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PRISM ―プリズム―
作:舞桜・改



第二話 癒しと温和の黄玉 ―Topaz― ......(1)


 ふと、少女と視線が重なり合う。
「……」
 先ほどまでの美しい舞いを止め、ただじっと、どこか探るような視線をこちらに向けてくる少女。
 声を掛けようともしたけれど、彼女はどこか、それを拒むかのような神聖な雰囲気を纏っているみたいに思えて――僕はただ、その左右で放つ色彩の異なる双眸を見つめ返すほかはなかった。 
「……」
 無言。
 彼女からの言葉は一切なく、視線は僕に向けられたまま、しっかりと固定されている。
 何となく気まずくなった僕は彼女から視線を外すが、おそらく彼女の視線は僕を捉えたままなのだろう、依然として彼女からの視線を感じた。
 河の水の流れる音だけが、この場に響き渡る。
 先ほどまでは心地よいと思えていた静けさは、今では緊張感を増幅させるだけ。こんな時だけ都会の騒がしさが恋しくなる自分のゲンキンさに苛立ちを覚えつつも、僕はこの状況に対する打開策を模索していた。
「……て」
「……えっ?」
 不意に、今まで固く閉ざされていた彼女の桜色の唇が、微かな動きを見せた。
「今、何て……」
 彼女の言葉を今一度確認しようと、僕は彼女に聞き返す。
 ――が、
 その時、一陣の風が僕らの間を吹き抜けた。 
 風圧に眼を覆った僕が再び眼を開いたときには、
 彼女の姿は、もうそこにはなかった。


       PRISM ―プリズム―  第二話 癒しと温和の黄玉 ―Topaz―



 軽やかに響き渡る小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から洩れる眩い朝日で、僕の意識は覚醒した。
 時計に目をやると、時刻は現在、AM6:30。
 後には欠片ほどの眠気さえも残らない、心地よい目覚めである。
「まさか、僕が目覚まし時計なしで起きられるなんて……」
 祖母が丁寧に整えておいてくれたベッドの寝心地は、まさに最高だった。それに加え、何の騒音も届かない周囲の静けさ。
 自然と目が覚めるのも、当然と言えば当然だ。
 夜通し開けっ放しにしておいた窓から、爽やかな風が室内に流れ込んでくる。幸い、今朝は 昨日ほどの暑さを感じることはなかった。それも寝心地のよかった原因の一つかもしれない。
 寝覚めの余韻に浸りつつ、どれくらい経った頃だろうか。ドアを挟んだ廊下から、聞き覚えのある騒がしい足音が聞こえてきた。
「あっくん、おっはよ〜! 朝ですよ〜……ってありゃ、起きてる」
「こらこら。どうして残念そうなんだ」
 足音の発音原は、もちろん若菜だった。ノックもなしに突然人の部屋に侵入してくる辺り、プライバシーの保護やらその辺の常識ははなはだ欠如しているらしい。
「だってさ〜。あっくん、前に来たときはネボスケさんだったじゃん。私がいつも叩き起こしてたんだもん」
 そうだったか。そう言われてみれば、そんな気がしないでもない。
 祖母の家に来るたび、体の随所に原因不明のアザが多発していたのも頷ける。
「それで、僕をたたき起こせなくてがっかりしてるわけ?」
「うん。だから今度からは無理して起きなくていいよ〜」
 ……せっかくいつもより早く、それも目覚まし時計なしで起きられたというのに、褒められるどころか、逆に残念がられてしまった。
 どうしたことだろう、これは。
「じゃ、私は先にリビングで待ってるから。着替えて降りてきて、早く朝ご飯食べよ」
「あ、うん。……って若菜もここで食べるの?」
「そだよ〜。おばあちゃんがせっかくだから食べていけって言ってくれたから」
「そっか……」
「ん〜? なんで笑ってるの?」
「え? いや。別に〜」
 どうやら、自分でも気付かぬ間に笑顔を浮かべていたらしい。
 久しぶりに若菜と朝食を食べるのが楽しみ。
 そんな些細な理由で笑いを漏らしていたなんて、恥ずかしくて若菜には言えるはずもなかった。


          ◇◆……◇◆……◇◆……◇◆……◇◆……◇◆


「おはよう」
「おや。おはよう、純史」
 リビングに顔を出すと、祖母たちがちょうど朝食の準備を終えたところらしかった。漬物の入った皿をテーブルに置いた祖母は、そのまま自分の椅子へと腰掛ける。
 ご飯、味噌汁、納豆、漬物、海苔など、いたって和風なメニューが揃う食卓。祖母の隣には、アキ姉の姿もあった。
「あら、おはようアツ。ちゃんと自分で起きられるようになったのね。偉い偉い」
 そう言って、柔らかに微笑むアキ姉。誰かさんの反応とはまるで大違いである。
 そんなことを思いつつ、自分の隣をしきりに指差す当の誰かさんの隣へと腰掛ける。
「それじゃ、純史も起きてきたところだし、食べるとしようかね」
 祖母呼びかけに応えるかのように、僕は手元にあった箸を構えて臨戦態勢へと突入した。
 どうやら今朝は、僕の胃が糧を求めてやまないようだ。普段は十中八九、登校直前まで爆睡している僕にとっては、非常に珍しい事態である。
「そうだね。珍しく、僕も朝ごはんを食べられそうだよ」
「ってアツ。いつも朝ご飯食べてないの?」
 失言だと気が付いたのは、僕の発言がアキ姉の耳に届いた後のことだった。
 時すでに遅し、後悔先に立たず。とはまさにこのことか。
「あのねアツ。朝ご飯食べないと元気出したくても出せないわよ。6年前にも言ったはずなんだけどなぁ。そう言えば、あの頃からアツは朝ご飯を食べないで……」
「ほ、ほらアキ姉!早く食べないと本当に朝ご飯食べられなくなっちゃうから!」
 アキ姉はまだ何か言いたげな表情を浮かべていたが、僕は無理やり話を先に進める。せっかく寝覚めのいい朝が、アキ姉の説教から始まるのはさすがに避けたかった。
 それに実際、そこまで余裕を持て余せるほどの時間もないだろう。朝の5分は、退屈な昼の1時間にも値するのだから。
「それじゃ、いただきます」
「「「いただきます」」」
 祖母を筆頭に両手を合わせ食前の挨拶を済ませると、さっそく僕は眼前に広がる朝食に手を伸ばした。
「うん……おいしいよ、ばあちゃん」
 どこか懐かしい味。見た目で言えば普通の和食だが、数年前にも味わったことのある、祖母の味だった。
「そう言えば、アツはいつから学校なの?」
 酸味のきいた漬物を味わっている僕に、アキ姉の声が掛けられる。
「えっと……だいたい一週間後からだよ」
「早くあっくんと一緒に学校行きたいな〜」
 うきうきといった様子で微笑む若菜。勢いよく手を上げたせいか、手にしていた箸を床に落としてしまっていた。
「僕も、早く若菜やアキ姉と一緒に学校行きたいな。二人の学校生活って、まだ見たこと無いし」
「ま、学校生活とは言っても普段とあまり変わらないわよ。それより、どう? 私達の制服姿。ずっと感想を待っていたのだけれど」
 アキ姉のじろりとした視線が、僕を捕らえる。
 特に意識はしていなかったが、今朝は二人とも制服姿。いざ制服姿の二人を見つめ直してみると、やはりどこか新鮮な感じがした。
 黒を基調としたブレザー風の制服。胸元には、校章を模った絢爛なアップリケと、煌びやかな真紅のリボンが輝いている。
 二人とも同じ制服を着ているのに、若菜はより可愛らしく、アキ姉はより大人っぽく見えるのだから不思議なものだ。
 正直、二人にとてもよく似合っていた。
「うん。よく似合っているよ、二人とも」
「……それだけ?」
 何故か不満げな声と視線を僕に向けてくるアキ姉。対象的に、若葉は「似合ってるって言われちゃった! わ〜い!」などと嬉しそうにはしゃいでいる。
「ま、アツらしいと言えばアツらしいけどね」
 一体、今の感想のどこに不満を抱いたのか。よく似合っていると言ったはずだし、酷評した覚えもないのだが……。
 “女心”というものを理解するには、まだまだ時間がかかりそうだった。




          ◇◆……◇◆……◇◆……◇◆……◇◆……◇◆



「じゃあ、アツ、おばあちゃん。行ってきます」
「行ってきま〜すっ!」
 眩い日光を、頭上の木々が光の落ち葉のように散りばめる玄関先。僕の瞳は、制服姿で鞄を持つ若菜とアキ姉の姿を映していた。
 最後に会ったときにはまだ小学生だった二人。今の姿を見ると、本当に二人が高校生なのだという実感を改めて受ける。
 だが逆に、自分があの二人に混じって一緒に登校している場面は、まだ想像できなかった。
「いってらっしゃい!」
「気をつけて行ってくるんだぞー! 特に若菜!」
 二人の声に、大きな送り声で応える祖母と僕。
「あーひどいよあっくん! 私よりあっくんの方が……」
 不平を漏らす若菜の声も、だんだんと小さくなってゆき、やがて聞こえなくなった。
 普段からうっかりしている若菜。こんなことを言うべきではないのかもしれないが、事故に遭う危険性がないとは言い切れない。実際、数年前にも危うい場面をちょくちょく目にした記憶がある。
 だからこそ、特に気をつけて欲しかった。
「でも――ま、今までも事故に遭ってないみたいだし、アキ姉も一緒にいるんだ。大丈夫だよね」
「私としては、純史も十分心配なんだけどねぇ」
 ふと、祖母の声が耳に届く。
「僕は大丈夫だよ、ばあちゃん。ちゃんと気をつけてるから」
「おや。以前ここへ来たとき、車に轢かれそうになって泣きながら帰ってきたのはどこのだれだったかな?」
「……」
 残念ながら、反論することはできなかった。
「さて、それはさておき、純史。今日もヒマなんだろう? 少し散歩でもしてきたらどうだい?」
「え……でも」
 そうしたい気持ちは山々だが、食後の片づけや、部屋の掃除、洗濯など、やるべきことも山々だ。それら全てを祖母にやらせるのもさすがに忍びない。
 僕の急な引越しで、ただでさえ祖母に相当な負担を掛けてしまっているはず。これ以上の負担を祖母に与えることなど、僕には出来なかった。
「いいからいいから。私に気を遣う必要は無いんだよ。来たばかりの町なんだから、まずは慣れてもらわないとねぇ」
 そう言って、優しげに微笑を浮かべる祖母。
 彼女の笑顔は、本当に“温かい”という形容がよく当てはまる。全てを包み込むかのような、寛容的な笑み。この笑顔を前にすると、ついつい甘えたくなってしまうのも事実だが、今回ばかりは話が別である。
「お言葉に甘えて……と言いたいところだけど、やっぱり食事の片づけくらいはやらせてよ。 僕だって家族の一員なんだからさ」
 同じく僕も微笑みを浮かべながら、祖母に言った。
「……そうかい。ありがとね、純史。そんじゃ、さっさとやっちゃうかね」
 僕の言葉を静かに諒解した祖母は、一度気合を入れ直すと、再び家の中へと消えていく。
「ありがと、ばあちゃん」
 小さく一言呟き、僕も祖母の背中を追って、まだ見慣れぬ玄関に足を踏み入れた。

                                (2007/2/19)


次回予告

不思議な魅力を持つ河原――
「……やぁ、また、会ったね。」
そこで僕は、昨日の少女と再会する――
「……私は、スイ」
寡黙な彼女との交流――
「……おかしな顔」
そして、さっそく立ちふさがる困難――
「――って、不安的中はやっ!」

PRISM-プリズム- 第二話 癒しと温和の黄玉 ―Topaz― ......(2)






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