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明央高校2年9組

作者: あおいの

 朝の喧噪に包まれている校舎に足を踏み入れ、下駄箱から自分の中履きを取り出す。

 ラブレターやら果たし状やらが下駄箱の中に入ってるなんてことは当然無く、何事もなく靴の履き替え完了。

 私は肩から下げてるバックを背負い直し、自分の教室へと足を向けた。


 何のことはない、普通の朝だ。

 天気はまあまあ。予報じゃ午後から曇りってことらしいけど、別に雨が降らなきゃどっちだっていい。

 雨は何かと動きづらくなるから嫌いなのだ。


 昇降口から私のクラスまで行くには、昇降口から渡り廊下へと進み、そこで階段を登らなくちゃいけない。

 ないようであるこの距離。何とも言えない脱力感を覚えつつも、私はゆっくり歩き続ける。


 「おっはよっ! ちー!」


 ……朝から騒がしいのが来た。

 私の後ろから大声を上げつつ突っ走ってくるのは、私のクラスメイトで中学からの……

 困ったことに「友人」である、ショウコだ。

 ショウコは渡り廊下をぐんぐん加速しながら私目がけて走り、勢い余ったのか通過してからキュッっと靴の裏を鳴らして止まった。

 私は目の前に来たショウコを、思いっきり睨み付けてやる。


「おはようショウコ。そして黙れ」

「うわっ、朝一番に「黙れ」はないんじゃないのー? 私コレでも、朝だから抑えてるんだけどなー?」

「抑えてそれかよ。まあいいや……とにかくあんまり目立つことしないでくれる?」


 周りにいたごくごく普通の一般生徒の皆様は、何事かと足を止めて私とショウコを見ていた。

 当然だ。朝っぱらから大声を上げて渡り廊下を疾走する女子生徒……私だって、向こうの立場なら唖然として立ち止まるに違いない。

 ……ったく、一人で暴走してるんなら他人のフリすればいいんだけど、私に向かってくるから……ああもう、恥ずかしい。

 

「何寝惚けたこと言ってるのよ、人ってのは目立ってなんぼじゃない。面白いことをしようとすると自然に目立ってしまうものなのよ! なら私は受け入れるわ! 思う存分目立ってやろうじゃないの!」

「ああうん、別にそれはいいから、私を巻き込むな」

「ひっ……酷いよちー! 私とちーの仲じゃないの! あの同じベットで過ごした時間は何だったのよ!」

「誤解を招くような事を言うな! お前が家出して、私の部屋に転がり込んできて、勝手にベットに潜り込んできただけだろ!」


 …………。

 はっ! しまった! 私までこいつのペースに乗せられてる!

 周りで止まってた人の一人を見ると、すっと目を避けられた。あああああ、ちょっとまって誤解なんだってば!


「おはよう二人とも……朝から騒がしいな」


 ふと聞き覚えのある声がして、振り返ってみるとそこには知り合いが呆れた眼差しで私たちを見ていた。

 彼女は名前をアキナという、ショウコと同じく私のクラスメイトだ。


「元気なことはいいことだが、まわりに迷惑をかけるんじゃないぞ?」

「そう思ってるなら助けろアキナ。私をコイツの魔の手から」

「魔の手って何だー! 私は誰もを平等に救うゴッドハンドを持っているんだぞー!?」

「他人を救う前に、まず自分の頭を救えよ。マジで」


 そうすれば私も救われるっていうのに。


「ショウコはもう少しブレーキを覚えるべきだな。見ていて危なっかしいぞ?」

「どっ……どういう意味よアキナ?」

「言葉のままの意味だが。そうだな、今は直線だからいいとして、そのうちカーブにさしかかったら曲がりきれずにクラッシュするぞ?」

「クラッシュ? あは! 私はドリフトするから平気だし!」


 ドリフトの何たるかを知らないクセに、やけにハッキリ断言するショウコである。ちなみに私も知らないけど。

 というかショウコの場合、クラッシュなんて生やさしいことじゃなく、ガードレール突き破って崖下へ転落。

 でもアクセルは踏み続けていて、車体がひっくり返った状態でもタイヤは回り続けそうだ。うん。


「どりふと……? って何ですか?」


 控えめな声が私たちの間に割って入る。

 いかにも大人しそうな女子生徒が一人、私たちを見て微笑みつつ首を傾げていた。

 彼女は私の知ってる顔で、やっぱりクラスメイトだ。


「ユリ、おはよう」

「おっはようさ~んっ」

「おはよ」


 アキナ、ショウコ、私の順番で挨拶すると、ユリもにっこり微笑んで、


「おはようございます」


 と言ってぺこりと頭を下げた。

 ショウコとは正反対の、静かで落ち着いた雰囲気を体全体から出しているユリ。

 ほんっとに、ショウコにユリの落ち着きが一片でもいいからあれば……。


「……それで、どりふとって何ですか?」


 笑みを崩さないまま訪ねてくるユリ。

 いやでも、聞かれても困るんだよね、私知らないし。


「ドリフトってのはねー。車がこうビューン! と走ってきて、カーブにさしかかったらギュギュギュッ! って曲がって、最後にまたビューン! って走ってくのよ。分かる?」


 得意げな表情でショウコが説明するが、それじゃ分かるわけねえ。


「一つだけ確実に言えることは、ユリがそのことを知らなくてもこの先何の問題もないという事だ」


 アキナが正論を口にする。

 ユリが「そうなのですか?」って私を見てくるけど、まあ、うん、そうだと思うよ?

 もしユリが将来車の運転に目覚めて、峠やらコースやらを高速で突っ切る走り屋になるなら話は別だけど。


「まあドリフトなんてどうでもいいのよッ!」


 目の前に机があったら両手でぶっ叩くんじゃないかってぐらいの勢いで、ショウコが語り出した。

 ドリフトなんて今の私たちにとってどうでもいいって部分だけ同意しておこう。


「大事な話があるから、教室行ったらちーの机に皆集合! いいわね!」


 なんで私の机なんだ、と突っ込む気力も生まれない。

 机の位置条件として適してるのは確かだし……私は教室中央、アキナとユリが窓側、ショウコが廊下側って席の位置だ。


 ずんずんずん、って効果音が聞こえてくるかのように大股で歩いてくショウコ。

 何が一体、ショウコをあそこまで駆り立てるんだろうが。迷惑極まりないんだけど。 


「行きましょう? ちーさん」

「え? ああ……うん」


 ユリにそう言われてハッとする。いかん。ちょっとぼやーっとしてしまったらしい。

 自分の人生の不運を嘆くには、まだちょっと早いって、私。


「チカ。ショウコの言う大事な話というのは、もしかすると私が関係してるかもしれない。お手柔らかに頼む」

「へ? そうなの?」

「確証はない。だがそうなる可能性は高そうだ」


 アキナのどこか真剣な眼差し(と言っても常日頃からアキナは真剣表情だけど)を見て、まあアキナに関係する話ならこの身を砕かなくもないかなと思う私である。


「こぅらあぁー!! 遅いぞおーーっ!!」


 既に階段を登ったのであろう。上の方からショウコの声が聞こえてきた。

 だから大声出すなってのに……今の声はきっと校舎中に響き渡っただろう。


 私は痛くなってきた頭をどうしようかと考えながら、ユリとアキナの後ろについて歩き出した。


 向かう先は私のクラス。

 クラス校舎の2階にある、明央高校2年9組。

 私ことチカは、そこで高校生活を送る女子高校生である。




< 明央高校2年9組 Episode1 >




「今、『ツンデレ』ってのが流行ってるってのは知ってる?」


 私の席に皆が集まってきて、全員揃ったことを確認してからのショウコの第一声がそれである。

 私は思わず「はあ?」と間の抜けた応えを返してしまうが、少しは私の心境も理解してもらえるんじゃなかろうか。


「つんでれ……?」


 首を傾げるのはユリだ。


「あの、すいません、分かりません」

「ああ、いーのいーの! ゆーちゃんには期待してないから!」


 そう断言するのもどうよ?


「ツンデレという言葉は聞いたことがあるな。詳しく迄は分からないが……」


 腕を組み真剣に考えるアキナだが、こういう事柄を真剣に考える必要はないと思う。真剣が勿体ない。


「ちーは?」

「知らん」


 私も、テレビや雑誌で見かけたことがあるなー程度の知識しか持ってない。

 ツンデレ。確か……ツンツンとデレデレの略だっけ?

 言葉から意味を察することはできるな。それが合ってるかどうかは知らんが。


「みんなダメだねー。そんなんじゃこの先、日本を背負って立てなくなるぞっ!」


 ツンデレの意味をしらないと日本を背負えないのかよ。どこの日本国だそれは。


「この博識な私が無知なキミたちに『ツンデレ』の意味を説明してあげよう! ちゃんと聞きなさいよ!」

「はい。よろしくご教授ください」

「うん、学ぶことはなんであれ、マイナスなことではないな」


 なんだか、教室の私近辺の空間だけがカオス的な空気に満たされてるような気がするのは……気のせいなのか?

 気のせいであって欲しい、という希望的観測。


「いい? ツンデレってのは要するに角よ!!」


 …………何ですと?


「角で相手を突っつくのよ! そうするとデレ~んって相手が倒れるわけ。つまりこれは角を用いた攻撃方法なのよッ!!」


 グッと右拳を握りしめて突き上げ宣言するショウコと、おおー、と感嘆の声をあげて拍手するユリとアキナ。


「戦隊モノなんかでも、最近じゃあ巨大化した敵にトドメを刺す方法として『ツンデレ』がよく使われているわ! 角は飾りで付いてるんじゃないのよ! やっぱり使ってこその角! 刺してこその角なのよッ!!」


 誰だ! この女に嘘吹き込んだのは!


「で、聞くところによると、この『ツンデレ』というのが今、男の子をオトすのに超有効らしいわ」


 オトすって、違う意味じゃないだろうな。


「アキナ、あのこと……言っていい?」

「ん? あのこと、とは?」

「昨日帰り道で教えてもらったこと」

「ああ、チカとユリになら別に構わない。存分に語るといい」


 昨日の帰り道?

 私とユリはそれぞれ部活があったから、昨日はショウコとアキナだけで帰った……その時に何か話したのか。


「ぶっちゃけて言うけど、アキナは岸田の事が好きらしいわ」

「は? 岸田って、あの岸田?」


 私はこっそりと、私たちから離れた場所で男子数名が固まってる一団を指差した。

 その一団の真ん中にいるのが、岸田だ。

 サッカー部所属、運動神経良し、頭まあまあ、ルックスはそこそこという評価で、それなりに女子に人気があるらしい。


「えええ~!? そうなんですかアキナさん?」

「まあ……うん、そうだ」


 驚きの声を上げるユリに、アキナは珍しく歯切れが悪そうに……照れくさそうに答えた。

 こう言っちゃ悪いが、私はアキナがまともに男子に向けて恋愛感情を持てるということに安心したりしていた。

 なんだかそういうのには、とことん興味が無さそうな雰囲気だからなぁ。アキナは。


「いつからかは分からないのだが……気が付いたら、いつも視線で追っていた、というような感じで……」

「へえ~、いいですね、そういうの」


 頬を赤く染めるアキナに、ぽや~っと微笑むユリ。


「はい注目!」


 パン! と手を鳴らしてショウコが自分に視線を集める。こいつバカだけど、仕切るのは上手いんだよね。

 委員長にでもなればいいんだ、っていうか、既に学級委員長なショウコだった。


「既に戦いは始まっているわ……! 岸田。現在付き合っている彼女無し。過去に付き合いをもった女性無し。だけどバレンタインにはチョコレート10個近く貰ってたりするし、岸田を狙ってるライバルもいるってことよ」

「どうでもいいけど、そういう情報は一体どこから仕入れた?」

「ふふん、私の学校内の情報網を舐めてもらっちゃ困るわ! やろうと思えば、生徒全員のプロフィールだって調べ上げてみせるわよ!」


 物騒なことだ。是非やめて欲しい。


「戦いは常に先手必勝……待ってても好機は転がって来ない! ならどうする? 決まってるわ。攻めるだけよ! 目標は好都合にも同じクラスにいる。条件としては最高ね。後は押して押して押しまくるだけよ!」

「押して押して押しまくる……」


 アキナが自分の手をじ~っと凝視しながら、呟く。

 思い立ったら一直線なアキナ。それが良い方向への一直線ならいいんだけど、そうじゃないと大変なんだよなあ。

 主に私が。後始末的な意味で。


「ここでさっきの話よ。ツンデレ……これを使って、今日中に岸田をオトすわ! アキナいい? もう見ているだけの時代は終わったの! これからは攻めるのよ! 攻めてなんぼなのよ!」

「見ているだけじゃなくて、攻める……?」

「そうよッ!!」


 満面の笑みで、アキナの両肩をがしっと手で掴むショウコ。

 自分がついてるから安心しろ、絶対うまくやるから……そういう意味だと思うのだが、私にとってはそれは不安要素でしかないのである。胃が痛くなってきた。


「私……やってみる。何もしないで見ているだけでは、確かに意味がない」

「よーっし! よく言ったアキナ! 安心して、私たちが全力でバックアップするわ!」


 私「たち」ってことは、やっぱり自動的に私とユリもこの作戦に組み込まれているらしい。

 まあ、アキナのことだし、協力はもちろんするんだけどさ。


「じゃあ早速、角を用意して!!」

「角はいらん!」


 ほっとくと本当に角を持ってくる勢いだったので、私は自分の『ツンデレ』についての見解を伝えることにした。

 当たってるって確証はないが、少なくても角よりは正確だろう…………。





 で。


 結局私も上手く自分の考えを説明することができなかったので、クラスメイトである西藤を呼んで説明させた。

 西藤は、私が「ツンデレについて分かりやすく的確に説明して」と頼むと、目を輝かせながら力強くかつ早口に、


「ツンデレというのは、恋人関係でないときはツンツン、つまり素っ気なかったり嫌っていたりしていたのが、あるきっかけでデレデレ状態になるという状態のことを言う。ツンとしてた相手が突然手のひらを返したようにデレデレするというギャップを、多くの男が「も、萌えー!」と言って受け入れたのだ。そもそもツンデレという言葉はネットワーク上のある……」


 って部分で頭を叩いて停止させ、自分の席へお帰り頂いた。


「西藤……博学だな」

「博学っていうか、単にそういうの好きなだけだ、あれは」

「つんでれ、って角のことではなかったのですね。すっかりショウコさんに騙されるところでした」

「むー、私の情報ソースに間違いがあったのかー……なんか悔しいぞ!」


 ってか、最初からなんかおかしいって気付けよ。


「とにかく、これで『ツンデレ』についての正しい知識を手に入れたわ。後はこの知識を使って戦略を立てるだけね!」

「この場合は、私がそのツンデレというものをやればいいのか?」

「そゆことー! 西藤も言ってたけど、男は普段強気なのにいきなり弱気を見せたりする女にぐらっときたりするのよ! ギャップって大事よね」


 さっきまで角が何だとか言ってたのは誰だっただろう。


「っていうかさ……」


 私は考えていたことを切り出す。


「ツンデレをするって言うけど、具体的にどうするつもりなのよ?」

「そうね。アキナには、午前中はツン、午後からデレをしてもらうわ。ツンの状態で岸田に接して、そして午後からはいきなりデレになって身も心もノックアウトよ!」


 無理があるような気が激しくするのは、私の考えすぎではないだろう。


「アキナさん、頑張って下さい。影ながら応援していますから」

「うん、ありがとうユリ」


 両手でアキナの手を握ったユリが、そう言って微笑んだ。

 ショウコに100回口で大丈夫って言われるより、ユリのこの微笑みを1回見た方が安心する。絶対する。


「じゃあ早速、朝の一番攻めの時間よ。アキナ、準備はいい?」

「少し緊張するが……うん、行ける。皆の気持ちに応える為にも、そして自分自身のためにも全力を尽くそう」


 アキナはすごく真面目で格好いいことを言ってるのに、それでツンデレを演じるというのだからシュールすぎて笑えない。

 私は止めるべきなんだろうか。でもアキナは既にやる気モードに入っちゃってるし、一度ああなったら止めるのはかなり大変だ。


 ……とりあえず、見守ろう。


 アキナは私たちから離れて、岸田たちが集まっている場所へゆっくりと歩いてく。

 なんだか子供の初めてのお使いを見送る親みたいな心境だ……なんで私まで緊張してるんだろ。


「……岸田」

「ん?」


 アキナの攻撃が開始された。私たち残された3人は、息を飲んでその光景を眺める。

 アキナに声をかけられて、岸田は初めてアキナがそこにいることに気づいたようだ。

 顔を向けて、アキナと目が合うとちょっと意外そうな顔をして、


「えーっと、何かな?」


 普段を鑑みてみると、アキナと岸田に接点という接点はない。用もないのに話しかけるなんてこと、今まで無かったはずだ。

 岸田は自分が話しかけられた理由を必死に頭で探しているようだが、恐らく見つからないだろう。

 岸田のまわりにいた男友達数人も、何事かと話を止めて事の推移を見守っている。


 ところでアキナ。

 ツンの状態で普段からあんまり喋らない相手に話しかけて……一体どうするつもりなんだろ?


「岸田、お前に言いたいことがある」

「うん、何?」


 まさか、ここで愛の告白?!

 いやいや、今はあくまで「ツン」の時間のはず。そういう決まり事をしっかり守るアキナが、ここでそれを崩すとは思えない。


 ……待て?

 ツンの時間で、そういう決まり事をしっかり守る……?


「私の視界から消えろ」


 シィィン…………と教室が静まりかえった。

 アキナの声が教室中に響いたわけじゃない。ただそういう空気が……ピシッと張り詰めたのだ。一瞬で。


「え、ええっと……?」

「私はお前が嫌いだ。はっきり言うと目障りだ。これ以降私の視界に入ってくるな」


 ふん、という鼻息の置き土産までしっかりやって、アキナがこちらへ悠然と戻ってくる。

 その姿に私は拍手を送りたい気分だった。見事、ホントに見事。


 やっちゃった。






「さすが……さすがアキナ! 私が見込んだだけはあるわ! これで間違いなく、岸田はアキナを意識せずにはいられないはずよ!」


 そりゃーそうだろう。

 何の前触れもなく突然、クラスメイトの一人からあんなこと言われたら誰だってそうなる。


 私たちのところに戻ってきたアキナを、ショウコが興奮した様子で迎え入れた。

 アキナはちょっと心配顔で「こんな感じで良かったのか?」とショウコに聞いているが、これは良かった悪かった以前の問題だ。


 時限爆弾を解除するために配線を切らないといけないが、切るための道具がない。

 しょうがないからミサイル使って全部ぶっ飛ばしてしまえ、って感じ。


 ……言っててわけわからん。それって何がしたいんだ?

 あー、つまりさっきのは、破壊力は確かにあったけど、壊さなくていいものまで諸々粉々にしちゃったってことだ。


「恐るべしツン! これほどまでの威力とは……侮っていたよ!!」


 ハイパーテンションとなったショウコはアキナの背中をばんばん叩いている。

 ユリは「感動しました」と言って、少し潤んだ目をアキナに向け微笑んでいた。いいのか? それで。


 私はと言うと。

 私たち以外のみんなが見えない圧力を感じて静まりかえっている教室の状況をどうしようか、さらに頭痛がひどくなった頭を使って必死で考えていた。


 この硬直した空間を救ってくれたのは、朝のHRの為に教室に入ってきた私たちの担任、鬼野先生だった。

 入って来るなり、ごく一部を除きまるで葬式のように静まりかえっている大勢を見た鬼野先生は、


「え、な、な、なになに?」


 と教師とは思えないほど情けない声で狼狽えているが、そういう姿が男子に人気だとか。

 男子に人気ってことで、つまり鬼野先生は女だ。まだ若くて可愛い系の美人で、結婚はしてない。


 とにかく、鬼野先生の登場によりとりあえずは動き出さなければならなくなったクラスメイトたちは、自分の席に戻った後、ショウコの号令に従い起立して礼して着席。

 先程までの痛いぐらいの静けさは一体何だったのか興味を示す鬼野先生だが、誰もそのことに関して口を開こうとはしなかった。

 恐怖っていうのは、ちゃんと人の行動を縛るんだなあ、と再確認する私である。


 ちなみに一応言っておくけど、ショウコが号令かけるのは奴が委員長だから。

 ついでにもう一つ、今の話とは全く関係ないんだが、鬼野先生は自分の名字にかなりのコンプレックスを持っていて、「鬼先生」と呼ぶとマジギレするから注意が必要。


 …………。


 HRは特に何事もなく終了し、鬼野先生が教室から出て行った。

 1時間目は……うあ、数学だよ。

 頭使うの怠いなあ、ただでさえ今は違うことでいっぱいいっぱいだって言うのに。


「一度過ぎ去った時間はね、二度と戻ってこないのよ」

「どわっ!」


 いつの間にか私の真横に立っていた目下の頭痛の種であるショウコが、腕を組みながら自分の言葉に頷いていた。


「な、何よ。何が言いたいの?」

「つまりね、ちー。後で「あの時ああしてればよかった」なんて後悔する奴は大馬鹿だって事なのよ! 時間には限りがあるわ! 永遠なんて絶対にない、終わりは必ず来る! ただそれが早いか遅いかだけ。どうせそのうち終わりが来るんなら、この一瞬一瞬を悔いがないように過ごしたいじゃない?」


 それはまあ……そうだと言えば、そうだけど。


「というわけで、ツン作戦……コードネーム・ツンは午前中随時展開していくわよ」


 うわ、こいつ無理矢理かっこつけやがった。コードネーム・ツンって何だよ。

 それなりにかっこよさげな言葉を使ってみました感がすごい。言っておくが見事に失敗してるぞ。


「時間はあるようでないのよね。午前中って言ってもほとんどが授業時間よ。普通に勉強してたんじゃ、あっという間にお昼だわ」


 それがある意味学生の本分であるんだが。


「いちいち私がアキナに指示出してたんじゃ素早い行動が取れない。だからアキナには、独自の判断でツンを演じてもらう……私たちがそれを全力でバックアップするのよ」

「……ショウコ、かなり今更なんだけど、言っていい?」

「何よ? 作戦司令官の座は譲らないわよ」


 そんなの譲られたとしても、全力で遙か彼方に大遠投してやるから安心しろ。


「ツンデレで岸田をオトすってのさ。このまま続けたら、岸田とアキナの関係が修復不可能なまでに壊れると思うぞ、私は」


 さっきのあれを見ただけで、一般的思考を持っている人なら誰もがそう思うだろう。

 実際、今現在の岸田の様子をのぞき見てみると、完全に自意識喪失状態でぼーーーっと一点を見ている。

 きっと頭の中では、さっきアキナから投げかけられた暴言(としか言いようがない)と、これまでの自分のアキナに対する行動がぐるぐるまわってるんだろう。


 何か自分がアキナの気に障るような事をしたんだろうか、とか。


 不幸なのは、岸田がいくらそれを考えたところで彼の頭の記憶には答えが用意されてないことだ。

 本当の答えは、通常認識から斜め上に突き進んだ先の壁を突き破った所にある宝箱の中ではなく実は下にある、ぐらい、遠い。

 あんなこと……目障りだから視界に入ってくるな、なんて言われて、「ああ、あの娘は自分のことが好きなんだ」って思う男がいたら蹴り飛ばさないといけないんじゃなかろうか。


「何言ってるの? それがツンってもんでしょ。修復不可能まで壊れた関係でも、その後のデレでなんとかなるわ! 超回復って言葉もあるしね」


 超回復ときたか、こいつ。

 修復不可能って、つまり直らない直せないってことなんだが。


「修復できないならそんなの捨てちゃいなさい! いつまでも拘ってるのはバカのやることよ! 直らないならまた作ればいい。関係の再構築よ!」


 簡単に言ってくれる。

 そんなのがほいほいできるんなら、人間関係ってのはもっと楽なものになりそうだ。


「とにかく、作戦に変更はないわ。アキナもやる気みたいだし、こっちも気合い入れていくわよ!」

「……はぁ」


 最悪の事態だけは回避しないといけない。私がフォローしないと。

 岸田に全てを打ち明けるという最終手段を使わないで事を済ませたいな。アキナもそんなことは望んでないはずだし。


 ああ……頭痛いよ、誰か助けてくれないだろうか。






 数学で学んだ事を将来活用できるのかって考えると、一生その知識を使わないで死んでいく人の方が多いんじゃないかって思い至り、じゃあ学ぶ意味ないじゃん、ってわけで人は授業にあんまり集中できないのだ。

 何とかの証明とかそのへん、今必死に覚えてもそれはあくまで試験を乗り越えるためだけであって、それが終わったら頭からすっぽりと抜け落ちてしまうだろうことはほぼ間違いない。


 だって、何に使うよ?


 数学教師の水澤がカツカツとチョークで黒板を攻撃している。

 その音はまるで子守歌のように教室に響き渡り、何人もの生徒を眠りへと誘うのだ。


「じゃあ、この問題をやってもらうかな」


 水澤がニヤリと笑いながら振り返り、私たち生徒を見渡す。

 その目は獲物を探す目で、少しでも油断や隙があろうものならすぐさま名指しされ引っこ抜かれることになる。

 今日の生け贄は一体誰になるかと思っていると、スッと手を挙げた生徒がいた。


「はいはい! はーい!」

「……はい、は一回でいい。で、何だ古坂、トイレか?」

「何でトイレになるんですかー!」


 ふくれっ面になる古坂……何となく分かったと思うけど、古坂はショウコの名字だ……と、困ったように頭を掻く水澤。

 教師にとってもショウコという存在は扱いづらい、というのを完全に顔に出してしまっている。

 まあでも、否定はしない。扱いにくいのは確かだろう。でもこの場合困るのは私じゃないからどうでもいいのだ。


「この流れで、挙手するって行為から考えられるのはただ一つだと思いますが!」

「分かった分かった。じゃあ古坂、答えてみろ」

「はい! 分かりませんッ!!」


 ゴン、と水澤が頭を教卓にぶつけていた。いや、そこまでサービスしなくていいよ水澤。

 こんなので動揺してたんじゃ、ショウコの相手は務まらないぞ? ……気持ちは痛いほど分かるが。


「おっ、お前なあ……!」

「分からないから、そのことを率直に言っただけです! 自分からアピールしたんですよ!」

「そういうのを胸を張ってアピールするな!」

「なッ……!? 誰がまな板胸ですか!!」

「そんなこと一言も言ってないだろうが!」


 はあ、とクラスのいたるところからため息が漏れる。いつもの光景と言えばいつもの光景だ。

 授業そっちのけで討論を始めたショウコと水澤。

 その間授業が潰れるというのは正直なところ嬉しいのだが、だからと言って勉強範囲が変わるわけはなく、結果的に辛くなるのは私たちなのであった。


「まな板なのは私じゃなくて、ちーです!!」

「死ねぇーッ!!」


 スカーン!

 私が投げた筆箱(缶)がショウコの後頭部に直撃し、ショウコは呻き声をあげて蹲った。

 くそ、これでも少しは気にしてるのに…………


「榎本!!」


 水澤が私に向かって怒鳴る。榎本ってのは私の名字だ。

 やば、授業中で先生の目の前だってのに、筆箱投げるなんて……怒られるか?


「……なんですか」

「ああ、良くやった!」


 ゴン、と今度はクラスメイトたちが自分の机に頭をぶつけた。

 こらこらキミたち、そんなことでばっかりチームワーク発揮してるんじゃないよ?

 ……気持ちは分かるんだけど。


 その時、ガタン! という音がした。誰かが勢いをつけて立ち上がったのだ。

 音のした方向を見てみると、そこには机に両手をついて立っている女子生徒……アキナだ。

 その視線の先には、可哀想なほど戸惑った表情を浮かべている岸田。


「あ、アキナさん……?」


 アキナの隣の女子生徒がおずおずと声をかけるが、アキナはその言葉を完全無視した。

 まるで見えない力で導かれるように、ゆっくりと……力強く、岸田の席へと歩いていく。

 視線は岸田から少しも逸らさないで。


「こ、こら、お前何やってるんだ! 席に戻れ!」


 水澤が言うが、悪いけどそんなのじゃうちのアキナは止まらないよ。

 アキナを止めたかったら……そうだな、大量のサルでも連れてくればいい。この際ぬいぐるみでもいい。

 どういうわけか大好きなんだよね、サル。


 そうこうしているうちに、もう岸田は目前だった。

 何が始まるのかとクラスメイトたちは注目している……さっきまで寝てた奴もちらほらと起きてるな。流石にあれだけ騒げば起きるか。中にはそれでも寝てる猛者もいるが。

 クラス中の視線を集めつつ、そのことに気づいているのかいないのか、アキナは普段通りの感じで、


 問答無用で、椅子ごと岸田を押し倒した。


 椅子が床に激突する音と、岸田の「うわっ!?」という声が妙に生々しい……。

 上に覆い被さるアキナは、ただ真剣な表情で岸田を見続けている。

 ……って何やってんだあの子は!?


「お……おい! 授業中だぞ!!」


 水澤は焦ったように、


「そういうのはしかるべき段階を踏まえた上で、お互いの同意の元にちゃんとベットの上でだな……!!」


 なな何を口走ってんだこの男はーーーッ!!?

 この先にも何かやばい台詞が続くかもしれなかったのだが、それは未然に防がれた。

 いつの間にか復活していたショウコが、水澤の横から問答無用で跳び蹴りを食らわせたのだ。

 その蹴りはなかなか良い場所にクリーンヒットしたらしく、悶絶しつつ教卓の前に倒れ込む水澤。


「誰にも邪魔はさせないわ! 任務成功の障害となるものは、なんであろうと排除よ!」


 教卓の上に乗って、右手人差し指を天井に向けて宣言。

 …………こっちはこっちで何やってんだあのバカ。


 ユリは……えー、無茶苦茶真剣な表情で、アキナと岸田を凝視してます。

 手に汗握るとでも申しましょうか。えーっと、何か期待してる? 期待してるのかユリ?


「あ…………柊……?」


 今回完全に被害者となっている岸田が、か細い声でアキナ(名字が柊だ)に呼び掛ける。

 アキナと岸田の距離は至近距離……いや密着と言ってもいい。これで緊張しない方が変だ。岸田よく頑張ってるな。

 アキナはすぅ、と息を吸い込んで、吐き出すように言った。


「お前、ついさっき私を見ていたな?」

「あ……え……その…………」

「見ていたな?」

「いや……違、そんなことは……」

「お前如きが私を見るなんて、許されると思っていたのか?」


 うわー、かなりすごいこと言ってるよアキナ。

 「お前如き」って。なんだか色んなものを棒高跳び級の高さで飛び越えて、笑えてくる。


「次はないぞ。これから重々に気をつけることだ」


 ゆっくりと立ち上がったアキナは、もうやるべき事は終わったといった感じで自分の席へと戻ろうとする。

 しかしそれを止める奴がいた。岸田だ。


「ま……待ってくれ!」

「……………………」


 無言ながらも動きを止めて、振り返るアキナ。


「なんで……どうしてなんだ柊! 教えてくれ……俺、お前に何か、やっちゃったのか!?」


 溜まった疑問が爆発したんだろう。岸田は今クラスの注目を集めていることも忘れているようで、大声でそう聞いていた。

 アキナは少し考えるように顎に手を置き、そして答えた。


「やっちゃったんだ」

「やっちゃったのかよ!?」

「ああ、やっちゃった」


 ……この会話だけ聞くと凄まじい誤解が生まれそうだ。

 アキナはその後、無表情のまま自分の席に戻り、静かに座った。

 今回の攻めは、これで終わりってこと……だろう。


「ぐっ……こ……誰だぁ!! 今俺に蹴りいれたのは!?」


 お? 水澤が復活した。

 よろよろと立ち上がり、怒りの形相でクラス全体を見渡す。


「はあ? 蹴り? せんせー何言ってるんですか?」


 そう冷たく言い放ったのは、自分の席に戻っているショウコだ。

 白々しいにも程があるが、顔色一つ変えずに言うショウコって実は凄いのかも知れない。


「それよりも早く授業を進めてもらえませんか? せんせーの都合で授業が止まってばっかりで、こっちはいい迷惑なんです」

「…………」


 水澤は無言でショウコを見た後、私へ視線を移して、


「おい榎本、こいつ、殴っていいか?」

「どうして私に聞くんですか」


 私は別にショウコの保護者でも何でもないっての。


「……殴るなら全力でお願いします」

「うおいッ、ちー!?」


 ショウコの非難の声なんて、私には聞こえるわけがない。






 始めに結果を言ってしまうと、アキナのツンぶりは完璧過ぎるほど完璧だった。

 もしかしてツンって人を殺せるんじゃないかと思ったぐらいだ。


 どうやら岸田はアキナが何かを誤解していると思ったらしく、その誤解を解こうとなんとか頑張っていたのだが……。

 アキナはその全てを一蹴。まともに相手すらせず、「うるさい」「黙れ」「消えろ」の連続攻撃で撃退していた。

 とりつく島もない、ってのはああいうのなんだろうな。自分が岸田の立場だったらと思うと、結構きつい。


 しかしアキナは岸田の存在を無視しているわけではなく、ことあるごとにちょっかいを出した。

 でもそれは、女子が男子の気を惹くためにするなんて、可愛いものじゃない。


「やるからには手を抜くわけにはいかない。それは相手に失礼だからな」


 そう言いながら、アキナって本当に岸田が好きなのか? って疑問に思えてくるほどの行為を……


 踏んだり。蹴ったり。殴ったり。

 倒したり。罵ったり。貶したり。


「アキナさんはやっぱり凛々しいですね。私も見習いたいものです」


 笑顔のユリはそう言うが、こんな極端な部分は見習わなくていいから。

 っていうか、これ以上私の気苦労を増やさないでください。お願いだ。


「ほんっとに、素晴らしいツンだったわアキナ! 私がもしアカデミー賞の審査員だったら、誰が何を言ったってアキナに主演女優賞をやるわよ!」

「いや、ショウコ。まだ半分だ。それにどちらかと言うと、これからが本番だ……」


 そう。

 今はお昼時で、それはつまりツンの時間の終わり、そしてデレの時間の始まりを意味している。

 これまでのはいわゆる下準備……これからが、本番なのだ。


 岸田は……自分の席でズーンと暗くなっている。岸田の背景まで黒く見える勢いだ。

 その周りを親しい友達が取り囲み、「元気出せよ」とか「いつか分かってもらえるって」とか言って励ましている。

 お前らいい奴らだな……もうちょっと頑張ってくれ……今から良くなる、と思うから。きっと。


「しかしデレとは……一体どういうことをすればいいのだろう?」

「簡単よ、デレデレすればいいわ!」

「いやそれが、意味が曖昧すぎて、実際どのような行動を取ったらいいのか分からないんだ。デレデレしろと言われても、どうすればデレデレしていることになるのだ?」


 む、言われてみれば……言葉で説明するのは難しいな。


「アキナさんが、岸田さんのことを好きだってことを、優しく伝えることが最初の一歩だと思います」


 おお、こういう話でユリが最初に意見を出すなんて珍しい。


「デレデレする、要するに「惚気る」でいいんでしょうか? その行為をするならば、少なくてもお互いがある程度の好意を持っていないとできないことだと思います」

「確かに……自分を嫌っている、あるいはどうにも思ってない相手にデレデレするっておかしな話ね。ゆーちゃん良いこと言った! 採用!」


 じゃあ何か?

 今の今まで散々非難中傷暴力の雨あられだったのに、いきなり「やっぱりお前のことが好きだった」って言えと?


「そうね、それでもいいんじゃないかしら。すごいインパクトになりそうだし」


 すご過ぎるわ!

 たとえインパクトがあったって、それ以上にはならないって気づいてるのか?

 衝撃を受けたから好きになるなんて話は聞いたことがないぞ私は。


「いきなりはさすがにまずいだろ。少し打ち解けてからじゃないと、向こうも混乱するだけだ」

「もう! ちーあのね、私たちには時間がないのよ。そんな悠長なこと言ってられないのよ。分かる?」

「そもそも、今日一日って時間限定がいらないと思うのは私だけか?」


 私は至極まっとうなことを言っているつもりなのだが、ショウコはその意見を取り入れるつもりはないらしい。

 やると言ったら何が何でもやる奴だ。そう簡単に折れるような人間だったら、私もここまで苦労しない。

 そういう点では、ショウコとアキナって似てるんだよな……。


 アキナは迷っているように視線を上に向けていたが、


「チカの言うことにも一理ある。それに私も今のこの状態で告白するのは……正直言うと不安だ」


 そう言ってショウコを見た。どうやら作戦司令官の許可を受けたいらしい。

 作戦司令官はうーんと腕を組んで唸っていたが、本当に考えてるんだろうか。考えてるフリをしているだけにしか見えないのだが。


「そうね。この問題は、元々はアキナの問題だからね。そうしたいって言うなら、私たちはそれを支えるだけよ」

「ありがとう、ショウコ」


 ほっとした表情を浮かべるアキナ。


「では早速、行ってくる」

「行ってくるって……ドコに?」

「決まってるだろう。岸田のところへ、少しでも打ち解けるために会話をしに、だ」


 さすが行動力一直線の女、ってところだけど。

 何か策はあるんだろうか?なんの話をするつもりなんだ?


「私の好きなものについて語ってくることにする」

「それはいいわね! 自分の好きなものを人に理解してもらうのは、相互理解には必要なことだと思うわ!」

「アキナさん、落ち着いて、深呼吸してから行きましょう。そうすれば大丈夫ですよ」

「うん」


 すぅ~はぁ~。

 大げさなほどの深呼吸の後、アキナが歩いていく。

 さて、この会話で、一体どれだけ今の状態を緩和させられるのか……アキナの腕の見せ所だ。


「岸田」

「ひぃっ!」


 ひぃっ! って、おいこら岸田。それはあんまりだ。

 ……でも、無理もないかもと思ってしまう。このまま人間不信に陥りそうな感じだし。

 やっぱり今回一番の被害者は岸田だろう。謝っておく。ごめん岸田。

 悪いのはショウコだ。後でぶん殴るなりなんなりしていいから、アキナは許してやってほしい。

 岸田のまわりにいた男たちは、すーっとその場を移動している。

 うわ、あいつら自分たちだけ逃げてやがる。少しでもいい奴だと思った私がバカだった。


「な、なんで、しょうか……?」


 怯えきった眼差しで、岸田はアキナを見る。

 小動物的つぶらな瞳が、恐怖だか何だかでうるうる濡れていた。


「………………」

「……あ、あの」

「………………」

「え……その、ごめんなさい……」


 無言で立ち尽くすアキナに、理由も分からず謝る岸田だった。情けないとは言わないでおこう。

 それにしてもアキナはどうしたんだ? どうして何も喋らないで立ち尽くしてるんだろ?

 これも作戦のうちなんだろうか。


「……る……」

「え……?」


 小さな声で、絞り出すようにアキナが何かを言った。

 その声は目の前にいる岸田にも聞き取れなかったようで、当然私たちにも聞こえない。

 「る」?


「……さる」

「さ……る?」

「…………さる」


 にやあ、とアキナが笑った。

 さる。猿。

 なるほど猿か。猿といえばアキナが大好きな動物だ。

 動物園に行ったら真っ先に猿を見に行き、そして帰るまでその場を動かないらしい。それぐらい好きだと聞いた。

 

「さる……くくっ……さる…………」

「あ……あ、あ……?」

「くっく! ……さる……さる…………さるさる! ……さる!! くっく!! さるさるさるさるさる!! くくくッ!!」


 こ…………怖ぇ………!!

 アキナ、それ怖い! ひたすら怖いぞ!?


「ひ……ひいいいいぃぃいいいぃ!!」


 椅子から転げ落ちるようにして岸田がその場を離脱。

 そのまま教室を走り出て、廊下を突っ走っていった。


「……む?」


 後に残されたアキナは、何が起こったかいまいちわからないように、岸田の席と私たちを交互に見て首を傾げていた。






「すまない……どうにも猿の事が絡むと、我を忘れてしまうんだ」


 私たちのところに戻ってきたアキナは、少々沈んだ面持ちで言った。


「それに、目の前にいる涙目の岸田を見たら目の前が一瞬真っ白になってな……まともな思考が働かなかった。私もまだまだ未熟だ」

「別に気にすることはないわ。今のは大事の前の小事に過ぎないから、もう忘れちゃいなさい! いいわね?」

「ああ……」

「大丈夫ですよアキナさん。まだまだ、これからです」

「うん、ありがとう」


 しかし、これでさらに岸田との溝は深まってしまっただろう。これからの行動をどうするべきか……少しは慎重に考えるべきだ。


「アキナの可愛さを、岸田に思い知らせればいいのよ! そうすれば今までのことなんてすっ飛んで、アキナLOVE愛してるってしか思わなくなるわ!」


 そう簡単にいかないから困ってんじゃないか。


「アキナ……岸田に抱きつきなさい! もちろん優しくよ。さっきまでのツンって感じじゃなくて、デレって感じでね」

「そっ、そんな、抱きつくなど……」


 顔を赤くして俯くアキナ。

 ツンの状態の時は椅子ごと岸田を押し倒したりしてたのだが、やはりそういうのとは話が違うらしい。

 しかしデレって感じで抱きつくってどうするんだ。是非説明してもらいたいな。


「こうするのよ」


 ショウコは何を思ったのか、私の首に前から両腕を回して体を密着させてきた。

 「な……」と言葉を無くす私のことなどお構いなしに、私の顔とショウコの顔が至近距離まで接近する。


「ちー……」

「な……によ?」

「好き…………世界で一番、ちーのこと、好きだよ……」


 目を潤ませ、頬を赤らめての言葉だった。


 …………。


「うざい」

「酷ッ!!」

「吐き気がする」

「ガーン!!」


 私はショウコの体を強引に引き剥がし、はあ、とため息をついた。

 まあ、いきなりはちょっと問題かも知れないが、こういうストレートな愛情表現は悪くはないかも。

 変に色々考えると、かえってそれが裏目に出てしまうことだって有り得る。

 今必要なのは、アキナが岸田のことを好きだってことを、岸田に気づかせることなのだ。

 状況からして、回りくどいことをしてたんじゃあいつまで経っても気づいてもらえない可能性もある。


「ちょっとドキドキしました……お二人とも、本当に仲がいいんですね」

「待て、それは誤解だ」

「そーなのよ! 私とちーは、切っても切れない絆で結ばれてるのよッ!」


 冗談でもそういうことは言わないで欲しいんだが。

 まあいい、今はアキナのことだ。


「とりあえず……アキナ。今の方法はなかなかいい策だと思う。抱きつくまではいかなくても、ストレートに「好きです」って伝えるのがやっぱり一番だ」

「え? だ、だが告白は、もう少し打ち解けてからだと……」

「岸田は完全にビビり入っちゃってるから、さっさと誤解を解いた方がいい。少なくても今の状況よりはマシになるだろうし」


 まずはこの状況の打破だ。話はそれから。


「やっと自分の気持ちに素直に動けるんじゃないですか。ここで躊躇うなんて、アキナさんらしくないですよ」

「いや、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだ……」

「私は告白の経験なんてないからよく分からないけど、そういうのは勢いでズバーンと言っちゃった方がいいと思うわ! 深く考え過ぎちゃダメなのよ。世界はノリと勢いで作られてるんだからね!」


 そうだったのか。いや知らなかったな。

 ノリと勢いか。世界って、実はかなり危ない橋渡ってるんだな。


「で、告白の台詞だけど」


 ショウコが目を輝かせて、


「『お前が欲しい!岸田ぁああああッ!!』でいってみようか!!」


 生まれた星へ帰れ!!






 で。

 昼の休憩時間が過ぎて午後からの授業が始まっても、岸田は教室に戻ってこなかった。

 私がさりげなく情報を集めてみると、どうやら体調が優れないとかで保健室で休んでるらしい。

 時間は刻一刻と過ぎていくが、岸田が戻ってくる気配はない。このまま放課後までいないつもりか?


 ターゲットである岸田がいないんじゃ、動くに動けないんだが。


「相手がかかってこないって言うなら、こっちが攻めてくだけよね。アキナ。次の6時間目サボって、岸田んところ行きなさい!」

「え? だが、それは……」

「大丈夫、こっちは私が何とかしておくわ! この戦いに、しっかりケリつけてきなさい!」


 こんな状況に発展させたのはどこの誰なんだか。


「アキナさん、行って下さい。このままは良くないです。岸田さんにとっても、アキナさんにとっても」

「ユリ……」

「アキナさんなら、できますよ。絶対できます」


 人を安心させるユリスマイルが発動だ。

 この笑顔にフィッシュされる男は数知れず、そしてその全ては完全にリリースされてる。

 この子は完璧な仕事してます。


「チカは、どう思う?」


 不安な声でアキナが聞いてくるが、私の答えは既に決まっていた。


「アキナの思う通りにすればいいよ。細かいことは、この際忘れてさ」


 その『細かいこと』をどうにかするのが、私たちの仕事なのだ。

 アキナは頑張ってる。

 ちょっと力の向かう方向が間違ってた気がしないでもないけど、本人は真剣で、その気持ちは本物だ。

 だったら私は……それを知っている私は、本気でアキナの助けになりたいと思う。

 この、一直線で、不器用で、ちょっと抜けてる……大事な友達を、支えてやりたいって思う。

 何か悪いことがある?


「…………うん、ありがとう、チカ」

「別に」


 妙な照れくささを感じた私は、思わずアキナから視線を外した。


「じゃあ私は唐突に気分が悪くなったから、今から保健室に行くことにする」

「……うん、お大事に」

「デレの心を忘れちゃダメよ! そうすれば上手くいくから! 絶対!」

「アキナさん頑張ってください……!」


 私たちに見送られ、アキナは教室から姿を消した。

 さて……じゃあ先生を誤魔化す話の口裏合わせでもしようか。私たちは。







 明菜が保健室に入ると、出迎える保健の先生が……いなかった。

 どうやら何かの用事で席を外しているらしい。明菜にとっては好都合である。

 静かに保健室の扉を閉めて、明菜は白いカーテンで区切られたベットへ近づく。

 岸田が保健室で休んでいるとすれば、ベットに横になっている可能性が高い。と言うより、他に考えつかない。


 保健室には3つの簡易ベットがあって、そのうちの2つは空っぽ。

 ということは、最後の1つ、カーテンで完全に囲まれているベッドに岸田が寝ている可能性が高い。


「…………」


 明菜は無言だった。やはり緊張しているのだ。

 好きな人を目の前にして、それが当然の反応なのである。

 意を決した明菜は、ゆっくりとカーテンを開く。

 そして自分一人が通れるほどの隙間を作ると、そこから中に滑り込むように入っていった。


 ベットの上では、やはり岸田が寝ていた。

 目を閉じた彼は、ゆっくりと胸を上下させて、呼吸していることを示している。

 保健室の中は、時計の針が動く音と、岸田の呼吸する音で支配されていた。


「……岸田」


 明菜が小声で声をかけるが、その程度で人が起きるはずがない。

 逆に起こさないように注意を払っているかのようだった。

 起きて欲しいのか。それとも起きて欲しくないのか。

 明菜はどちらとも言えない気持ちを持て余しつつ、じっと岸田を見つめている。


 気が付いたら、目で追っていた。

 そこに明確な理由などない。

 いや、もしかしたらあるのかも知れないが、明菜自身それに気づいていない。


 寝ている姿は可愛いと思う。

 普段通りの姿はちょっと格好いいと思う。

 先程のあの涙目は、反則だと思う。


「どうしてそこまで、好きになったんだろう―――?」


 明菜は岸田が寝ているベットに腰掛け、上から彼を見下ろした。

 自分の気持ち。今はっきりと心にある、「岸田が好き」だという気持ち。


「ふ……どうして好きになったのか、なんて、どうでもいいな」


 今確実に、岸田を好きだという事実があるのだから。

 

 明菜は毛布の上にあった岸田の右手を、自分の両手で持ち上げて包み込んだ。

 頬を赤く染め、自分が恥ずかしい行為をしているという自覚がありながらも、自分を止めることができない。

 戸惑いながらも、明菜は「こういうものなんだろうな」とどこかで納得していた。


「う……うう?」


 流石にそこまでされると、人というのは目が覚めるようだ。

 眠りの中にあった岸田は、自分の手、明菜に掴まれている方に強烈な違和感を感じて目を覚ました。

 目を開いた先には、そこに居るはずがない明菜の姿があって、その明菜が自分の右手を掴んでいて。


「うわあぁッ!!?」


 思わず岸田は、明菜の手を強引に振り払っていた。

 何をされるか分からない。恐怖が理性を吹き飛ばして、反射的な行為を取ったのだ。


「…………」

「なっ……! 柊……まだ、俺を許してくれないのかよ……!!」

「…………」

「もうやめてくれ……! 勘弁してくれ! 俺が何を……したってんだよ!!」


 一度あふれ出したものは、なかなか止まらない。

 岸田は目の前の明菜に怒鳴り続ける。


「分かったよ! もう分かった……! お前は怖い女だよ! もう俺はお前のことを視界に入れないし、お前の視界にも入らないようにする! お前には一切関わらない! お前のお友達にもな! どうだ、これでもう文句ないだろ!!? 分かったら出てってくれッ!!!」


 普段温厚な岸田からは考えられないほどの激しい言葉だった。

 それだけ、明菜の行為が彼を苦しめていたということでもある。

 岸田の言葉を一身に受けた明菜は……それでも、その場を動かなかった。


「ッ……!! 出て行けって言ってるだろ!! 邪魔なんだよ!! お前こそ目障りだ!! 二度と……俺の視界に入ってくるなあああ!!!」


 保健室に岸田の声が反響する。

 今の声は、恐らくかなりの範囲に響いてしまっただろう。学校中とは言わないまでも、近くの教室にはまる聞こえだったはずだ。

 しかし岸田はそんなことを考える余裕はなかった。彼も必死だったのだ。


「…………すまない……」


 それは、小さな声だった。


「ああ!? 謝れば済むとでも思ってんのかよ!! なめんな!!」

「…………すま……ない……」

「くそっ……苛々する!!」


 自分の被っていた毛布を、岸田は明菜に向けて投げつけた。

 それ自体に物理的な威力があるわけではない。だがこれは『投げつけた』という行為そのものに意味がある。

 つまりそれは、攻撃なのだ。相手を傷つけようとする意志なのだ。


「……うっ……ぐ…………」


 岸田の投げた毛布を被った状態になっている明菜の様子を確認することはできない。


「うぅ……」


 しかし漏れ出る声から、明菜がどんな状態でいるのかは、誰だって予測はつくだろう。


 明菜のことを深く知る者ほど、驚くに違いない。

 彼女は、泣いていたのだ。

 滅多に泣くことはない……仮に泣いたとしても、瞳に涙が浮かぶ程度の彼女が。

 嗚咽を漏らして泣いているのだ。


「な、泣いたら許してもらえるとか思ってんじゃねえぞッ!!」

「ち、ちが……う……」

「黙れ! 俺は許さねえからな……!!」


 岸田はもう止まれなかった。自分で自分を止めることができない。

 今まで自分が受けてきた理不尽な暴力や暴言を、気が済むまでやり返してやろうと思っていた。


「……だった、んだ……」

「あ!? 聞こえねえ! 何か言うならハッキリ言えよ!」


 だから岸田は、次の瞬間呼吸することすら忘れた。


「私は……お前のことが、好きだったんだ……!! それだけ、なんだ……!」

「な……ッ?」

「お前の……気を惹こうと……必死だったんだ……! お前に、好きになって……もらおうと……うぅ……」


 ………………。


「は、はは……なんだよ、それ……?」

「すまない…………すまない…・・・もう、許してもらえないだろうが…………すまない……」

「お前が、俺を、好きだったって……?」

「私は……消えるから……もうお前に……迷惑は、かけないから……」


 毛布を被ったまま走り去ろうとする明菜を、岸田が咄嗟に掴んで止めた。

 その拍子に被ったままの状態になっていた毛布がはらりと落ち、明菜の泣き顔が……

 恐らく日本で数人しか見たことがない、まるで無垢な少女のような泣き顔が、岸田の目の前にあった。


「……柊」

「……そうか……そうだな。このまま逃げるなんて、都合が良すぎるよな……」


 明菜は諦めたように両手をぶらりと下げて、俯きつつ岸田と向かい合った。


「……好きにするといい。安心しろ、声など出さないし、誰かに密告したりしない。これは……罰なのだから……」

「……じゃあ、柊」


 岸田は明菜を引っ張り、自分の目の前まで移動させる。


「一つだけ教えてくれ」

「…………答えられることなら、何でも答えよう……」

「今の話は……お前が、俺の気を惹くために、今までの行動を取ってたっていうのは……マジか?」

「……? あ、ああ、嘘偽りない事実だが……」



「も…………」

「……も?」



「萌えーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」







「アキナがこの教室にいない理由……それは海よりも深~い理由があるんですよ、せんせー。聞いてくれますか?」

「おい榎本、柊はどうしたんだ?」

「って無視か!? 教師ともあろうお方が生徒の言うことをシカトしますか!?」

「うるさい古坂、お前の言うことに付き合ってるほど俺は暇じゃないんだよ」

「何言ってるんですか! そんなんで、もし私だけが本当のことを知ってたとしたらどうするんですか!? まずは信じることからスタートするんですよ! っていうか折角考えたんですから聞くだけでも!!」

「考えた、って自分で言い切ってるじゃないかお前」


 ああ……バカだ。


「……まあ、聞いてやらんこともない、ほら言ってみろ」


 お? どういうことだこの現国教師。嘘だと分かってる話をわざわざ聞いてやるのか?


「そうこなくっちゃ! えーごほん! あのですね、アキナは今」

「榎本、柊はどうした?」

「うおーーーいッ!! 今度は放置プレイする気かぁーッ!!」


 簡単に言うと、アキナの無断欠席の誤魔化しは、ショウコの暴走により失敗している。

 何が「私に任せて!」だ。全然ダメじゃないか。ったく。


「先生」


 私は立ち上がる。


「ん? どうした榎本」

「アキナは今、大事な用事で席を外してます。それはとても大事なことなんです。……見逃してもらえませんか」

「はあ? 榎本、お前がそういうことを言うとは意外だな」

「ええ、自分でもそう思います」


 でも、ここは引くわけにはいかないんだ。


「あの、先生。私からもお願いします」


 私に加勢してくれるのは、もちろんユリだった。


「今回だけでいいんです。どうか、先生のお慈悲をください。お願いします」


 そう言って深々と頭を下げるユリ。

 現国教師はユリまで話に加わったことにかなり驚いたようで、しばらく唖然と私たち3人を眺めていた。


「こらせんせー! 可愛い生徒が3人もこうやってお願いしてるのよ! さっさと許しを出しなさい!!」

「可愛い生徒が……3人だって?」

「……ッ!! バカせんせー! ちーに謝れ!!」

「な……どういう意味だぁっ!!」


 その討論は、なんとか収拾させるまで十数分の時間を要した。

 やっと大人しくなったショウコを座らせ、その姿に向けて、


「いいか古坂、教師達の間でもお前の話はよく出てくるんだ。どういう話で出てくるのか、想像つくだろ?」


 ああ、うん。すごく。


「お前も来年は3年生……就職か進学か知らんが、進路に向けて考える時期になる。それだってのに今からそんな調子じゃあ……」


 まだ夏だってのに、3年生になった後の話をされても実感は湧かないよな。正直なところ。


「教えてやるよ、お前が俺たち教師の間でどう思われてるのか。お前はほぼ全ての教師から「萌えーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」……と思われている。分かったか!!」


 ぶふッ!!

 思わず噴き出してしまった私を誰が責められようか!


 どっかから聞こえてきた大声。この声は、たぶん岸田だ。

 それが現国教師の言葉の中をかき消したのだ。

 教室中が爆笑、先生はそれを静まらせるのに必死だ。


「いやー照れるなあ!」


 頭をぽりぽりと掻いているショウコ。こっちはいいや、ほっとこう。

 私はユリと視線を合わせる。ユリはにっこりと微笑んで頷いてくれた。

 うん。きっと……もう大丈夫なんだろう。


 おめでとうアキナ……ってところかな?




<>




 後日。


 朝、昇降口で靴を上履きに履き替え、渡り廊下を歩いていると……。


 私よりも少し前で、岸田とアキナが一緒に歩いているのを見つけた。

 その姿はまわりに溶け込んでいて、とても自然な姿に見える。


 二人の手が、控えめに繋がれていた。

 私は小さく笑った。自分のことじゃないのに、なんだか幸せだった。


 アキナ。

 よかったね。




 …………。




「ちーが誰かのことを好きになったら、そのときもツンデレしてもらうからね!」

「死んでも断る」


 ああ、そういえば、岸田にショウコのことを殴らせるのを忘れてた。

 今日あたり、言ってみることにしよう。


あらすじにも書きましたが、これは数年前に他サイト様へ投稿した小説を、ほんの少しだけ手直ししたものになります。小説家になろう様へ私が最初に投稿させていただいた「ゆめのはなし。」の登場人物の半分が生まれた小説です。私にとってはターニングポイントになった作品でもあります。


これは5年以上前に書いたもので、当時はまだツンデレという言葉が目新しい時代でした。いや、ツンデレ自体はかなり昔からあったと思うんですが、それが今ほど有名じゃなかった頃です。いやはや、懐かしいです。


では、ここまで読んでくださりありがとうございました!

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