勇者様と相葉さん ~You & I~
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この作品は阿呆です。作者自体が阿呆です。
阿呆が苦手な方、もしくは医師に止められている方はご遠慮ください。
もし目に入ってしまった場合は、すぐさま忘れるように心掛けてください。
また、この作品を小さなお子様の手の届くところに置かないでください。発育に多大な影響を及ぼすおそれがあります。
ある日、相葉朝子さんは意気揚々と鼻歌交じりに自宅に帰ってきました。
その手には大型家電量販店のビニール袋。中身は今日発売の新作ゲームソフトでした。
その為、相葉さんのテンションは異様に高いのです。何せ、五年ぶりの新作。このシリーズのハードユーザーである彼女はこの日を心待ちにしていました。アルバイトを今日から一週間も休むほどの気合の入りようです。
早速、テレビのリモコンとゲーム機の無線式コントローラーでそれぞれの電源を入れます。ほぼ同時です。二丁拳銃の鮮やかな早撃ちに似たスピードです。毎日のように――というより毎日繰り返している相葉さんには造作もないことでした。
そして暗殺者のような手際でゲームソフトの外装ビニールだけをカッターナイフで切り裂くと、盗賊の素早さで中身を取り出しました。この間、わずか五秒。その短い時間で相葉さんは二度の職業変更をこなしていました。
そして「いざ新たなる冒険へ、今日から私は勇者になる」と心の中で叫び、バレエさながらの美しいフォームでソフトをゲーム機に差し込もうとした瞬間でした。
「魔王! いざ尋常に勝負!!」
トイレのドアが勢いよく開き、勇者様が現れました。
玄関開けたら五分で勇者でした。『ゆうしゃAがあらわれた!』でした。それはそれは、どこからどう見ても紛うことなく勇者でした。
金のツンツン頭に、整った顔立ち。どうやって着るのか分からないほど複雑な、青と白の鮮やかな服。そして、腰に煌びやかな装飾が施された大きな剣を携えていました。
「はっ! どこだ、ここは!?」
驚く勇者様は、相葉さんの部屋をキョロキョロと見渡しました。一方の相葉さんは完全にフリーズしていました。それも、自身のバランス感覚を遺憾なく発揮した、片足立ちの優雅なポーズのままで。さすがは腐っても十代の女の子です。
「まさか、転送魔法のトラップか!? おのれ魔王め、小癪な真似を!」
そうやって自分の中で結論付けると、ようやく勇者様は相葉さんの存在に気付きました。
「お嬢さん、魔王に捕らわれた方ですね? 安心してください、僕が来たからにはもう大丈夫。必ずや魔王を倒し、平和を取り戻してみせます!」
そう言って勇者様は白い歯を見せました。正直かなりの悩殺スマイルでしたが、フリーズ状態の相葉さんには効果はありませんでした。地面タイプに電気タイプでした。世間一般では「ビビッときた」という恋愛談がありますが、どうやら地面タイプには無効のようです。
「ところでお嬢さん、この部屋の出口はどこですか?」
その問い掛けに、かろうじて指先を動かして相葉さんは答えました。しかし、体は未だ片足立ちで固まったまま。さすがは十代の筋肉、衰えることを知りません。いずれ筋肉痛が翌々日に現れることなど、努々思ってもいません。
「ありがとう、お嬢さん。魔王討伐後に戻って参りますので、今しばらくここでお待ちを」
そして明らかに戦闘の邪魔になるであろうマントを棚引かせ、勇者様は颯爽と玄関から出て行きました。ちなみに土足でした。廊下に足跡がくっきりと残っていました。だけどそのことを理解できるまで、相葉さんはそこから数十秒を要しました。
「……あぁ、やっぱり寝不足は駄目だね。妄想先走りで幻が見えてしまった」
ようやく再起動した相葉さんは状況を理解した上で、無かったことにしました。一週間もの休みを貰う為に、連日遅くまで勤務したのがいけないと考えました。事なかれ主義。十代のくせに大人の対応です。実に小生意気な十代です。
「よし。気を取り直して……いざ新たなる冒険へ、今日から私は勇者になる!」
相葉さんは数分前の心の叫びを、今度はしっかりと声に出しました。そうすることでせめて気持ちだけでも過去に戻ろうとしたのです。どうしたって過去には戻れないことを知らない小娘らしい行動です。やはり所詮は十代です。
そして手にしたゲームソフトをゲーム機に――入れませんでした。さすがの十代の小娘も現実には逆らえないと観念しました。もしかしたら諦めることが大人として大事なのだと気付いたのかも知れません。そうです。人生なんて挫折の連続です。
走って玄関に置いてあるサンダルに足を突っ込み、そのままの勢いでドアを開け放ちました。ちなみに相葉さんの部屋はアパートの二階です。ドアを開けるとすぐに、近隣の住宅と道路が見える構造です。
そして、その景色の中に勇者様はいました。アパートの目の前で、警官二名による職務質問の真っ最中でした。絶賛職務質問中でした。
やっぱり無かったことにしよう、と相葉さんは静かにドアを閉めようとしました。私は無関係だ、と心に言い聞かせようとしました。しかし次の瞬間、彼女は見てしまいました。気付いてしまいました。勇者様が、いつでも腰の剣を抜けるように軽く構えていることに。その爽やかな笑顔が、笑っていないことに。
途端、相葉さんの脳裏に『白昼の惨劇・閑静な住宅街で警官二名斬殺』という見出しの新聞記事が浮かびました。それは、何故だかとても現実味のある映像でした。しかも今日の夕刊でした。
「――お兄ちゃん! コスプレのまま出歩かないでって言ってるでしょ!」
凄まじい速さでアパートの階段を下りると、相葉さんは勇者様の腕を掴みました。もちろん、剣の柄を握る腕の方を、です。そして「すいません、兄がご迷惑をお掛けしました」と、にこやかに警官に謝ると、女の子とは思えない力強さで勇者様を部屋まで連れ帰りました。ちなみにこのとき、彼女の『すばやさ』と『ちから』が上がったことは言うまでもありません。
「よし! まずは何から整理しよう?」
部屋に戻ると、相葉さんは半笑いで自分がするべきことを口に出して確認しました。人間は困ったときにも笑うんだ、と彼女はこのとき初めて知りました。今度は相葉さんの『かしこさ』が上がりました。
対する勇者様は口を手で覆い、目を潤ませていました。ちなみに土足です。他人の家のリビングだろうが土足です。ベッドで横になるときだって土足です。どこであろうと靴を脱ぎはしません。どこであろうと平然とタンスを開けます。中にアイテムがあれば自分のものにします。それがキャラクターというものなのです。
「……妹、なのか? 君は、僕の生き別れの妹なのか!?」
その場しのぎの嘘を、勇者様は真に受けていました。軽く泣いていました。そんな都合良く生き別れの兄弟に出会えるわけない、という発想は彼にはありません。たとえ魔王が実の父親だと名乗っても、すぐさま信じるでしょう。そして苦渋の決断の末、実の父親を討つでしょう。「大きくなったな、息子よ」とか言われて号泣するでしょう。
「えーっと……とりあえず何か飲みながら、ゆっくりと情報を整理しましょう。ジュースとかお茶とかありますけど、何飲みますか?」
「ありがとう、妹よ。それでは生命の水を――」
相葉さんは黙って、紅茶の用意を始めました。
勝手に語り出した勇者様の話によると、彼は聖剣に選ばれた異世界の勇者らしい。そしてその世界を支配しようとする魔王を討伐すべく、長い旅の果てに魔王の城に辿り着いたらしい。そして魔王が待ち構えるとおぼしき部屋の扉を開けた途端、ここにいたらしい。
それら全ての話を、相葉さんは信じました。
「いや、そんなザ・ファンタジーな話、信じられるわけないでしょう」
勇者様の言葉を、相葉さんは信じました。
「いや、だから、無理だって」
一点の曇りもなく、相葉さんは信じました。
「あの、人の話、聞いてます?」
何が何でも信じるしか選択肢のない強制イベントだと知り、そうしないと先に進めないフラグだと知り、相葉さんは信じ切りました。
「……………」
実に無駄な時間を費やしたと知り、相葉さんは反省しました。
「……、……、……ごめんなさい」
そんな世の中の酸いも甘いも知らない十代の小娘が、紅茶を淹れるべくガスコンロに置いたヤカンを火にかけました。ちなみに紅茶はティーバッグです。紳士淑女が愉しむ紅茶など、相葉さんが知る由もありません。所詮『暗黙の了解』を知らない小娘です。
するとその光景を見て、
「そんな短時間で詠唱も魔法陣もなく火を出せるとは……お嬢さんはもしや、高尚な魔法使いなのでは?」
勇者様は目を輝かせていました。
「よろしければ一緒に魔王に立ち向かっては頂けませんか? 是非、私と共に世界の平和を取り戻しましょう!」
そう言って、勇者様は握手を求めてきました。なので相葉さんは、基本無視のスタンスでいくことにしました。コマンド『お前に任せた』を実行することにしました。その後も色々と勇者様は話し掛けてきましたが、このコマンドは無敵でした。
「あの。紅茶できたんで、座ってください」
相葉さんは二つのカップをテーブルの上に置きました。小さくて可愛らしい白のちゃぶ台です。一人暮らしを始める際に「いつかこのテーブルで彼氏とご飯を」と買ったものですが、その計画が実行されたことは今現在なく、それどころか初めて向かい合う男性は勇者でした。初めての相手は勇者様でした。もちろん、この言葉に他意は一切合切ありません。それは事実無根の妄想です。
「そういえば僕としたことが、まだ名乗っていませんでしたね」
熱そうに一口、紅茶を啜ると勇者様は爽やかな笑顔でそう切り出しました。先程まで、無視されて軽く凹んでいた人物とは思えない爽やかさです。『せいしんりょく』が半分以下になっていた彼は、とてつもない回復速度でした。もしかしたら自動回復系の装備なのかも知れません。
「僕の名前は、アークヴァンデルキア・ローゼンシュタイン・アイザック――」
長いので『アーク』と呼ぶことになりました。残念ながら、名前の文字数には限界がありました。ちなみに漢字の使用も難しい話です。オンラインになると英数のみの場合もあります。これら全ては『大人の事情』というものです。
「私は、相葉朝子です」
「朝子さん、ですか……ではアーサーと――」
相葉さんは『あさこ』と勇者様の脳内に登録しました。特殊なアイテムを入手するまで、名前の変更はできないでしょう。しかもそのアイテムが手に入るのはおそらく、魔王を倒して二周目に突入したときでしょう。
「しかし、突然異世界に飛ばされるとは、さすがは魔王の城だな」
敵にとって不足なし、と勇者様は笑いました。そうみたいですね、と相葉さんも笑いました。しかし彼女の笑顔は彼のそれとは違いました。「何で私の部屋に飛ばすのよ。魔王、殺す」と副音声でお送りしていました。目の不自由な方にも優しい機能です。後日談ですが、このとき魔王は『呪い』を受け、暫くの間ステータスが半減したと言われています。
そしてちょうど勇者様が二口目の紅茶を口にしたとき、
「お。電話だ」
テーブルに置いた相葉さんの携帯電話が鳴りました。着信音は『レベルアップ』の効果音です。おそらく代表的な二つの効果音を想像されたかと思いますが、そこは貴方様の好みでお選び頂ければ幸いです。決して、文章では音楽を表現できないという理由からではありません。『選べる自由』という昨今の流行に対する配慮です。
「――敵かっ!?」
慌ててカップを置き、勇者様は聖剣を抜こうとしました。携帯電話に斬り掛かろうとしました。しかし『音速の一閃』の通り名を持つ勇者様であろうと、『光速の一撃』の相葉さんのグーパンチには敵いませんでした。最初のターンは『すばやさ』の高い相葉さんのものでした。さすがは、頑張ればレアアイテムが手に入るミニゲームで鍛え抜かれた反射速度です。
「あ、うん。……大丈夫。ちゃんと大学も行ってるって。それじゃ、切るね」
そう言って、相葉さんは電話を切りました。相手はお母さんでした。生存確認の定時報告です。実家にいた頃、十六時間ぶっ通しでゲームをしていた前科のある相葉さんなので、毎日のようにお母さんは電話してきます。
そしてその光景を見て、
「念話が使えるとは……やはり朝子さんは、高尚な魔法――」
村人Aのように同じ台詞を勇者様が言い出したので、相葉さんはコマンド『お前に任せた』を再度実行しました。
「さて、僕はそろそろ行かねばならない。お茶、ご馳走様でした」
紅茶を一気に飲み干してからそう言うと、勇者様は立ち上がりました。その顔はとても爽やかな笑顔でしたが、相葉さんは全くときめきませんでした。この短い時間で、彼にその価値がないことを理解していたからです。相葉さんは『分析の瞳』常時発動の体質なようでした。
「これ以上仲間を待たせるわけにはいかないからね」
「仲間!? どんな人ですか!?」
その言葉で、相葉さんのテンションは急上昇しました。彼女は主人公より、その親友にときめくタイプでした。普段はお調子者なのに、いざというとき頼りになる親友。いつもは「あいつだからなぁ……」と残念がられているのに、戦闘では「あいつだから!」と背中を任せられる親友タイプが好みでした。このときの相葉さんは、途端に水と飛行タイプに早変わりしていました。効果抜群、さらに二倍。懐かしのクイズ番組よろしくの「さらに倍!」です。おそらく十代の相葉さんと読者の皆様には分からない内容です。
「ん? 仲間は女戦士に女僧侶、女盗賊と――」
勇者様は、意外とチャラ男でした。
パーティとハーレムの区別ができない男。違いの分からない男でした。
「アークぅ? どこぉ?」
そんな甘ったる声と共に、またもトイレのドアが開きました。出てきたのは羽の生えた杖を持った、美しい女性。その格好は水着でした。水着のような装備、というよりジャスト水着でした。むしろ普通の水着より布の面積が小さい『あぶない』もの。ありとあらゆる攻撃も致命傷になりかねないような防御力皆無の装備でした。
「あぁ、ローラ、こっちだ」
そう言って勇者様は彼女に手招きしました。そして彼女が横に来ると言葉を続けました。
「朝子さん。こちらが僕の仲間の女僧侶――」
紹介の途中、とりあえず相葉さんは勇者様の顔面に『神速の天罰』のグーパンチをお見舞いしておきました。そして「ちゃんと僧侶らしい装備に変えてあげなさい。これから大事な魔王戦なんでしょ?」と、まるで子どもを諭すように優しく注意してあげました。もちろん、片手で彼の髪を鷲掴みにし、もう片方の手はグーの状態であったことは言うまでもありません。
勇者様は、存外にダメ人間でした。
その後。魔王ならぬ勇者の脅威が過ぎ去り、相葉さんの部屋は平和を取り戻していました。
相葉さんが「あるべき世界に帰れ」と呪文を唱え、勇者様と女僧侶をトイレに押し込み、勢いよくドアを閉めると彼らの姿はそこにはありませんでした。どうやら本当に帰っていったようです。そしてやっぱり全て無かったことにして、気持ちのリセットボタンを押して相葉さんはようやく待望のゲームを始めました。
さらにそれから数時間後、相葉さんは食事も適当に最初のダンジョンでのレベル上げに勤しんでいました。彼女は『序盤からがっつりレベル上げとく派』のユーザーでした。
そして遂に主人公のレベルが二桁になろうとしたとき、相葉さんは急に尿意に襲われました。それもそのはずです。相葉さんはこの時点で六本ものカフェイン配合の栄養ドリンクを飲み干していました。このまま明日の朝日を拝むつもりの彼女にとって、それは生命の水と同等の力を持つ代物です。しかし短期間での連続服用には、思わぬ副作用がありました。
「あと一戦。あと一戦なんだけどなぁ……」
そう呟きながらも相葉さんはコントローラーを手放し、立ち上がりました。このダンジョンのモンスターの経験値的に、あと一戦勝利すれば主人公のレベルアップは間違いないのですが、さすがの彼女も生理現象には勝てません。だから渋々、相葉さんはトイレに向かいました。
すると、
「朝子さん。魔王の部屋、どこか知りませんか?」
一人暮らしの一室で突然トイレのドアが開くという恐怖体験が、相葉さんの目の前で起こりました。しかし彼女は一切動じません。至って冷静です。数時間前のイベントにより、スキル『鋼の精神』を手に入れていたからです。それは他者に『せいしんりょく』を減らされないというスキルでした。
だからゆっくりと勇者様をトイレの中へ押し戻すと、満面の笑みでドアノブを握りました。
そしてご近所さんの迷惑を考える余裕もなく、
「メニュー開いてマップ見ろやぁぁぁっ!!!」
怒鳴りながら、勢いよくドアを閉めました。
するとその直後、背後で携帯電話が鳴りました。
どうやら、今回のイベントで相葉さん自身のレベルが上がったようです。
以上、千四号の、千四号による、千四号の為の『逆・異世界』モノでした。
とんだキーワードホイホイでしたね♪
お目汚し、大変失礼致しました。
詳しい謝罪・弁明は私の活動報告にてさせて頂く予定です。よろしければ一読してもらえると嬉しい限りです。
ではでは、ここまで読んでくれた貴方に最大級の感謝を!