子供に読んであげない童話
とてもお金の好きな男が居りました。お金が大好きなのですから、もちろん、お金持ちでありました。
ところで、男が住んでいる国はとても貧乏でありました。これは王様があまりに人が良く、お金に無頓着であったためです。しかしこれは、男にとっては都合の良いことでした。
男は持っていたお金を全て王様にあげてしまいました。もちろんただではありません。
男は姫様をお嫁さんにもらいました。王様にはこの姫きり子供はおりません。男は王様になりました。
さて、この姫様はとても大事に育てられたので、お金というものの価値がわかっておりません。お城で暮らしていれば、欲しいものは全て、召使が持ってきてくれるのですから当たり前です。
国の仕事はお金の好きな男がしてくれるので、姫は毎日ふわふわと、遊んで暮らしておりました。
男が王様になってから、国はとてもお金持ちになりました。大きな部屋ほどもある金庫にはお金の詰まった袋がたくさん並べられ、男はそれを数えるのを何よりも楽しみにしておりました。
姫が男に訊ねます。
「そんなにいっぱいお金があって、どうするの?」
「お前は知らんだろうがな」
男は笑って言いました。
「金があればなんだって買えるんだぞ」
全くそのとおりであります。男は金の力で国を買い、こんな美しい妻まで手に入れたのですから。
しかし姫は首を傾げます。
「買う?」
「例えばりんごが欲しいとしよう。そうしたらここにある金貨を一枚持って、りんごの木を持っている者の所へいけばいい。そうすれば、金と引き換えに抱えきれないほどのりんごをくれるだろうよ」
「ありがとうの代わりに金貨をあげるの?」
「そうだ。ただし、価値のあるものには一枚ではダメだ。本当に欲しいものほど、たくさんのお金が必要なのだよ」
「ふうん」
つまらないことだ、と姫は思いました。お城には何でもあるのです。欲しいものなどありません。
「あなたは何が欲しいの?」
「もっとたくさんの金だ。この世の全てを買い取れるほどの金が欲しい」
「ふうん」
それは姫にとっては、本当にどうでも良い、つまらないことでありました。
あるとき、一匹の悪魔がこの二人を験そうと思いつきました。
悪魔はまず、お金の好きな男のところに現れました。
「お前は何を望む」
男は答えます。
「もっとたくさんの金だ。城の金庫を……いや、城を満たすほどの金が欲しい」
「見返りに、何を俺に寄越すかね?」
「俺の魂を半分」
「たった半分ぽっちかね?」
「何を言うかね」
男は笑いました。
「わしは金の価値をよく知っている。あんたが欲しいものを半分。その対価に相応しいだけの金を要求しただけだ」
「そうかね」
悪魔は次に、姫君のところへいきました。
「あんたは何を望む?」
姫君は首を傾げました。
「別になにもいらないわ」
「本当に何もいらないのかね。あくまである私に望めば、叶わぬ願いなど無いのだよ」
「そうねえ」
姫は思いました。
城の裏には大きな森があるのですが、そこへ行くことは禁じられています。出入りの猟師たちは森に住む可愛らしいリスやら、ウサギやら、彩り美しい鳥の話などして姫を喜ばせるのですが、姫が実際にその動物たちを見るのは食卓の上でこんがりと焼かれた姿です。
「森に行ってみたいわ。動物たちを見るの」
「ほう。見返りに何を寄越すかね?」
姫は考えました。真っ先に思い浮かんだのは金庫いっぱいに並べられたお金の袋です。あれで足りるでしょうか。
「お城の中の物、全部」
「ほう、全部かね」
「ええ。大事なものにはたくさんのお礼をしなくちゃいけないんでしょ。森へ行って動物たちと遊ぶのは、私にとってはとても大事なことだわ」
悪魔はのけぞって笑い転げました。
「あんたの旦那は『半分』しか寄越さなかった。だけどあんたは気前良く『全部』をくれるといった。たいした欲張りだよ」
ひとしきり笑った悪魔は大真面目な声で姫に言います。
「あんたの願いを叶えてやるとしよう。俺は悪魔だから、欲張りなヤツが好きなんだ」
それっきり、悪魔は煙のように消えてしまいました。
翌朝、姫が目を覚ますと戦争が起きていました。
いえ、戦争はいつもどこかで起きているものです。だけど、お城に敵兵が攻め入るなどはじめてのことでありました。ですから、誰もが自分のことに手一杯で、姫を構うものなどおりません。
姫がふらふらと歩いていると、夫であるお金の好きな男が、死んで転がっておりました。
「まあ、死んでるわ」
それ以上の感慨は何もありません。実につまらないことだと、姫は思いました。
「誰も気づかないうちに、森へ行かなくちゃ」
そして誰も気づかないうちに戻ってこなくてはならないと、そう思うだけで胸がわくわくします。
姫は戦っている兵士たちの隣をすり抜け、こっそりと城を抜け出しました。
悪魔は、森へ向かう小道を走る姫君を、見ておりました。
焦ることは何もありません。森に居るのは野うさぎやら、小鹿ばかりではないのですから。大きな獣に食われるか、飢えて死ぬのを待てばいいのです。
「せいぜい楽しむがいいさ」
悪魔は城に足を向けました。あそこには新鮮な魂がごろごろと転がっているのですから、悪魔は忙しいのです。
「約束どおり、城の中のもの『全部』を俺はいただくってわけさ」
軽く口笛など吹きながら、悪魔はふと、古い詩人の言葉など思い出しておりました。
……強欲は身を滅ぼすが、無邪気は国を滅ぼす……