたというのもあるのだ。起源を唱える説はやはり様々であって、今日はどうもそういう話らしい。
寒くなってきたのか、リメリアも風の当たらないところへ移動した。いや、単に落ち着かなかっただけかもしれなかったけど。
「さっき君が言ったとおり民話にはね、帝国人の姿はこう残ってるのよ。『黒くて細くて背の高い』って」
「んー、リメリアの説、民話通りだとすれば、今とは色だけが違う?」
でもそれは訳の差で黒を邪悪としたとかそういうのじゃないかな。黒いものを邪悪の象徴として見る文化は東西南北、わりと共通してたりするし。夜の暗さから来ているんだろうけどさ。
「そう。実際の私達は白い。そして白くて細くて背の高い中央人が生まれ出したのは帝国崩壊後なの。そして、その前にいた旧中央人は南人と見分けがつかない」
帝国崩壊後に生まれた新人種が僕達? 旧中央人と見分けがつかないのが本来の中央人? ならば、と、
「西と大きな戦いを南がしたっていうのは」
「南と中央の連合軍が西から北上しようとしていたんでしょうね。戦力が西に集中したのは弱った中央が南を味方につけるなら西と戦うことが最優先とならざるを得なかったためでしょう」
それでもわからなかった。それはあまりに根本的な話だったからだ。なんで『人の色が変わる』なんて、そんな変化が起きる? 黒い人間と黒い人間の子供は黒い。これがふつうのはずだからだ。たまに色素異常の子供は生まれるけれども、人種ひとつの形式を覆すなんてどんな異常であることか。
「あとは帝国の衰退の一夜前の逸話があるの」
「ああ、あれでしょ。世界の夜が朝になったっていう」
そう、その日から帝国は帝国とは呼べないほどまでの弱体化を見せたのだった。残存した兵力では国家という体制すら維持することすら困難であったようだ。これが俗に言う『夜の朝』だ。
「地域差もあるの。目映いまでに光ったとか、新月が満月になった程度だとか」
「その辺、実はどうするか迷ってた。『突如発生した謎の光とともに帝国は弱体化。第三世界にとっては希望の光になった』とか、どこの三文神話だっていう書き方なんだかって思ってた」
「そっか。やっぱ知ってたか」
そりゃ、ね。伊達に図書館に引き篭もってませんしね。でもなぁ、気にしたことなかったなぁ。
黒いとかうんぬんってところはよくある憎悪の対象を禍々しく見せようとしてたんだと思ってた。そういえばたしかに見た目が一番大事であって、そこを逆にしようとするなんて変な話だな。目的を見失った、破綻した憎悪だよな、それこそ。
「最後にひとつだけ、たぶん今度こそ君の知らない話をするよ」
それはやけにすっきりとした声だった。
「昔はね、こんな平野はなかったの。帝国の崩壊前、あの『夜の朝』に突然ここは平野化したの。それ以前、王宮は山深く、森の木々の中に建っていたのよ。さて、この平野は誰がどうやって作ったのでしょう?」
リメリアの言葉で、一夜の謎はさらに深まった。
だけれども、今日のリメリアの言葉には根拠はないのだ。ただ、人々が伝えた話をそう解釈したに過ぎない。夢のある話だとは思うのだけれど。ていうか、納得のいく答えの用意できない自分達が悪いのか。
「うん。面白かった。でもさ。そんなこと、図書館で言えばよかったじゃない」
そう言うと、リメリアはやっぱり泣きそうな笑顔でこう返した。
「ううん。誰もいないほうがいいと思ったからよ」
そのあとに、私まだ死にたくないし、なんて彼女は言った。
無血の戦場が聞いて呆れた。
そこかしこで代表の顔ぶれが変わり始めたのだ。急な交代と失踪が当たり前で、原因は全て不明。急病だの消されただの駆け落ちだの、いろいろな憶測がとんだ。
「そろそろお前も危ないな」
グレンがニヤニヤと朝食の席でとんでもないことを言い出した。
「そうだねぇ。危ないかもねぇ」
「心当たりは?」
「まったくない」
あっても言うか。自分から西に流れるなんて言ったやつが聞くな。
ま、友人のよしみで発言を聞き流してくれることもある……かもかなぁ?
「後ろめたいことはやっても仕方がありませんことよ」
ぼそっと、「ようはばれなきゃいいんです」なんて続けないでくださいトーコさん。
玉子を切り分けた。今日はミーナが休みらしいので久しぶりにサリアの安心安全な接客だったのだ。やっぱりね、サンドって味気ないよね。朝くらいごはんはゆっくり食べさせてほしいものだ。
「そういえば、東の歴史書代表ってトーコさんの他に何人いるんですか」
「一月前は男性が二人おりました。現在は私一人ですわ」
「そりゃ大変だ」
「そうでもないですよ。手はなにも二本だけじゃありませんから」
「お金持ちの言うことは違うなぁ……。僕もいつか言ってみたいです、それ」
「お婿に来ますか?」
「遠慮します」
「あら。残念です」
そんなくだらない応酬をしている間に、グレンは食事を終えてしまったらしい。
コーヒーも飲み終わり、パイプを取り出した。本当は吸うのやめて欲しいんだけどね、言うと怒るんだ。
「で、はかどってるのか?」
「正直つまってるかな。お決まりだけど、帝国の弱体化の原因を記した文献がなくってさ」
「あそこは仕方がないだろう。誰にも分からないんだ。『夜の朝』は月が落ちてきた結果だ、なんて言うやつもいるくらいだ。他の代表と相談して適当な答えを用意しろ」
「あとはさ、帝国が大陸全土を支配できるような武力の説得力が飛竜だけだと足りないんだ」
「飛べなきゃ単純に陸戦兵力だろ。攻める分にはいい地形だからな。逆に守りは堅いし」
「むぅ……」
専門家にそう断言されると、そう思うしかなくなってしまった。
玉子の最後の一片を口に運んだ。塩がよくかかっていなかったのか、本当に淡白な味だった。
僕はそのとき塩分が欲しかったんだよ、塩分が。ぴりりとしょっぱく、切れのある味が!
「結局はさぁ、緩衝地帯でなきゃおかしいこの中央が覇権を握ってたっていうのがおかしいんだよ! ああもうくそっ!」
コーヒーを一気に飲んだ。
「そうだなぁ。食料もろくに採れないしなぁ。考えるだけ不思議だ」
食料が採れない、か。なんでだろう。考えてみればそれもまた不思議だった。そう、水は問題なく供給されているものの、他の食料に至っては何も採れないのだ。それどころか栽培すら禁じられているのだ。もし、作ったものを食べたら奇病にかかるからだ。
奇病とはそれこそ心身衰弱であり、奇形児も産まれる。そして奇形児でなくとも中央人が産まれるためだ。被差別階級である中央人を産んで喜ぶ親もなし、人々は食料を輸入に頼っている状態である。飛竜はその際の生命線とも言えるものだ。同時に充分な武力でもあるのだけれど。
「ああもう……手詰まりかぁ」
ほかにいろいろと詰めればどうにかできるんだけどなぁ、根本的な解決にならないんだよ。そこがしっかりしてないとさ。北の大活躍によりうんぬんかんぬんなんて書きたくないしね。
「なぁ、リューク」
「なにさ」
グレンはなにやら紙を差し出してきた。
「なにこれ」
「ここに行ってみろ」
記されていたのは裏通りも裏通り。難民によるスラム街。
何があるか分からないほどに混沌とした周辺だった。
「助けになるかもしれん」
「うん……ありがと」
珍しいこともあるものだ。そのときは、そう思っただけだった。
やはりグレンの書いたメモの場所は裏通りも裏通りだった。
そこかしこから浴びせられる物騒な視線に、僕は一人で来たのを激しく後悔していた。だってさ、ほら。あのおじさんなんて両目の上に切り傷とかあって目とか見えてないし、あそこの商売のお姉さんは片足がない。うん、一人でうろつくには非常に危険を感じる地域である。
その地域の中でも中心地にその店はあった。
うらぶれた通りにあってさらにうらぶれていた。店と判断したのは、建物の前に詰まれたゴミの山の上に看板らしきものが鎮座していたからだった。『コジイのせみ』、スペルを間違えていた。子供が書いたもののように、いろいろ拙かった。
「いらっしゃい」
背後から声をかけられた。振り返ると顔がヒゲに埋もれた老夫がそこにいた。表情もなにも読めない。しかしかけられた声が穏やかだったため、僕は一応の警戒を解いた。
「こんにちは」
「何の用だ」
「人の紹介です。グレン……南の学徒で、友人なんですが」
そうか、と短く呟いて店の奥に一人で入っていった。ついて来いということらしかった。
店に立ち入った。足場すら怪しい店内は吸えばむせかえるといった埃具合。
何がなんだか、見ただけでは一切分からなかった。
「座れ」
店の奥から声がした。どこに、ですか。そして貴方はどこですか。
大量の麦の中から米を一粒見つけるくらいには難しい作業だった。
「こっちだ」
この世界には何人の読心術の使い手がいるのだろう。わかった。僕以外の全ての人間がそうに違いない。
なんとかゴミの山を掻き分けて老夫の元へ辿り着いた。
どうも居住空間であるらしく、そこだけはなんとかスペースがあった。座る場所もちゃんと用意されていた。クッションなんだろうか、結局は埃だらけで布製のなにかとしか言い様がないのだけど。
「おじゃまします」
座った。とても固かった。
床も石でぺちゃんこの布の上、やはりあまり意味はないんだろうなあの布は。
「何が所望だ」
質問です。この店は何をお売りになってるんですか。
「ガラクタだ。見ての通り、な」
「骨董品店という解釈でいいんですか?」
確かによく見れば壺もあれば絵のようなものもあった。が、それらは全て……。
「骨董品か! 笑わせる。ここにあるのはさっきから言ってる通りガラクタさ」
ガラクタ。そうガラクタ。壊れていたのだ。
「売れるんですか?」
「ああ。そりゃな。この辺にゃ驚くほど高値でガラクタをありがたがって買っていく輩が後を絶たない。お前さんもその類じゃろが。そのマント、ガラクタが好きで好きでたまらない糞馬鹿どもの着るもんじゃろうて」
学徒を知ってはいるんだ。それで、この店に来たのは僕一人ではないと。
「しかしですね、僕はガラクタ集めの趣味はないですよ」
「はっ、馬鹿か。誰がメシの種を売るものか。選べ。そうしたら話してやるさ」
口ぶりからすると老夫は語り部だったようだ。それはわかったけど、あのガラクタの中から選べってどんな拷問なのか、それは。
「帝国から東西南北、どんなガラクタでも揃っているさ」
お代次第、適当な額を渡さないと出鱈目を語られかねなかった。
「見取り表とかないんですか」
「あるわけあるか」
選びですら客任せ。ていうかそれで客がどの程度のものだかを値踏みしているようだった。うん、思い出すだけで嫌な店だった。二度と行きたくない。
こうしてガラクタの山との格闘が始まったであった。
入店から数時間後、数点のガラクタを僕は選び抜いた。
まず半分焼けた絵、描かれていたのは美しい女性だった。次になにやらよくわからない鉄塊で、持ち手があり禍々しいデザインであるために武器と判断したもの。最後はまた絵で、非常に残酷なものを選んだ。
「ふん。まぁまぁだな」
それらを見、指を開いて突き出した。
「五百ジェリム」
安かった。
「はい。出しましょう」
そう言うと老夫はきょとんとした顔をした。
ようやくひげに埋もれた顔からも表情を読めるようになったみたいだった。
「なんと、値下げせんのか」
「するものなんですか?」
そう言うと、老夫は声を上げて笑った。
「貴族ってなぁ、おもしれぇなぁ。世間ずれなんてもんじゃねぇ」
「所詮田舎貴族ですから。あと、僕はもう十年ほど中央で育ちましたので」
「ん、リュギアス育ちか。それなのにこんな馬鹿か。こりゃいよいよ面白いやつだ。よかろう。五百でいいんだな」
「はい」
硬貨を渡した。
「はっ、二月はメシが食えらぁ」
いつもどんなものを食べてるんだろうか。ドラクロでは二週間でなくなってしまう額だった。
「で、どれから聞くよ」
「では、この金属から」
「これか……見たくもねぇな」
「そんなに嫌なものだったんですか」
「ああそうだ。こんな小さくても人を殺せるんだ。誰が持っても殺せるし誰が持ってるかもわからんものだった」
「どういう武器なんです」
「よくはしらねぇよ。でけぇ音がして、人が血を噴いて倒れる。俺達はその音が聞こえたら逃げるしかなかったんだ」
よくあいつらに勝てたもんだ、と老夫は続けた。
「とにかくよ。お前がこれを見ることはねぇだろうが、見たら逃げろ。どんなに遠くからでも死ぬだけだ」
「了解しました」
終わると、老夫は鉄の塊を山へ放り投げた。なるほど、これならば整理などついているはずがない。
「んで、この女の絵か。こりゃまたどうでもいいのを選んだな」
「なんでですか」
「こりゃあな、帝国で描かれたものにゃちげえねえ。けどよ、この女が誰だかなんて俺にはさっぱりわからねぇのよ」
「はぁ」
「南人だろうさ、こりゃ。やつらとはさんざやりあったからな」
うーん、帝国で描かれたわりには南人の絵、かぁ。
誰か寵愛を受けた南人の奴隷とかかな。この間のリメリアの説が正しければ、あれは当時の帝国貴族の服装を遺したものとして貴重なものなんだろうけどなぁ。南の貴族が好んで中央の服装をするかと言われればそれはないだろうし。でもこの女性、誰かに似てる気がするんだ。
……ああ、お母様だ! そうか、だから気になったのか。
「それでまた絵か。悪趣味だな、お前。自分の一族が殺されてる絵なんて持ち出しやがった」
「やっぱりその白いバケモノは中央人ですか」
「そうさ。それ以外に何がいる。これはな、北と南じゃそこら中にあんだよ。見つけたら殺せって上の連中がたくさん作ったんだ」
「害獣駆除ですか」
「その通り」
「まぁ、可哀相な時代だな」
「そう思うんですか?」
「客の前だからな」
「はぁ」
そのときにはもう、なにか全てが不毛な気がしてきていた。
あそこは最初に店主が言った通りのガラクタ屋であった。あそこで得られる情報すらもガラクタ。それを考える材料にするにも断片的すぎて、どうにもならないものだった。語り部というには店主だって頼りない。
「帰ります」
「死ぬなよ」
帰るだけじゃ、死にません。いや死ぬかもと、店の外へ出て思った。
少し年配の方々が人垣を作って、店の出口を塞いでいたのだ。……助けて。なんて襲われてもないのに無意識に思ったりした。
「じいさん! 金はもらったのか!」
「あー、もろうたもろうた。たんまりとなー」
奥から気だるそうな店主の声。助ける気はないらしかった。
「ならええわ。行け」
そう僕に言うと住人達は、飲むぞー、などと叫びながら店主を店の奥から引きずり出してきた。店主はすれ違いざまにこちらを見て笑った。
そしてこう言った。
「やれやれ。また明日からメシが食えない。困ったもんだ。これじゃあ、店が片付くわけもないわい」
ガラクタ屋からの帰りにドラクロへまた寄った。すると、
「リューク、臭い」
「臭い。死ね」
などと、店員連中に迫害を受けた。おかげで店の中には入れてもらえず、外テーブルでの夕食となった。ちょうどよくも、いつもの面子がほとんど揃っていた。
「臭い」
「何か……臭いますね」
「そうか? 俺は何も臭わんが」
またも迫害を受けた。一部、逆に哀れに思う発言もなかったわけではなかったのだけれども。ともかく、店の外での会食が行われたのだった。
「で、どうだった?」
「あの店? うーん、コメントに困る。まぁ珍しいものは見れたけどね」
「だろうな。ま、ろくな店ではないのは知っていたのだが」
なら薦めるななどと、文句は言えなかった。グレンはグレンなりに僕を心配してくれたのだろうし。
「あのじいさんな、西人だが変な経歴をやたら持ってるようでな。実は働かなくても食えるくらいの身分ではあるらしい」
「それがなぜ、あんなことに」
ワインをぐいっと飲み干し、グレンは大きな溜め息を吐いた。
「人死にを見すぎたらしい」
「生きてる人間を見るのが辛いのか」
「いや、逆に面白くって仕方がなかったそうだ。死体は喋らんし、そんなものを作るよりはごちゃごちゃしたところで複雑に生きている人間と話がしたかったんだと」
特に頭が回る人間とな、なんてグレンは続けた。
「まぁ、馬鹿は馬鹿で見てる分には楽しいんだとさ。お前はどっちだった?」
「想像に任せるよ」
そう言うとにやりと笑い、
「まぁ気にするな。今晩はおごってやる」
「……乾杯」
木杯は軽い音を立てた。
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